社会福祉の情報教育
コミュニケーションラボを活用した
対人援助コミュニケーション技術の教育
関西学院大学社会学部社会福祉学科における実習前教育
立木茂雄 (関西学院大学社会学部教授)
本年4月に開設した関西学院大学社会学部社会福祉学科のカリキュラムでは、1年次から4年次まで一貫した実習・実習前教育体制を敷いている。現場での実習の効果を高めるためには、事前の座学と併せて、模擬体験や予行演習が大切である。そのためのクラスが2年次の「社会福祉援助技術演習」だが、このクラスでの学習をより効果的に進めるための道具がコミュニケーションラボである。コミュニケーションラボでは、独自に開発したDVD(デジタル・ビデオ・ディスク)映像教材が利用できる。映像には、プロの俳優を用いて制作した様々な福祉現場での面接場面が収録されている。学生は、このようなドラマ仕立ての映像を利用しながら、面接技法の観察や分析を行う。また、学生自身が福祉サービス利用者役、援助者役、観察者役などを交代に行う模擬面接(ロールプレイ)も観察・録画できる。3名が一組となって利用するラボの学生用ブースには、教材ビデオ送出用DVDプレイヤーに加えて、2台のビデオカメラとその映像を一つに合成するためのスイッチャー、モニター、録画用ビデオデッキが収められている(写真1)。
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写真1:コミュニケーションラボ全景 |
実習事前教育の手段としてのコミュニケーションラボ(以下ラボと略)は、1987年度以来進めてきた研究開発の成果であり、現在のラボはその第3世代にあたる。これまでの研究開発の跡を簡単にふりかえってみたい。
1.初代コミュニケーションラボはマルチメディアCAIをめざしていた
コミュニケーションラボの原型は、1987年度の文部省私学助成(総額3億円)により設置したマルチメディアCAI教室と、その教材開発に関する研究から生まれた。CAI(Computer Assisted Instruction)という名が冠されていたように、初代のコミュニケーションラボ(写真2参照)は、パソコンとレーザーディスク(LD)プレイヤー、およびLAN上のデジタル音声メモリを利用して、基本対人援助技術の学習を行うハイパーメディアシステムとして設計され、運用された。
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写真2:初代コミュニケーションラボ |
初代コミュニケーションラボでの学習風景はCAI学習そのものであり、LDプレイヤーから流される面接映像を見ながら、コンピュータが出題する四択問題などに適宜解答してゆくものだった。
だが、6千万円近くの機器類を投入したにもかかわらず、初代コミュニケーションラボは不評だった。「対人コミュニケーション」を学ぶというふれこみにも関わらず、学生はパソコン画面と首っ引きになることが強いられた。しかもこれは10年以上も昔の話である。当時は、「コンピュータ」と聞いただけで萎縮する福祉専攻の学生が多数いたのである。おまけに、せっかく援助技術の専門家である教員がすぐ側にいるにも関わらず、教員の出番はない。そのためわざわざ汗を流して教材開発を続行させる意欲が教員サイドも薄れていった。これは教材開発上致命的であった。公的助成金は、ハード機器の設置には気前がよいが、教材作成などのソフト開発関連には使用がむずかしい。そのため、コースウェア開発は、ひとえに教員側の熱意に頼っていたからである。その教員の熱意が数年で息切れした。
2.コントロール志向からコネクション志向ラボへ
初代コミュニケーションラボの開発研究が、ある種の停滞に陥った1990年頃から数年間、筆者は文部省科学研究費重点領域研究『情報化社会と人間』で、「情報化と大衆文化」研究プロジェクトに参加した。この研究から、ハイテク社会には大きく二つのイメージ軸が存在するという仮説が導きだされた。一つは、「機械によって情報環境を自分の意志で自由に操る」コントロール志向のイメージ、もう一つは「メディアを通じて友達とのコネクションの機会やその自由度を高める」コネクション志向のイメージである。さらに質問紙調査から明らかになったのは、ハイテク機器としてのカラオケには情報化社会のイメージをコントロール志向からコネクション志向へと変化させる誘因の働きがあることであった。
コミュニケーションラボは、他者とのコネクションの方法や態度を身につけることを目的にしている。けれども、初代コミュニケーションラボでの実際の作業は、機械との対話を通じて自分の情報環境を操ることに力点が置かれていた。まさにコントロール志向の典型であり、そこにコンテンツとメディアのミスマッチがあったのである。
重点領域研究が終わる頃に、筆者は神戸市社会福祉協議会から、社会福祉の現場職員のスキルアップを目的にしたカリキュラムの開発と提供について委嘱を受けた。その中で、援助的コミュニケーション技術の訓練を目的とした第2世代コミュニケーションラボの開発が現実化した。ただし、初代ラボのようなパソコンを操るイメージは捨て去った。むしろ、カラオケのように、映像シーンを自由に選択できる道具、あるいはロールプレイをビデオ撮りできる道具が基本のコンセプトとなった。
現実的なラボ全体の予算配分についても、初代ラボの轍を踏まないように考えた。その結果、予算総額2千万円のうち機器類は家電品を用いてコストを下げ、できるだけ多くの予算を映像教材開発に回すようにした。その結果、予算の三分の二近くを映像教材の脚本づくり、プロの俳優(4名)や演出家およびカメラマンを用いるための制作費に振り分けたのである。
このようにして設計された第2世代ラボの教育効果については、ラボ受講者からなる実験群と、何も訓練を受けなかった比較群を用いた実験計画によって統計的に意味のある差が生まれることを確かめた。
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写真3:コミュニケーションラボでの演習風景 |
現在社会学部社会福祉学科に設置されているのは、神戸市での経験をふまえて開発された第3世代目のラボである(写真3参照)。教材開発の上で、一番大きな違いは、より豊富な福祉場面を想定し、サービス利用者と援助者の面接が時間的に展開してゆく様をドラマ仕立てでじっくりと収録した点である。
第2世代ラボでは、2枚組のLD上に、10秒前後のサービス利用者の発言を多数収録していた。この細切れ映像に応じて学習者が適切に受け答えできるようにすることが、訓練課題の一つとなっていた。これに対して第3世代ラボでは、開始・展開・終結と進む面接の時間的な流れの全体が分かるようなDVD映像素材になっている。これは、現場での活動に時間的な見通しを与えることの方が、より重要だと考えられたからである。一方、面接技法の練習では、ロールプレイ面接の自己分析や相互分析、あるいは教員からのフィードバックなどを、より重視することにした。
これらの変更点は、第2世代ラボでも依然として散見されたコントロール志向の情報環境イメージを、さらに積極的に払拭し、コネクション志向の情報機器としての性質をより鮮明にするという意味をもっていた。
第3世代コミュニケーションラボの教育効果に関する実験研究は、本年度より始まったばかりである。今後数年をかけて、実験群・比較群を用いた実験計画を通じ、ラボの教育効果を実証的に測定する計画である。
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