特集 大学のマルチメディア環境

スタジオ棟におけるマルチメディアの利用


関西大学



1.はじめに

 関西大学・総合情報学部は、1994年に開設された新しい学部である。大阪郊外の新キャンパスに、情報社会に積極的に対応できる「情報ジェネラリスト」の育成をめざし文系・理系両方の講座をもつ文理総合型の学部として発足した。学部は本年度で4年目の完成年度を迎え、学生総数は2,300名となった。
 92年度から学部開設に向けて、カリキュラムに沿った機器・施設の準備に入ったが、急速に発達する最新の情報技術を数年先まで予測して導入することはきわめて難しかった。当時はMS-DOSとホストを中心としたネットワーク環境がまだ主流であり、本学部ではUNIXを中心とした分散環境のネットワークの構築をめざした。しかしながら当時、インターネットやマルチメディアがこれほどまでに急速に発展していくとは予想がつかず、学部開設後、マルチメディア環境に対応できるように、新しく機材の導入をはからなければならなかった。
 スタジオ棟は、コンピュータ・リテラシーをはじめとするさまざまな情報関連の実習を行う建物として位置づけられ、そこには学生が利用するコンピュータやビデオ機器が配置されている。本稿では、このようなスタジオ棟におけるマルチメディア環境の利用状況、特にマルチメディア制作の実習について説明し、その課題について述べる。


2.スタジオ棟のマルチメディア環境

 スタジオ棟には、約700台ほどのワークステーションとパソコンが置かれ、FDDIの基幹ネットにつながれている。コンピュータ教室の他、ビデオスタジオ、ビデオ・オーディオ編集室など視聴覚メディアの制作できる部屋も備えている。またキャンパス内の各部屋にはケーブルテレビの配線がしてあり、屋上のパラボラアンテナから海外の衛星放送など30チャンネルほど視聴できるようになっている。
 Macintoshを使ったマルチメディア対応の教室は3教室あり、1教室は外国語学習用の教室として、CD-ROMサーバーから百科事典や辞書の検索をしたり、ビデオを視聴しながら語学学習ができる環境が整っている。2教室は、マルチメディア作品を始めCG、ホームページ、プリントメディアを制作するための実習を行う教室として利用されている。さまざまな周辺機器を用意し、学生たちの多様な要望に応えている。また、卒業研究用の教室にはハイエンドDOS/V機をそろえ、シミュレーションやC言語によるCG制作を行ったりすることができる。これらの教室は、実習時間以外は自由に利用できるようになっており、ドアはIDカードで管理され、学生は午前8時半から午後9時半まで利用できる。


3.マルチメディア作品を制作する実習

 マルチメディア対応教室においては、コンピュータを利用しプリント、ビデオ、グラフィックなどのさまざまなマルチメディア作品を作る実習が行われている。マルチメディア制作のためのソフトは、フォトショップ(ビットマップ画像処理)、イラストレータ(ドロー系ソフト)、サウンドエディット(オーディオ処理)、プレミア(ビデオ編集)、グリーン(オーサリング)などがある。オーディオや画像、動画をデジタル化するために、フラットヘッド・スキャナー、フィルムスキャナー、VHSおよびHi8用ビデオデッキ、音楽用キーボード、音源、オーディオカセット・デッキなどがコンピュータに接続されている。また、学生たちはデジタルカメラ、ビデオカメラなどを借り出して、取材活動を行うことができる。実習時間中は、教員のほか、大学院生のTA(ティーチング・アシスタント)1名と学部生のSA(スチューデント・アシスタント)2名が配置され、機器やソフトの利用方法を指導する体制になっている。


4.マルチメディア制作に関する課題

(1) ソフトの習熟

 学生は1年次からコンピュータの基本操作を学ぶが、マルチメディアについては3年次からである。そのため、大部分の学生は、MacOSを始め、さまざまなソフトを使いこなすことに苦労をしている。実習中には、基本的な使い方だけしか教える時間がない。また、セメスター制のため12回の実習で作品を完成させなければならない。そのため学生たちは制作のための一連のプロセスを学ぶだけで精一杯である。実習外にビデオ技術や画像処理ソフトの利用法の講習会を実施しているが、十分とは言えないのが現状である。

(2) ネットワークの負荷

 現状では、ネットワークの負荷を考えて、特定の教室内でしか自由にWebを利用できる環境にない。マルチメディア作品のファイルは学生がMOで保存する。マルチメディアの特性であるオンデマンドを重視した環境を作り上げていくためには、将来大容量のデータ転送が可能なネットワークの構築をめざす必要があるだろう。


5.管理に関する課題

(1) 機器の貸し出し

 教室のオープン利用や機器の貸し出しを行うためには、機器管理や貸し出しのための十分な人手が必要である。現状では、事務職員による管理だけでは人手が足りず、学生の補助員を活用しているが、まだ円滑な管理運営ができているとは言えない。

(2) 機器の更新と互換性

 マルチメディア環境を整えるためには、最新の機器が必要になるが、機材更新やソフトのバージョンアップは、費用も手間もかかるため頻繁に行うことは難しい。また、周辺機器の追加、たとえば、メモリ、ビデオデッキ、スキャナー、フィルムスキャナー、デジタルカメラなどと機器を新しいものにそろえていくと、古い機種との互換性の問題がでてくる。例えば、バッテリーの形状が変わるため、充電するためには数種類のバッテリーを管理しなければならなくなり、管理が煩雑になる、などの問題である。


6.展 望

 ネットワークで世界とつながるマルチメディア環境は、従来の教育のあり方を大きく変革する可能性を秘めている。これまでのコンピュータ環境は、一斉授業を念頭に、一教室になるべく多くのコンピュータを同一の方向に向けて配置していることが多い。このような配置は知識を教員から学生へ一方向的に伝えることを目的としたドリルや講義に向いているが、自由な発想や創造性を育てる教育方法には合わない。創造性の育成にマルチメディアを活用しようとするのならば、機器の配置なども念頭に入れた設計がなされねばならない。そのためには、最新の機器をそろえるだけではなく、学生のさまざまな目的にあわせて、コンピュータに向かって共同作業を行ったり、ディスカッションができる場を柔軟に組み立てられる環境が求められる。
 いつでも何処でも望みのままに情報を取り出せること(オン・デマンド)がマルチメディアの基本コンセプトであるといわれるが、情報機器をスタジオ棟だけに配置することは、利用する側にとってはわざわざスタジオ棟まで行かないと利用できないことを意味する。電子メールやWebページを必要なときに取り出すためには、1カ所に機器を集中して配置するのではなく、キャンパス中の要所、要所にマルチメディア端末が置かれないとアクセスが不便である。スタジオ棟に機器を集中させることは管理の上では効率的であるが、マルチメディアをオン・デマンドで利用することをめざすならば考え直さなければならないだろう。つまりマルチメディア環境を充実させるためには、コンピュータ教室だけを考慮するのではなく、キャンパス全体を視野に入れた新しい教育環境のデザインが必要となってくる。



文責: 関西大学総合情報学部助教授 久保田 賢一

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