投稿原稿

国家試験を対象としたCAI教材の作成と実行


尾崎 裕(城西大学薬学部)



1.はじめに

 医歯薬学系私立大学へ入学する学生の最大の目的は、それぞれの免許取得にある。しかし大学への入学は免許取得が保証されたものではなく、その大学を卒業することによって国家試験の受験資格が与えられ、その試験に合格して初めて免許の取得が可能となるのである。それゆえ、卒業生の国家試験合格率はその学部あるいは大学にとって存亡にかかわる最大の関心事の一つである。
 その重要性を認識して国家試験対策の一つとして、CAIを導入している大学がいくつかある。本学部では平成5年度からCAI教材を作成して学生に実行させている。ここではCAI教材作成に際して経験的に得た「コンセプト」と教材の「利用状況と演習データ」について紹介する。


2.CAI教材作成のコンセプト

 現在実行させているCAI教材が完成するまで数年間の模索の時期があった。その間、薬剤師国家試験問題に基づいてオーサリングソフトやPascal、C言語などで小規模なCAI教材を作成しては学生に実行させてその反応を観察・検討していた。そのような試行錯誤のうちにCAI教材に関して次のようなコンセプト(1〜14)が形成されていった。
  1. 教育に際して、コンピュータは補助的なものである。人間を直接教育するのは人間であり、機械ではない。コンピュータは指導のための道具にすぎない。

  2. 我々教員はプログラミングの専門家ではない。本業の教育と研究のバランスを考慮してメインテナンスの簡便なソフトを使用する。各Macintosh には古くからHyperCard が添付されているので、これの利用やHyperCard playerの使用を考える。また、HyperCardは歴史的にもMacintoshと関係が深くて他のソフトと相性が良く、簡単に化学構造式や、図を入れることができるので都合がよい。また、HyperTalkも扱いやすい。

  3. 薬学CAIは、コンピュータを単なる道具として使用する国家試験問題についての演習であり、コンピュータ等についての教育ではない。従って、コンピュータ操作の経験が全くない学生、あるいはコンピュータに弱い学生でも演習できるようにする。そのような学生にとって一番苦手なのはキーボードの操作であるが、キーボードの操作部位は数字0〜9のテンキーのみで、自分の学生番号を入力するときだけ使用し、あとはマウスのクリックのみで演習を行えるようにする。

  4. CAI教材のなかで迷子になるような複雑な教材は演習の妨げとなる。プログラムの裏側が複雑であっても、表側に出るところは単純明快なものにする。また、どんなに間違った操作をしてもシステムがそれに対して指導的なコメントを発して演習が中断しないようなものにする。

  5. このような演習は、ただひたすら正解を求めるだけのものでは教育的効果は期待できない。単に「あたった」とか「はずれた」だけでは、勉強にならない。学生に、「どのような過程を経て正解が得られたのか」、「どのような誤りをなぜしたのか」ということを考えさせなければならない。そのため、間違った問題、理解できなかった問題、あるいは、まぐれで正解を出した問題については、そのヒント・解説を学生が理解できるまで何度も読めるようにすることが重要である。
     さらに、問題とそれぞれの解説の集合体は国家試験データベースと考えて、問題中の重要な語句や問題番号等をキーワードとした検索システムを構築する。これにより、設定したキーワードに関連するすべての問題が選択され、その事柄に関する問題のみを演習することもできる。

  6. 実力をつけるには数問で終るような演習では効果が上がらない。数十問以上のまとまった問題を反復練習する必要がある。また、毎回、同じ問題が同じ順序で提示されるようなものではCAI教材として配慮不足である。

  7. できなかった問題を反復練習させることは効果的である。演習が終了した時点で、その演習においてできなかった問題のみを集めた復習コースが自動的に作成され、実行できるようにする。

  8. やりっぱなしのゲームになってしまっては時間の無駄である。「どのような問題ができなかったのか」、「演習状態はどのようなものだったのか」、「演習結果はどうだったのか」、「この学生の弱点は何か」等の情報をコンピュータが学生や指導者に提供し、指導者はこれを把握して学生を適切に指導しなければならない。最後に人間を指導するのは人間である。

  9. 演習の状態や成績等はプリントできるようにする。さらに、演習をした学生のウィークポイントを指摘した"診断書"のようなものもこのプリントに入れるようにする。また、これらのデータをコンピュータ内のハードディスクにも記録する。保存するデータ形式は、表計算ソフトやその他の方法(例えばUNIX)でデータ処理が容易にできるようなものにする。総ての学生にフロッピーディスクを所持させて、これに演習データを記録する方法もあるが、この方法は採用しない。学生によるディスク管理(紛失、破損)の問題、学生数の多数のディスクからデータを読みとる作業の問題が現状では解決できないからである。

