投稿

日米の高等教育における障害学生サポートとIT環境
高等教育機関における障害をもつ学生に対するメディア・IT活用実態調査から

広瀬 洋子(メディア教育開発センター助教授)


1.研究の背景と調査から見た日本の現状

 現在、日本では18歳人口の減少、国際化、生涯教育の需要の増大などがあいまって大学の変革が早急に求められている。中でも学術研究や教育におけるIT環境の整備とともに、留学生、社会人、障害者、高齢者など多様な学生を受け入れるシステム作りが大学生き残りの大きな鍵となっている。本稿では日本の高等教育に学ぶ障害者のメディア・IT活用の実態に焦点をあてながら、障害者をとりまく法整備や大学の対応を欧米と比較し、我が国の高等教育機関の今後の課題を検討する。
 2002年1月に文部科学省大学共同利用機関メディア教育開発センター(NIME)は、全国の高等教育機関(大学667校、短大537校、高等専門学校62校)合計1,266校に対して障害学生とIT環境に関する郵送アンケート調査を行い、回収率は大学66%、短大60%、高専81%であった。ここでその中からいくつかの項目を取り出し、欧米での取り組みと比較してみよう。
1)障害をもつ学生が在籍する高等教育機関は、全体の回答のうち、大学66%、短大36%、高専34%である。在籍している学生が一人であっても、数十人であっても同様にカウントしているので、今後さらなる分析が必要であるが、広範囲の高等教育機関に障害者が点在していると考えられる。しかし以下に紹介する数字からみても、障害者を入学させることと、学習支援サービスを提供していることとは必ずしも一致していない。また、学生が障害を自ら積極的に大学側に伝えることによって、様々なサービスに特権的にアクセスできる欧米の大学と違って、日本では障害を隠す傾向があることもいなめない。
2)障害者に対する支援や相談窓口が、「ある」と答えたのは、大学31%、短大19%、高専16%である。日本ではいくつかの例外を除いて、教務課、学生課の職員が他の職と兼務する形で障害者の対応にあたっているケースが多い。たとえば米国やカナダ、オーストラリアでは、ほとんどの大学に専従のスタッフのいる障害者支援室が設置され、専門家の作成した資料と障害者本人とのコンサルテーションをしたのちにニーズを見極め、サービスがコーディネートされている。
3)障害をもつ学生に対する学内委員会を設置している機関は、大学10%、短大4%、高専4%である。日本でも障害をもつ学生の入学を契機に、窓口の設置や現場での対応策は生まれつつあるものの、米国、カナダ、豪州、英国のように法律によって障害者の学習権が確立されていない。数年に一度入学した障害者のために建物をバリアフリー化したり、担当教員と協議したりすることはあっても、学内で一致した対応が確立されていないために、障害学生が卒業してしまえばそこで途切れてしまう。職員や教員の移動があっても、障害者への配慮のノウハウを蓄積するために全学的な取り組みが必要であろう。
4)授業や講義に関する一般的なシラバスや関連情報をWebに掲載しているか、という問いには、「すべてを掲載している」と答えた機関は、大学19%、短大7%、高専20%、「かなり掲載している」が、大学13%、短大4%、高専8%、半分程度が大学4%、短大2%、高専4%である。「まったく掲載していない」が、大学37%、短大65%、高専30%である。
5)Webページが障害者にアクセシブルなデサイン的配慮をしているか、という問いには、大学、短大、高専ともに約70%が、「配慮をしていない」と回答している。
6)障害をもつ学生への支援情報をWebページに掲載しているかについては、「掲載している」と答えた機関は、大学1.5%、短大1%、高専0%である。日本の高等教育機関においては1970年代から障害者の受け入れや試験時の配慮などが進み、その結果受け入れ大学の数も年々増加してきた。2001年の国大協の調査では、過去3年間に障害者の受験ないし受験相談のあった国立大学は全体の80%に上っている。しかし本調査の結果からも入学を許可することと、入学後の学習や学生生活をサポートするシステムの整備は大きな隔たりがあり、多くの大学において支援体制作りは遅れているといえるだろう。


