特集 教育改善のための教育・学習支援


FDの組織化はどこまで可能か:大学教育改善のための実践例〜大同工業大学〜


曽我 静男(大同工業大学教養部教授、学長補佐、前授業開発センター長)


1.背景

 大同工業大学におけるFDへの本格的な取り組みは、2001年度の実施を目指して、99年度に着手した教育体制の抜本的改革に始まる。改革を領導した中心コンセプトは「教育重視型大学への自覚的転換」であった。既にその数年前から、本学では入学生の学力および学習モチベーションの急速な低下、大学で学ぶことの目的意識の希薄化が危機的な形で存在し、満足に授業が成立し難いまでの状況が現出していた。こうした危機的事態への切迫した対応として、従来の教育体制を全面的に解体し、それに替わる新しい教育システムの構築を図った。解体構築の所産、新教育システムは四つの柱から構成され、それらは学生の現状に寄り添いかつその現状からの脱却を狙ったものである。
 1)新たな教育目標の設置
 2)標準教育プログラムの作成
 3)新教育課程の編成
 4)履修科目登録上限制の導入(半期20単位)
の4本柱であるが、相互に密接に連関し合って、学生に学ぶことの辛苦とその結果、訪れるであろう快楽=自己達成感を存分に味わうことができるよう狙いを定めた。
 ところで、こうしたシステムが真に効果的に作動するために必要な最低条件とは何か。言うまでもない、それは教育システムの最終的な具体化の場である授業実践そのものが有効に機能していることであろう。言いかえれば教員一人ひとりが、構築した教育システムの画期性に応え、その意を汲んで授業改善に取り組まないかぎり、改革の目論みは志半ばで頓挫する。


2.定位と組織

 こうして、本学のFD活動は、すべての教員がありのままの授業を公開し合い、相互研鑽しつつ共同で授業改善に取り組み、改めて自分の授業を内省的に振り返ることのできるような性質を持ったもの、すなわち大学の日常に根を下ろした,実践的かつ運動的な組織活動である必要があった。こうした認識のもと、FD組織として、授業開発センターを立ち上げた。センターの人的構成は、センター長、副センター長と6学科・教養部の各セクターから選出される所員、および専従の事務職員、十数名からなる。所員はFD活動を直接に担うresource personであり、FD活動に積極的にコミットする意欲を有する優れた教員が配置される。その役割は重大で、全学のFD活動だけでなく、センター・ユニットと各セクターとのメディエター役や各セクター独自のFD活動をリードする者という性格が付与される。事務職員はセンターの運営にのみ、その業務力を傾注する。
 むろんこの授業公開の試みが順調に滑り出したわけではない。当初に直面した最大の問題は、大学教員の伝統的な授業密室意識、授業者王国主義をいかに打破するかであった。どうやってその守旧的な意識を払拭し、授業は<公共財>であることに覚醒させていくか。センター発足直前の教授会において、全教員の授業公開を謳う「大同工業大学授業憲章2001」が採択された。この憲章によって公開研究授業と授業研究会の全学・全教員実施というセンターの取り組みは担保されたのである。


