特集

情報化時代の教育



経済学部学生に必要な情報教育とは

藤川清史(甲南大学経済学部教授)




1.はじめに

 甲南大学における情報処理教育は次の三つのカテゴリーに分けられている。1年生では、情報倫理教育も含めた教養的な教育(座学とPC演習)、2年生以降は、学部の専門教育としての情報処理教育、つまり情報処理技能そのものの向上に重点を置いた科目とコンピュータをツールとして利用する科目(「経済統計学」や「計量経済学」)がある。私が担当しているのは、情報処理技能そのものを学ぶ方の科目であるが、扱うトピックを経済・経営関連のものにし、経済学部らしさが出るようにしている。


2.情報処理教育の現場  −転換せざるを得ない情報処理教育の重点−

 これまで私の授業では、文書作成や数表・グラフ作成に加えて、成長率・寄与度など記述統計の計算、消費関数を推定し係数の有意性を検定する経済統計的内容、線形計画問題を解くOR的内容を実際に表計算ソフトで体験してみるなど、情報処理実習の内容を統計学・数学的なものにも重点をおいてきた。しかし、最近の学生は、文系学部受験で高校時代に数学をほとんど勉強してこなかったため、論理的な思考が要求される「経済統計」や「計量経済学」の科目の学習を意図的に避けるようになっている。
 そこで、私は最近になって「大学がサービス産業である以上、ある程度は学生が望むような方向での情報処理教育を心がけよう」と大きく方向転換することにした。


3.問題解決のための工夫

 現在、私の情報処理教育では、日本商工会議所の検定対策を一部取り入れることにしている。最近の学生は「資格」に魅力を感じ、検定の模擬試験にも熱心に取り組む。日本商工会議所のコンピュータ関連の検定には、「日本語文書処理技能検定」と「ビジネス・コンピューティング検定」の二つがあり、「文系学生」には取り組みやすい。また、学生は3年生になると就職セミナーに参加し、会場で見てきたスライドショー形式のプレゼンテーションの方法を教えてほしいと要望するようになったので、基礎的なプレゼンテーションソフトの使用法を教えるようにしている。
 こうして学生に情報処理に対する理解と関心を持たせた上で、経済理論に関わる情報処理技能も身につけさせるようにすると、学生もある程度納得し、統計学・数学関連の講義内容も耳を傾けるようである。
 この他に、経済学部では現在、郵政省の補助を得て、学生が経済を理解しやすいよう「日本経済入門のホームページ」の作成を手がけており、私もその作成に携わっている。


4.新たな問題

 こうした方向で授業を進めていくと、本来説明しておくべき内容がおざなりになってしまう。表計算ソフトを使えるようにするためには、データ操作や計算ツール(アドイン・ツール)の知識も必要なので、ほんの触り部分だけを説明している。また、講義の最後の1−2コマでデータベースソフトについても説明している。当然ながら、統計学や計量経済学を教える時間もほとんどなくなってくる。


5.情報処理教育の基本方針策定と資源配分の増加を

 大学が企業のニーズに迎合する必要はないが、基本的なリテラシー教育が学生にとって必要不可欠な技能の一つであることは事実である。しかし、学生にどの程度の内容を教えるべきかについては、これまであまり議論されることはなかった。
 このような議論を進める機運が高まってきても、情報関連に集中して資金を投入している「不公平」を是正すべきという空気や、教員の負担増への危惧などもあり、盛り上がってきた情報処理教育が大きく振り戻る可能性もある。大学における情報処理教育の位置付けがあいまいであり、教員間でも情報関連教育の重要性や緊急度に関する意識にも相当の温度差がある。

 私見であるが、今や大学における情報インフラは図書館や校舎・研究棟と同様の全学共通資産と考えるべきである。また、情報処理の知識が「知識人の条件」の一つになりつつある現在、その内容は経済学部教育の一環として全学部的見地から検討されるべきだと考える。現在のところ、経済学部としてどのような情報処理教育を行うかの判断については、担当教員に任せられており、個人にかかる負担はかなり大きい。



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