情報倫理教育振興研究委員会
平成22年1月29日
情報通信技術の革新は、地球規模に開かれた情報交信を展開することで、万人が情報を共有し、経験と知恵を分かちあう地球社会の共生を可能にしている。社会生活はもとより政治、経済、医療、介護、教育、文化など、あらゆる分野で情報が活用され、人類などの福祉増進に貢献している。しかし、反面、情報通信技術を不正に用いて、社会の秩序を乱す行為が広域的に増大・過激化しており、情報の利用に対して大きな社会不安を招いている。
情報の不正行為の防止には、法的規制や技術的対策があるが、対処療法的には有効であっても決して万全ではない。法を犯さなければ情報をどのように使用してもよいと考え行動する結果、情報の適正な利用が著しく歪められ、人間社会としての共同体を存続・発展させる道理、いわゆる「倫理」を阻む危険性が顕著となってきた。情報倫理の問題は、高度情報社会に生きる人間の在り方にかかわる問題である。情報の生産、流通、利用などにおいて、社会正義に照らして自己の内的規制ないし自己統制を行えるよう、自律的に加害を防止する「心」の教育が不可欠である。また、加えて被害防止、被害回復の知識・技術の教育も必要である。
それには、権利の侵害、他人と衝突するのを避けるために、個人が最低限度守るべきルールとしての倫理を認識させた上で、内心に働きかけて適切な情報の取り扱いができるよう、あらゆる分野で学士力の一部として情報倫理の教育を展開していくことが必須となる。
情報倫理教育は、加害防止、被害防止、被害回復に求められる知識、技能、態度の修得を目指すことにしている。被害を受けないようにする「予防」や被害を最小限度に抑える「回復」の教育は、知識の理解を中心としているので、一般的には初年次教育、共通教育の中で講義やeラーニングなどで対応できる。他方、情報の取り扱いを様々な場面で適切かつ適正に判断し、個人の行動基準を求めていく「加害防止」の教育は、不適切な情報の取り扱いがもたらす影響などを予測させ、自律的に判断できるようにするため、ケーススタディなどによるグループ学修を通じて身近な問題として認識させることが必要であり、専門教育の中で継続的に実施していくことが望ましい。
情報倫理は、高度情報社会で生活する人類共通のルールである。学生だけでなく教職員一人ひとりの職能として求められる。とりわけ、教員は、情報の剽窃、著作権処理の侵害、個人情報保護の漏洩、情報発信・表現による文化摩擦など、情報の取り扱い問題について常に関心を持ち進んで研修や研究、または実践していることが望まれる。大学は、教員の教育力向上の一環として情報倫理に関する授業研究をFDの中で位置づけ、学外の大学及び本協会など関係機関とも連携し、積極的に取り組むことが望まれる。他方、学校法人は情報管理適正化への取組みとして、構成員である教職員には就業規則、学生には学則の中で、不正な情報の取り扱いに対して厳格な制裁を規定し、加害防止に対する学校法人の社会的責任を表明しておく必要がある。
今日の社会の発展は、情報が中心になっていることは周知の通りである。本協会は、高度情報化社会の到来に備え、1990年より情報における倫理の必要性を指摘し、1994年には「情報倫理教育のすすめ」の中で情報倫理を定義した。翌年には、情報倫理学としてのテキスト「情報倫理概論」を作成した。その後、インターネットの出現に伴い、犯罪や基本的な人権侵害など憂慮すべき事態が顕著となってきたことから、1999年に「インターネットと情報倫理」の教員向けのテキストを作成した。また、2005年にはeラーニングの教材として「情報倫理教育e教材」を開発し、Webサイトにて自由に教育利用ができるようオープンな教材環境を整備してきた。
そのような経緯で情報倫理教育は普及してきたが、教育内容は著作権法、個人情報保護法、インターネットを用いた一般法など事例の理解が中心であって、情報の利用・発信に求められる判断力養成の教育はあまり進んでいない。
本協会として、情報の取り扱いを適切・適正に判断する「情報倫理能力」を明確にすることが学士力の実現に欠かせないと判断し、2010年に「情報倫理教育のガイドライン」を次頁にとりまとめた。
内容は、学生が身につけるべき情報倫理能力の学修成果を「到達目標」として設定した上で、学びの深さについての「到達度」、教育・学修方法の例示としての「指導上の要点」、到達度の達成を把握する手段の「測定方法」とした。
今後、大学関係者から教育実践の意見を踏まえ、情報倫理教育の質的向上を目指してガイドラインの改善に努めることにしている。
今後の事業や委員会活動に反映させていただきますので、ご意見ご要望をお寄せ下さい。 |