巻頭言
小 口 泰 平(芝浦工業大学学長)
大学教育は半世紀を経て、いま大きく変わりつつある。そのキー・イシューズの一つに情報がある。情報の電子化は情報処理手段の領域を越えて、産業・経済はもとより、価値観を含めたパラダイムシフトをもたらしている。情報革命は、情報の国際的な相互依存と相互作用、情報の規模拡大と高速化をもたらし、教育もこの流れの中にある。
政府は、次世代産業の育成に向けて官民合同で推進するミレニアム(千年紀)・プロジェクトを打ち出し、国際競争力をもった新成長産業の中核として「情報化・生命科学技術・高齢化・環境」をかかげている。研究分野では、たとえば科学技術庁のペタ級コンピュータの開発プロジェクトが2000年度からスタートする。最先端を拓く遺伝子解析に適した毎秒千兆回の演算を可能とするものであるという。これだけの能力を備えると老齢化メカニズム解析や化学反応解析、さらには地球環境シミュレーションなどにも威力を発揮することは確かなようだ。教育分野では、たとえば2003年度に導入される情報教育に備え、大学・高専・高等学校・中学・小学校をインターネットで結び、教材やカリキュラム編成の開発とその共有を目指す具体的な実証実験に学会や企業が共同で乗り出そうとしている。ここで最も注目したいことは、情報の共有化の点である。これまでは小学校から大学に至るまでの各機関が同時に情報を共有することは困難であり、大学間ですら同様であったといえる。これから一層厳しくなる私学の環境を考えるとき、それぞれの私学はどこまでその歩みを早めて対応できるようになるかが大学存続の重要な鍵の一つになろう。大学間格差が心配である。焦眉の急は、情報環境の整備、つまり教育研究のハードウェアとしてのインフラ充実への努力とソフトウェアとしての情報の共有化への取り組みである。そして、これらの充実とセットにして情報化の魅力や利点の一方でもたらす負の効果への配慮が欠かせない。なぜならば、情報化は「空間と時間と規模」の点でそのスケールがこれまでの度量では推し測ることができないからである。インターネットにみられるように、より速く、広範囲に、しかも大量の情報が場所を越えて得られる。また互換性を重視するために規格化が一層強化され、とらえ方によっては場と時が培ってきた文化や価値観を一元化する恐さをもつ。
これまでの効率重視の大量生産社会は、ハードウェアとそのソフトウェアを追求した結果、多義的な思考と価値の並存を許容する心の働き、すなわちマインドウェアを見失い、一見豊かではあるがどこか満たされない社会をもたらしたとよく言われる。ところが情報化も真の豊かさを求めようとするマインドウェアを、姿を変えてこれまで以上にスポイルする恐れがある。近ごろのヒューマン・コミュニケーションの欠落がその兆候といえなくもない。
いわれるところのサイバー資本主義の中で、私学が新たな教育研究パラダイムを拓くためには、情報化への対応こそが重要なキー・イシューとなることは確かであるが、人類社会への貢献をより確かなものとするために人と人が直に心のつながりをもつマインドウェアを基本に据え、それをセットにした情報化を私学ならではの売りとして取り組んでゆきたいものである。