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ホライゾン・リポート 2009年度版 The Horizon Report 2009 Edition


 本稿は、産業・教育界の200人以上に及ぶ専門家が6年の歳月をかけ、出版物や最新の研究・実践を踏まえながら今後5年間、教育・学習・研究・創作活動など教育界に大きな影響をもたらす可能性のある新たなテクノロジーを分析した、米国ニュー・メディア・コンソーシアムの年次報告書である。2009年度版では、1)1年未満、2)2年〜3年、3)4年〜5年と3期に分けて注目すべきテクノロジーを取り上げており、本号では第2期である「2年〜3年」を取り上げて報告する。

(原文)http://net.educause.edu/ir/library/pdf/CSD5612.pdf
(前号/第1期)http://www.juce.jp/LINK/journal/1001/06.01.html/


位置情報システム

2〜3年で普及の可能性

 地表のすべての位置は、たった二つの座標軸で表すことができる。新しいタイプの位置情報ツールを使えば、何ら苦労なく物体の正確な位置を特定することができ、その場所を写真やビデオなどデジタルメディアで撮影することができる。別の角度から考えると、このようにして撮影した位置情報データは簡単な操作で地図上に情報を書き込み、他の要素やオブジェクト(対象)、あるいは人との情報と組み合わせ、グラフや図表の作成など無数の情報操作ができるのである。我々が日常持ち歩いている幾多の機器は、利用者自身や通信相手の位置を特定できるようになる。また同時に、写真を撮影したり、友人と話したり、ソーシャル・ネットワーキング・サイトに投稿したりするときの座標位置を記録することができるようになる。「地球上すべての位置情報」(geo-everything)で使用される語句「すべての」(everything)は、この種のテクノロジーが大変興味深いものであるとともに、我々の生活になくてはならないものとなるだろう。現に、ジオ・ロケーション(geolocation:緯度と経度を求める位置情報機能)や、ジオ・タグ(geotagging:あるデータに関連づけて付加される緯度・経度の位置情報)、およびロケーション・アウェア(location-aware:位置情報検出)装置は、既に広く普及している。

概観

 位置情報技術は新しくはないが、今や携帯電話やカメラ、他の携帯機器のように広範に普及している機器では、当然のように利用されている。同時に、我々が日常使用しているソフトウェアは、位置情報のデータを利用する機能を備えるようになってきている。地理上の位置を特定して情報を伝達できる、第三者機関による携帯端末向けアプリケーションは、我々が現実に体験することをオンライン上の体験、つまりインターネットの仮想世界の体験と統合することができるのである。それまで、位置情報を写真、ビデオ、その他のメディアに組み込むことは時間がかかり面倒であったが、現在では簡単でほぼ自動的にできるツールも多い。オンライン上の写真やビデオがどこで撮影されたのかは当たり前のこととなり、多くの携帯端末からのソーシャル・ネットワーキングの更新は、自動的にジオ・タグされるようになった。

 現在、多くの携帯端末やWeb上のサービスは、斬新かつ有用な方法で位置情報のデータに対応できるようになった。例えば、レーダー(Radar)は、利用しているコンピューターのIPアドレスから割り出した閲覧者の位置情報に基づいて、ニュース、ブログ、レストラン案内など周辺地域の情報を提供している。バズド(Buzzd)は、携帯端末向けの町案内情報とソーシャル・ネットワーキング・ツールであり、地域の情報だけでなくユーザー評価やコメントも掲載している。トラック(Trak)やトゥインクル(Twinkle)など、携帯端末によるツイッターの利用者は、「つぶやき」(短文による情報投稿)に自分の位置情報を付けて近くの友達に知らせたり、近辺での「つぶやき」メッセージを紹介したりしている。
 Radar(http://outside.in/radar
 Buzzd(http://buzzd.com
 Trak(http://www.trak.fr/site/en/
 Twinkle(http://tapulous.com/twinkle/

 コラージュ(Collage)はアイフォン(iPhone)向けの写真アプリケーションで、閲覧者は、ジオ・タグの写真をアップロードし、近くで撮った写真を閲覧したり、世界中で撮影された写真を見たりすることができる。モバイルフォトス(Mobile Fotos)もiPhone向けアプリケーションで、フリッカー(Flickr:画像投稿サイト)にアップロードする前に、撮った写真の位置情報を自動的にジオ・タグすることができる。携帯端末上で刻々と更新される最新の地図ができれば、旅行者は最初に訪れた場所が何処かまったくわからなくても、出発地から目的地までどのように行けばよいかわかるようになる。携帯端末において今や主流となりつつあるのは、利用者が位置情報を簡単に得て使用しやすい技術であり、今後この分野の目まぐるしい発展を期待できるだろう。
 Collage(http://tapulous.com/collage/)
 Mobile Fotos(http://xk72.com/mobilefotos/