  10. 楽しく演習ができることも必要である。教材システムが演習した問題数や成績をモニターし、それに応じて、コメントを発するようにする。音声や画面展開を利用して学生に何らかのインパクトを与えることを考える。また、演習の途中でいつでも終了して演習の結果がプリントできるようにする。これは演習に拘束されているという精神的苦痛をなくすことになる。

  11. コンピュータに弱い学生もいるが、しかし、得意な学生もいる。このような学生が答や成績データを覗いたり、あるいはCAI教材に変更を加えたりする可能性がある。何らかのプログラムの保護が必要である。

  12. しかし、作成者にとっては容易に変更が加えられて、毎年の問題の追加や継続的なプログラムの修正改良に苦労しないようにする。プログラムは 常に進化が必要である。

  13. 作成に際して、多くの教員が参加できるような分業システムを考える。問題画面、および解説画面の作成は専門分野に従って各教員に依頼する。これらのデータを予め作成しておいたHyperCard stackのカードに挿入する。これはデータ部分とスクリプト部分を分業的に作成し、ひとつの教材プログラムに作り上げる方法である。

  14. 内容を入れ替えるだけで、他の同形式の国家試験や検定試験のトレーニングに利用できるような汎用性のあるシステムにする。


3.利用状況と演習データ

 上記のようなコンセプトに基づいて作成した薬学CAI教材は約1,600題の問題とそれぞれの解説文、およびそれらをコントロールするスクリプトからなり、約23Mのディスク容量を占める50個のファイルより構成されている。
 学生が演習を終了すると、前記コンセプト9)のように演習結果が印刷される。これには日付、時刻、学生番号、科目、復習数、評価、問題数、正解数、正解率(%)、演習時間(分)、秒/問、終了状態等が記録されている。これと同じ内容がハードディスクにも記録される。これをすべてのコンピュータから集めて一つのファイルにしたものがTable 1の全演習履歴である。これによると、平成7年度には合計3,422回のCAI演習が行われていることがわかる。例えば、Record 1は、「96年2月29日に学生番号X88244の学生が「93年度国家試験の薬局方」を演習し、復習数0で成績はBであった。その内容は、23問を解いて18問正解し、正答率は78%であった。この演習には29分間かけ、1問あたり78秒であり、演習状況はNormalであった」ということを示している。Record 3 の最後のフィールドにはover:1344 とあるが、これは一問につき1344秒の時間が経過しているのでNormalではないとして強制終了した場合である。
 また、Table 2はTable 1 のデータに処理を加えて個別の学生の集計に変換したもので個々の学生の演習状態を把握できる。ここでは231名の学生がCAI演習を経験し、例えばRecord 1は、X88244の学生がCAI室に5日間出席し、合計24.5時間で803問の演習を行い、その正答率は62.5%で1問あたり平均1.83分で回答したことを示している。


4.今後の課題

 現在のCAI教材は数年前から作成されてきたものであり、最近設置された学内LANの利用を考慮していない。これを有効に利用したものを考えていきたいと思っている。また、教材の利用についても、対象とする学生や効率的な運用方法などをさらに検討していく必要がある。



Table 1. 平成7年度全演習履歴
1 96.2.29 16:20 X88244 薬局方・国試 93 0 B 23 18 78 29 78 Normal
2 96.2.29 17:36 X88244 薬局方・国試 93 0 B 45 32 71 84 78 Normal
3 96.2.29 15:49 X88244 薬局方・国試 93 0 C 10 6 60 44 269 over:1344
途中省略
3420 96.3.12 4:47PM Z92123 薬理学・国試 94 0 S 30 29 96 17 34 Normal
3421 95.11.21 11:06AM Z92123 薬理学・国試 95 0 C 30 20 66 32 64 Normal
3422 96.3.12 4:27PM Z92123 薬理学・国試 95 0 S 30 30 100 27 54 Normal


Table 2. 個人別集計
Record   Student   day   hr   question   %   min/q
1   X88244   5   24.5   803   62.5   1.83
2   X89102   8   27.9   917   74.9   1.82
3   X90002   1   0.3   22   22.7   0.82
3   X90002   1   0.3   22   22.7   0.82
途中省略
229   Z92120   3   5.4   154   68.8   2.10
230   Z92121   4   10.5   316   66.8   2.00
231   Z92123   8   12.2   905   79.4   0.81

【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】