3.工夫

 2001年度から始まった公開研究授業と授業研究会は、2006年度末で113回を数える。専任教員についてはほぼ終了し、現在は非常勤講師の方々の研究授業も開催されている。ここまで恒常的なFD活動になりえたのは、持続的な取り組みとなるよう周到な工夫を施したからであろう。
 工夫の第一は、実施上の全体計画と原則を立て、それに則ったシステマティックな運営に留意したことである。規則的な運営が、公開研究授業を特別なイベントと捉える意識や抵抗感を教員から取り除き、FDの日常化に繋がる。半期9回、年間18回を実施すること、公開授業担当教員は各学科・教養部で均等にローテーションすること、研究授業と研究会への参加条件を厳格に定めること等々。
 第二に、研究授業と授業研究会の基本的な運営方法について工夫を施したことである。授業担当教員は前もって自分の大学教育観、学生観、授業指針、本時の授業指導案を資料として提出しなければならない。参観教員に対しては、その提出資料に加え、実施科目のシラバスと授業者についての過去の授業評価アンケート結果等を配付し、参観前に目を通してもらう。また研究授業終了時に参観教員と受講学生全員によるアンケートを実施する等々。
 授業研究会は最も重要な相互研鑽の場であり、実りあるものにする運営ルールを設定しなければならない。司会者は2名用意し、1名が授業方法上の議論を、もう1名が授業内容上の議論をリードする。出席教員には、受講学生によるアンケート結果と参観教員のアンケートが配付される。議論に当たっては、それらとともに過去の「学生による授業評価アンケート」と「学習到達度評価アンケート」の結果も参考にされる。授業者の当日の授業だけでなくディアクロニック(通時的)な授業検討も同時に行うためである。進行手順は授業の核心に触れられるよう定型化する。学生アンケートに基づく議論から始まって、参加教員が授業運営、授業方法について率直な意見表明をし、優れた点、改善点などについて全体で検討する。続いて授業内容の検討に入る。レベル、シラバスとの整合性、概念砕きの方法等々、専攻領域の近い教員が主となって議論する。
 第三に、毎回の研究授業と授業研究会の様子、議論の経過を学内全教職員に向けて発信する手段を用意したことである。こうしたFD活動はどこかに理論化の契機を蔵していないと深化しないという認識もあった。その発信媒体が年4回発行の所報誌『授業批評』であるが、そこには報告だけでなく、毎回、優れた授業改善の試みなども事例として掲載される。


4.効果

 6年間の組織的FD活動はいかなる効果を生んだのだろうか。紙幅の関係でここでは細かなデータを示すことができないが、大まかな効果を列挙してみよう(注)。

(1)コミット度
 2006年度前期までに研究授業参観者は延べ1,180名(うち教員981名、本学の専任教員数は現在、106名である)、研究授業1回あたり11.3名。授業研究会参加教員数は延べ816名、1回あたり7.8名。量は質に転化するとすれば、この数値は学内の授業改善意識を質的に高めたことを示すであろう。

(2)全体の授業改善効果
 表1は、全授業科目を対象に実施し、ほぼ100%回収される「学生による授業評価アンケート」結果から、プラス評価(授業の質を問う11項目、5段階評価で4+5の割合)が占める割合の年度別推移を示したものである。年間1,000クラス以上開講される本学の全授業科目において、授業改善度が年々、上昇していることが判明する。

表1 年度別・授業評価アンケート・プラス評価率の推移(全授業科目平均)
年 度 2001 2003 2004 2005
前期科目 41.2% 45.8% 46.4% 47.5%
年 度 2002 2003 2004 2005
後期科目 43.9% 44.0% 46.6% 48.1%

(3)研究授業担当者への直接効果
 研究授業担当者の研究授業実施前と実施後の「授業評価アンケート」結果を比較してみると、実施後に顕著な改善効果が上がることが判明する。特に実施前に評価が低かったグループ(プラス評価10〜20%未満、同20〜30未満のグループ)のプラス評価上昇率は16〜20%にも上がった。授業研究会での議論が直接、反映した結果であると思われる。


5.終わりに

 平成17年度特色GPに採択された結果、研究授業および授業研究会の様子を各教員の研究室へライブ&オンデマンドで映像配信できるシステムを作った。これによって参加への物理的制約がなくなるとともに、繰り返し授業を検討することが可能となった。ただしその効果の分析はこれからである。
 最後に、6年間のFD活動から得られた教訓を簡単にまとめよう。
1) 大学にとってFD活動は終わりなき日常的な授業改革運動であると覚悟しなければならない。それを担う強力な組織と周到な工夫が必要である。
2) FD活動は教員だけでできるものではない。経営者を含め全学的コンセンサスと事務スタッフの優れた運営能力がなければ成り立たない。
3) FD活動は教育システムと連動したものでなければならない。その効果を常に検証し、教育システム改革へとフィードバックされなければならない。
 ただし、2006年度入試において定員割れの私立大学が40%を超えた。5割を切った大学は20校。破滅的なトレンドの中で、こうしたFD活動の形態がどこまで有効なのか、新たな形がありうるのか、そのことが間もなく問われることになろう。

  データと詳細な効果分析は『平成17年度・文部科学省・特色ある大学教育支援プログラム事例集』平成18年3月、p.p244〜251を参照されたい。

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