Webサイトを活用した個別学習支援


東海大学開発工学部沼津教養教育センター
松浦 執 氏 (連絡先:shum@wing.ncc.u-tokai.ac.jp

※図をクリックすると拡大して表示します。

1. Web利用の狙いと背景

1.1ねらい

 理工系では、基礎的な物理学の知識は共通的に必要とされています。しかし、学習指導要領の変化とともに、理系入学生の物理学学習履歴は多様化しています。さらに、物理学は一般の学生にとって敷居の高い科目であり、また「たくさんの数式を暗記しなければならない」科目というイメージが強くなっています。
 従って、基礎物理の授業にあたっては、初歩的な数理的スキルの補強、実験・観察にもとづくリアルな物理現象の把握、物理的な概念を理論と実験を通じて理解すること、数理的関係式を利用して問題を解くこと、単位や有効数字など現実の量を取り扱う実習、などを同時に進めていく必要があります。これは限られた授業時間では困難であり、自主学習の習慣が定着していない学生には授業効果が上がらないばかりか、ますます物理を避けたいと思われてしまいます。
 そこで、授業では演示実験や演習の直接指導を中心にしつつも、Webサイトでの予復習と、ドリル学習をもとにした個別学習支援を提供することによって、e-learningによる授業時間外学習の定着を図っています。e-learningを授業の補助とすること、そして授業時間外の個人指導を可能にすることが狙いです。
 http://nkiso.u-tokai.ac.jp/phys/matsuura/ 「初歩の物理」のサイト(図1)で、すべての教材を公開しています。学習支援機能も、学内外の別なく誰でも常時利用できる状態にあります。Webサーバーは私の研究室に設置しております。Webサイトの開発や教材制作なども個人の取り組みとして行っています。従って、教材制作、Webシステムの開発、サーバーの管理、そして実際の授業運営を個人の範囲で行っていることになります。



図1.「初歩の物理」のサイト。中央が解説コンテンツへのリンク。右下が学習支援システムへのリンク。 

 

1.2背景


 個人でこのような取り組みに至っている背景を少し述べます。Web利用の最初はJavaアプレットを用いた「動く黒板」を対面授業時に用いたことで、このときは大学のWebサーバーを利用していました。その後自作PCでWebサイトを立ち上げ、物理学実験や授業のフィードバックに利用し始めました。その後、データベースの利用など少しずつ試行錯誤的に技術的な学習を進めました。その一方で、カリキュラム改正の頻発などの影響で授業受講者が増大して、黒板が事実上利用できなくなる事態に至り、PowerPointを中心としたコンテンツの制作を「やむを得ない」状況の中で進めました。私が教養系で専門課程の教員ではないにもかかわらず、優秀な卒研生が来てくれたことが大きな力となっています。


2. 学習支援システム


2.1反復学習アドバイス


 新しいことを学ぶときには反復学習が必要です。とくに、基礎的な分野を学ぶときには相当な反復練習期間がないと、次のステップを効果的に学べるだけのレベルに達することができません。
 本サイトでは分散学習の考え方にもとづいて反復学習を促すアドバイスをしています(図2)。分散学習では、少し忘れかけるころに復習する方が、記憶が強化されると考えられています。減衰した記憶の活性度を再活性化する程度(再活性化量)が大きいほど、記憶が強化される傾向があるといわれます。
 物理の学習のように知識の関連性が強く、積み上げの性格が強い場合にも分散学習のメリットは高いと思います。はじめに学んでから、その後得た知識や、その後の頭の中での記憶の統合が伴って、反復するときにはより深く、広く理解することができる可能性があります。
 また、最初に学習するとき、よく分からない状態であるなら、記憶も確立していないので、やや早めに反復学習する必要があります。記憶が確立されていない場合では、記憶の活性度の減衰が急速であり、再学習の際の再活性化量も低いのです。分散的に反復学習する場合にも順番を考えた方がいいというわけです。
 そこで本サイトでは、理解率の低いものを優先しながら、あまり時間経過する前に再学習することをドリルごとにアドバイスします。選択肢型ドリル、計算型ドリルの正答率をもとに、そのドリルをどのような優先順位で再トライしたらよいかをアドバイスします。いずれの型のドリルでも、個々の問題に対して最初に出した答えが正解かどうかで正答率を算出します。
 具体的には下式のような累積正答率の評価関数Pnを用います。あるドリルをn回解答したとします。n をドリル反復学習回数、Pi を i 回目の解答時の正答率、τ を特性時間(τ = 30日としています)として、n回の学習履歴を次の重み付けした累積正答率を計算します。



