教育支援環境とIT
本学は医療体制の整備進展に伴う北海道全域における薬剤師の不足解消のため、薬学専門の教育機関設置の要請に応え、昭和49年に創立した薬科大学です。現在、設置学科は薬学科と生物薬学科の2学科ですが、平成16年度には医療薬学科への学科統合が予定されています。大学院は修士課程と博士課程が設置され、修士課程は平成12年より生物薬学専攻と臨床薬学専攻の2専攻制がとられています。現在、学部学生の総数は833名で、大学院は博士課程が1名、修士課程は54名です。教員数は75名で、その内訳は教授24名、助教授9名、講師20名、助手22名です。
一般に薬学部には創薬研究者養成と薬剤師養成の二つの大きな目的がありますが、本学は平成5年に「薬剤師養成」に絞った教育を行うことを宣言しました。さらに平成16年度には、薬剤師養成のための教育をさらに推進させるために、学則に薬剤師養成を明記し、上記の学科統合とともに、カリキュラム改訂を行い、少人数制による実習を取り入れる予定となっています。最近の薬剤師業務においては、患者の薬歴チェック、保険請求システム、医薬品情報の検索等にコンピュータ利用は必要不可欠となっており、本稿では、本学の薬剤師養成教育におけるIT活用例を紹介します。
薬剤師は、勤務場所の違いに関わらず、その業務の多くで医薬品適正使用に関わる情報処理能力が必要とされています。患者にとって医薬品が適正に使用されるためには、医薬品固有の情報ばかりでなく、患者の体調や特性といった情報を適切に評価することが必要です。近年では医薬分業が進み、病院で発行された処方せんを、患者が決めたかかりつけの薬局で調剤をしてもらうことが多くなりました。薬局は、医療機関からの処方せんに基づいて調剤を行うだけでなく、薬学的見地から患者の健康相談等にも応じています。最近ではほとんどの薬局で、調剤報酬制度に則したレセプト作業(保険負担分の請求)を行うために、医事システムと総称される保険請求システムが導入されています。この保険請求システムは、近年の薬剤師業務の変容とともに、患者の個人情報や処方せん、服薬指導内容等の薬歴情報を管理する機能をはじめ、医薬品の固有情報の検索や複数の医薬品が処方されている場合の薬物相互作用を調べるための機能などを取り入れた、薬剤師業務支援システムヘと変貌してきています。このような背景から、患者の要望に応える医療サービスを提供する上で、情報の活用は、医療人である薬剤師にとって必須です。本学における教育では、こうした情報活用技術の導入を積極的に行い、医療現場で情報ツールを利用できる薬剤帥の養成を目指しています。
(1)学部教育における活用例
本学の学部実習カリキュラムでは、3年次の後期までに薬理学や薬剤学などの基礎薬学系実習を終え、4年次において薬剤師業務に関連した一連の臨床薬学系実習(臨床薬学実習、薬局実務実習、病院実習)を行うように設定しています。薬局実務実習(2週間)と病院実習(1ヶ月)は、本学における薬剤師養成の最終段階として位置づけられ、4年次前期に行われる「臨床薬学実習」は、これら実習を受けるための事前教育として設定されています。
本学では、主にこの「臨床薬学実習」における模擬薬局実習および医薬品情報(Drug Information:DI)実習で、薬剤師業務のためのIT活用技術を教育しています。
1) 模擬薬局実習
本学では、医療施設のリアリティを体感しながら、総合的な調剤業務や患者への服薬指導を効果的に実習できる模擬薬局を、他の薬系大学に先駆けて学内に構築し、実務に即した実習を展開してきました。学生15〜16名を1グループとする少人数実習に、教員5名、ティーチングアシスタント(大学院修士課程臨床薬学専攻2年生)2名が関わり、模擬薬局実習室を使った薬局業務のロールプレイを行います。模擬薬局実習では、写真1に示すような模擬薬局で実際に行う調剤業務について、実薬と模擬処方せんを用いたロールプレイを行っています(図1参照)。この実習では、近年の情報化に対応できる薬剤師を養成するために、実務に即した環境で薬局業務フローに従い、サーバを利用した薬剤師業務支援システム(5台)を使用しています(写真2)。学生はこの薬剤師業務支援システムに、模擬患者から受け付けた処方せんの内容および患者の現在の体調、既往症などの情報を入力します。その結果得られる医薬品の固有情報あるいは嗜好品との相互作用に関する情報等は、患者情報とともに処方せんの監査に活用します。薬を調剤した後には、この支援システムを使ってその服用方法や注意事項に関する説明を記載した薬剤情報提供文書を作成し、これを使って模擬患者に服薬指導をします。
写真1 模擬薬局実習室
図1 薬局業務ロールプレイ
写真2 薬剤師業務支援システムの活用
2)医薬情報(DI)実習
日本で発売されて利用されている約2万種類にも及ぶ医薬品、さらに嗜好品や食品との相互作用を患者個人に合わせて情報検索し、提供するためには、コンピュータシステムの活用が必須となっています。また高度な医療の実践においては、世界レベルでの医薬品情報が要求され、その検索にはインターネットの利用が必要不可欠です。
