私情協ニュース6

平成14度 教育の情報化推進のための理事長・学長等会議開催される


 去る8月3日、慶應義塾大学三田キャンパスを会場に112大学、12短期大学より208名の理事長、学長、学部長等が参加して開催した。学生の基礎学力低下、コミュニュケーション能力の不足が指摘される中で、授業のあり方がこれまでの「教える授業」から「学ぶ授業」への転換が求められてきている。『情報技術(IT)を活用した教育改革に対する大学の取り組み』と題して、授業での情報技術活用の実情と教育水準高度化の教育戦略、経営戦略としてのネットワーク学習の展望について可能性を見極める場とした。
 会は、戸高敏之会長(同志社大学)より、本会開催の趣旨について説明があり、ついで安西祐一郎塾長より会場校代表の挨拶の後、基調講演、事例発表、全体討議、関連情報の紹介を行った。以下に会議の概要を紹介する。


1.基調講演

「大学の教育・経営戦略としてのITの活用」

 斎藤信男氏(慶應義塾常任理事)から、教育政策の基本問題として避けて通ることのできないIT活用の取り組みの展望と方針、e-learningの経営面での活用の可能性について、慶應義塾大学での取り組みを踏まえて説明があった。なお、初めての試みとして松下電器産業(株)の協力を得て講演内容を後日、ビデオ・オン・デマンドにしてインターネットで配信することにした。
 IT化は、文化、社会構成を変えていく道具であり、組織の目的を達成するための道具であるので、「戦略的」によく理解して使わないと有効でなくなる。一つは、IT化の投資効果を評価しなければいけない。投資に見合ったコスト削減、競争力の向上、教育研究の質の向上、学生の将来性、大学の将来性への寄与を判定しなければならない。IT戦略を考えるときに、慶應義塾大学としては三つの段階を目指している。第1段階は、「統合セキュアユビキタス環境」で、いつでも、どこでも自由な形で利用できて、安全性が高い情報基盤環境を目指す。最先端の情報技術を学生が経験していくことが重要。情報の検索、アーカイブなどに十分安全性が保証されていること、大学内部に倫理観の非常に高いコミュニティづくりを行うことが重要。第2段階は、「e-Academia環境」で、学術的なデータベースや教育支援としてのe-learningの統合とエクステンションサービス、企業と大学との共同研究の成果を学内で共有するなど事務部門の壁を取り払った統合化・融合化を目指す。それには、学長・理事長のリーダーシップが要請される。第3段階は、大学の発展的な役割を示す「e-Community環境」で、社会との連携支援、国際的な連携支援を目指し、21世紀の知識社会の先導者として大学が位置づけられるようITによって実現することが重要。(図1「IT化戦略の構造」参照)

図1 IT化戦略の構造

 以上の環境を構成するe-learning戦略は、新しい教育の手法・道具として、大学経営の中で重要な戦略的武器になる。アメリカの事例では経営的にはペイをしていない例が多いが、それぞれの大学の状況に応じて戦略を立てて利用していくことが大学経営陣に課せられた課題である。衛星通信、インターネットによるリアルタイムでの遠隔教育、必要な時にネットワークで教材を見て学習できるウェブ・ベースド・トレーニングによる社会人教育、高度にコミュニケーションをインタラクティブに行うゼミナール、ワークショップ、語学トレーニングなど携帯電話を含めた形態がある。効果としては、第一に学部の壁を越えた新しい教学システムの創出による単位制、卒業方式の変革の可能性があること、第二に社会人、OB・OG等々も含めた社会人教育拡大の可能性があること、第三に国際的な情報発信による新しい国際連携の基盤環境になる可能性がある。
 慶應義塾大学の一例として、スクール・オン・インターネットという学術的なインターネットのプロジェクトでは、環境情報学部の村井純教授を中心にe-learningの実験を複数の大学間で進めている。また、経済産業省の支援でアジアe-learningネットワークという形でアジア地区の大学と連携して遠隔教育を提供していくことを計画している。
 課題は、コンテンツ提供の対価、開発の共同化、個人化の問題、コンテンツの標準化の有無などがある。私情協もサイバー・キャンパス・コンソーシアムをスタートして、共同してコンテンツを作ろうとしている。基盤になる共通技術や環境は共通にすることが望ましいので、何を差別化し、何を共有化するかが重要になってくる。