 右辺の2のべき乗の項は解答記録順序に対する重みで、最近の正答率を最も重く評価し、それ以前は1/2倍づつ重みを低くします。過去に前問正解でも、久しぶりにやったらほとんどできなかったという場合、記憶の活性が非常に下がっていると考えられ、早めに復習した方がよいです。また、最近正答率が高い、という場合は記憶の活性も高いと思われます。
 左辺は i 回目の解答後から現在までの時間経過に対する重みです。前回の解答が前問正解だったとしても、その後時間が経過するとともに記憶が減衰して、早急な再学習が必要になります。
 この方式では、集中学習を制限する(短時間の反復送信に対して評価の重みを下げる)ことはしていません。改善したいと考えています。


図2. ドリル再学習アドバイス画面の例。全部で6段階のアドバイスを用意してある。

2.2弱点補強のためのコンテンツ提示


 ドリルの復習順序をアドバイスするだけでなく、ドリル学習履歴から弱点とみられる項目に関する解説コンテンツを提示しています(図3)。

図3. ドリル学習アドバイス画面の例。中央上部(○で囲み)に弱点項目として抽出されたコンテンツへのリンクを提示している。 各ドリルと、各解説コンテンツには共通のキーワードを割り当ててあり、正答率の低いドリルから弱点項目と推測されるキーワードを選び出し、それに対応するコンテンツを提示します。

2.3コンテンツの形式など


 本サイトの解説コンテンツは、PowerPointをhtmlに保存したもの、Flash、Javaアプレット、通常のhtmlページなどです。最近はFlashがよいと思っていますが、手間がすこしかかります。

 本サイトのドリルコンテンツは、基本的にデータベース(Microsoft SQL server)に内容が記録してあって、WindowsのWebサーバーIISに標準のASP(Active Server Pages)を用いてデータベースから読み出し、それをHTMLに表示しています。解答の正誤判断や解説の表示にはJavaScriptを用いています。Flashドリル(かなり以前のものです)はデータベースではなく、単体のドリルです。


3. Web利用の授業の進め方

3.1授業の形態

 (図4)のように、物理のコースは解説コンテンツとドリルを組み合わせて設定してあり、基本的に授業時間外学習用に使えるようにしてあります。最近の授業では、週2回授業の場合、1日はマルチメディア教室、もう1日は実験室で授業を行い、メディア教室での授業時にはこのHPの学習支援システムに入り、ドリルを解かせ、解説を手元のPCでも閲覧させながら説明する、補足事項(これが多いが)を電子白板や書画カメラを使ってリアルタイムに書いて説明する、などのことを行います。実験室での授業時には演示実験や、やや体感的な形での解説と、紙ベースの計算ドリルを行います。


図4. 「力と運動」のコースの解説コンテンツおよび各種ドリルのリンク一覧のページ部分の例。計算ドリルには3段階のレベルを設定したものがある。

3.2どのような効果が上がっているか

 (1)学生の学習履歴確認:学生は学習支援システムのトップページから自分の学習履歴と、同時に受講している全体の進行状況を常時把握できます(図5)。ペーバーテストなどについてもヒストグラム表示を示し、全体の中での自分の位置を確認できます。さらに、追加の問題を任意に解答、提出することで自分の積算得点を増加できるようにしてあります。これにより、多くの学生が自主的に問題解答を提出してきます。以前は全体成績分布が上位と下位の2極に分かれる傾向がありましたが、現在は改善しました。 


