特集 教育ミッションとIT化(3)

 大学の学部学科の新設や改組などが容易になったことに伴い、各大学が有する教育理念や建学の理念をどのように教育で実現しようとしているか明らかにすることが求められています。また、大学での学習プロセスでは、「実感を通じての理解」という初期プロセスが重要です。しかし、近年の大学教育、とりわけITを活用した教育においては、単なる「内容の伝達」という形式的なプロセスのみが達成され、もっとも基本となる「板書を写す」などで達成される「実感」プロセスをどのように実現すべきかさえ見落とされる場合があります。
 このような点を踏まえ、各大学の持つ教育目的を実現するために、学生のQC(Quality Control:品質管理)の観点からどのように教育へITを活用していくべきか、そのヒントとして本特集を企画しました。本特集では、大学の教育方針や理念を中心にまとめていただきましたので、IT活用以外の取り組みも含めて事例を紹介いただいています。


e-Learningを介した新たな教育プログラムの展開
〜千歳科学技術大学〜


小松川 浩(千歳科学技術大学光科学部助教授)



1.本学の概要

 千歳科学技術大学は、平成10年4月、「人知還流・人格陶冶」を建学精神に掲げ、千歳市の公設民営方式により開設された理工系の単科大学です。従来の先端的な教育研究における専門化・細分化への傾向から脱却し、理学と工学の“融合”という教育理念の下、本学では教育研究の柱となる学際的な学問領域に「光科学技術」を設定し、理学・工学を横断的に履修させるカリキュラム体系をとっています。学部は1学部(光科学部 定員240名)2学科(物質光科学科・光応用システム学科 定員各120名)で構成され、各学科はそれぞれ“光”をキーワードとする材料、システムに関する教育研究を主に行い、境界領域として光デバイスに関する教育研究を行っています。
 学生が横断的学問分野を主体的に学習するプロセスとして、学部1年次にはあえて学科分けを行わず、科学技術の基礎である化学・物理学・数学・情報を広く学習させ、学生自身の自主性を活かしながら、2年次進級時に学科配属を行う方式をとっています。このため、1年次教育では、専門教育に携わる教員も率先して基礎教育などに関与し、学生の学習意欲向上に努める工夫を日頃より行っています。また、入学時の学力の多様性を考慮し、開学2年目の平成11年度より、数学の履修度別コース制の導入、電磁気学・力学・化学での補習クラスの開設など、基礎教育の充実化に積極的に取り組んでいます。


2.時代に即した教育の必要性とe-Learningの展開

 他の多くの大学と同様に、本学でも入学する学生の学力の多様化(入口の問題)と社会に即した実践力のある人材の輩出(出口の問題)が、新たな教育テーマとして議論されてきました。こうしたテーマに対して、本学ではe-Learningを適用することにしました。オンキャンパスを基本とする本学では、e-Learningは個性を重視した細やかで人間的な教育に活かす道具、すなわち対面教育を充実するための支援ツールと位置付けています。例えば、リメディアル教育では、e-Learningの授業と、教員が少人数の学生に対して個別に指導をする対面型個別指導の授業とを組み合わせ、学生の学力や興味に応じた学習を可能とする授業を始めています。また基礎教育での教材の内容を専門教育へと繋げることで、数学や物理といったコアカリキュラムと連携した知識の共有を図る取り組みも始めています。また情報系を中心に、既存のカリキュラム内容を積極的にe-Learningに置き換え、コアカリキュラムとの連携のみならず実践的なキャリアアップ教育への展開を試みようとしています。