2.事例発表

「ITを活用した授業改善モデルの紹介と課題」

 「ビデオ・オン・デマンドによる経済学の教室外授業」について林 直嗣氏(法政大学経営学部教授)からミクロ経済学の事例として、1年分30回の授業をすべてデジタルカメラで録画したビデオ・オン・デマンド方式のWeb授業を紹介。「いつでも・どこでも・誰でも」見られるようにリアルタイムで配信する形にしてある。予習、復習として活用できることから学習機会が拡大する。対面授業中に聞き逃した部分、十分に理解できなかった部分を集中的に聴くことができる。試験の直前になって聴きたいところ、病気等で休んだ場合に集中的に聴くこともできる。Web授業の長所は、第一に受講者ペースでの学習が可能で、学習意欲が高まったときにマンツーマンで受講できることで学習効果が上がる。第二に電子メール等を使うとQ&A方式で双方向のコミニュケーションが可能。授業は1回限りだが、Web授業は章が連なっているので、自分で勉強したい範囲まで、自由に体系的な学習が可能。短所は、生の授業の緊張感、ライブ感がない、授業の欠席が増える、ノートをとることが少なくなる。今後の課題としては、教員が1人で努力するのではなく、大学が組織として取り組む必要がある。
 「サイバースペース化した法情報学授業」について、笠原毅彦氏(桐蔭横浜大学法学部助教授)より、インターネット上の掲示板情報、意見交換の場としてのメーリングリストを使い、学生間で能動的に学ぶ授業を紹介。ゼミ員とゼミのOB、教員の友人、講義履修者の希望者、ほぼ全員が入り、一昨年から実験的に非常勤の大学も含め、同じ課題を出してバーチャル空間で議論している。教員が返事を出せないときにOBが教えてくれるバーチャル空間ティーチングアシスタントという形になっている。発言とレポートの量と質で成績をつける。意見を出さない学生も事前の課題を与えると、授業の前に討論が始まる。価値ある使い方ではないかと自画自賛している。
 ハーバード大学では、「ロティセリ」というページを使い、インターネットの双方向性を利用して情報提供を超えて学生間の意見交換を求めている。遠隔講義、対面学習の区別なく、外国学生まで含め対話型授業を行っている。知識の伝達、事前討論をインターネット上で行わせ、ソクラティック・メソッドの対話型の授業を実現している。すべての学生の目に触れた発言を利用して成績を評価するので、成績評価が客観化され、成績に関する苦情が減った。ただ、出席者は2、3割減る。今後の課題としては、担当する教員の負担が重くなる。メールの量が多くなり、見なければならない掲示板が増える。必ずティーチング・アシスタントが必要になる。ハーバード大学のロティセリと同じようなものを作り、今年から来年にかけて教員全員に配ることにしている。さらに、大学の二つの模擬法廷をIT化して遠隔模擬裁判の実験を計画している。
 「教材の共同使用による物理学のシミュレーション授業」について、鈴木恒則氏(東海大学物理学部教授)より、ITを活用したシミュレーションに特化した授業を紹介。私情協物理学情報教育研究委員会でインターネット上のコンテンツを探索し、リンクの許諾を得た教員のシミュレーション教材を用いて、物理現象を数式で表した場合の物理的な意味合いなどへの授業効果を説明した。学生はシミュレーションについては非常に積極的に実行し、解答を寄せる。同じ題材でも視点が異なるようなシミュレーションについてはコンテンツの開発を大学間で協力して行う必要がある。
 「ネットワークによる建築学の大学間講評授業」について、眞鍋信太郎氏(東京工芸大学工学部教授)からマルチメディアを用いた建築設計教育と講評会の紹介があった。設計教育は、具体的な課題を出し、その解を作品にまとめるもので、正解が一つではなく、講評者によって評価が分かれたりするのが特徴。講評の意見を他大学の教員、学生とすることは、多様な視点が入るとともに学生のモチベーションが非常に高くなる。また、教員にとっても授業内容、方法を公開することから良い意味で緊張した授業となる。
 問題点は、課題が終わった後で講評会を行うことになる。互いの内容を開示するのは最初は物珍しさがあり良いと思われる。将来的には設計課題を共通化することを目指したい。