 位置情報機能が内蔵された機器を持たない人には、位置情報データを取得・表示可能なツールが無償あるいは安価で提供される。その例として、ATPエレクトロニクス(ATP Electronics)とニコンGP-1(Nikon GP-1)が開発したフォト・ファインダー(Photo Finder)がある。これは、全地球測位システム(GPS)データを取り込み、自動的に写真に位置情報データを書き込んでカメラのデータカードと同期させることができる。もう一つは、ポケットや手袋に入れて持ち運びできる専用の装置を使う方法で、GPSトラックスティック(GPS Trackstick)のようなものである。それを使えば、旅の経路を自動的に記録し、そのデータは、歩くルートやドライブルート、ハイキングコース、または興味のある地点に関する個人の地図をアップロードして作成してくれる。あらゆるメディアにジオ・タグすることはより簡単、あるいは自動化されつつあり、その結果、オンラインで利用できるジオ・タグ情報が、質量とも日々益々増えていくことになるだろう。
 GPS Trackstick(http://www.gpstrackstick.com

 2008年度のホライゾン・リポートでも述べられているように、今後さらに、オンラインツールを使ったマルチメディアやジオ・タグ・データによる新しい融合サービスがしやすくなる。位置情報データを取得・表示可能なツールは、無償・低コストでオンラインから入手でき、ますます操作性と使いやすさが改善されるだろう。例えば、グーグル地図(Google Maps)は、ボタン一つで、一般公開されているジオ・タグ・メディアを、自分が見ている地図の関連部分に貼り付けることができる。つまり、位置情報がわからない写真やビデオを、あるべき場所に簡単に配置することができ、同様に、グーグル・アース(Google Earth)の3D画面に置くことにもきる。フリッカー地図(Flickr Maps)では、閲覧者は、どのジオ・タグが所定の地域で現在使用されているかが一目で分かり、例えば、オオカバマダラ蝶の写真が北米のどこで撮影されたかも分かるのである。その他、既存の機能を組み合わせた新しいオーサリングツールを使えば、利用者は、アップロードしたデータや手を加えた、個人用地図などの管理がさらに容易となる。
 Google Maps(http://maps.google.com
 Flickr Maps(http://www.flickr.com/map

教授・学習・研究・創造表現との関連

 位置情報データの取得や利用が簡単になるにつれ、高速だが安価で、しかも大変効果的な研究・学習向けのアプリケーションが出現しつつある。位置情報を自動的に取得できるようになれば、自然科学、社会調査研究、医学や健康、文化研究、その他の分野で現地調査やデータ収集に貢献するようになる。研究者は、動物、鳥、昆虫の移動調査や伝染病の拡大を追跡するため、彼らの多種多様な個人用機器を駆逐し、常時利用が可能な地図上に刻々と表示されるジオ・タグの写真やビデオなどのデータを使うことができる。また、研究者や学生は、収集データを地図上に掲載したり、天気、人口、都市開発など簡単に入手できる情報を加えたりして、それらのデータから様々な傾向を研究することができる。

 データを検索、組織化、選別して表示するツールが洗練され、簡単にアクセスできて使えるようになると、既にある多くの位置情報データもさらにアクセスが容易になる。アカデミック・インフォ(Academic Info) のリストに掲載されている公開データベースは、ある期間利用されてきたが、現在はいろいろな方法で収集データをビジュアルに表示できるオンラインツールがある。地形データとジオ・タグ・メディアや情報を統合する多くのWebアプリケーションの登場で、教育における位置情報の重要性は重みを増すことになった。その多くのアプリケーションは全くプログラミング技術を必要としないため、学生はそれらを用いて、現実世界のデータを使い、詳細な地図や3次元の風景の上に様々な視覚表現を個別に作成することができるのである。
 Academic Info(http://www.academicinfo.net/geogdata.html

