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歯学部での病理学カリキュラムと自習教材の開発

日本歯科大学歯学部病理学講座    佐藤かおり
     江成 里香
     柳下 寿郎
  主任教授  青葉 孝昭


1.歯学部における学生教育とIT化

 医学歯学の教育分野では、平成18年度から病院臨床実習前の学部学生を対象としてコンピュータを媒体とする全国共通試験(Computer-Based Testing, CBT)が施行される。そのため、従来にも増して視覚素材を活用した教育実践の必要性が高まっている。特に、病理学教科では疾患概念と病態の理解を促す上で病理組織画像が教材として不可欠であり、CBTや歯科医師国家試験でも組織画像を組み込んだ設問が多くなると推測される。我々の病理学講座では、平成10年にコア・カリキュラム試案とCBT施行案が提示される中で、病理学教科の履修を終えた学生が基本的な病理学知識と組織診断力を養っていることを到達目標として、平成11年度から病理学講義・実習の教材と自学自習のためのWeb教材の開発を続けてきた。本稿では、これまでの画像教材の開発に向けた準備と進捗状況、現時点での教育効果の評価についてまとめる。


2.歯学部での病理学教科とIT化

 現行の病理学カリキュラムでは、2年生後期から3年生後期までに病理学講義4.5単位が組まれており、病理学実習として3年生後期に3単位が設けられている。講義においては板書とPowerPoint編集のスライド供覧を併用しており、平成15年度からはエックス線CT法や連続切片法から構築した歯や顎骨の3次元画像を動画表示している。病理学実習では、学生による組織標本(1回の実習枠で4〜5症例)の光学顕微鏡観察を基本としており、指導教員は学習者の理解状況に応じて、マルチティーチング顕微鏡(Nikon X2F-MTH5)あるいは顕微鏡下の視野を直接にスクリーンに投影できるビジュアル装置(Nikon Eclipse E600)を併用した実習講義枠を設けている。
 我々の研究室では、過去5年間において病理関連視覚素材(主に病理組織画像、他に肉眼写真やエックス線写真)の収集とデジタルファイル化を系統的に進めており、現在、閲覧システムに掲載可能な視覚素材として5,000以上の画像ファイルを整理してきている(図1)。講義・実習で使用する画像教材の原図はTIFF形式で保存しており、ビジュアル画像へ編纂する際には、所定の組織倍率を維持してトリミングした後にJPEGに圧縮変換している。これらのデジタル画像をデータベース化する作業と並行して、平成12年度にはイラスト画像と写真を組み込んだ病理学教科書と病理アトラスを活字製本し、平成13年度では代表的な病理組織像を収録したCD-ROM教材を作成、平成14年度には基本的な組織構成要素や細胞を判読しやすいようにグラフィックスによる解説図を加えて編集したCD-ROM版を新たに刊行した(図2)。

図1 病理学教科での教材とIT化
図2 ホームページに掲載した教材例
(A)歯のCT立体画像、(B)結核結節のイラスト画像、
(C)Q&A形式の診断教材
これらの画像はカラーで、(A)は動画表示。
http://www.ndu.ac.jp/~pathhome

3.病理学教科へのWeb教材の導入

 これらの視覚教材の利用度が高まる中で、学生の側から活字製本された画像のカラー表示やテスト形式での自習教材を要望する声が寄せられてきた。そのため、平成14年度より日本歯科大学病理学講座ホームページ(以下、HPと略記する)の開設を準備し、平成15年度にはQ&A形式の病理組織診断学のWeb教材を開発、平成16年度では病理学実習に使用する組織標本の説明教材を開発してきた。これまでにWeb掲載のためにHTML化した視覚教材(以下、括弧内数値は容量)として、病理組織アトラス(60MB)、病理鑑別診断向けのQ&A教材(50MB)、病理実習標本の観察手引き(70MB)、病理学教科書掲載イラスト教材(100MB)がある。現在、講座HPにはこれらのWeb教材を掲載しており、学生は課程外学習においてもカラー組織像に随時アクセスすることができ、講義・実習時に使用したPowerPointスライドの内容を反復学習することも可能になっている。なお、Web教材を考案する上での我々の基本姿勢として、多量の画像情報を提供することではなく、文脈の中で病理組織像の理解を深めることを目標としている。そのため、複数画像の組合せや解説内容に注意を払い、Q&A形式の教材においては学生の推論・思考を助けることに重点を置き、モニター上でのボタン操作を容易にするとともに、拡大画面や組織診断の要点を添えた解説ページを設けている。さらに、解答形式としてもボタン選択以外に、用語や診断名の入力方式とその正誤判定を導入しており、設問間での後戻りや解説欄へのジャンプなども可能となるように工夫している。


