特集 大学のマルチメディア環境

 近年、大学教育においてさまざまな形で授業にマルチメディアを活用する試みがなされている。これは濱野氏の総論にあるように、インターネットを中心としたネットワーク環境の整備とも関連している。インターネットの活用については本誌上でもたびたび取り上げられているので、本特集の各論ではそれ以外のさまざまな分野におけるマルチメディアの活用事例を先進的な6つの大学から紹介していただく。


特集 大学のマルチメディア環境

大学教育におけるマルチメディアの活用


濱野 保樹(メディア教育開発センター助教授)



1.大学は生き残れない

 今年になって、経営学者のピーター・ドラッガーは、『フォーブス』誌(http://www.forbes.com/forbes/97/0310/5905122a.htm)の質問に答えて、「大学は生き残れないだろう」と語っている。その前後の発言は、次のようになっている。
 「30年後には、大きな大学のキャンパスは、過去の遺物となっているだろう。大学は生き残れないだろう。印刷物がはじめて登場した時と同じくらい、変化は大きなものだ。
 高等教育の費用は、医療費と同じように急騰していることを理解しているだろうか。
 中間層の家庭では、子どもの大学教育は医療と同じほど、必要性が高い。それなしには、子どもの未来はない。
 そのようなどうしようもない出費によって、教育の内容と質の目に見える改善なしにはシステムは急速に維持できなくなるだろう。高等教育は深刻な危機に瀕している。
 印刷物が近代的な学校を作り上げるのに200年以上(1440年から16世紀末)かかった。大きな変化に長い時間が必要であるわけではない。(略)
 既にわれわれは、衛星や双方向ビデオなどを通じて、少しのコストで多くの授業を配信しはじめている。
 大学はハコモノ(residential institution)としては生き残れないだろう。
 今日の建物は絶望的なほど不適切であり、まったく不必要な物である」
 ドラッガーは、大学は構造的危機に直面しているだけでなく、高額な施設設備をかかえているため、それを授業料に上乗せしている大学という伝統的なシステムは生き残れないとしている。それに遠隔学習がとってかわると言うのである。


2.バーチャル・カレッジ

 ドラッカーの言葉を裏付けるかのようなデータがある。パックス・ディクソンの『Virtual College』という著書によると、AEC(American Council on Education)の遠隔学習の定義に準ずる高等教育のシステムをバーチャル・カレッジと呼ぶならば、アメリカには少なくとも3,000のバーチャル・カレッジがあるという。しかし、学士号が出せるものとなると、2,000くらいに低下するらしいが、アメリカで学士号が出せる3,300あるカレッジと大学の内、三分の二が遠隔学習の機会を提供していることになる。毎年、500万人がバーチャル・カレッジで学んでいる。
 AECの遠隔学習の定義とは次のようなものだ。AECのGuiding Principals for Distance Learning in a Learning Society(http://www.ACENET.edu/products/ACEpubs.html)によると、「遠隔学習は、分散された学習資源に学習者が接するシステムと、そのプロセス」と定義されていて、多様な手法が用いられるが、遠隔学習は、次のような共通する特性をもっているとしている。
 「教授者と学習者の間に、あるいは学習者間で、また学習者と学習資源の間で、距離、あるいは時間の隔絶がある。一つ、あるいは複数のメディアを通じて、学習者と教授者、あるいは学習者間、あるいは学習資源の間でインタラクションがある。そのメディアが電子的なものである必要はない」
 さらに、『Virtual College』には、次のようなデータも紹介されている。  ちなみに、アメリカの遠隔教育機関は、Guide to Distance Learningというレファランス・ブックがあり、さらにGuide to Distance Learningについて、インターネットのホームページの検索サービスであるyahoo(ヤフー)で簡単に探し出すことができる。
http://www.yahoo.com/Education/Distance_Learning/
 このように、伝統的な大学が遠隔学習の機能を併せ持つようになっている理由は、いうまでもなく情報通信技術の発展によるものであるが、特にインターネットの普及が大きく関係している。これまで、授業をオフキャンパスの学習者に届けるためには、郵便にせよ放送にせよ、莫大な費用と労力を必要としたが、すべてのユーザーに発信機能を付与するインターネットは、それに結ばれたすべての大学に遠隔学習の機能を付与したのである。遠隔学習システムのシンボル的な存在であるイギリスのオープン・ユニバーシティーもインターネットを使ったサービス(http://www.open.ac.uk/)を開始している。
 情報スーパーハイウェイといわれる広帯域のネットワークが張り巡らされれば、さまざまな映像や音声のやりとりができるようになるため、巨大な放送設備を持たなくとも、わが国の放送大学のようなことが、どの教育機関でも可能になる。また情報の製作や発信まで、すべてパーソナル・コンピュータでできるようになるため、すべてのパーソナル・コンピュータが遠隔学習システムとなりうるのである。
 ハーヴァード大学総長ニール・L・ルーデンスタインの、「インターネットは、無限の電子教室といった、新しい形式を作り出すように作用する」といった発言からもわかるように、インターネットは大学の未来を決定する要因であるという認識が生まれている。こういった認識は、クリントン大統領の次のような発言と無関係ではない。
「アメリカのすべての子どもは、8歳までに読むことができ、12歳までにインターネットに接続でき、最低14年間の良質な教育を受けるべきです」。さらに、『1997年アメリカ経済白書』では、「野心的な目標」として、「米国のすべてのクラスルームと図書館がインターネットで結ばれていること」も含めている。大学に限らず、インターネットによるネットワーク化は、学校評価の大きな判断材料になりつつある。そのため、最近では大学のネットワーク化のランキングも発表されるようになっている。