3.全体討議

「教育へのIT活用のための教育政策と実施体制」

 早稲田大学の取り組みについて村岡洋一氏(早稲田大学教務部情報化推進担当部長、理工学部教授)より、教育改革の目標としてグローカルユニバーシテイの実現を掲げ、教育研究のオープン化による競争原理の導入、行動する国際派知識人の養成、アジア太平洋地域で存在感のある大学を目指して、情報化推進プログラムを1997〜99年の情報ネットワークシステムの構築、2000年〜02年の教育研究スタイルの変革、2003〜05年の世界と大学の連続性・異文化の日常化の3期で進めているとの報告があった。
 特に、教育研究スタイルについては、学術情報データベースの公開、講義のマルチメディアコンテンツ化、BBSによる質問・議論の活性化によるオンデマンド授業による教育のオープン化、他大学との共同授業、徹底したチュートリアルプログラムによる英語教育の徹底を行う。その上で、知識偏重教育から問題発見解決型教育の実現と遠隔授業による生涯学習、社会人教育の重視を目指している。ITを活用した遠隔授業では、50科目のオンデマンド授業の他、17カ国34大学が参加する海外共同ゼミ、会話能力を高める英語教育などを実施している。
 推進体制としては、教務部情報企画課で大学全体の情報化政策を推進するため遠隔教育を推進する遠隔教育センター(職員4名、教員兼務10名)、アウトソーシングでデジタル教材作成支援、遠隔教育システム利用支援を行うITセンター、教育研究のデジタル化による事業化推進のデジタル化事業推進室を設けている。この組織では、IT化が先にあるのではなく、教育改革を実現するための手段として機能することと、職員・教員の共同化とアウトソーシングを実践することにより、職員に本来の仕事である教育政策の実施に傾注することを心がけている。

図2 遠隔教育推進体制のイメージ図

 次に、山本 恒氏(園田学園女子大学情報教育センター所長)より、インターネット・キャンパスとしての取り組みについて、普通の授業をデジタル化して再構築し、ユニット化し、学習支援システムとして学習の場を提供していることの報告があった。ユニットは、1時間のものもあれば、10時間のものもある自己学習教材で、これに目標、評価の視点、課題(ミニ課題含む)、小テスト、学生自身の自己点検、標準学習時間、発展課題、ユニット作成者を付けて、一つのユニットとしている。学習支援システムは、ネットワーク上で共に学べる場を提供できるよう黒板、座席、電子掲示板、チャット、教材データベース、学習診断のためのツールがある。ネットワーク上で教員に課題の評価を依頼し、教員はネットワーク上で回答をみて判定する。デジタル化を阻害するものは、教員の経験不足であり、情報教育センターの支援体制の必要性が要請されている。今後ネットワークの高速化を進め、動画像の5分程度のコンテンツを作る計画。学習支援システムのメンテナンスに困っており、企業と連携しながら再構築を考えている。非常勤の教員にネットワークで講義をすることが可能になることから、優れた教員を確保することが可能になる。
 以上の事例報告を踏まえて、大学としてのITの推進体制等について徳田英幸常務理事(慶應義塾大学教授)が座長となり全体討議が行われたが、冒頭、コンテンツの電子化にかかわる経費について井端事務局長から、1授業半期で13万円程度で文字、静止画、アニメーションの教材が作成可能で、さらにe-learning授業1回分では10万円内外で作成可能。補助金を使うとその半額となるとの報告があった。