4.教材開発に向けた教職員の準備と取り組み

 以上の教材開発の根底を成す視覚素材の収集には講座構成員が協同して携わっており、これらの資料のデジタル化と編纂作業については2名の教職員が分担している。1名は画像ファイルの整備とコンテンツ作り(病理組織画像のCD-ROM化やAdobe Illustratorによる教科書図版の作図、Q&A形式の問題作成などを担当)、もう1名が画像資料のWeb化とインターネット接続・管理を分担するかたちで運営に携わっている。この2名については、教授方法と教材のIT化を企画した時期から画像情報の収集やWeb化に必要な講習・演習の受講を始め、これまでにサーバ管理とネットワーク構築に向けてMicrosoft Certified ProfessionalやCisco Certified Network Associateなどの資格を取得してきている。また、私立大学情報教育協会の主催する講習会の参加などを通してe-Learningの実例や応用についての研修を重ねている。


5.IT化に伴う学習効果の評価

 自学自習に向けた補助教材の整備を進める中で、学生が病理組織画像に接する機会が増しており、実習試験の成績においても診断正答率の向上が認められている。例えば、平成16年度の6年生の病理学講義での病理診断テストの成績を集計した結果では、Q&A形式の鑑別診断教材(CD-ROM編集)を自学自習に活用した学生と未活用の学生との間にテスト成績を100点満点として10点以上の差が認められている(図3)。平成15年度の受講学生を対象とした調査票の集計結果でも、病理学講座HPに掲載した病理診断教材が有用と評価する回答も多く、自己の病理診断能に関して「飛躍的に」あるいは「少しは」向上したと感じる学生は80%を越えていた。また、病理学教科課程で有用と感じた教授法・教材については、顕微鏡観察、Web教材、CD-ROMなどのメデイア媒体による自習教材の順に高い評価を受けており、活字教材と講義は相対的に低い評価にとどまっていた。

図3 病理学実習向けの補助教材の
活用状況と実習テストの成績

6.今後の課題

 HPを運用し、掲載内容を更新していくためには、研究室の構成員が基礎的な知識を持ち、運用経験やノウハウを蓄積しておくことが不可欠である。ただし、教材の開発と改良作業を持続していく上で、教職員の労力と時間的な拘束は大きく、運用を担当する専従者を設ける場合には研究室・学部・大学レベルでの支援体制が不可欠である。また、我々のHPへのアクセス状況とWeb教材の利用状況を調査する中で、歯学部においては学生のデジタル・デバイドの実情も浮かび上がってきた。全体の約20%の学生がコンピュータ・リテラシーに不安を抱えており、HPでの教材掲載に関しては「不公平」を訴える学生も無視できない。したがって、大学入学の時点からの系統だったカリキュラム指導がきわめて大切である。
 今後の教材開発の方向としては、「病理組織像を選択・閲覧できないか」との要望が多く寄せられており、このような学生のニーズに応えるために、病理学講座では新たに病理関連視覚教材の閲覧システム(例えば、疾患名を入力あるいは選択すると、該当する組織像の一覧にアクセスできる)をHP上に構築する計画を進めている。さらに、これまでの画像情報のIT化の経験から、立体画像情報を動画表示することは、組織構造や成長発育・病態の理解を深める上で非常に有効である。これらの3次元動画データベースの構築も今後の大きな課題となっている。



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