コミュニケーション学の情報教育
文科系のためのコンピュータ、ネットワーク教育
吉村 卓也(北海道東海大学国際文化学部講師)
1.はじめに
コンピュータとコミュニケーションはもはや切っても切れない縁にある。本稿では、コンピュータを使ったコミュニケーションを、文科系の大学教育の現場にいかに取り入れるかについて、北海道東海大学での一事例を述べてみたい。
筆者が在籍するのは北海道東海大学国際文化学部コミュニケーション専攻という部署であり、まさしく文科系学部である。学生はたいてい理数系が苦手だ。そのような学生を相手に、コンピュータをあくまでコミュニケーションのツールとして使えるようにさせるのが、筆者が担当する授業の目的である。
このような訳で、本稿は文科系とコンピュータという観点からのものであること、筆者が本学に籍を置いてまだ一年足らずなので、大学全体というよりも自分の行っている試みを中心にした事例報告であることを最初にお断りしておきたい。
2.コンピュータリテラシー
筆者が主に担当する授業は「情報分析法」という。これが、一学期ごとに1から3まで用意されている。たいそうな名前であるが、要は、まったくのパソコン初心者にも、コンピュータリテラシー、あるいはインターネットなどを利用したコンピュータコミュニケーションのリテラシーを身につけさせ、これからますます社会に浸透することが予想されるコンピュータや電子ネットワークに対して、おじけづかないようにさせることである。
この授業の舞台は、計算機室というパソコンが75台並ぶ部屋である。
全くの初心者にパソコンを教えたことがおありだろうか?スイッチの入れ方、安全な切り方、ハードディスクとは何か、フロッピーディスクの初期化の方法、全角文字と半角文字の違い、ひらがな入力と英文入力の切り替え、などなど、何でこんなことを大学の授業でやらなくてはならないかと思うこともしばしばだが、これをクリアしないと前に進めないので、やらざるを得ない。理系の人々には驚きかもしれないが、前述したようなことがきちんとできる大学一年生はほとんどいない。
これでは町のパソコン教室と同じではないか、と思われる向きもあろうが、まさにその通りである。しかし開き直って、一学期くらいはパソコン教室的なことをやらざるを得ないと思っている。大学に入る以前の段階で、いかにコンピュータ教育がなおざりにされているかの実例を如実に見ることができる。ぜひ義務教育段階からの改善を望みたいところだ。
3.コミュニケーションツールとしてのコンピュータ
さて、それでもめげずにパソコン教室の詰め込み特訓を何とかクリアし、学生はようやくコンピュータやネットワークの概念に目覚めることになる。何とかマシンが扱えるようになったとき、最初にやることは電子メールアドレスの取得である。95%の学生にとって、初めての経験である。
幸い、本学の計算機室の管理による電子メールの登録システムは使い心地がよく、すべてブラウザーからのCGIを利用して登録ができるようになっている。アドレスの前半は学生番号が割り当てられる。
まず行うのは出席メールの提出で、これが講師に送られないことには出席とならないとあって、必死に覚える。
しばらくすると、学生の中にはメールを利用したコミュニケーションに「はまる」ものが出てくる。メールのやりとりは、学外の友人、あるいはメールアドレスを持っている両親などとのコミュニケーションの新たな手段に発展する。学生用ラウンジで開放されているコンピュータ端末などをどんどん利用して、メールのやりとりをするようになる。フロッピーディスクにシールを貼ったり、ディスクのラベルにイラストを書いたりといったような現象が起こってくる。携帯電話を飾り立てる心理と似ているようで、電子メールがここまで身近になってくると第一ステージはクリアである。
この辺のレベルに達した段階で気をつけているのは、セキュリティーとネット上の犯罪の問題である。自分の電子メールアドレスとパスワードの管理、ネット上を飛び交う詐欺まがいのメールなどにはだまされないよう、もし事件に巻き込まれたらかならず教師に連絡するようにというルールを徹底している。
授業では、もうひとつの重点項目として、インターネットのWWWの利用を奨励している。電子メールが能動的なネットワークの利用法とすれば、WWWは受動的なものである。しかし、WWWは将来、新聞やテレビ、図書館などに加えて、新たな情報の入手先としてさらに活用されると確信している。発信しつつ受信するというのがインターネットの醍醐味だろう。いわゆる「ネットサーフィン」もどんどんやらせるが、ただ単にサーフィンさせるだけでなく、効率よい情報の探し方を習得させるのが目的である。
サイトを検索させてみて気づくのは、「自分でも情報発信をしたい」という声が意外に強いことである。授業では静かにしているように見える学生も、見かけによらずある事柄については一家言持っている者が多いのだ。自分の得意分野に関しては、その知識を武器に世間とコミュニケートしたいという欲求は非常に強いことを発見した。このような学生たちの希望はかなえてやりたいと思う。単なる「ホームページ作り」に終わらず、大学の場にふさわしいユニークな情報発信の形態で、学生の隠れた能力をいかに表に出して行くか、これが当面の課題である。
大学生は一応「大人」と考え、サイト閲覧に関する規制は特に設けていない。学内の計算機室は授業がないときは開放されているし、他にもインターネットにアクセス可能なコンピュータがいくつもある。インターネット端末のある本学の学生ラウンジは24時間オープンであり、当然のことながら、わいせつページや「好ましくない」情報にアクセスすることも可能性である。
残念ながら、アダルト画像がデスクトップに貼り付けられるような悪戯は起こる。管理者が24時間監視できない以上、このような蛮行に対する対策をどう講じるかはこれからの検討課題である。
授業では、このような行為を行ったものに対する罰則は厳しく申し渡しており、成績に影響することはもちろん、不法な行為、迷惑行為をネット上で行った場合は、その結果は身の回りだけに留まらないことをくどいほど説明している。
4.おわりに
これまで述べたのは、現在本学で取り組んでいるコンピュータとネットワークを利用した実例のひとつに過ぎない。これからも、コンピュータを道具として、新たにやってみたいことは山ほどあるが、それらの紹介は別稿に譲りたい。
願わくは、コンピュータの使い方の部分は限りなく省略し、何ができるのか、何を伝えるのか、に重点を置いていきたいと思っているが、残念ながら現状ではまだまだコンピュータは操作法をマスターしなくてはならない機械である。しばらくはコンピュータリテラシー教育も並行して進めなくてはならないであろう。本学に入ってきた当時は、コンピュータには縁がなかった文科系の学生が、コンピュータに慣れ親しむことによって、新たなコミュニケーションツールとしてのコンピュータの可能性を発見していくのを見るのは嬉しいものがある。一学期が終わると、いっぱしのインターネットユーザーに変身している。彼らにとって、コンピュータは決して「計算機」ではなく、言ってみれば電話の延長にあるようなものなのであろう。偏差値教育の中では見いだされなかった個人の中の隠れた可能性を、コンピュータやネットワークを利用して見い出し開花させるのがこれからの責務だと思っている。
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