特集 IT活用によるファカルティディベロップメントへの取り組み(3)
井上 正義(大阪歯科大学教授・教育情報センター所長)
豊田 紘一(大阪歯科大学教授・同管理運営委員)
大阪歯科大学は1911(明治44)年に設立された歯科の単科大学で、2001年に創立90周年を迎えました。現在、第1学年から第6学年までの学部学生数は764名、大学院学生は87名で、教員数が207名、職員数は197名の小規模な大学です。卒業生の総数は15,000名余、その内、現在10,000名が全国の歯科界で活躍中です。1997年、それまでメインキャンパスとして使用していた天満橋学舎と附属病院を改築・拡充するとともに、大阪府枚方市に楠葉学舎を新設し、附属病院での臨床実習を除く学部教育の大部分をこの新キャンパスで行うことになりました。この全般的なキャンパス整備の一環として、楠葉学舎、天満橋学舎、附属病院に本格的なLAN(名称ODUnet)を整備し、学内組織として教育情報センターを新設、その運用を開始しました。
本格運用を開始して今年で9年、ODUnetは順調に稼動し、ネットワーク機器更新の時期にさしかかって来ました。教職員の毎日の業務にとって不可欠な通信手段であり、ネット上に業務上の各種データベースが構築されています。また、学内外への広報の手段、教育研究上なくてはならない図書館サービスの展開、キャンパス間のTV会議や大学院講義の中継での利用など、大学業務にとってなくてはならないネットワークに成長してきました。しかしながらこうしたITの普及が直面している教育改革、教員の授業改革に有効に活用されているかを考えるとき、多くの問題点と課題があると考えています。
2003年4月の調査では90%以上の学生が個人的にPCを持っているか、家庭で利用できる状況にあります。同年より学生に対するメールサービスをWebメールに変更し、学内外どこからでもメールの利用ができるようにしましたが、利用はそう多くはありません。教育上、より効果のある使い方を考えることが必要です。
学生向けのお知らせや電子シラバスの利用、国家試験やCBTテスト用の模擬問題集、各種名簿等のデータベース検索、図書館などのサービスは学生向け学内ホームページをポータルサイトとして展開しています。第1学年の必修科目「基礎情報科学」(通年)では、情報リテラシーを中心にプレゼンテーション技術までを習得させ、6年間を通じての情報活用の基礎として位置付けています。各講義室は最新のマルチメディアに対応すべく努力を続けており、講義ではITを含む各種プレゼンテーションツールが利用できます。
近年、学生の質の多様化に伴って学部教育の困難な面が出ていることなど、全国の大学と同じ悩みを抱えています。また、歯学部では各学生への大学教育の最終結果は歯科医師国家試験で判定されますし、加えて2005年度からは全学生に対して第4学年終了後の病院での臨床実習を受ける前提として、文部科学省が行う共用テスト(CBT:コンピュータによる知識試験
とOSCE:客観的臨床能力試験)が正式導入されます。今後、大学間の競争がますます激化し、学部教育での質と効率の向上を目指した教育改革が志向されていくものと思われます。
本学で最初に目指した授業支援システムは3D画像を駆使できる「口腔学術マルチメディア教育支援システム」でした。口腔の基本構造、口腔疾患、歯科治療の3部からなるもので、全学から意欲的な教員の参加を得て基礎歯科医学分野の知識から臨床歯科医学の分野まで、要求される内容を体系的に整理しコンテンツが決定されました。各コンテンツはCTやX線画像から合成される3Dや2D画像を中心に構成され、端末に表示される像は利用者が自由に回転させることができ、任意の方向から観察することができます。また、皮を剥くように内部構造を表示させ、さらに光学・顕微鏡レベルの像へ入っていくことができます。歯科疾患の説明や、手術や治療に対する技術的な説明はこうした画像をもとに実際の処置の写真を使って立体的な理解を得られるように工夫されたものです。図1にその一例を示します。
図1 臼歯の3Dマルチメディア教材 |
臼歯の形状を全方向から見ることができるとともに、表面からエナメル質、象牙質、歯髄と透明化して見ています。ソフト自体は学生に対する自学自習的な使用を前提にしたものでしたが、それ以上に全学の教員向けに多くの授業で共通に使える講義資料の提供を目指したものでした。
貴重なコンテンツが数多く蓄積されましたが、3Dの画像を取り扱う関係上、当時としては特殊なPCを使用せざるを得なかったため、全学的に普及させることができませんでした。また、これを全体の学生教育の中でどう関連させて使用するかの議論が不十分であり、一部の授業で利用されたのみにとどまりました。しかし、ある教授の「歯髄等の形は、これで見て初めて体験できる感動がある」という感想にあるように、大きなインパクトがあったように思います。現在、こうした貴重なコンテンツをもとにさらに工夫を加え、共通のプラットホームであるWeb上に公開し、学生には電子教科書として、教師には講義資料として提供すべく、「マルチメディア歯学教育ネットワークシステム」の構築作業が進んでいるところです。
企業教育は教授内容がはっきりしており、受講者の目的意識も明白であること、受講者数は数千名と多い反面、講師陣は限られており、このために割ける時間数が少ない、講義室に利用できる部屋も限られ全国に散らばっているといった制約があり、ITを活用した教育形態が十分に効率を上げ得るといった面があります。これに対して大学教育は、教授内容は教師の能力や個性による部分が尊重され、多様な学生に対して問題意識を掘り起こしながら相手に応じた教育を進めなければならない、学生数に対して教師の数も相当数確保されており、学生の修学の時間も保障されている、さらに、講義室や実習室、図書館など教育システムとしての機能も十分あります。となると、教授法の一番贅沢な例は有能な教師と学生の一対一の個人授業であるということに始まり、次例は数十人を相手にしてもやはり対面授業であるなど、従来の教育形態が本質的に持っている優位性を十分に考慮しないと教育改革の実は得られないと考えられます。本学のように小規模の大学ではなおさらです。
授業へのIT活用が効力を持つ場合はどういう場合であるか、教育効果も含めた教科内容の分析方法、コンテンツ開発の標準化、効果が顕著に期待できる教科など、この特集での各大学での実践を拝見して、ようやく整理ができてきたのではと感じています。
本学の例は歯科医学教育という特殊な例ですが、主要教科の分析を教員集団で行い、ITを活用することで学生に分かりやすい授業のための部品(オブジェクト)の作成を行い、Web上に展開して全学で利用を促進する試みです。
ただ、こうした試みは現場では担当する教員には多大の負担を生じます。成果や努力が正当に評価されず、日々の教育の中で放置される例も多々あります。本学では教員評価の中で教育面の評価基準の議論が未だ進んでおりません。上記のような活動を含め、本来教員が一番力を注がなければならない教育面の努力に対する評価システムは、教育改革の発展にとって不可欠だと考えています。
学内でも対外的にも著作権の問題は避けて通れません。現在、授業改善の試みの一つとして講義のビデオ収録とその利用について検討がなされていますが、目的の明確化と教育全体の中での利用法について全学的な合意と支持がなければ、成果は乏しいと考えられます。
課題は山積みですが、多くの教員の支持を得て、一つ一つ軌道に乗せるべく努力したいと考えています。