DI実習では、情報処理演習室のコンピュータを利用して薬剤師業務に必要とされる情報検索についてIT技術の活用を教えています。具体的には、各学生に種々の課題を与え、インターネットを介してデータベースにアクセスし、調査・検索させ、その結果を発表させるという方法をとっています(写真3)。ここで利用しているデータベースとしては、アメリカ国立医学図書館で作成している世界最大の医学情報データベースPubMed(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi)や日本の厚生労働省と製薬企業が共同で提供している医薬品情報サイト(医薬品情報提供ホームページ、http://www.pharmasys.gr.jp/)などがあります。さらに、各種検索エンジンをはじめ、辞書サイトや翻訳サイトの活用法も指導しています。
写真3 DI実習(情報検索)風景
(2)大学院教育における活用例
先に述べたように、本学の大学院修士課程には、生物薬学専攻と臨床薬学専攻とがあります。後者は臨床薬学の知識・技術を修得し、病院あるいは地域における医療チームの中核として活躍し得る高度の専門的職業人としての薬剤師育成を目指しています。この臨床薬学専攻では、1年次は研究室へは配属されず、前期は「臨床薬学演習室」において臨床薬学専攻の全教員によるグループ指導を受けています。また後期には本学において実務研修のプレトレーニングを積んだ後、約5ヶ月に渡り指定された病院施設において「臨床薬学実務研修」を行っています。本学では、この専攻の学生全員に対してノート型コンピュータを貸与しており、これをフルに活用した授業形式を展開しています。具体的には、「臨床薬学演習室」でのグループ演習(写真4)や実務研修のプレトレーニングでのIT活用(調査・発表)、さらに病院施設での「臨床薬学実務研修」においては、本学担当教員によるインターネットを利用した遠隔指導、研修先での情報検索などがあります。
写真4 大学院臨床薬学専攻演習風景
(1)情報処理演習室
本学の情報処理演習室(写真5)は、情報処理教育のためのコンピュータネットワークシステムの導入に伴い平成7年8月に開設されました。開設当時は学内LANも未整備で、ネットワークシステムは演習室内だけのものでしたが、その後、平成10年に学内LANが整備され、演習室内にもインターネットの利用できるコンピュータが増設されました。さらに平成12年のシステム更新により、演習室内のすべてのコンピュータがインターネットに接続され、現在に至っています。
演習室は、1)パーソナルコンピュータ58台によるクライアント・サーバシステムの教室内LANであること、2)教育支援用の一斉提示システムや教材作成支援用のソフトウェアを導入していること、3)薬学教育用のCAIシステムと薬局実習用の薬剤師業務支援システムを導入したことを特徴とし、情報処理教育にとどまらず、薬剤師養成のための教育においても利用されています。情報教育センターは、教員6名と事務職員1名で運営され、利用者のための規程の作成や利用の手引きの整備、講習会の開催等を行っています。
写真5 情報処理演習室
(2)学内のネットワーク設備
インターネットの急速な普及に伴い、本学においても平成10年4月に情報ネットワーク管理運営会議が発足しました。同年6月には学内LANとして北海道薬科大学ネットワークを構築し、学術情報ネットワーク(SINET)に接続することでインターネットの利用が可能になっています。当初は、専用線の接続速度も128Kbpsと遅いものでしたが、平成15年6月より10Mbpsの専用線接続とし、大幅に速度の向上が図られました。また学生のインターネット利用の便宜を図るため学生ラウンジと図書館の2階、3階に無線LANのアクセスポイントを設置しました。インターネットのメールアドレスを学生に発行し、さらに学内専用のホームページやメーリングリストの作成などにも対応できるようにシステム構成の充実を図っています。
以上、述べましたように、薬剤師養成教育にとってIT活用は必要不可欠なものとなっています。従来、本学ではノート型コンピュータ活用の授業は、臨床薬学専攻の大学院生のみが対象でしたが、IT環境の急速な変化に伴い、全学部学生に必要な状況となってきました。そこで本学でも平成16年度からは、学部学生も対象にノート型コンピュータを活用した授業形式を展開していく予定となっています。
またこれに伴いIT環境維持のために、かなりの人的労力と費用が必要となってくるものと予想されます。本学のような小規模の大学においては年間予算も限られているため、今後はいかに効率良くシステムを運営していくか重要なポイントとなってくるでしょう。
文責: | 北海道薬科大学 薬事管理学研究室講師 岡崎 光洋 薬事管理学研究室助教授 島森 美光 臨床薬物動態学研究室助教授 黒澤菜穂子 病態生化学研究室教授 渡辺 泰裕 |