特集 電子メディア教材を探る

板書から電子メディアへ


川越 俊彦(成蹊大学経済学部教授)



1.はじめに

 電子メディア教材を駆使した講義などは、理科系のそれも情報関連科目担当者の専売特許というのが文系の多くの教師の一般的な受け取り方であろう。パソコンをワープロとしてしか使っていなければ縁の無い世界と言うわけである。しかし、最近のパソコンのソフトウェアの進歩は目覚しい。特に、予備知識が無くても簡単に電子メディア教材を活用できるようになってきているのである。そこで、以下では通常の講義がいかに簡単に電子メディア化できるかを紹介してみたい。従って、エキスパートによる洗練された講義や、パソコン等の学習を目的とした情報関係の講義を念頭に置くものではない。つまり、パソコン等をどう教えるかではなく、通常の講義でどのように電子メディアを利用するかに議論のポイントがある。例として経済学部での専門科目の講義を取り上げ、電子メディア教材をどのように活用しうるかを検討していこう。
 文系学部ならどこでも事情は似通っていると思われるが、経済学部での講義は伝統的に黒板への板書が中心であったように思われる。場合によっては、図表等のプリントが配布されることもある。プリントは板書・解説の際に随時参照されるが、これは板書するには困難な或いは時間がかかりすぎる統計表や複雑な概念図を提示するためである。他方、写真・ビデオが利用されることは希であったように思われる。これはそれらを提示する設備が教室に備えられていなかったことが原因であろうが、それらがなくても講義が可能だったというのも事実である。もちろん適切な画像情報のもつ教育効果が大きいことは言うまでもない。
 さて、このような形式の伝統的講義を通じて、学生の手もとには、板書・解説を書き写したノートと講義で配布されたプリントが残されることになる。学生はこれらをもとに試験直前の復習に取り組んできた。不幸にしてノートに欠落部分があれば、より完全なノートのコピーを求めて友達の輪を活用することになる。


2.経済学部における活用事例

 さて、このような状況に電子メディアを取り入れていく場合、どのようなことが可能で、それによっていかなる効果がもたらされるであろうか。教材の電子メディア化にあたっては当然、講義で(1)利用可能な施設、(2)そこで使用される電子メディア教材、(3)それによって発揮されるであろう教育効果、が検討・考慮されるべきであろう。以下、これらの点について、成蹊大学経済学部での例を紹介しつつ検討を加えたい。

(1)利用可能な施設

 成蹊大学に本格的なマルチメディア教室棟が整備されたのは平成8年度からである。それ以前にも視聴覚教室と呼ばれる、暗幕を備え、VTR・教材提示装置1)が設置された教室はあり、そこで教材提示装置を使った講義は行っていた。ただそれは事前に準備した教材を提示装置でスクリーンに示すもので、従来の板書を置き換えただけであり、違いと言えばチョークで手が汚れない程度のことであった。
 さて、新しい教室では、従来のVTRや教材提示装置に加え、パソコンが教卓に設置され、その画面をスクリーンに投影することが可能になった。更に、このパソコンは教室棟内のネットワークを通じて、視聴覚授業支援部門にあるファイル・サーバーに接続されている。また、大教室では2つのスクリーンが用意されており、例えばパソコンの画面と教材提示装置の画面を同時に提示することが可能である。但し、学生の席にはパソコンやパソコンを接続するための情報コンセントは用意されていない2)。この他に、同じくネットワークに接続されたパソコンが配置された学生用の自習室が用意されており、学生がファイル・サーバー上の教材にアクセスすることが可能である。さて、このような施設環境でどのような講義が可能になるであろうか。

(2)準備された電子メディア教材3)

 まず、授業を教室での講義と、学生の予習・復習とに分けて考えよう。

  1. 教室での講義
     講義は従来の板書に代えて、パソコンのプレゼンテーション・ソフト(Power Pointや Lotus Freelance等)が利用できる。これは、言わば電子式紙芝居といったものであるが、そこでは文章だけでなく、表・図・チャート・写真等も自由に活用できることが魅力である。教室のスクリーン上に板書すべき内容を1行ずつボタン一つの操作で順次表示していくことができる。途中で表・写真・図・数式を必要に応じて示すことも容易である。ちょっとした既存のイラストを加えて気分を変えることもできる。効果音さえ付けられる。尤もこれは教室中が白けることになりかねないのでお勧めできないが。特に拍手の効果音はやめた方が良い。
     しかし、このような電子メディア教材を効率よく活用するには、プレゼンテーション・ソフトだけで総てを行うのは不可能ではないにしても、簡単ではない。それぞれ目的別に専門ソフトを活用する方がはるかに簡単で良い結果が得られる。表はワープロの表作成機能を利用するか、もしくは表計算ソフト(Excel, Lotus 123, Quattro等)を使えば簡単である。統計数字に基くチャート(グラフ)は表計算ソフトでも十分に作れるが、専門のチャート作成ソフト(Harvard Chart, Axum等)を使用すれば、より高度で見栄えのする図表が簡単に作成できる4)。概念図等はドロー系の描画・作図ソフト(Corel Draw, Win Draw等)を利用するのがベストであろう5)。Windowsに付いてくる「ペイント」等で作図するのはやめた方が良い。マウスできれいな図を書くのは至難の業だし、第一修正や編集が効かない。更に各種関数のグラフ等を表示したければ数式処理ソフト(Mathematica, MathCad等)が有効である。関数が収束する状況などをアニメーションで見せることもできる。写真をスキャナーやデジタルカメラで電子化して使用する場合には、ペイント系のレタッチ・ソフト(Adobe Photoshop, Corel Photopaint等)で手を加えることが必要になるかもしれない。幸い、近年のWindows等の環境では、各種ソフトで作成した図表等を「コピー」・「貼り付け」コマンドを使って、簡単にプレゼンテーション・ソフトの画面に加えることができる。
     もちろん、いきなりこれらの様々なソフトを駆使して華麗なプレゼンテーションを目論むのは早計かもしれない。まずは、従来は板書していた文章のみを電子メディア化することから考えれば取っ付きやすい。まず板書内容をワープロで箇条書きにする。できればアウトライン機能を使いたい。その場合は各大項目以下がプレゼンテーション・ソフトでの1画面になる。それをプレゼンテーション・ソフトで読み込んで、若干のページ区切りの調整をし、文字や背景のデザインを選べばでき上がりである。ただし、1画面当たりに表示できる文字数は多くないことに注意すべきである。教室の施設・大きさによって異なるので一概には言えないが、文字の多きさは18ポイントが下限だと考えられる。図表は取敢えず教材提示装置を使っても良いし、プリントを配布しても良い。

