音楽分野の情報教育
音楽における情報教育
大藏康義(日本大学芸術学部音楽学科助教授)
1.音楽分野のリテラシー教育
日本大学芸術学部は写真、放送、映画、絵画、デザイン、音楽、文芸、演劇学科を擁する総合芸術学部であるが、元来、芸術は感性の教育であり、コンピュータと芸術は無関係というような感覚が残っている面があり、全体としてはその利用が徹底しているとはいえない現状にある。
したがって、学科によって情報機器の利用度はまちまちであり、先端技術が必要な学科が先行するという状態である。 もちろん、大学も学生の要望と連携してインターネットによる情報検索等のリテラシー教育を全学規模で実施している。
その中にあって音楽学科は理論、作曲、演奏が主体の感覚重視が特に強い学科であり、コンピュータに関心はあっても情報教育講座を積極的に受講するまで行かない学生が多いのが実情である。
そこで、音楽学科としては教職履修の全科の学生を対象とした情報教育を選択教科で実施している。演習内容は受講生が将来、中・高教師としての職務に就くことを前提に、ワープロや表計算およびMMLを使った初歩の音楽製作である。音楽を学ぶ学生らしくMMLでも音楽を作るとなると皆熱中し、Basic自体の習得にも効果があるようである。
また、音楽用の専門ソフトウェアとしてはシーケンサー(音楽データを打ち込んで演奏させるソフト)やノーテーター(楽譜用のワープロ)が主たるものである。このうち、ノーテーターは音楽を学ぶ全学生にとって利用価値のあるソフトウェアであり、シーケンサーは作曲・理論系の学生にとって大変有効に利用できるソフトウェアである。音楽教育における情報技術活用は一般的にはこのレベルまでが望ましいが、機材や時間などの問題があり、本学では現在一般学生向けの講座は開講していない。
2.専門コースにおける情報教育
本校の音楽学科には、情報音楽というコースがある。このコースは音響・音楽の科学的解析と、それに伴う心理反応および生体反応を実証的に取り出していく新しい楽理科ともいうべきコースである。このような実験による実証は将来の音楽療法や環境音楽など、社会における人間科学としての音楽芸術のために必要な基礎研究である。
そのため、このコースでは通常の音楽関連授業以外に情報統計、音響物理、生理学など非常に幅広いカリキュラムが組まれている。
また、音響測定のためのオクターブ分析器、騒音計などとともに、脳波測定器、サーモ・トレーサーなどの人体測定器を多く使用する。当然これらの機器はコンピュータと連動しており、専門のソフトウェアを使用しなければならない。
また、研究中に個人的な計算等による資料を必要とする場合も多く、最小限のプログラミングが行えなくては困ることが多い。そこで、このコースでは1年次と2年次の2年間に亘り、通年のコンピュータ関連講座が必修で3講座用意されている。そのうち1講座はコンピュータ構造、残り2講座はBasicとアセンブラである。
大学としてはBasicは入学試験レベルで処理し、入学後はC言語あたりを取り上げたいのであるが、まだ時期尚早のようである。
その他ノーテーター、シーケンサーなど専門ソフトウェアの教育は、夏季の合宿による集中講義で消化している。
3・4年次ではゼミナール等の実験研究授業に入るが、音響・音楽解析といってもその内容は音色、リズム、ピッチ、音量など多岐に亘る。
音響解析でも全ての振動解析に用いられるFFTを利用するのが普遍的な方法であるが、FFTの使い方にも時間単位のすべての音を一括解析する方法や、1波形単位でミクロ的に解析していく方法があり、本コースでは両方の方法をケース・バイ・ケースで使い分けている。基本的には波形単位の解析方法が主流となっているが、その方法は、PCM録音(36KHz、48KHz)された音データをコンピュータに取り込み、数百波形を解析し、それをマクロ的に表現する方法で、スペクトル、位相、ピッチ、出力などを取り出している。図1はそれらの出力例である。
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図1 FFTソフトにおけるさまざまな出力図 |
また、音による生体反応も脳波、血流、体温、血圧、脈拍など様々な取り出し方がある。これらは一体の反応であるが、必ずしも一つの方法で結果が明白となるものではない。それで、様々な機器を利用し、それぞれ専用のソフトウェアを使用しているが、ここでは紙面の制限があるので脳波反応を脳マップで出力する1例を図2に示す。
本コースでは、これらの数万〜数10万に及ぶ多量なデータを基に集計・統計を行い、研究結果を表やグラフで提示するようにしている。研究テーマは無限であり、卒業論文もすべてこれらのソフトウェアの利用に依っている。
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図2 脳波反応の脳マップ出力 |
3.おわりに
いろいろ述べてきたが、コンピュータリテラシーはすべての学生が学ぶべき必須の知識であるが、本来このレベルの教育は大学という高度な教育機関で行うべきこととは思われない。高校での教育が充実してくれば、この部分の教育は必要なくなる可能性が高い。
したがって、大学における情報教育は少なくともリテラシー以降を目指すことになるであろう。その意味ですべての音楽分野での情報教育を考えるとすればノーテーター、シーケンサーあたりまでの範囲の教育が望ましい。現在、音楽学科ではその方向に向かって教科計画を進めている。
しかし、特殊な分野は別に考えるべきであろう。近年は質の高い専門ソフトウェアが切望される時代となっている。このようなソフトウェアは一般のソフトハウスではなかなか製作することが困難であり、その分野の専門家が直接製作に関与する必要が生じている。
情報音楽コースで使用している上記の音響解析用ソフトも自己開発によるものであり、プログラムの開発能力の有無は、研究に合致した結果の出力を可能にする上で重要な要素となっている。
このようなことから、たとえ音楽分野であろうとそれが必要な分野では、より高度な情報教育を行う必要があると考えている。
最後に問題点であるが、大学の機材は予算などの関係で一括して買い替えることができない。音楽学科では約60台のコンピュータを保有しているが、2年おきに1/3ずつの代替えを行っている。このため、コンピュータの使用レベルが3段階に分かれ、ソフトウェアの共通性が損なわれることが現在における教育実施計画の最大の悩みとなっている。
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