社会福祉の情報教育
社会福祉実践教育における
対人援助訓練プログラム支援ソフトウェアの開発
戸塚法子 (淑徳大学社会学部助教授)
1.ソフトウェア開発に至る経緯
近年、社会福祉分野への関心の高まりに伴い、社会福祉施設(以下福祉現場、または施設とする)において、資格取得のためのさまざまな実習や高校生のためのボランティアスクールが、同時進行形で展開されるようになってきた。学生達が大型休暇を利用し、希望した日数だけ施設サービスを利用する人達(以下利用者とする)と関われたのは、ひと昔前の話である。今日では施設にたくさんの実習生が入り、施設職員が学生の指導業務から解放されることの方がまれになってきた。
他方では社会からの資格取得に対する強い要請のなか、社会福祉分野にあまり関心のない、福祉現場に一度も足を踏みいれたことがない学生達も多く入ってくるようになった。しかも、彼等の一般常識や社会福祉実践に対する動機づけの低さは、利用者の生活に直接関わっていく社会福祉実践教育(特にその「入り口」教育)の展開を著しく難しくさせてきている。しかしどのような動機からであれ、社会福祉実践に関わる学習を希望する学生達には、福祉現場で必要とされる基本的知識を学内である程度習得してもらわねばならない。しかもできるなら、その学習体験を苦痛ではなく、興味深く刺激的に行ってもらいたい。そこで筆者は、社会福祉実践教育法における思いきった発想の転換を行ってみることにした。
2.ソフトウェア活用のねらいとその内容について
筆者はこうした経緯の中、社会福祉実践を学ぶ学生達が、その多様な個性を出発点としながら、思い思いのルートを通って「知的探検」が図れるようなソフトウェア(以下ソフトとする)開発に数年来取り組んできた。
社会福祉実践教育では、学生の側に、利用者との相互関係づくりを行いながら、その生活課題に臨機応変に関わっていけるようなバランス性を求めていく。しかし、冒頭で述べたように、福祉現場では資格取得実習への対応で忙殺されているのも事実である。そうした状況下では、学生の能力に十分応じた実習内容を組み立てられない事情が発生してくる。そこで筆者は、福祉現場関係者との協働作業によって、仮想現場空間(バーチャルリアリティ)を第二のフィールドとして設定し、そこで仮想社会福祉現場実習を学生が体験できるようなシミュレーション型ソフトを検討していった。
具体的には、1)福祉現場と教育現場における限界性を補完した自動学習プログラムであること、2)学生の問題意識に対応した基本的知識が登載されていること、3)学習姿勢(動機づけ)の触発が自然に行えること、4)福祉現場にいるような臨場感が味わえること、5)基本的知識が一画面ごとに抵抗感の少ない情報量に抑えられ、学習継続が容易であること、といった特徴性を盛り込んでいった。
そこで今回、試験的に開発したソフトは、知的障害者更生施設の一つの援助事業である「自立生活援助プログラム」を題材としながら、学生があたかも現場で利用者と関わっているような臨場感を創り出し、その中で基本的知識の習得と応用化が図れる学習環境をつくっていった。また、施設にほとんど関心をもたなかった学生が、知らず知らずに福祉現場への関心も深めていけるよう、ゲーム性の強い教材ソフトにしていった。
本ソフトウェアを開発するために画面編集とその制御用にVisual
Basicを、DBとしてMicrosoft Acceess等を使用した。また外づけのコンテンツとして人物、背景図等の静止画、音声を組み入れていった。全体のつくりこみは業者に依頼した。
学内では、社会福祉援助技術現場実習や社会福祉援助技術演習の授業で活用し、1)知的障害者に関する基本的な知識(利用者を幅広く理解するための行動諸科学の知識、利用者の感情表出に対応するための社会福祉実践の知識を含む)の理解、2)1)をステップとした、利用者への援助能力の向上をねらいにした。
3.ソフトによる教育的効果と学生の評価
でき上がった教材ソフト(以下対人援助訓練プログラムとする)は、ノート型パソコンに入れ、担当する社会福祉援助技術演習の関連した授業進度のところで、学生(9名)に活用してもらった。学生が全員対人援助訓練プログラムを体験したところで、アンケートのかたちで意見をきいていった。学生達は1名を除きパソコン経験がほとんどなかった。
彼等による評価では、1)実際の援助が会話によって進められているので理解しやすい、2)わからないことがすぐに検索できる、3)文章だけ読む場合と比較して音声や絵などがあり分かりやすい、のめり込める、現実感がある、4)ゲーム感覚でおもしろい、5)現場の中で学んでいる感じがする、6)気になる場面が質問形式になっており、解答例も出るので勉強になる、などがあげられた。
その後、対人援助訓練プログラムと同じ内容を学生に紙面で提示し、「自立生活への援助に関する全般的理解」「利用者の障害理解」「利用者の感情表出に対する理解」「援助方法の理論的背景の理解」といった点で理解に差が出るか聞いてみた。結果として、全員から対人援助訓練プログラムの方が理解しやすいとの意見が出た。特に、周囲の状況にそぐわない感情や言語表出を行う利用者の障害理解、その際の指導員による関わり方、背景にある援助理論についての理解といった点で教材ソフトの有用性が確認できた。具体的な感想としては、1)紙面だと読むのに飽きてしまうが、対人援助プログラムだと音声や絵があり興味がもてる、2)実際にその場で実習している気分になった、3)紙面だと書いてあることしか理解できないが、対人援助プログラムだとプラスアルファのことも得られる、4)対人援助プログラムの方が簡単に持ち運びができて便利、等が出された。
4.現在の問題点と今後の課題
個性の多様化に対応した学習者中心型教育方法論がクローズアップされてくる中で、社会福祉実践教育法のこれからを模索していくとき、バーチャルリアリティの発想を取り入れたシミュレーション型教材ソフトの開発が真剣に考えられる必要があるように思われる。と同時に、教材ソフトを大学内部、教育・研修施設、福祉現場で、学生や施設職員が随時活用できるようなハード面での情報環境整備も必要であろう。
今後は使い勝ってのよい教材ソフトづくりに向けて、研究をさらに深めていきたいと考えている。そして地道な作業を通じて、コンピューターテクノロジーを取り入れた教材ソフトづくりが、社会福祉実践教育に携わるすべての関係者に一層広まっていくことを願いたい。
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