  2. 学生の予習・復習
     学生の予習・復習用に電子メディア教材を活用するのも難しいことではない。上記のプレゼンテーション・ソフトで提示した講義内容を教材のホームページに登録して、随時、予習・復習の用途に提供すれば良い。プレゼンテーション・ソフトには、そこで作成した教材をそのままホームページで閲覧できるHTML形式に変換できる機能が備わっている。また、プリントや演習問題等も、その原稿がワープロで用意されていれば、HTMLかPDF形式6)に変換して同じくホームページを通じて提供することができる。私の担当する統計学や経済発展の授業では、このような教材ホームページを用意して自習室から自由にアクセスできるようにしてある。そこには、上記の教材に加えて講義では触れなかったテーマや追加的な演習問題、定期試験情報、FAQコーナー(良くある質問とその解答)等を設けており、相当数の学生がこれを利用している。ここでのポイントは、これらの教材は総てイントラネット上で提供されていることである。学生はNetscapeやMicrosoft Internet Exploreといったインターネットのホームページを閲覧するソフトで教材を簡単に利用することができる。また、教材を提供する側もインターネット・イントラネット環境さえあれば、特段のソフトウェアや施設を必要としないのである。


(3)電子メディア教材によって発揮されるであろう教育効果

 伝統的板書に依拠した講義から電子メディアを多用した講義に移行するには、それなりの追加的な労力が必要である。従ってそれなりの教育効果が期待できなければ、余り意味のあることとは言えないであろう。もちろん、教材の電子メディア化の程度には様々あり、それは利用可能な施設の整備状況に多いに依存している。従って効果の度合いを一概には議論できないが、プレゼンテーション・ソフトによる講義では、従来は全く不可能であった写真の提示や、動学的なプロセスの提示が可能になる。例えば、初期状態から均衡状態へ移行するようなプロセスを示す概念図・関数の軌跡を順を追って提示することが可能である。従来の方法であれば、黒板にフリーハンドで図を描くか、変化の結果がすべて同時に示されたプリントを配布する他はなかった。また、経済発展の講義で発展途上国の都市への人口集中と都市スラムの形成を取り上げた際、スラムの写真を提示したが、学生の認識を高める効果はあったようである。
 予習・復習用教材の直接的な効果は必ずしも把握できていないが、少なくとも従来は与えられていなかった学習の機会が広がったのは事実である。パソコン経験のほとんど無い学生を含め、驚くほど多くの学生が教材のホームページを利用している。
 もちろん教材の電子メディア化にあたって、それなりの工夫や講義方法の調整も必要である。講義の電子メディア化を進める過程で学生による授業評価を実施してきた。そこから明らかになった点は、板書による講義と比べてどうしても説明のスピードが速くなりがちなこと、プリントが従来どおり必要なこと等がある。板書の場合はそれなりに書く時間がかかるので、学生もノートに書き写すだけの十分な時間があるが、プレゼンテーション・ソフトでは一瞬で表示できてしまう。ノートを取る時間を十分に考慮しなければならない。また、複雑な図表をノートに書き取らせるのは時間がかかりすぎるので、それらはプリントでの配布で補われる必要があろう。
 最近のインターネット環境の整備のもとで電子メディア教材を作成することは、非常に容易になってきている。従来ほどの労力なしに電子メディアを多用することが可能になっているのである。学生にとって物珍しさもあるのか、私語一つ無い講義ができるのが目下の所の電子メディア授業の最大のメリットと言えようか。


[ 注 ]

  1. ビデオカメラで教卓上の教材をスクリーンに投影する装置。機能としてはOHPと変わらないが、原稿をトランスパレンシーで用意する必要が無く、印刷物や写真等もそのまま提示可能である。
  2. 学生がパソコンを利用してインターラクティブな授業が可能な教室もある。マルチメディア棟内にはCALL(Computer Aided Language Laboratory)教室(48名)があり、語学授業の他、情報教育の授業も行われている。また、平成9年度の秋からは複数のパソコン教室(120名他)が整備され、その可能性は一層広がっている。私情協ジャーナルVol.6 No.1, P28-29
  3. ここで引用されたソフトは筆者が利用しているソフトを例示したものであって、網羅的なものではない。
  4. これらの専門ソフトは、多種多様な2次元、3次元のチャートを作成できる機能を備えている。
  5. ドロー系のソフトは図の各部分をベクトル図形で構成するもので、図の拡大・縮小や変更が容易である。ただし、数値例に基いた図の作成には向かない。その場合は後述の数式処理ソフトを使用すべきであろう。
  6. ワープロの文書等から作成されるファイルで、Acrobat Readerやそれを組み込んだNetscape等で簡単に表示、印刷することができる。Acrobat Readerは無料で配布されているがPDF文書の作成にはAdobe Acrobatが必要である。


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