 次いで、「教育へのIT活用のための教育政策と実施体制」ということで、斎藤信男氏(慶應義塾常任理事)向殿政男常務理事(明治大学教授)白井克彦副会長(早稲田大学副総長)戸高敏之会長(同志社大学教授)によるパネルディスカッションがあり、次のような意見交換があった。
 1)動画情報の配信がスムースにできるようになってきて、情報インフラの再整備または運用管理、のコストが非常に難しくなってきていると思う。
 2)ノード校を私学に持ってこようという努力をしており、回線費の地域的格差がないような方向にもっていきたい。
 3)あとは要員の確保でアウトソースしたらコストが下がるわけでもない。むしろコストは上がるかもしれない。選択の問題ではある。
 4)IT化投資するコストは、大学の経営に関わる費用の何パーセントが適切か、5%などガイドラインがあればわかりやすいと思う。TAの人件費はどのぐらい見積もったらいいか。
 5)民間に比べて大学の情報投資額は極めて低い。もっと情報化に投資すべきだと思う。情報技術の進歩が非常に激しいので、同じ投資規模で前の5倍、10倍ぐらいの設備を整備が可能なので支出全体の投資割合を決め、その範囲内で拡充する方針を決めれば無限に情報化投資する心配はない。
 6)初めは3%を超えない範囲で投資を考えたが、日常的にITを使用するとなると、何を目標とするかにより大きく異なる。あまりパーセントを議論することはナンセンスかもしれない。どのような教育を実現するか、大学のポリシーによる。
 7)教員そのものがかなり情報のリテラシーを上げてきて自由に使えるようになる。情報の技術、施設を運営するためだけに人を雇う時代が良いのかどうか。
 8)サポート体制、e-learningの環境は、私情協中心に文部科学省の助成金などで整備されていくことになる。
 9)職員と教員は車の両輪で進めていかなければならない。シミュレーション分析を教育に導入すると、大変な手間と労力が要る。コンテンツに関わっては、教育上の位置づけを持った者が行わざるを得ない事務職を教員身分に変えたようなケースがあるかどうか。
 10)教材の開発等については大変な労力がかかる。1大学での開発は大変なので大学間連携が要請されてきている。教員の方々にできるだけの支援をしていただきたい。補助金の活用から外注が必須条件になってくると思う。TAの場合も補助金を導入することが可能。
 11)結局、共通的なインフラ、ソフトウェアを含め共有化できるところは極力連携協力し、コストの低減化、人件費の軽減化を図る。誰でも参加できるようなネットワーク上のプラットホームをつくることが必要。遠隔教育を専門とする学部は、相当面倒をみるスタッフ、教員系列のスタッフが必要。
 次いで、今回の議論を踏まえて次のような決議を行った。
 一つ、我々は教育の情報化を促進するため教員・職員一体の教育支援の構築に努力する。
 二つ、我々はネットワークによる大学連携を通して社会および世界に通用する授業の実現に努力する。


4.関連情報提供

「サイバ−・キャンパス・コンソ−シアムの紹介」
 174校、950名が参加し、約40グループを構成しつつある。教材の共同使用を通じて教育業績に利用したり、大学のアイデンティティ形成促進に繋がると思う。教材の共同開発、授業の支援は、自大学にない知見を他大学の教員からネットワークで得る。授業と授業を連携した合同授業では、教育水準を引き上げることに効果がある。大学のスケールメリットを活かした電子ジャーナル、データベースの共同利用・購入は、経費の低減化を図る上で重要なコンソーシアムになる。

「電子著作物権利処理代行事業の紹介」
 現在、文化庁と相談しながら大学で作られた電子著作物をネットワークを通じて権利処理が行えるよう準備している。電子著作物の権利を持っている大学が権利情報を私情協に届ける。利用者は権利情報を見て私情協の著作権システムを通じて電子著作物が提供者のサーバから利用者に送られる。著作権料は無料とする場合の他、値決めをする場合には私情協設定の使用料によって権利処理を行うことにしている。強制ではなく自由に参加する大学に参加費を負担いただくこととして、1法人6万円から3万円程度の幅で運営資金の負担を拠出していく。また、コンテンツを提供する権利者には、協力金をしばらく1、2年出すことを考えている。最初は私学加盟校で開始するが、国公私立にわたって実現できるようにしていきたい。

「情報化投資額の実態と補助金の活用」
 13年度決算によると入学定員3,000名以上の大学の情報投資額は、メディアン(中央値)で15億6,000万円、単科系の文科系大学では6,000万円程度となっている。短期大学は4,000万円程度となっている。学生1人当たりの投資額では、一番高いところで施設の建設などにより55万円、平均で5万円程度と12年度に比べ6%の増となっている。  

大学規模別 教育研究部門の情報投資額
(単位:万円)
  1大学当り
中央値
学生1人当り
中央値
【大学】
A (入学定員3千人以上)
156,103 7.3
B (2千人以上3千人未満) 61,271 4.5
C (2千人未満自然科学含) 34,579 6.7
D (2千人未満人文社会含) 12,984 3.8
E (自然科学単科大学) 29,085 8.6
F (社会科学単科大学) 6,687 5.4
G (人文科学単科大学) 10,311 3.9
H (医歯薬単科大学) 8,274 8.4
I (その他 単科大学) 8,033 5.6
大学平均 14,548 5.2
【短期大学】
大学併設短大
2,494 4.2
短期大学法人 4,419 8.1
短大平均 2,842 4.6

「平成15年度情報関係補助の要求」
 新規の補助金要求として、データベース、電子ジャーナル、eブックの利用経費、コンテンツの著作権料について実態を調査したところ4万4千件で約20億円程度の支出が見込まれることを踏まえて、新たに教育学術情報利用経費として10億円の補助創設を文部科学省に要望している。



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