 移動中の学習者は、利用者のコンテキストに応じて近隣にあるもの、興味のある場所や史跡、仲間に関する情報を途切れることなく受け取ることができ、かつこれらを今すぐ必要な学習としてオンライン情報と組み合わせることができる。また、携帯端末やラップトップ・コンピュータ向けのソーシャル・ネットワーキング・ツールでは、近くに誰がいるか、どの場所にいるかを知らせることができる。また、その人がいる場所ではどのメディアを使っているかを表示すこともできる。バーチャル・ジオキャッシング(virtual geocaching)というのは、オンライン上の箱(ジオキャッシュ)の中にメディア(画像、ビデオ、音声、テキストなどあらゆる電子ファイル)を入れ、それに特定の地理情報を付けた場所を見つける宝探しゲームである。それは、旅行者や観光客が実際にある場所にコメントを付けたり、もの探し競走を面白くしたり、現実と仮想のゲーム、都会の校外リクレーション、コンサートや祭典など催し物に使われ始めている。そのようなサービスの一つに、ドロップ・イン&アウト・ロケーション(Drop.io Location)がある。携帯利用者は、近くに立ち寄る場所を見つけ、アクセス許可があれば、どんな情報ファイルもそこから引き出せるサイトである。これら比較的単純な位置情報データのアプリケーションは、Webサイトと携帯端末で最も早く利用されており、この種の技術は急速に発達している。
 Drop.io Location(http://drop.io/dropiolocation
 virtual geocaching(http://www.geocaching.com/


 各分野の位置情報検出のアプリケーションには、以下のようなものがある。

■文学

 ジオ・タグやバーチャル・ジオキャッシングは、文学作品に対して注釈付きの地図や現実世界の位置を作り出すために用いられ、物語を体験的に読むことができる。例えば、ある読者は、個人的な関心からマルコポーロの旅行記で記載されている旅行経路の地図を作成したが、そこには、テキストの一節、過去と現在の場所の写真、注釈とリンク、その他の情報が含まれている。
 http://idlethink.wordpress.com/2008/08/31/indulgence-sin/

■医学

 フロリダ大学(The University of Florida)は数年間、医療機器の操作方法を学生に教えるために、2次元仕様のWebソフトである「トランスペアレント・リアリティ・シミュレーション・エンジン」(Transparent Reality Simulation Engine)を使用してきた。近年では、GPS対応タブレット装置を追加することにより、学習者は空間上で、実際の機器上に重ねて可視化された現物そっくりの機器を体験することが可能になり、マウス入力ではなく機器を直接操作するシミュレーションができるようになった。位置情報は、タブレットでトレースするときに使われ、実物の機器とタブレット上で可視化されたイメージを連動させるために用いられている。

■ゲーム・ベースの学習(Game-based Learning)

 ウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin-Madison)のローカル・ゲーム・ラボ(Local Games Lab)では、「ローカル・ゲーム」という、実際に生活している地域と生態学的環境を組み合わせた学習体験に関するツールを開発している。「ローカル・ゲーム」は、位置情報と現実と仮想のゲームを組み合わせ、場所とその場所に住む地域住民を調査するユニークな方法で、現実の世界にいる学習者を熱中させるゲームである。
 http://lgl.gameslearningsociety.org/

位置情報システムの導入例

 以下のリンクは、ジオ・ローケーション、ジオ・タグおよびローケーション・アウェアを用いたアプリケーション例である。

コミュニティ・ウォーク(Community Walk)
http://www.communitywalk.com/
 コミュニティ・ウォークは、FlickrにアップロードあるいはFlickrからダウンロードしたジオ・タグ・データや写真を使って、自分の地図を作成したり、注釈をつけることができるツールである。
 
グーグルのスプレッドシートとガジェットを利用したジオ・コーディング(Geocoding with Google Spreadsheets and Gadgets)
  http://otherfancystuff.blogspot.com/2008/11/geocoding-with-google-spreadsheets-and.html
 (パメラ・フォックスと素晴らしい仲間達、 2008年11月27日)
 このブログ投稿は、仕掛け(gadget)を作った制作者により、仕掛けを埋め込む方法が詳しく述べられており、他の統合サービスサイトでも使用できる緯度と経度のデータを提供して、Googleのスプレッドシートから地図上にアドレスを書き込むものである。
 
