特集
情報化時代の教育
情報化時代の中、大学では基礎的情報教育の見直しや、専門分野の教育へインターネットやマルチメディアを取り入れるなど、新しい教育方法に取り組みつつある。しかし、現在のところそれらの取り組みは全学的規模に至らず、教員個人の負担によるところが大きい。
本特集では今号と次号の2回にわたり、各専門分野の教育において実際に情報技術を活用されている方々から、その活用方法やメリット、問題点について紹介いただき、これからの大学教育が情報化とどのようにかかわっていくべきかを考えたい。今号では、医学、数学、建築、英語、経済分野の教育の他、専門分野のための基礎的情報教育について取り上げた。次号では、物理、法律、経営、薬学、栄養、被服の分野から紹介する予定。
臨床解剖学のデジタル教材
中 野 隆(愛知医科大学解剖学第1講座教授)
1.知識の統合のためのデジタル教材
最近の医学の進歩はめざましく、医学教育の中でも最も「古色蒼然たる」学問とされてきた解剖学の教育も、大きな転換期を迎えている。すなわち、生きた人の内部構造を放射線を通して学ぶX線解剖、特にCTやMRIの理解に必要な人体の断面を学ぶ画像解剖がますます重要になってきた。そこで、私の講座では放射線医学講座との合同講義を行い、解剖学的知識と臨床医学的知識の統合を計っている。実際のCTやMRIの画像をスライドで見ながら学ぶ講義は、低学年の医学生にとって非常にインパクトの強いものであるが、スライドは見終わった後の記憶に残りにくいのも事実である。そこで、これらの画像をデジタル化してホームページ上で公開し、学生が講義後や試験前に復習できるようにしている。例えば、脳の断層標本の写真と脳のCTの対比や、正常脳のCTと脳梗塞のCTの対比ができるようになっている。脳の動脈支配域などの解剖学の図と、これらの画像を見比べながら自主学習すれば、解剖学的知識と臨床医学的知識の統合がさらに深まる。CT画像などを用いた練習問題もあるので、学生自らが自分の学習の到達度を知ることもできる。また、CTやMRIなどの原理の解説も含まれているので、臨床解剖学を学んでいる2学年次生のみでなく、低学年から高学年まで多くの学生が利用している。実は、これらの大部分は、セミナーの時間を利用して、本学の学生が作成したものである。
2.問題解決型教育のためのデジタル教材
卒後の臨床の現場では、知識の量だけではなく、その知識を応用して問題点を解決していくことが必須のため、多人数を対象にした一方通行的な講義による知識伝授型の教育ではなく、問題解決型の教育の重要性も高まっている。そこで、学生を少人数のグループに分け、実際の臨床の現場で遭遇するような症例を問題として与え、学生同士討論しながら解決する“tutorial system”が注目されている。もちろん通常の講義においても、単なる知識の一方通行的な講義よりも、実際の臨床症例を取り上げてその問題解決の過程を解説する「問題呈示型講義」の方が効果的である。しかし、学生の教育に適した症例が常に用意できるとは限らないし、最近は患者の権利意識が向上してきたため、患者を教育に使わせてもらうのが困難な場合もある。また、必要不可欠な知識は通常の講義の中で教えなければならないため、講義時間を確保しつつ、一方では問題解決型の教育も採り入れるという、相反する二つのことを両立させなければならない。そこで、学生が自主学習時間を有効利用して、問題解決型の学習ができるようなデジタル教材を作成し、ホームページ上で公開している。これは、内科学講座から提供を受けた臨床症例の症状や検査所見などを見て、学生が自ら思考しながら障害部位を推定し、最後にその推定の正否を画像によって確認するというものである。学生に選択による意思決定を行わせてから次のステップに進むように作られているので、コンピュータ上で“tutorial system”を疑似体験することができる。
3.デジタル教材の問題点
放射線医学講座や内科学講座の協力により、画像や症例を提供してもらっているため、著作権や所有権に関する問題はない。しかし、限られた人員が、限られた時間内で作成するため、遅々として進まないのが現状である。大学間でデジタル教材の共有化が進むよう願っている。また、日本の大学では、デジタル教材に限らず、教育業績はほとんど評価されない。教員の教育に対するmotivationを高めるためには、教育業績を正当に評価することが必須であると思う。
図1 臨床解剖学セミナートップページ
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図2 製作風景
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図3 断層面選択画面
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図4 脳断面とCT断層像の比較
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