教育事例紹介 経営工学

生産システムに関するSelf-Directed Learning教材の開発

細野 泰彦(武蔵工業大学工学部助教授)



1.はじめに

 生産システム工学に関連する技術や知識を学ぶ対面授業を補完するための教材として、生産システムの課題に興味を喚起し、問題解決のアプローチをより効果的な学ぶことを意図して、いくつかの Self-Directed Learning(自己主導型学習)教材を開発してきました。その初めの教材は、生産システムの実態を理解するためのマルチメディア教材で、教材を通じて工場見学ができることを意図して、リアル映像をベースに開発しました[1]。その後、次の条件を前提として教材開発を継続してきましたので、ここに紹介します。

●教材の位置づけに関する条件
 対面の講義や演習の授業で生産システムの理論と技術を学ぶことができることを前提にしているので、ここに紹介する教材はそれらと重複しない内容とすること。

●教材の利用に関する条件
 Self-Directed Learningの教材を目指して、学生個人の自発性を前提に、グループでなく個人で取り組める教材とすること。また、知識や技術に応用可能性や発展可能性を見出せるよう必ずしも唯一の解答を求める問題に限定せず、より優れた案を追求する努力を重視する教材とすること。比較的高性能なパソコンの使用を前提とすること。


2.生産システムの現実的課題を理解するための教材

 生産システムの現実的課題の一端を理解するための教材として、二つの教材を開発しています。これらは、参考文献[1]で報告した実態理解の教材を一歩進めたものです。

(1)循環型生産システムの取り組みを解説する教材
 図1は、ガラスビンのリサイクルを対象に、循環型生産システムへの取り組みを学ぶ教材です。この教材では、飲料メーカがガラスビンを使用して製品を生産し、消費されたガラスビンをビン商が回収し、無傷のものは洗浄して飲料メーカへ提供していく様子を解説とリアル映像で学びます。また、破損したガラスは分別され、ガラスビン・メーカに還流し、リサイクル原料と新規原料を使用してガラスビンが生産されている実態も学ぶことができます。この教材の作成には、動画編集ソフトであるAdobe社のPremiereとMacromedia社のFlashが主として使われています。
図1 循環型生産システムの教材

(2)生産システムにおける情報の流れを解説する教材
 図2は、生産システムにおける情報の流れと物の流れを視覚的に捉えるための教材です。これは、受注生産と見込み生産をともに行っている生産工場を取材し、目に見えにくい生産情報の可視化を試みた教材です。また生産の各段階における意思決定についても理解できるよう制作されています。この教材は、印刷教材を不要としたWebブラウザで閲覧できるように、単体で関連する専門用語も画面の中で解説されています。ただし、この教材は生産情報の基本的流れの把握に限定したため、生産情報システムに関する現代的課題を考察するには十分でありません。
図2 生産情報システムの教材

3.生産システムにおける技術の理解と習得に関する教材

 上述の教材は、現実の生産システムを観察する視点から作成された教材です。これに対して生産システムの設計で使われる技術の理解と習得に焦点を当てた教材が次に示す三つの教材です。

(1)組立生産におけるコンベヤ・タイプ選定アルゴリズムに基づく教材
 多くの組立工程では、流れ生産が採用されており、その際、搬送機器として各種のコンベヤの中から適切な形式を選択する必要があります。この教材は、22種類に分類されたコンベヤ・タイプを説明し、対象とする組立工程が実施可能であるとともに最も経済的なタイプが選定できるアルゴリズムに基づいています。なお、このアルゴリズムは吉田祐夫氏(武蔵工業大学名誉教授)が多くの設計経験と考察によって考案したものです。あらゆる組立製品の組立工程用コンベヤを選定できるように、17種の二者択一の設問を組み合わせてアルゴリズムは作成されています。マルチメディア教材とともに印刷教材も作成し、相互に補完し合うようにしています。マルチメディア教材では、全体をブロックに分けて、多くのアニメーションを作成したので、動きが表現でき、アルゴリズムにおける各ステップは理解しやすいものとなりました。図3の(a)は、アルゴリズムにおける設問の一つです。
 この教材には、コンベヤ選定の実際を学ぶために、例題と四つの演習問題があります。それぞれ組立工程用コンベヤ選定アルゴリズムに従ってコンベヤ・タイプを選定した後、その問題に相当する現実の工場で、導かれた答と同一のコンベヤが稼動している様子がリアル映像によって示されています(図3の(b))。なお、現実の問題への応用を考慮し、任意の組立製品について、計画中の組立工程に適するコンベヤ・タイプが選択できるようなコンベヤ・タイプ選定ツールも組み込まれています。
(a) (b)
図3 組立工程用コンベヤ選定の教材
(2)プラント・レイアウトの自習教材
 この教材は、PCケースの機械加工職場と製品組立職場をもつ仮想工場を想定し、組立ステーションやサイクル・タイムの決定、機械工場における最短近接配置の問題などを扱っています。この教材では、専門的な技術を学ぶ準備として、あるいは総合技術であるレイアウト技法そのものに対する理解と関心を持たせることに主眼をおいて、ややレイアウト・ゲーム的な構成にしていますが、設計行為の擬似的体験が得られます。教材の開発はMacromedia社のFlashを用い、インターラクティブに学べるようFlashのAction Scriptというオブジェクト指向のプログラミングを利用しています。単にアニメーションを自由に閲覧するのでなく、多数の道具立てを要する机上演習をコンピュータ上で再現しようと考えた教材であり、学習者一人ひとりの設計意図が画面上のオブジェクトに対して働きかけられるように考案されています。図4は、組立職場におけるステーション数決定の演習のための解説の画面です。図5は機械加工職場での機械の近接配置の演習の様子です。自宅での自習ができるよう必要な説明は、すべてこのマルチメディア教材の中に入れてあります。
図4 ステーション数決定演習
のための開設
図5 機械の近接配置に
関する演習
(3)ジョブ・ショップ・スケジューリングの自習教材
 ジョブ・ショップ・スケジューリングの基本手法にディスパッチング法があります。これまで印刷テキストによる解説の後、紙媒体の演習を行ってきました。しかし紙媒体の演習では、ミスの修正が面倒になるので、マグネット・シートを用いた演習セットを製作し、これを配布して演習を実施してきました。このような道具を全員分準備することは、相当な時間とコストがかかります。そこで、このような机上演習をパーソナル・コンピュータの画面上で実現できるように作成したものが、この教材です。この教材も上記のプラント・レイアウトの自習教材と同様に、FlashのAction Scriptを用いて制作されています。
 図6は、準備された演習問題に取り組んでいる途中の画面です。図7は、学習者が入力した任意の問題について、スケジュールが作成できるように考案したスケジューリングWebボードを示しています。入力された任意のデータに基づいて、ボード上に各ジョブのコマが準備され、チャート上でスケジュールを作成できるようにしています。
図6 ディスパッチング法の
演習画面
図7 スケジューリング
Webボードの 入力画面