全世界住所検索サービス(Geonames)
  http://www.geonames.org/
 ジオネームズ(Geonames)は、全世界の膨大な地名と地勢の地理データを包括的に収めた地理データベースで、そのデータの使用は、クリエイティブ・コモンズ(Creative Commons)帰属のライセンスとなっている。
 
マパス・プロジェクト(The Mapas Project)
  http://mapas.uoregon.edu/
 オレゴン大学で始まったばかりのマパス・プロジェクトは、植民地時代のメキシコの画像入り文書研究を目的としており、位置情報システムは地図上の位置と現在の場所をリンクするために使われている。
 
メディアスケープ(Mediascape)
  http://www.mscapers.com/
 メディアスケープは、閲覧者が実際の空間と時間を移動することで展開する対話式物語を作成するツールで、閲覧者が持つ携帯端末上のGPSを利用し、マルチメディアと双方向操作を使って各閲覧者にあった経験を提供する。
 
州の史跡案内(Next Exit History)
  http://nextexithistory.org/
 Next Exit Historyは、観光客のポッドキャストや他のメディアにジオ・タグ情報を提供する西フロリダ大学と南フロリダ大学の共同プロジェクトで、観光客が、州の主要なハイウェイ近くにあるにもかかわらずよく見過ごしてしまうフロリダ州の史跡を発見して知ってもらう手助けをするためのものである。
 
ペイントマップ(Paintmap)
  http://paintmap.com/
 ペイントマップは、芸術家の作品が実際どこにあるかを示すため、地図上にその作品を置くことができるツールである。グーグルアース(Google Earth)のユーザーは、場所に注釈をつけるもう一つの方法として、美術作品を加えることもできる。

推薦資料

 以下の記事や資料は、ジオ・ローケーション、ジオ・タグおよびローケーション・アウェアについてさらに知りたい人にお薦めである。

ジオ・ローケーションに関する七つのポイント
http://connect.educause.edu/Library/ELI/7ThingsYouShouldKnowAbout/47212
 (EDUCAUSE Learning Initiative, 27 August 2008.)
 この記事は、メディアへのジオ・タグに関連するジオ・ローケーションについて、簡潔な説明とともに、教育用アプリケーションの提示、そしてジオ・ローケーションに関する可能性や関連について述べている。
 
世界の野外調査のためのジオ・タグ写真
  http://www.geographyteachingtoday.org.uk/fieldwork/info/teaching-technology/geotagging-photos-to-share-fieldtrips-with-the-world/
 (David Holmes, GeographyTeachingToday.org.uk, undated.)
 この記事は、地理学教育で行われるジオ・タグ写真のアプリケーションを説明、イメージに対するジオ・タグの方法を紹介している。
 
iPhoneの位置認識システムが、あなたの生活を変える
  http://lifehacker.com/395171/how-your-location+aware-iphone-will-change-your-life
 (Adam Pash, Lifehacker, 5 June 2008.)
 iPhoneのローケーション・アウェアは、ソーシャル・ネットワーキング・ツールのアプリケーションを補 強するとともに、iPhoneで撮った写真を近隣のレストラン推薦情報としてジオ・タグすることができる。
 
位置情報技術入門書(Location Technologies Primer)
  http://www.techcrunch.com/2008/06/04/location-technologies-primer/
 (Eric Carr, TechCrunch, 4 June 2008.)
 この記事は、ローケーション・アウェアのアプリケーションで使われる技術について説明している。
 
教育現場のメモ:グーグル・アースを使った文学に関する地理調査
  http://google-latlong.blogspot.com/2008/06/notes-from-classroom-exploring-literary.html
 (Jerome Burg, Google Lat Long Blog, 25 June 2008.)
 この投稿記事は、グーグル・リット・トリップ(GoogleLitTrips.com)サイトを作成した元英語教師によるもので、グーグル・アースを使って文学教育の向上を図るためのものである。
 
デリシャス:位置情報システム
  http://delicious.com/tag/hz09+geolocation
 (Tagged by Horizon Advisory Board and friends, 2008.)
 位置情報システムに関することおよび本リポートに記載されていることも含めてホライゾン・レポートについてのさらなる情報はこのリンクから。追加の情報源をブック・マーク検索のデリシャスに登録するときは、hz09およびgeolocationとタグを付ければよい。