3.リメディアルからコアカリキュラムへ

 本学は平成11年よりe-Learning研究会を主催し、高校の授業内容と高校教諭の優れた手法を取入れたe-Learningの構築を行っています。また中学校教諭の協力を得て、教材(コンテンツ)は中学から大学初級をカバーするに至っています。これらにより、本学と高大連携協定を締結した公立高校の生徒を中心に、授業や在宅学習において活発に利用されています。平成16年12月現在、本学学生約1,000名に加え、高校生徒など約10,000名が利用しています。さらに、通常の形態では授業を受けられない養護学校や院内学級の生徒の学習を助ける手段として、北海道全域での利用も始まっています。このようにe-Learningを介した取り組みは、本学の基礎教育の充実に加え、高大連携や地域貢献の観点からも重要な取り組みであり、組織的対応と支援の下で進められています。
 以上のように本学の取り組みは、すでに多くの成果を得ていますが、専門教育の充実という観点からは一里塚であり、平成14年度から物理学の整備を始めています。現在、一連のe-Learningの整備を理工系大学での既習知識のデータベース化、すなわち中学校・高校・大学基礎教育課程・大学専門課程の各教科で学習した、あるいは学習すべき知識をe-Learning上に集約することと位置づけ、基礎教育から専門科目の教育へと繋げた既習知識の連鎖を構築しています。そして、既習知識を学生と教員とが共有した新しい授業の展開を通じて学生の学習効果向上を図り、より優れた人材の育成を行うこととしています。
 平成16年度では、大学1年次及び2年次の数学と力学・電磁気学の担当教員が教科会議を開催しながら、既習知識のe-Learning化を図っています。平成16年度のシステム数学(学部2年次専門基礎)では、学部1年次の既習内容の復習と演習部分をe-Learningによる在宅学習に置き換えるブレンドラーニングを実践しました。この結果、従来の授業内容の他に少人数グループによる口頭諮問を実現することができ、授業評価アンケートでもこの点の評価が高い結果が得られました。
図1 本学の教育内容とe-Learningの関係

4.キャリアアップ教育へ

 本学では、情報通信技術に興味を持つ学生が多く、当然コンピュータ関連の講義・実習への意識も高い状況にあります。また、社会から多く期待されるキャリアアップ教育も、実践的なIT教育となっています。こうした背景から、情報系の教員を中心にe-Learningを介した新たな情報系教育の実現に向けた取り組みが始まっています。
 取り組みでは、情報教育に関連する全科目のe-Learning化を図り、コンピュータ教室の稼働率や情報系教員の実コマ数といった物理的・人的な制約をクリアしていく予定です。こうした新たな教育環境を利用して、従来の一斉授業から脱却し、e-Learningと対面教育(スクーリング)を効果的に併用した新たな授業へと変更していきます。これにより、基礎教育課程の学生には、多様化した基本情報処理能力に対するきめ細やかな授業支援を行い、専門教育課程への接続段階にある学生には、教員との密な相互作用を通じた専門教育への具体的な動機付けを図ることとします。現在平成18年度からのカリキュラム変更に向けて、カリキュラム内容の検討とe-Learning教材の整備を進めています。現段階では、情報の導入教育に関する基本的なソフトウェアの活用方法を学習する映像教材を制作し、平成16年度からは一部実習内容を置き換えました。同様に、情報数学(システム数学2)も14週のうち、5週をe-Learningに置き換え、同5週分を少人数の対面型の口頭試問に振り替えました。さらに、C及びJava言語等のプログラミング教育では、平成15年度から演習教材の一部e-Learning化を進めています。
 さらに、社会で求められる実践的なITスキル獲得に向けて、専門教育科目群と卒業研究を適合させる情報キャリアアップ科目を開設し、e-Learningコンテンツ開発やシステム構築に代表される学内及び地域ニーズに根ざした具体的な情報関連テーマに対するプロジェクト教育を検討しています。上記の情報系のコアカリキュラムのe-Learning化により、教員の実配置コマ数は減ることが予想されています。この分をITスキルアップ教育に振り替えることで、教員リソースを有効に活用しようとしています。


5.まとめ

 本学の教育理念である「人知還流」を実践するには、e-Learningは単なる教具でしかなく、教育の本質は人が人を育てることにかわりはありません。本学のe-Learningの取り組みでは、コンテンツやシステムの開発は、開学以来そのほとんどが学生主体のプロジェクトで進められています。



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