地理学の教育における情報技術の活用


文系地理学科生のためのリモートセンシング教育


長谷川  均(国士舘大学文学部史学地理学科助教授)



1.リモートセンシング教育を始めた背景と目的

 私たちの教室で「リモートセンシング(RS)」を開講して12年が経過した。試行錯誤の末に現在は、50組のWindows版解析ソフトとCAIシステムを使った授業を実施している。また、「地理情報システム(GIS)」も準備に時間を要したが本年度から開講し、やはり50組のシステムで授業を始めた。
 RSを開講した際に掲げた教育目的は、環境破壊の状況を認識するためとか、環境問題への関心の高揚などというものではなく、RSや地理情報を組み合わせて活用するための能力を養うという、極めて実務的なものであった。なぜなら、学生は他の講義や文献から環境問題や地球環境の現状についての知識は習得済みであり、一般にはより知的な作業や実習授業を要求するからである。そして、このような現状を踏まえて学生が問題を解決し、あるいは自らRSを活用した調査、研究計画を立案できるまでの教育を目指した。


2.ソフトウェア、解析機器の整備

 RS開講当時は、特別の予算措置をとることができなかったため、地理学教室のPC室で市販品のデモ版を使って画像処理の手順を説明する程度の 「実習」であった。その後、2年ほどしてPC、WS用の複数の解析ソフトを導入し、ようやく本格的な教育が開始された。しかし、履修学生の増加に伴い、手狭なPC室での実習は不可能になった。また、研究環境を教育用として転用することも困難であった。このような問題点を解決するため、多数の教育用ソフトと実習室の必要性に迫られた。そこで、全学共同利用施設である情報科学センター教育用端末室を使用し、操作の容易なソフトを使った実習型の講義に転換することにした。


3.教育用リモートセンシングソフトの条件

 文学部の史学地理学科地理学専攻へ進学してきた学生の多くは、数学が不得意であるし苦手科目である。これが理学部にある地理学科の学生と決定的に異なる点である。講義でも、できる限り数式を使わずに説明しなければならない。RSの講義をこのような前提で行うことは、非常に難しい。しかし、教員がソフトをブラックボックスとして使わせることに抵抗感があっては、文系の地理学科でRSやGISの講義など不可能である。ただ、RSを使って問題を解決するためには、とりあえず数式を理解できなくても良い。例えば最尤法分類を行う際、確率分布関数の数式を理解できなくても、画像からトレーニングデータを抽出する知識があれば、優秀なソフトの手を借りてRSを道具として使い、問題解決に取り組むことができる。
 現在市販されているRS解析ソフトは10種類以上あるが、教育用ソフトとして必要なことは、操作が簡単なこと、標準的なPCでフルカラー高解像度のグラフィックを扱えること、低価格なこと、という条件の他に、一通りの解析機能も備えていなければならない。また、PCの操作に習熟していない学生の負担を軽減し、本来の目的である解析作業に没頭できるような優れた操作性も必要である。
 このような条件を示しながら、ソフトの開発は沢瀉電子(株)(http://www2u.biglobe.ne.jp/~omdec/)に依頼し、意見を交換しながら「OM-SAT for WIN」が完成された。


4.計画立案型実習

 講義は週1回、年間25回で行う。ここでは誌面の都合でシラバスは省略した。講義では衛星画像のデジタル処理の理論と手順などを理解した上で、衛星データから土地被覆現況図などの分類図を作成し、分類精度の検証までをマスターするように組み立ててある。
 実習ではプレゼン用画像を用意し、また、データを毎回学生に配って処理を経験させ、それを繰り返しながら次第に高度な解析へと進んでいく。多くの画像を使って詳しい手順を説明する必要もあるので、「リモートセンシングデータ解析の基礎」というカラーテキストを用意し、昨年度から使用している。CAIシステムを使うので、教師の処理操作を表示するとともに、学生の作業状況を順次見ながら、特定の学生の作業を模範画面として他の学生の画面へ一斉に送信し、音声で解説させながら演示させることも可能である。
 実習用データは、CD-ROMからFDやMOに切り出されたデータである。本教室ではこの10年間に教員が所有するものを中心にデジタルデータを整備した。実習ではこの中から、経時変化や季節変化を抽出できるデータを用意している。
 実習の最後で、「土地被覆分類図の作成」を行う。この実習では地域の設定を学生に任せ、RSで分類を行う必然性や問題点の所在を考えさせる。そして分類項目の設定、トレーニングポイント選定と統計量の検討から、試行錯誤を繰り返しながら分類作業(教師付分類)を行い、最後に分類精度を検証するいわば計画立案型実習を目指している。


5.RS、GISを履修した学生の進路

 地理学の分野では、リモートセンシングに高い潜在能力が期待されてきたにもかかわらず、その利用が活発に行われてきたとは言いがたい。しかし、PC用の優れた解析ソフトや高品質、低価格な出力装置の出現でRSを道具とし、研究や調査に活用する機会は増加する一方である。受講生に行った数年前の調査でさえ、「就職先、進学先で『リモートセンシング』に接する機会があるか」という質問に、学生の約20%が「一応ある」または「大いにある」と回答している。専門性を活かした就職先を選択する学生が必ずしも多くない現状では、この数字はかなり大きいものといえよう。就職難が続いているが、積極的にRSやGISに関わった学生の就職は概して良い。
 卒業後も、地形・地質コンサルタントや測量、建設関連の会社に就職する学生はRSやGISに関わっていく。これ以外にもこれらの技術を必要とする業種は、自治体の環境、自然保護、都市計画、地域計画、防災、農林水産、教育など極めて多岐にわたる。「情報処理関連の実習授業は、大学が学生に提供できる教育手段としてはベスト手段の一つ」としばしば言われるが、RSやGISなど情報処理に深く関連する科目を設置して、学生に「新しい地理学」を提供し、新しい就職先を開拓していくことが今後の大学教育として重要である。
 新入生に対するアンケートでは、入学後に受講したい科目で「リモートセンシングやGIS」、「環境アセスメント」をあげる学生が極めて多い。これらの学生のほとんどは、実際の内容や定義を理解していないことが多い。しかし、今日では高校地理の教科書にさえ「地理情報システム」や「リモートセンシング」の記述があり、地理に関心のある高校生であればGISやRSという用語の認知度は高い。歴史の古い地理学教室では、30年以上もカリキュラムを変えないところがある。それでも学生は集まる。しかし、私たちのように比較的新しく知名度のない教室では、わかりやすく魅力あるカリキュラムを常に整備することで、そのような教室とは違う学生を獲得していきたいと考えている。
 RS教育の多くは、設備の制約から少人数で行う形式か、PCを使って画像合成や解析の手順などを示す演示型の形式かのいずれかの講義が多いと思われる。演示型の教育は学生にとっては面白くない。大学の講義は、教師から学生へと一方的になりがちだが、CAIシステムなどを十分活用できれば、双方向的なリモートセンシング教育が可能となる。

参考文献
長谷川 均:文学部地理学専攻学生に対するリモートセンシング教育.
国士舘大学情報科学センター紀要 第17号, p.36-49,1996.
長谷川 均:リモートセンシングデータ解析の基礎.古今書院, p.138,1998.


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】