個人Web

2〜3年後に普及の可能性

 商用ホームページ(Webページ)が登場して15年、Web上で入手可能なコンテンツは膨大な量となり、コンテンツの善し悪し、有用かどうかを仕分ける作業は、その量を考えただけでも気が滅入ってしまうほどである。また、膨大なWeb上で、個人が投稿したWebサイトを追跡するのも大変だし、自分の作成したコンテンツの履歴を確認するだけでも大変苦労する。
 一方、Webの多様な種類や容量に対応した、簡単に使えるWeb制作ツールのおかげで、以前と比べて個々人がWebサイトを追加編集しやすくなった。
 そこで、コンピューター・ユーザーは、ダイナミックなオンライン・コンテンツの開発や編集がしやすい様々なツール、ウィジェット(単機能な小型プログラム)や多様なサービスを組み込もうとしている。最近のユーザーは、タグ付け、集計、更新、コンテンツの履歴保存など、様々なツールを装備して、次第に各自の必要性や関心に合ったWebを開発して運営しようとしている。これが個人Webである。

概観

 個人が初期画面を作成し、RSS(Webサイトを記述するファイルのフォーマット)やカスタマイズが可能なウィジェットなど、簡単で新しい技術を使い始める中で、個人Webは、オンライン・コンテンツの単なる閲覧というより、コンテンツの再構成・配列・運用が可能となるような一連の技術を総称するために新たに作られた用語である。ますます増えつつある無料で簡便なツールやアプリケーションを使えば、個人仕様のWeb環境、つまり個人Webを簡単に作ることができる。それは、明らかに個人用パソコンで実行していた一個人の社会活動やその人の職業、学習などの諸活動を、ネットワーク上の世界で実現できるのである。オンライン上にあるデータは、難しい操作やWeb・ページ編集の専門知識がなくても保存・タグ付け・分類・転用することができる。
 事実、多くのユーザーにとって、Webを支える基盤技術はほとんど見えず、必要なことは、どのツールを使うかがわかればよいのである。また、コンテンツの作成配信から公私にわたる時間管理、常に最新の情報に更新するコンテンツ・ライブラリーの開発に至るまで、すべての作業がクリックするだけというわずかな作業となっているのである。

 その結果、あらゆる年齢層の人々が、各自の好きなツールを使って自由にカスタマイズし、自分の社会活動や職業および学習などの諸活動を紹介する「個人Webの環境」を作ろうとしている。簡単に変更でき、使う人それぞれに独自な個人Web環境は、個々のスタイルや好みに合わせて組み合わせたツール群で構成されている。

 個人や社会という形態を問わず、学習や表現活動を可能にするツールは、技術的には関連性がないにもかかわらず、公開されているアプリケーション・プログラミング・インターフェイス(API)や簡単にネットワークで配信できる技術のおかげで、複雑な設定をしなくても完全に連動している。Webを作り上げている膨大な量のコンテンツは簡便に利用、選択、再構成が可能で、だれでも概ね望み通りにWebで公開できる。Webは個人のものとなったのである。

 こうした変容は勢いを増してきている。現に、ワールドプレス・コム(WordPress.com)やエデュブログ(EduBlogs)などのブログ・サイト、ツイッター(Twitter)、フェイスブック(Facebook)、ユーチューブ(YouTube)、フリッカー(Flickr)といったツール群を使って、出版された作品を読むことが主流となっているのは明らかだが、それらを使って自ら出版するという点では、なお一層の傾向は一層高まってきている。今日、数行の作品やまるごと一冊の本の体裁で教育出版事業に参入するケースが見かけられるようになった。ツィッター上で授業を最新情報に更新して、協働のネットワーク・サイトで教科書を執筆するなど、教育用コンテンツは、その分野に直接関わる人々の手によって次第にオンライン上で出版されるようになってきている。過去12ヶ月から18ヶ月の間に人気のあったソーシャル・ネットワーキング用ツールは、そのほとんどすべてが、何らかの形で教育用途に使われてきたのである。

 共同作業もまた、今までになく簡単である。小説、コミック、報告書、さらには教科書まで、共同執筆向けに設計されたツールで共同作成が可能である。特に教育に焦点を当てているものにフラット・ワールド・ノレッジ(http://www.flatworldknowledge.com)がある。これは、無料で、ピア・レビューが可能な教科書オンライン作成向けに提供されている。また、他のオンライン書籍出版サイトには、ウィ・ブック(http://www.Webook.com)のように、一般人を対象としたものもある。ウィ・ブックは子供向けの本から料理本まで、あらゆるものを扱っており、これらのツールを使うと、どんな内容でも、共同でも個人でも本を執筆して販売することができ、オンライン上で低価格もしくは無料で利用することが可能となる。また、これらサービスの多くは、購買者のために印刷して提供することもできる。

