文学教育における情報技術の活用

遠隔講義の意味と将来性

竹本 幹夫(早稲田大学文学部教授)


はじめに

 昔ならそれだけで他はあきらめなければできないような仕事(例えば学会の事務局と研究プロジェクトのとりまとめなど)を、現在は複数同時並行的にこなすようになってきました。年をとってそれなりに忙しくなったわけでしょうが、そればかりではなくて、世の中が効率化してきたためではないかと思います。そのような効率化の背景にあってもっとも注目を集めているのがコンピュータで、昔なら宛名書きだけで一日仕事であったのが、ほとんど時間をかけずに済ませることができる、などのことで、省力化が図られている訳です。
 何年か前からコンピュータを用いた、教育面での情報技術の活用に関わる、いくつかの実験的授業に参加しています。特にいわゆる「遠隔講義」に関わった例が多いので、この場を借りてご紹介したいと思います。


1.オンデマンド授業「文化研究とコンピュータ」

 私が本年関わった遠隔講義は、3種類ほどあります。第一はインターネット通信による、「文化研究とコンピュータ」というオンデマンド授業です(コーディネーターは井桁貞義早稲田大学教授)。これは複数大学間を結んだ複数担任による変則的な集中講義で、7名の教員が3コマずつを担当し、通年4単位とするもので、2000年度の講義が始まりでした。一人当たり二日くらいで講義内容を撮影し、それをリアルタイムで各教室(PCルーム)に流して、授業中の質問はBBS(電子掲示板)に任意に書き込ませるというものです。教材はコンテンツ制作会社に原稿を渡して電子化を依頼し、90分の授業の合間に挟み込む形にします。翌年からはパッケージ化して通年のオンデマンド講座とし、学生はあらかじめ定められた期間内の任意の時間に、任意の場所で授業にアクセスして聴講します。質問を一定期間内にBBSに書き込み、それにこちらが返信する形で、教員も授業に参加します。現在で3年目になりますが、一般教養的内容ながら、毎年数百名の受講者があり、討論もそれなりに行われています。
 この授業の利点は、コンテンツ制作にコストをかけた分、充実した教材の提示ができること、受講者も時間割に縛られることなく、自宅からでもアクセス可能であること、多人数向けの講義に好適で、パッケージ化して販売することも可能なほどに完成度が高いことなどです。反面、学生と教員の交流が、BBSに参加した一部の者に限られてしまうこと、90分を連続して受講することは肉体的に難しく、2年目からは三つくらいに分割してバラバラの時間に閲覧できるようにしたのですが、そうするためには授業の構成にもそれなりの工夫が必要なこと、パッケージ化すると同じ授業を毎年繰り返すという、一般教養科目に対するかつての悪評そのままであること、うっかり言い間違えた場合でも後日の訂正ができないことなどの問題があります。NHKのテレビ講座などとの差別化をどう図るか、ということも大きな課題となるように思われます。


2.衛星回線を使った古典芸能の授業

 二つ目の試みは、私の所属する大学の、エクステンションセンターにおける生涯教育の一環で、衛星回線を使って全国の拠点に授業風景を配信するというものです。一昨年から始めましたが、今年は「能の魅力」「狂言の魅力」という、古典芸能の導入的講座にしました。本部の教室で受講生を相手に授業するのを、テレビカメラで撮影し、リアルタイムで全国に流しますが、各拠点にはモニター、質問発信用のファックスを設置します。使用教材はビデオ・DVDROM・DVDビデオ・PowerPointファイルなどのデジタル資料で、ホームページの閲覧をする場合もありえます(一昨年実施)。またこの他、PowerPointファイルと同内容のプリントを配付し、教科書を使う場合もあります。一人一人がコンピュータの前に座るのではなく、いわばテレビの前に受講者が座る感覚で、生放送を視聴するわけです。PC画面もビデオ画面も、随時同じモニター上で切り替えます。これだと自宅から離れた場所での講義でも、自宅近くの会場で聴講できるという手軽さが売り物で、休んだときには録画ビデオでの聴講も可能です。ホームページ上のBBSに質問を書き込んでもらうことも試みましたが、質問者はファックス利用が主流です。教室での質問は、他の拠点の人にも聞こえるように、いちいちマイクを持って話さねばなりません。遠隔拠点での画質・音質は、大変良好です。またスタジオで授業を撮影した「文化研究とコンピュータ」に比べて、受講生を目の前にしているので、あまりカメラを気にせずに自然にしゃべれます。こういう形だともちろん遅刻や延長はできませんから、受講者にとってはそれもよいことです。受講料も比較的低額に抑えられているようです。この授業の難点は、対面授業の代替措置という点に尽きるでしょう。従って遠隔会場に対しては、できれば対面授業を一度はやった方が良いようです。各拠点整備のコストが低減できるのであれば、事業としてはある程度成り立つかと思われます。これをパッケージ化してケーブルテレビなどに配信する実験も行っていますが、有料視聴となると、よほどの動機がない限り、申し込みは少ないようです。無料の体験版はなかなか人気が高いようです。


