生物学の情報教育
宮地和幸(東邦大学理学部助教授)
(1)教養としての情報教育
生物学科のカリキュラムでは、情報教育は情報科学概論2単位と情報科学実習1単位である。
情報科学概論はコンピュータの基本的な数学の話から、それを載せる計算機本体のハードウェアについて述べ、そのハードウェアを動かすソフトウェアについての話へと進んでいる。さらに、計算機を動かすOSの話、最近話題のインターネット、情報ハイウェイ、スーパーコンピュータなどについても講義の中に盛り込んでいる。それと同時に、実際にコンピュータを使えるようにするため、情報科学実習が組まれている。現在、理学部全体のコンピュータ教育を行うために、1997年から60台のパソコンにホストコンピュータがLANでつながっていて、ホストコンピュータはWindows NT Serverがインストールされ、端末のパソコンにはWindows NT Workstationがインストールされていている。そして、クライアントはIDコードとパスワードとを入力して、それぞれのコンピュータを利用する。最近のLAN設計としては一般的な構成である。
さて、そのような環境での実習は、OSの理解とそれに付随するアプリケーションの利用に習熟することが主眼になっている。アプリケーションはワープロ、表計算、データーベースの初歩を教えている。その上にWWWのブラウザーであるネットスケープの設定とそれに付いているメールのやりとりを学ぶことになっている。また、せっかくLAN環境下であるので、授業の演習として使用する各種の資料はメールで送っている。その最終的な演習の計算結果をレポートにまとめ、それをメールで提出することになっている。
この二つの授業の他に、情報教育に関係している科目としては統計がある。この科目では演習も併せて行われており、演習問題の解法としてコンピュータを積極的に利用している。
(2)専門教育の中での情報教育
2年から4年までの専門科目の講義や実習の中で、コンピュータを利用した系統立てた教育は現在行われていない。その中でも、コンピュータを利用すれば教育効果が上がる科目としては、生物統計学や系統生物学などが上げられる。しかし、このような科目でも、コンピュータを今のところ利用していない。実習ではかろうじて一部、データの処理にコンピュータを利用するようになってきた。例えば、生態学実習において、ベントスの種構成の実際のデータを表計算に入れたり、植物の葉の葉面積計算をするのに、葉をスキャナーで取り込み、画像処理用のソフトを使い、葉面積を測る。また、CD-ROMで流布している昆虫のデータベースを使う。系統立ててはいないが、今までなら表帳用紙に直接書いたり、手で計算したり、図鑑を使ったりしていたのを、それをコンピュータで処理するようになってきた。しかし、このような実習において、コンピュータを利用するだけで、どのような情報処理が行えるのかといった、決して系統立てたカリキュラムに載った教育ではない。
4年生になると卒業研究の場で、個々の研究室で多くの実験データの蓄積、実験結果の解析、情報収集にコンピュータを利用している。そのため、研究室には学部学生も使用できるようなコンピュータを設置している研究室もある。大学院生になると、研究室によっては大学院生に個人的なコンピュータを置くことを許可している。そのようなコンピュータは例外なくLANに接続されている。学部4年生における情報教育は、個々の研究室の必要度に応じて行われており、統一的なスキームに従って行われているとは言い難い。また、そのコンピュータの使い方を教えているのは大学院生や、あるいは4年生同志である場合が多い。
では現在、4年の学生はどのようにコンピュータを利用しているのか。それぞれの各研究室で事情が違っていて、分野によって異なる。例えば、生態系の研究室では、専らデータの蓄積と解析を行うために、表帳計算ソフトが多用されている。これを使いこなせるように指導される。また、その蓄積されたデータに基づいて、その解析を行う統計用ソフトが利用される。また、蓄積されたデータを解析しやすいように加工できるグラフ用ソフトが利用されている。これらは最終的には論文として仕上げる際には、その論文の内容にそして、図に結実している。生態系の研究室は大量のデータを扱うことが多いので、常にコンピュータ無しには研究が進まないのが現実である。
生理系や生化学系、さらに分子生物学系になると、また違ったソフトが使われ、それに基づく研究がなされている。例えば、分子生物学系では各種の分析機器がほぼコンピュータによって制御、記憶、測定を行っており、結果はどの機器でもディスプレイ上に現れ、プリンターに打ち出されることになっている。そのため、分析機器に習熟することはコンピュータに習熟することとなる。それだけ、コンピュータのOSや応用ソフトが理解できないと、分析すらできないことになる。また、最近では技術革新により、DNAの塩基配列、タンパク質のアミノ酸配列は、DNAシークエンサーやアミノ酸シークエンサーによって分析し、配列が決定される。それもやはりコンピュータが利用され、活躍している。
取り出されたデータを加工し、比較するには今までのデータとの比較を行う必要があり、そのためのデータベースが必要である。そのデータベースは最近全部、インターネット経由でアクセスして、そのデータを利用することになる。GenBankなどの遺伝情報データベース、PIR,PDBなどの蛋白質情報データベース、さらに文献データベースとしてはBIOSISがある。これらデータベースによって自分の研究した結果と比較することができる。これらデータベースを充実していくために幾つかの工夫がなされており、まずDNAの塩基配列が決定されれば、論文として公表する前に、その塩基配列をGenBankに登録し、アクセッションナンバーを交付して貰う。それがないと最近は論文としても受理されない。これはアミノ酸の配列も同じである。
さらに、実験生物学である生理学系の研究室では実験結果の検定を行うのに、統計用ソフトが大いに活躍している。これ無しでは、実験結果の解析もできない状態である。
また、分類学系の研究室では系統解析を最近、DNAの塩基配列の変異に基づいて行われる。系統解析には統計学的な背景によって多くのやり方があり、それぞれの長所短所を見極めて、利用されている。また、分類群によってはそのチェックリストや、あるいは地域によってデータベースが構築されている。これらデータベースは最近ほとんど、インターネットによって情報を引き出せるようになっている。