4.おわりに

 本稿で紹介した教材は、ファイル・サイズの小さいものはWebからダウンロードできるようにし、その他のものは教材を収録したCD-ROMを配布して、補助教材として使用しています。いずれも、自宅での学習用教材としているため、途中で進めなくなることがないように配慮されています。
 学生による教材評価は、期待以上に好評でした。生産現場を取材して作成されたリアル映像を用いた教材は、学生が知ろうともしなかった実態に触れさせることができます。学問が対象とする現実問題を認識あるいは再認識させ、教室と実社会の溝を埋める効果が認められました。
 本稿で紹介した教材の中で、やや専門的過ぎるかと思われる教材が、「3.(1)組立生産におけるコンベヤ・タイプ選定アルゴリズムに基づく教材」です。ほとんどの学生はコンベヤなどの運搬機器に興味も知識もなく、さらに組立工程の設計を自分の問題と考える学生は皆無といえます。しかしそれだけに、単なる知識にとどまらず、解決手段となる技法を伝える教材を受け入れやすい形式で用意できれば、学生は十分に学習意欲を高められることが再確認されました。この教材に対する学生の感想は、たとえば、次のようです(原文のまま引用)。
 「説明して終わりというのでなく、演習問題で理解を深めることができるようになっている。それだけでなく、実際にその問題の作業を選定されたコンベヤを使ってされている映像が見れて、視覚的に理解できるだけではなく、今自分のしていることの重要さ、必要さを感じることができた。」
 「工程選別に関するアルゴリズムにはただ驚嘆するのみでした。加工品の大きさや重さ、工場の制限等によるコンベヤの種類などを、Yes・No形式の選択のみで、それの最も適した工程ラインを選別するという簡潔さが特に素晴らしいと感じました。」
 「もうひとつ感動した点は、このような教材を製作された研究室の皆さんもすごいなということです。前回の課題でもあった組立工程の工夫を考える教材にしても、同じ感動を得ましたが、このようにボタンを押すだけで、流れに沿って学習できる教材の作成は、とても意味のあるものだと思います。」

 本稿で紹介した教材は、学習者が自ら学ぼうとする意思を持って取り組める教材を意図して開発してきました。その意思がたとえ希薄なものであったとしても教材を手にすると自然に引き込まれて、学問的興味を増進させ、知識獲得だけでなく、自ら問題解決の手段を考えることに関心が移るような教材を理想と考えています。なかなかそこに到達できないのですが、その片鱗はかすかに現れてきたかもしれません。ご参考になるか心もとないのですが、皆様の忌憚ないご批判を賜ればありがたく、編集者の求めに応じてご報告申し上げました。


謝 辞

 生産工程の撮影や資料提供にご協力いただいた東京コカ・コーラボトリング株式会社、合資会社戸部商事、東洋ガラス株式会社、大肯精密株式会社、東芝キャリア株式会社に厚くお礼申し上げます。教材開発にご指導いただいた吉田祐夫武蔵工業大学名誉教授、薩川技術員、多くの示唆を賜った私情協経営工学教育IT活用研究委員会の渡辺委員長はじめ各委員の方々に感謝申し上げます。教材作成に惜しみない協力をいただいた平成13年度、平成14年度、平成15年度生産システム工学研究室の学生諸君に感謝いたします。


参考文献
[1] 細野泰彦: 生産システムの実態を理解するためのマルチメディア教材. 大学教育と情報 Vol.10 No.2, pp.9-11, 2001.



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