第3分科会 大学広報におけるWebサイトの戦略的構築と差別化
運営委員 東川 昌之（立正大学）
正木 卓（同志社大学）
尾山 尚（中央大学）
１．分科会のねらい
私立大学の広報戦略は、教育理念および教育成果を一層明確にして、自大学の人材育成に対する取り組みを社会に強くアピールすることにある。それには、社会の信頼に応え得る学士力の実現に向けて、学士力の公開、教育力向上への取り組みの紹介、第三者評価機関による結果の公開など、人材育成に関する現状と課題を社会に発信し、理解と支援・協力を得るための情報のオープン化が望まれる。これには、大学からの一方的な情報発信ではなく、Web の特性である双方向性を生かした取組が不可欠である。例えば、卒業生による授業の意義や学習の重要性に関するコメントを掲載したコラムの開設、教育支援に対する産業界等への要請、産業界等からの人材育成ニーズを把握する仕組みづくりなどが考えられる。
本分科会では、教育活動の情報公開の是非、可能性と課題を整理し、ステークホルダーに訴求する情報の内容について探求する。その上で人材育成支援の立場から社会と相互交流する場としてのWeb 広報のあり方を模索する。
２．討議テーマ
- Webサイトによる教育活動オープン化の可能性と課題
- 情報発信を停滞させる要因の分析と教職員連携の体制作り
- ステークホルダーに訴求する情報の収集と精選
- 社会と交流する人材育成フォーラム構想の探求
- 志願者確保のための戦略的なWebサイトの構築
３．獲得目標
- 自大学の広報戦略の現状を振り返り、教育情報オープン化の必要性を認識する
- 人材育成支援を実現するための双方向的なWebサイトの有用性を認識する
- Webサイト構築・運用上の人的・組織的課題の認識と解決の視点を獲得する
４．概要
本分科会の活動内容を「全体的な流れ」「事例紹介」「討議内容」として報告する。
（１）全体的な流れ
本分科会の参加者（25名）には事前研修として討議テーマに関する自大学の現状と課題、また今後の計画や提案に関しての事前レポートを課した。このレポートは参加者にメーリングリストで配信され、課題意識を喚起するために活用された。
１日目は、全体会議終了後、各分科会に分かれた。運営委員より研修趣旨、討議テーマや獲得目標等の説明を行い、参加者の意識合わせを行った。その後、参加者の自己紹介を行った。
２日目は、午前中は日本大学と立命館大学のWebサイトについて事例紹介を行っていただいた。また、運営委員による講演を行った。午後からは、Ａ・Ｂの２グループに分かれ、討議テーマから2つ以上を選択して活発な討議が行われた。
３日目は、討議テーマごとに前日の討議の振り返り・まとめを行い、最後に両グループから討議結果を相互に発表後、相互評価を行い、研修成果をさらに高めることができた。
（２）ミニ事例紹介等
最初に、日本大学の小林亜紀子氏（日大iクラブ事務局）から『日大iクラブのWebサイトの事例』というテーマで事例紹介をいただいた。同事務局では、卒業生・在学生・父母・教職員の絆を強めるため、人的スケールメリットを活かしたカード事業の推進、インターネットを利用した会員コミュニケーションの場として『日大iクラブ』を発足させた。サイトの設計方針として、「他部署ではできないことをする」、「カードを使ってもらう」、「文化発信を行う」、「会員に付加価値を知ってもらう」など明確かつユニークなコンセプトを決めて開発に臨んでいる。今後は、根幹のカード事業で新たなWebサイトの利用サービス（通販など）を検討するとともに、企業広告の媒体としてのWebサイト活用、コミュニティの充実（ブログなど）を図る手段について説明された。事例発表からは、非常に自由に、かつ意欲的に活動している様子がうかがえ、以後のグループ討議を進める上で有用なものであった。
次に、立命館大学の橋本規孝氏（国際関係学部事務室）から『立命館大学のHP/広報の現状と課題』というテーマで事例紹介をいただいた。同大学のHPは、2006年度全国大学サイト・ユーザビリティ調査（日経BPコンサルティング社）の結果からその反省を踏まえ、2007年にリニューアルされた。橋本氏からHPを含む大学における広報戦略と入試広報について、機能面（教育・研究・社会貢献）からの広報や広報目的の設定と情報共有・調整などについて具体的な事例が紹介された。また、参加者へ「教員のメールアドレス公開について」、「教員のHP作成への参画状況について」、「HPの二言語化の状況について」質問が投げかけられた。その場で参加者から大学の現況として回答していただいたが、以後のグループ討議を進める上で有用なものであった。