図5. 個人別の学習支援システムトップページ。Web利用度、ドリル理解度の全体分布のなかでの個人の位置の提示、最新10日分の履歴の提示、感想などに対する教員からのコメントの表示がある。左側のメニューバーが各支援機能へのリンク。ドリル理解度は前出の評価関数をもとにしたもので、数値が大きくなりにくい。

(2)レスポンス:全てのドリルは送信時に感想などを添付できるようにしてあり(図6)、また質問などのための掲示板もあります。学生からの書き込みにより、不明箇所の補足、やり直しを行うなどができます。それにより授業の予定もかなり変更が必要になります。
 


図6. 選択肢型ドリルの全員表示のページ。個人別に得点、各問の正誤、感想などを表示する。

 

(3)ドリルの反復学習:多くの学生が、各ドリルの反復学習のアドバイスを見て自主的に反復学習しています。その結果理解できるようになったとの感想が見られます。各ドリルには該当する解説コンテンツがリンクしてあり、これを開いて見ることで授業の復習が随時できます。

(4)弱点抽出機能:ドリルの中で成績のよくないものについては、関連する解説コンテンツを自動検索して、そのリンクを提示しています。このインストラクションに従って該当コンテンツを閲覧する数もある程度の量になっています。ただし、この弱点抽出の機能については、もう少し学習項目のつながりや、躓いている内容の前提知識の強化など工夫が必要と考えています。 

3.3課題、問題点

(1)教室のこと:マルチメディア教室で授業を行うと、Webサイトの利用の仕方を周知させることができ、ドリルも確実に行わせることができます。しかし、PC実習室では思いついたときに演示実験が行いにくく、どうしてもコンピュータの中にプログラムされた世界でゲームをしているような感覚があります。物理の授業としてはあくまで実験室で行うことが望ましいと感じています。


図7. 記述問題解答の全体表示ページの例。全員の答えや感想などを見ることができる。すでに送られた他人の解答を見てから自分の解答を書いてもよい、としている。


(2)学生のWeb利用傾向:授業時間外の学生のWeb利用状況は、明らかに途中で中だるみし、試験前に急増します。これは一般的な学生が対面授業で学習していくときに共通的な傾向で、少々の工夫では解消できないと思います。むしろ、タイミングを見計らって指導することが有効だと考えます。結局、教員自身の授業運営のポリシーや巧拙に依存するのだと再認識しています。

 (3)ドリルには有効なヒントを:ドリル、特に計算ドリルにはいかに有効なヒントを設定するかがポイントだとつくづく感じます。計算ドリルは表面的には数値合わせですが、本来は解決プロセスを適正にすること、定性的な問題把握ができるようになることが目的です。この大事なところを担うのはヒント提示機能ではないでしょうか。この点で本サイトはまだ未整備です。

(4)初歩的な数理的処理スキル:紙に、図、記号や数字を使って表現する技術が弱い学生が増えています。これは理系全般の学習上、障害となる部分です。最近はこのスキルの向上にやや重点を置いています。現状のWebではこの手作業の練習が難しく、対面授業での実習が欠かせません。

(5)このようにWebと対面授業での実習を相補的にやっていくことが通常のやり方だと考えます。試験成績や学生へのアンケートを調べると、授業時の学生の取り組みとWeb利用とはかなり相関があります。そうすると、あらためて学習動機を高め維持することが、授業でもWebでも課題である、ということになります。


4. 今後のこと

 コンテンツの充実・更新が最重要と考えています。特に、学生の既有知識の変化に対応してコンテンツも更新せねばなりません。コンテンツごとの感想や意見収集と、それに対する対応が今後定常的に行うべき仕事だと考えています。

 報告者は平成16年度科学研費補助金(課題番号16500560)を受けて初等物理のe-learning教材制作を行っています。学習コンテンツの制作は手間がかかりますので、教材の共有をすすめることも必要です。他人の制作したものはそのままでは使えません。手をいれたいことがあります。本サイトのコンテンツはe-learning用などにご自由に利用、改変していただいて結構です。できればコンテンツへのご意見、ご希望などをお寄せいただければ幸いです。