物理学の教育における情報技術の活用

Java物理シミュレーションと物理副読本、Flashとe-Learning

徐 丙鉄(近畿大学工学部助教授)


1.はじめに

 情報技術を活用した物理教育の実践例として、Java3Dを利用した剛体のシミュレーション、Javaアプレットとして制作した授業用各種シミュレーション、Web上の物理副読本を紹介します。次に今、よりインタラクティブでリッチな教材コンテンツが求められていますが、その最有力候補のFlashを紹介し、学習用端末としての携帯電話の可能性を指摘します。最後にオープンソースを活用したe-Learningシステムについて解説します。


2.Java3Dと剛体のシミュレーション

 図1はJava3Dを活用し制作したコマの首振り運動(歳差運動)のシミュレーションです。自転の回転数が落ちるにつれて、歳差運動の周期が短くなることが確認できます。また、マウスでコマをドラッグすると3次元的に回転し、いろいろな方向から観察することができます。また、スクロールボタンでズームします。

図1 コマの歳差運動のシミュレーション

 剛体の力学など本質的に3次元的運動のシミュレーションを制作する環境としてJava3Dはベストではないでしょうか。
 私はコマの歳差運動を理解することを力学のゴールに設定しています。1年生の力学の講義の最後に、コマの歳差運動を議論し、自転しているコマの軸は力の方向ではなく、力のモーメントの方向へ首を振ること、地球も巨大なコマであり、赤道方向へ扁平した回転楕円体なので、太陽からの万有引力のモーメントで自転軸が首振り運動をしており、現在は自転軸の北が北極星を指すが、13000年すると琴座のα星(織女星)を指すことなどを解説しています。
 この際、実物のコマ(地球コマ)での演示もしますが、このようなシミュレーションをプロジェクターで投影すると全員で観察するのも容易で、教育効果がより期待できると思います。Java3Dを活用した物理教材はこれから期待されるコンテンツです。


3.Javaアプレット:授業用シミュレーション教材

 図2は総合科目(一般教養科目)の「物理のフロンティア」でマンデルブロ集合とジュリア集合の関係を解説するために制作したJavaアプレットです。図2の左半分に描画されているマンデルブロ集合の任意の点をクリックすると対応するジュリア集合が図2の右半分に描かれます。
 次の図3も講義「物理のフロンティア」用に制作したJavaアプレットで、Lifeゲームと呼ばれるセル・オートマトンです。簡単なルールから想像もできない複雑な時間発展が生まれること、初期値の少しの変更で結果が大きく変わることなどをシミュレーションを通して体験できます。

図2 マンデルブロ集合とジュリア集合の解説

図3 Lifeゲーム(セルオートマトン)

4.Web上の物理副読本

 ロゲルギストの「物理の散歩道」など、身近な現象を物理的に解き明かしてみせる科学読み物は知ることの喜び、科学の楽しさを享受させてくれ、物理の学習には欠かせないコンテンツでしょう。工学部1年生の物理を担当しながら、折々にそのような副読本的モジュールを書いてホームページhttp://buturi.hiro.kindai.ac.jp/で公開してきました。
 例えば、図4は一定のスピードで進む自動車のハンドルを一定のペースで切り続けた場合の軌跡であるクロソイド曲線の解説です。高速道路のカーブもジェットコースターの軌道もクロソイド曲線を用いて設計されています。この解説を読んだ遊具メーカの読者からメールがあり、大規模な滑り台もクロソイド曲線を活用して設計しているそうです。

図4 クロソイド曲線の解説

5.HTMLからFlashへ:リッチ・インターネット・コンテンツ

 私立大学情報教育協会の物理学教育IT活用研究委員会ではリンク集を制作し公開しています。2003年度、この委員会で物理教材の現状分析の一環として、いくつかのプロジェクトの報告を聞く機会がありましたが、そこでFlashに出会い、教材制作環境としてこのソフトの可能性の大きさを認識しました。
 Flashを活用すると図5のようなWebコンテンツを手軽に制作できます。また、黒板をメタファーしたコンテンツを制作し、講義の雰囲気を再現することも可能です。
 HTMLベースのコンテンツからFlashベースのリッチ・インターネット・コンテンツへの移行がこれから加速するものと予想します。
 またFlashは、e-Learningの国際標準規格であるSCORM(Sharable Content Object Reference Model)に対応する教材用テンプレートも備えているので、e-Learning教材制作用ソフトとしても普及するかもしれません。
図5 Flashを活用したWebコンテンツ例

6.学習用端末としての携帯電話

 e-Learningのクライアント側のプラットフォームとして携帯電話が有望です。抜群の携帯性、大型液晶画面(QVGA:240×320ドット)、高速CPU、豊富なメモリ、そしてインターネット接続可能な携帯電話は最適なe-Learning用端末です。また、Flashプレーヤがインストールされた機種も出ました。
 今後、学習用端末として携帯電話を想定したe-Learning教材が普及することでしょう。
 図6はJavaで試作したシミュレータでランダム・コッホ曲線(海岸線のモデル)を描画しています。

図6 携帯電話による
ランダム・コッホ曲線の描画

7.オープンソースを活用したe-Learningシステム

 インターネットを利用したクライアント・サーバシステムで、クライアント側のアプリケーションとしてブラウザを利用するシステムをWebアプリケーションといいます。
 Webアプリケーションとしてオープンソースを活用してe-Learningシステムを構築することができます。
 図7は「ネットワーク入門」のe-Learning画面で、サーバ側ではJavaを活用し、オープンソース・コミュニティのJava関連プロジェクトであるJakartaの成果物であるTomcat(サーバ:サーブレット・コンテナ)とStruts(Webアプリケーション・フレームワーク)を利用しています。学習用履歴データベースとしてはフリーのMySQLを利用しました。
 高等教育の中にもe-Learningに適した分野・領域があります。学習用端末として携帯電話も視野に入れ、どこでも学習できるe-Learningは今後普及することが期待されます。

図7 「ネットワーク入門」のe-Learning画面

 


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