最後に、当分科会の運営委員である同志社大学の正木卓氏から『戦略的広報とその実現に向けて−大学広報が果たすべき任務と技術の課題−』というテーマで講演をいただいた。正木氏には前職で広報課長として大学広報の最前線で培ってきたノウハウを紹介いただいた。まず、「戦略」とは敵の国家の心臓部、産業の中心部を破壊し、戦争遂行能力と継戦意思を失墜させる・・・軍事用語から由来し、「心臓を一刺し」と表現し、現在の企業における戦略を構成する要素と企業に求められている戦略性について、また企業・大学の意思実現とマーケティング戦略について説明された。正木氏は、マーケティングはブランド形成の真髄、差別化であり、それにはアクティブなマインド形成が必要であり、それこそが大学におけるマーケットへの「心臓への一刺し」を可能とすると明言された。特に、広報担当者は大学のステークホルダーの多様性と外部だけではなく大学内部へのマーケティングの必要性を説いた。参加者の多くは大学内部への広報業務を可視化する必要性を痛感していた。
（３）討議内容
初日の全体会議の講演・事例発表、分科会のミニ事例紹介や運営委員の講演を受け、グループ討議に入った。２グループに分かれて「教育活動の情報公開の是非、可能性と課題を整理し、ステークホルダーに訴求する情報の内容について探求する。その上で人材育成支援の立場から「社会と相互交流する場としてのWeb 広報のあり方を模索する」ために、選択したテーマごとに活発な討議が行われた。
各グループともに熱心かつ意欲的に意見交換し、進行・記録・発表の役割を担った参加者がお互いに助け合って最終日のグループ成果発表へと繋げていた。
＜Ａグループ＞
最初に、分科会で提示された５つのテーマの内、二つのテーマを選択し、グループ討議を行った。全体の流れとしては、テーマごとに問題点をピックアップし、原因はどこにあるのかについて意見を出し合った。その上で、どうしたら改善できるかについて提言としてまとめた。
�〇峇蠎坡諒櫃里燭瓩寮鑪�的なWebサイトの構築
大学の組織の中で入試と広報の役割分担がはっきりしていないため連携がとれておらず、情報が伝わらないという問題点が指摘された。具体的には、広報が知っている情報を入試が知らないなど二重にコストがかかっている状態である。 また、適切な媒体選択ができておらず携帯サイトの活用が不十分であるという意見も出された。これらの問題点を改善する糸口として何をターゲットにするかについて討議を行い、ターゲットとして受験生、保護者、予備校・高校の関係者をあげた。その中でも一番の優先順位は当事者である受験生と考えられることから、受験生向けのプランを検討した。受験生に対するタイムリーで手厚い情報提供を行っていくには、入試部門と広報部門の綿密な連携が必要である旨を提言としてまとめた。
�⊂霾麋�信を停滞させる要因の分析と教職員連携の体制作り
初めに、取り扱う情報の種類をピックアップし問題点を洗い出した。その上で問題点を４つのカテゴリーに分類しカテゴリー毎に理想の体制とは何かについて意見交換を行った。
- 広報マインドの統一がされている体制
- 使える情報が満遍なく速やかに集まる体制
- 積極的にリアルタイムに発信できる体制
- クオリティを一定に保てる体制
また、マニュアル、規程を整備しわかりやすいガイドラインを作成することも重要であり、さらに発信に関する決裁権限を明確化することが必要である。最後に、理想の体制を実現するには、きちんとした広報方針があることが前提となる旨を提言としてまとめた。
＜Ｂグループ＞
最初に、分科会で提示された５つのテーマについて話し合い、結果として「情報発信を停滞させる要因の分析と教職員連携の体制作り」、「ステークホルダーに訴求する情報の収集と精選 」、「志願者確保のための戦略的なWebサイトの構築」の３テーマを選択することでグループ討議に入った。自己紹介を兼ねて、各参加大学の現状の情報交換を行った。次いで、各々の課題を踏まえながら選択したテーマについて議論を行った。
�‐霾麋�信を停滞させる要因の分析と教職員連携の体制作りとステークホルダーに訴求する情報の収集と精選
主に、情報の収集方法と体制、大学のステークホルダーとステークホルダーの欲する情報について議論した。まず、情報の収集方法と体制については、大学の規模に多少の差はあるが広報担当者が「情報は足で稼ぐ」と答えた意見が多数を占めた。一部の大学では、「各部署に広報担当者を配置する」、「広報課内に部署から収集する担当者を決める」、また「学生をスタッフとして活用する」などの意見もあった。
結果、「広報の意識を高めるには学長など上位職からトップダウンで実施する」、「各部署に広報担当者を必ず配置する」、「できる限り多く収集活動を行い、部署への意識づけを行う」、「学内への広報活動を積極的に行う」などを実現することが最も効果的な方法であるとの結論に至った。次に、大学の主なステークホルダーをあげ、ステークホルダー別の必要情報とその情報の更新頻度について議論した。具体的な作業として、時系列に情報を並べた『年間情報スケジュールマップ』を作成した。