2.米国の高等教育における障害者支援の成り立ち

 米国の高等教育における障害者支援を法制面から見てみると、1973年のリハビリテーション法504条、1990年の障害をもつアメリカ人法(ADA)によってほとんどの大学に障害者サポートシステムが整備されている。学齢教育としては、1975年の全障害児教育法、1977年IDEA(Individual with Disabilities Education Act)のもと、すべての障害をもつ子どもには学校が親の許しを得て、個別教育計画(IEP)および個別移行計画(ITP)を作成し、最も制限の少ない環境下での統合教育を目指した教育が提供されており、幼・小・中・高校からコミュニティカレッジや大学進学まで視野に含めた一貫したサポートシステムの整備に取り組んできた。

(1)公民権としてのADA法

 70年代のリハビリテーション法は多くの負傷したベトナム帰還兵を迎える際に成立したものであり、その後1990年に民権運動の集大成として障害者の人権を確立したADA法(Americans with Disabilities Act)によって、1990年に雇用、交通、公共施設、コミュニケーションシステム等における差別が禁止された。障害者を福祉に依存する立場にとどめず、教育や職業訓練の機会を与えて、自立したタックスペイヤーにさせることは国益につながる、という強い信念が法律として具体化されたのである。障害を理由にした差別や、障害者への配慮を欠く高等機関は告訴され、敗訴すれば公的助成が打ち切られるほか高額な賠償金を要求される。米国の高等教育機関では、障害者への支援は道徳的配慮というよりも、現実の大学運営にとって不可欠なものとなったのである。

(2)高等教育における支援の変遷:AHEADの活動の変遷から

 大学の障害者支援の連携活動として、1977年にNPOのAHEAD(The Association on Higher Education and Disability)が組織され、以来障害者支援に関わる教員や支援局のディレクターやコーディネーターを対象に研究、ワークショップ、会議、出版等が続けられ、現在は会員数2,200名を誇っている。過去20年間に視覚障害・聴覚障害・肢体不自由への支援体制は確立されており、2001年の第24回大会のテーマ“Widening the Umbrella”が示すように、支援の対象が学習障害や精神障害に移りつつあることを示している。6日間89の分科会に分かれて熱心な報告や討議が重ねられた。筆者なりに整理してみると、分科会は14の分野にわたり、障害サービス(17)、コンピュータラボ(16)、法・政策(8)、テクノロジー(8)、就職・技術訓練(7)、キャンパスライフ(7)、中等教育からの移行(7)、ユニバーサルデザイン(6)、学習障害(5)、障害学(4)、視覚障害(1)、国際(1)、聴覚障害(1)、多様性(1)である。近年の就職・技術訓練の多くがIT・コンピュータ関連であることを考えると、コンピュータ、テクノロジー、技術訓練のカテゴリーは総計31にのぼり、全体の35%を占める点が特筆すべき事柄であろう。


3.オレゴン大学にみる障害者支援

 ここで米国の大学における具体的な障害者支援を、2002年5月に筆者がNHKエデュケーショナルとともに調査し、撮影取材したオレゴン州の州立大学であるオレゴン大学(University of Oregon)の学習支援について触れておこう。まずはそのWebをたどりながらその機能を紹介したい。
 全米のほとんどの大学のWebと同様に、オレゴン大学のWebの表紙から、disabilityを検索すると障害者支援局(Office for the students with disabilities)のページに繋がる。障害者支援に関わるWebの記事はA4版で印刷して90ページにも及ぶ。以下にその内容を簡単に表にまとめた。