3.大学のネットワーク指標

 アメリカのインターネット情報誌『Yahoo Internet Life』1997年5月号で、大学のネットワーク化についての記事が掲載された。調査は全米4,000の大学から、ネット化が進んでいる大学300を選出して、アンケートを実施しまとめたものである。結果の要約は、以下のURLに掲載されている。
http://www.zdnet.com/yil/content/college/intro.html
 ネットワーク化の指標となるのは、以下の4分野で、その分野毎に下位項目が設定されている。

(1)ハードウエア・ネットワーク化

(2)教育

(3)学務事務

(4)課外活動

 こういった指標を見ても、わが国の大学経営者はほとんど理解できないのではないだろうか。


4.大学ネットワーク化ランキング

 調査対象になった300大学からネットワーク化されている大学(wired college)の上位100位までは発表されている。州立大学やコミュニティー・カレッジなど校種別の順位も発表されているが、ここでは全ジャンルの上位10大学だけを紹介しておく。
  1. MIT
  2. Northwestern
  3. Emerson
  4. Rensselaer Polytech
  5. Dartmouth
  6. University of Oregon
  7. NJ Institute of Technology
  8. Indiana University Bloomington
  9. Middlebury College
  10. Carnegie Mellon
 上位3位までの大学は、すべてケンブリッジやボストンにあり、コンピュータ産業のメッカ、シリコン・バレー地区にある4年生大学では、カリフォルニア州立大学バークレー校がやっと16位に登場するくらいで、シリコン・バレーの産みの親となったスタンフォード大学は84位にとどまっている。スタンフォード大学が低迷した理由は、オンラインを活用する授業が全授業の5%にすぎなかったためである。
 ネットワークを利用する理由として学生があげたものは、学習−45%、関心のある分野の情報検索−22.5%、ハードウエア情報の調査−22.5%、レポート作成時の参考文献検索−22.5%、学務事務へのアクセス−10%だった。
 アメリカでもっともネットワーク化が進んでいるとされている100大学の現況は次の通りである。数字は校数。
    オンラインで図書館目録にアクセス・・・100
    ウエッブに無制限にアクセスすることの許可・・・99
    学生全員に電子メール・アカウント・・・98
    学生個人向けホームページ・スペースを提供・・・87
    ニュースグループを運営・・・85
    すべてのコンピュータがネットワーク化・・・71
    成績のオンライン閲覧サービスを提供・・・43
    授業のオンライン登録を提供・・・29
    登録授業のオンライン変更を提供・・・28
    学生にインターネット・トレーニングを必須・・・11
    全学生にコンピュータ1台を提供・・・3注)


5.日本の大学の競争力

 インターネットによって、すべての大学に遠隔学習の機能が付与されるということは、単に、これまで行われていた通信教育や放送による遠隔学習の機会が増えるということではない。インターネットはグローバルなメディアであり、インターネットが作り出すサイバースペースには国境など存在しない。つまり、高等教育というシステムが、はじめて国際競争にさらされるのであり、いわゆるメガコンペティションの中に投げ込まれることになるのである。
 インターネットはわずかな投資で世界に発信できるため、いまや「現在のラテン語」になってしまった英語を使用している大学にとっては、世界をマーケットに拡大できる有力な手段となりつつある。一方で、国際競争にさらされることがなかった教育という「ビジネス」が国際競争にさられることになり、国際競争力のない日本の高等教育と、豊かな市場は狙いうちにされることになろう。グローバル・メディアであるインターネットは、日本の高等教育にとって諸刃の刃なのだ。ネットワーク化を進めなければならないし、ネットワーク化が進めば、大学が国際的な評価にさらされることになる。わが国だけでなく、大学進学希望者におけるアメリカ留学の潜在需要は高く、学生をさらにアメリカに奪われることになろう。
 アメリカの高等教育の優位性は、『'97米国経済白書』でも次のように記載されていて、アメリカ連邦政府も自認しているところである。「高等教育において米国が比較優位を持っていることは明らかである。多くの留学生、特に発展途上国から来た留学生は、大学及び大学院の学位取得を目指して勉強するためにアメリカに来ている。彼らの授業料支出は、米国の教育サービス輸出として勘定され、わが国の二大農産物輸出品目であるトウモロコシか小麦の米国の輸出額に匹敵する」(231頁)
 一方、日本の高等教育が評価されていないことは、1995年から戦後始めて日本への私費留学生の数が減少に転じたことからも理解できる。
 情報時代の真の勝者はコンテントだと、よく言われる。このことは高等教育についても当てはまる。新しい情報通信技術が普及し、利用しやすくなっても、それは優れた内容があってこそ意義がある。ドラッガーはアメリカの大学について、「大学は生き残れない」と発言したが、彼の予測が正しいのであるとすれば、日本の大学は一層「生き残れない」ことになる。



<< 注 >>
3大学はNew Jersey Institute of Technology、
Hartwick CollegeとWakeForest University
 
<<参考文献>>
[1] Betty Collins. Tele-learning in a Digital World.
London: Thomson, 1996.
[2] エコノミスト編集部,『週刊エコノミスト臨時増刊
4.28 '97米国経済白書』毎日新聞社,1997年
[3] Pam Dixon. Virtual College. Princeton,
N.J.: Peterson, 1996.
[4] Dina Gan. American's 100 most wired colleges,
Yahoo! Internet Life, Vol.3,No.5, 1997.
[5] Peterson's Distance Learning 1997, Princeton,
N.J.: Peterson's., 1996
[6] Lynnwttw R. Porter.Creating the Virtual Class room.
New York: John Wiley & Son,1997
[7] Neil L. Rudenstein. Special Address,
O'Reilly & Associates(ed.) The Harvard Conference on
the Internet & Society. Cambridge,
Mass.: Harvard Uni versity Press, 1977.

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