�∋峇蠎坡諒櫃里燭瓩寮鑪�的なWebサイトの構築
各大学の具体的な取り組みとして、受験生専用のポータルサイトを開設している園田学園女子大学、在学生が取材した情報サイトを開設している立命館大学、キャンパスの風景を動画配信している明治大学、充実した英語サイトを開設している国際基督教大学、オープンキャンパスの予約ができる携帯用サイトを開設している西南学院大学などの事例紹介と並行に議論が進められた。また、議論中の気付きとして、受験生や保護者からのクレームが非常に少ない、意見が言い難い状況があるのか、吸い上げる方法はあるのかなど今後の展開が必要であることで認識が一致した。
今後は、受験生が繰り返し訪問できるようなサイトの工夫や教員を巻き込んだ双方向性のブログ公開などへ発展させたいと結論づけされた。
５．まとめ
（１）分科会のねらいに対する結論
参加者から、研修後のアンケートでは「広報業務を見直すきっかけになった」、「自身の広報マインドを再確認する必要性を感じた」、「学内への広報活動を行い、広報業務を理解してもらう」、「仕事に対する意識が変わった」、「この研修で包括的に考えるきっかけになった」など、短期間ではあるが今回の研修成果から広報担当者として、これを機に積極的な業務改善に活かそうという意欲的な姿勢が認められ、本分科会の目標は概ね達成されたと考える。また、「教育活動の情報公開の是非、可能性と課題を整理し、ステークホルダーに訴求する情報の内容について探求する。その上で人材育成支援の立場から社会と相互交流する場としてのWeb 広報のあり方を模索する。」というねらいであったが、討議時間が実質１日であること、参加者のほとんどが広報担当部門のためか「教育活動のオープン化」や「人材育成」関連のテーマまでは踏込めていなかった。しかし、他のテーマについて各大学のWebサイトの現状・課題について分析し、問題解決のための課題の確認や新しい提案の発掘、またその可能性について活発な討議が展開された。概ね、所期のねらいは達成できたと考える。
（２）討議テーマに対する結論
分科会の各グループでは、それぞれの大学の現状と課題を把握・整理し、その後、ステークホルダーに訴求する情報の収集・教職員連携の体制づくり・戦略的なＷｅｂサイト構築について、参加大学の先進事例と参加者の経験を踏まえたアイデアで創造的なディスカッションを実践した。研修最終日には、各グループで討議した成果の発表を行った。大学の規模・所属の枠を越えて参加者から、ステークホルダーへの対応として、年間情報スケジュールマップの作成や機動力のある理想的な学内体制について具体的なアイデアが発表された。また、先進的な取り組み事例とともに、今後受験生向けのサイトを構築する上で効果的な学生生活がイメージできるコンテンツ、受験生の目線に合わせたキャラクターを含むコンテンツ、また質問やクレームを引き出すための工夫など興味深いアイデアが発表された。今後は、今回の成果を持ち帰り自分の大学に当てはめて具現化して、実現に向け議論を深めていただきたい。
最後に、分科会終了後の目標達成度について５段階評価で自己評価を行った。集計結果は以下のとおりである。（参加者２５名、大学参加者の有効回答数２０）
・自校の大学広報戦略の必要性、あり方、方向性などについて、広報担当者として確認を行う 「十分に達成できた」と「まあまあ達成できた」 ⇒ 約９０％ ・双方向的なＷｅｂサイトの有用性を含めた広報が果たす教育支援のあり方・機能について認識する 「十分に達成できた」と「まあまあ達成できた」 ⇒ 約４５％ ・Ｗｅｂサイト構築・運用上の人的・組織的課題の認識と解決の視点を獲得する 「十分に達成できた」と「まあまあ達成できた」 ⇒ 約８０％ |
特に、「双方向的なＷｅｂサイトの有用性を含めた広報が果たす教育支援のあり方・機能について認識する」については、十分な議論ができなかったため４５％にとどまっている。時間的な制約や参加者の情報収集する時間を考慮すると分科会当日だけではなく、事前研修におけるレポート提出以外にメーリングリストを活用したディスカッションの必要がある。しかし、これには参加者がある程度確定して、かつ十分な事前研修期間が必須条件となる。今後、運営委員側で十分な検討の必要があると実感させられた。
※資料/成果物に関しては参加者・発表者の視点で作成されており全ての資料が当協会の公式な見解とは一致しないことがありますので何卒ご留意ください。
※引用の範囲を超える複製については、当協会までお問い合わせください。