表 オレゴン大学における障害者支援局のWeb・主な内容
●障害者支援室のスタッフ
(1) 学内規則や法律のカウンセラー (障害に関する証明書への対応や配慮の判断)
(2) 一般窓口カウンセラー(学習支援のアシスト・教員へのコンタクト等)
(3) 学生カウンセラー (各種支援コーディネート)
(4) ノートテイク・試験等のコーディネータ
(5) 朗読コーディネータ (録音サービス)
(6) 手話通訳スタッフ
(7) アダプティブ・テクノロジー・アドバイザー (ラボやコンピュータトレーニング・活用アシスト)
●支援内容
(1) 3コース履修(優先履修受付・教室再配置)
(2) 教員との連携(教員や学部への配慮要請)
(3) 教員への文書による配慮の要請
(4) ノートテイク(学生有償ボランティア)
(5) 朗読テープ (朗読支援センターへの連絡)
(6) 手話通訳
(7) 試験時の配慮
(8) 教室内の配慮(前列席の確保、配布資料への配慮:拡大文字、OHP対応等)
(9) アダプティブ・テクノロジーラボの活用指導
(10) 機器の貸し出し(テープレコーダ・TTY・音声計算機/音声辞書・FMシステム・簡易ワープロ)
(11) その他の授業支援
●FD支援(教職員のためのガイドブック)
 障害支援室のサービス内容や連携方法の周知と、障害者への教授法や配慮へのアドバイスが60頁のWebサイトに掲載され、関連部署へのリンクがついている。
●その他の学内サービスとの連携
(1) アカデミックラーニングセンター
(2) 教育機会均等プログラム(EPO)
(3) 差別撤廃措置・機会均等部門
(4) 就職センター
(5) カウンセリング・試験センター
(6) 安全管理センター
(7) エスコートセンター(学内移動補助)
(8) 機器修理サービス
●地域サービスとの連携
(1) 盲人と失読症のための朗読テープサービス
(2) オレゴン州立図書館
(3) 盲人委員会(Commission for the Blind)
(4) 職業リハビリセンター(Vocational Rehabilitation Division(VRD)
(5) モビリティ・インターナショナル USA(MIUSA)

4.米国の大学における障害者支援の特徴とIT活用

 オレゴン大学では、障害者関連の法令を遵守するためのタスクフォースが1992年7月に組織され、学部教育、教室、建物、サービスなどの学内のすべての項目にわたって点検・整備が進められ、進捗状況が常にWebで公開されている。現在米国ではADA法施行から10年が経ち、様々な形で評価がなされ、その成果が発表されつつある。
 大学のADAに対する姿勢を学内外に示すとともに、障害者支援局(Office for the students with disabilities)が学生と支援システムの仲立ちをする上でなくてはならないのがWebに代表される大学のIT環境である。大学のWebを見れば、その大学がどの程度、障害をもつ学生へのサービスを実施しているかは手に取るようにわかる。障害学生支援局のWebは、必ずAssistive technologyのサイトにリンクされ、コンピュータの活用が障害者にとって欠かすべからざるものになっている。
 University of Washingtonが1999年に制作した「Working together」という障害をもつ学生への学習支援を描いた紹介ビデオでは、良い教師の条件の一つに、授業を三つの方法で提示することがあげられている。通常の講義をWeb上で展開すれば、聴覚障害者はプリントアウトして読み、視覚障害者は音声読み上げソフトでアクセスすることが可能になる。ディスカッションボードを利用すれば多様な障害をもつ学生が議論に加わることができる。ビデオ教材作成はクローズドキャプション(字幕)や、視覚障害者用にナレーションを加えたバージョンを作成する。こうしたITとメディアの活用は障害者のみならず、言語的ハンディキャップをもつ留学生にとっても強力なサポートとなり、大学教育ののユニバーサルデザインに貢献している。実際にこのビデオ自体、二つのバージョンがあり、一つは聴覚障害者のための字幕つき、もう一つは視覚障害者のための詳しいナレーションつきである。