3.テレビ会議システムを利用した他大学との交換授業

 三つ目はテレビ会議通信システムで、インターネットかISDN回線を用いて通信するものです。モニターを複数の人間が見守るという点では二つ目のものに似ています。インターネット回線を用いると、通信コストはかからないものの、画像が見づらくなり、通信そのものが不安定にもなる(実用不可)のに対して、ISDNだと画像・音声に問題はほとんどない代わりに、通信コストが膨大になります。今春、多人数教室で早稲田大学と大学コンソーシアム京都との間で生涯学習向け交換授業「能と歌舞伎の江戸時代」(立命館大学赤間亮教授とのリレー授業)を行いましたが、マイクでの質問受付という以外は、ほぼ衛星通信の遠隔講義と同じでした。衛星かISDNかという回線の違いになります。
 本年度前期の授業では、同じく赤間先生の教室と、ポリコムというテレビカメラとマイクがセットになった通信システムを使用した、少人数の演習授業を行いました。能・狂言・歌舞伎のビデオを教材に、作品論の発表をさせる授業です。6月まではそれぞれの教室で個別に授業を行い、7月に3回分の交換授業を行いました。各教室で交互に発表をさせる形式で、学生にはよい刺激になったようです。マイクが広域マイクでなく、ハンドマイクになる場合は、授業運営がやりにくくなります。カメラ操作にはTAのフォローが必要ですが、支援スタッフが一番少なくてすむのがこのやり方です。ストレスなしに双方向授業が可能であるため、BBSも補助的に使いますが、オンデマンド授業の場合のような討論用というのではなく、それよりは教材配布用に用いる方が多かったように思います。教材アップデートを学生が添付メール形式でできるのも魅力ですが、実際にはアップロードが行えないトラブルもありました。遠隔地との研究交流には有効な手段で、相手の人数に関わりなくできるところが魅力です。ただしこの場合は、授業風景をパッケージ化するのは難しいと思います。欠席者の復習用に役に立つ程度で、商品にはなりません。無料のテレビ会議システムがもっと高度化し、普及すれば、教育面でのいろいろな利用法が考え出されるのではないかと期待されます。少人数授業の場合は、双方向の情報交換を重視した遠隔授業と言うことになります。そういう需要をどのようにして見つけ出すか、ということが眼目でしょうか。


4.教育内容の充実を目指して

 インターネットの教育への応用には、いつも商品化という目標が付いてくるように思いますが、現状では費用対効果という点で営利事業にはなりにくく、むしろ実験と割り切ってしまった方が、良いようです。また情報化即インターネット利用と狭く考えると、選択できる可能性をも狭めることになります。PC利用だけが突出したような授業ではなく、現代の技術革新の成果を総合的に享受できるような工夫があればよいと思います。
 いまや情報技術を利用した、教育手法の開発の目指すべき方向とは何かを、考えるべき時に来ているように思われます。情報化時代になって省力化が大幅に進んだことは事実ですが、引き受けるべき仕事量がかえって増えて、昔のほうが暇でよかったと思えてしまう場面も少なくありません。思うに、情報化とは省力化であると同時に、情報の多様化・多量化をも実現しているのではないでしょうか。情報化の持つこの側面は、教育内容の充実につながる可能性を持っています。より豊かでより多くの知識を、これまでと同じ努力で獲得できる。これが情報化の現在における最も大きな利点であるように思われます。


URL
能楽関係文書目録データベース
http://www.littera.waseda.ac.jp/db/pub/nougaku/Guest/index.stm


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