5.高等教育機関のWebページから見た現在の状況

 アメリカ、英国、カナダ、オーストラリアの大学のWebの検索マシンに、“disability”を打ちこむと100%といってよいほど障害者支援のページに飛ぶ。そこにはスタッフとの連絡方法やサービスに関する情報が満載されている。ほとんどの場合、これらのページは視覚障害者が音声合成の読み上げソフトで読みやすいようにデザイン的な配慮がなされている。
 米国の場合は、リハビリテーション法の1998年修正第508条(電子・情報技術)によって、連邦の財政援助する公的な機関の情報のアクセシビリティの保障が義務づけられたことに起因している。カナダ、オーストラリア、英国においても同様の法律が近年成立している。上述したように、日本の高等教育機関のWeb情報の貧弱さは、多様な学生の受け入れや、研究や授業の改善にIT活用が唱えられているにも関わらず、政府も教育機関側もいまだに本気になってIT活用に本腰を入れていないことが見てとれる。それと同時に、たとえ情報をアクセシブルにしたところで、障害者への支援システムそのものが根本的に確立しておらず、情報として伝える内容そのものが欠如しているともいえるだろう。


6.今後の課題

 NIMEは1997年に日本の視覚・聴覚障害をもつ学生の約30%をカバーしたアンケート調査と約20名の障害をもつ学生の学習や生活の中に入り込んだインテンシブな参与観察を含んだ『障害者の高等教育とメディア・アクセスの研究』調査を行った。関東圏における被調査者の中で、最もコンピュータ活用能力が高かったのは自分で歩行することも、トイレに行くことも難しい筑波大学の博士課程の学生であった。障害をもつ学生のメディア活用能力は、障害が重ければ重いほど高くならざるを得ない。言い換えれば、こうした技術なしに高等教育という高いハードルを越えることは不可能ともいえるのである。現在、従来の高等教育の枠の中では疎外され続けてきた障害者が、コンピュータやIT技術を獲得することによって、飛躍的な学習能力、発表能力を身につけ始めている。今後の高等教育、生涯学習の変革、メディア教育の推進にとって、障害者へのメディア支援は単に弱者救済という概念を越えて、学生個人個人のニーズにあった学習支援を築く上での先鞭を切るモデルとなるだろう。ひるがえって現実には、最先端の技術水準を誇る日本にありながら、障害をもつ学生がIT学習を享受しているとは言い難い。国家レベルの法的整備や財政的援助とともに、学内の制度や目標、責任の所在を明確にし、学内外の関係機関との連携を支えるヒューマンサポートに全力で取り組むことが重要であろう。障害者にとって学びやすい学習環境とは、言語にハンディのある留学生、高齢者にとっても重なる部分が多い。それこそが国がここ10年お題目のように唱えている「教育の国際化」、「生涯学習」を視野にいれた「多様な学生に柔軟な学習形態を可能にするオープン&フレキシブルな新しい高等教育」への近道ではないだろうか。


参考文献・URL
広瀬洋子, 香川邦生, 都築繁幸, 三ツ木任一:障害者の高等教育とメディア・アクセスの研究.放送教育開発センター,pp.165-187,1997
広瀬洋子:共生の時代, 放送大学教育振興会,p.87-104,2000
国立大学協会第3常置委員会:国立大学における身体に障害を有するものへの支援等に関する実態調査報告書,2001
広瀬洋子:高等教育における障害をもつ学生への支援システムの研究,メディア教育開発センター研究報告33号,2002
広瀬洋子研究室URL http://www.nime.ac.jp/~hirose/gaiyou.htm
ビデオ教材(字幕つき)「高等教育のバリアフリーを目指して」(VHS33分),2002,企画・制作:メディア教育開発センター,制作担当:広瀬洋子・高津直巳,制作協力(株)NHKエデュケーショナル,制作・著作:メディア教育開発センター(連絡先・事業部教材制作課TEL:043-298-3125)
The Association on Higher Education and Disability(AHEAD) http://www.ahead.org/
Disability Service University of Oregon http://ds.uoregon.edu/resources.htm

<メディア教育開発センターFD研修事業関連URL>
SCS利用研修:高等教育に学ぶ障害者への配慮と学習支援:聴覚障害学生サポートとファカルティハンドブック作成の試み http://www.nime.ac.jp/KENSYU/kensyu_h14/004_6/main.html
SCS研修特設URL http://www.fukuoka-edu.ac.jp/%7Etomiohta/scs0207.htm


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】