教授・学習・研究・創造表現との関連

 個人Webを実現可能にするツールは、研究や学習にも理想的なツールである。オンライン上で、作品へのタグ付け・分類・出版を瞬時に、しかも基盤技術の理解や操作なしにできることは、教員にも学生にも多くの機会を提供することになる。タグやWeb配信でオンライン情報を作成することによって、検索や注釈付けが簡単にでき、しかも、あらゆる目的に対応できる、内容豊富で私的なデータベースのサイトを作ることが簡単になる。

 デリシャス(http://delicious.com)やディアゴ(http://www.diigo.com)といったツールは、Webリンクを保存、統合する手段としてタグ付けを用いる。決して新しいコンセプトではないが、オンライン上のデータやツールにタグを付けることは、研究者の間ではかなり一般的な方法となっている。Webブラウザーの機能を拡張する小さなツールであるウィジェットは、エラー対応が強化され、簡単にインストールして使用できるようになったので、よく使われるようになった。ゾテロ(http://www.diigo.com)は、Webブラウザーに文献情報カードに相当するものを付加する機能を装備した多機能の文献ツールである。ゾテロを使うと、閲覧者はWeb上で見つけた文献のリンク、注釈、書誌情報を資料として簡単に保存することができる。これらの資料は、他人が出版したデータに対して整理や注釈をリンク付けし、一連のリストとして情報を一ヶ所に集約することができ、いわゆる私的オンライン・カード・カタログのようなものを作成することができる。

 オンライン出版ツールは、教育課程においての個人や職業上の意見、共同作業、研究、学校の概要の広報として用いられており、従来のブログのように長い形式文の投稿は、既にかなり使われている。しかし、ミニブログ(Microblogging)のような、ツイッター、フェイスブックなど、短文による最新情報の投稿サービスが教育界で徐々に増える傾向にある。社会関係を作るのに最適なメディアであるミニブログは、教室の壁を越えて授業外の会話を続けたり、学生に最新の授業情報をすぐに伝える方法としても利用できる。数多くのウィジェットがあり、更新情報の複数掲示(一つのサービスに登録した内容が自動的に他のサービスにも転送される)や他のサービスの更新情報理解に使える。また、簡単なオンライン出版、特にブログは学生が自分の意見や考え、研究を発表する場となる。

 教育コンテンツを供給する側、使用する側も、出版や運営のために様々なWebサービスを利用している:ユーチューブ(YouTube)、ブリップTV(Blip.tv)、ツイッター(Twitter)、多数のブログ・サイト、フリッカー(Flickr)、ピカサ(Picasa)など様々である。タグ付けは、これら点在する情報をまとめる一つの方法であり、もう一つは集約という方法で、Web配信を使って拡散した情報を一ヶ所に集め、更新が自動的に行われて、他のサイトにコメントを加えられるようにすることである。スワール(http://www.swurl.com)やフレンド・フィード(http://www.friendfeed.com)のようなツールは、一人の人が出版したすべての資料を「活動の川」(activity stream)の中にとりまとめる。学生はこれらのツールを使って、オンライン・ポートフォリオのような形で、自分の作品をまとめることができる。つまり、簡単なコメント(つぶやき)や、ブログ投稿、写真などをいずれかのオンライン・サービスに付け加えると、それが彼らの年表に反映されるのである。授業参加者の全員が参加すると、あるユーザーは、学生や教授が作成したデータを組み合わせることができ、すべては単一の履歴の中に付加されて、新しい情報が投稿されるたびに更新されるのである。これらのツールによって、学生は自分の作業を整理すると同時に、オンライン上の関連文献や資料の管理を学ぶようになる。こうした教育目的に特化したツールがいくつも開発中であり、一例として、カリフォルニア州立大学機構には、専門職のプロフィールと関連資料を管理するツール、フレスカ(FRESCA)(http://bssapps.sfsu.edu/fresca)がある。

 オンラインの書籍出版は、ミニブログ出版やブログ出版より時間も手間もかかる。出版にかかる作業や、著作権・所有権・専門分野の評価といった問題があるが、Web上での内容開示による教科書、授業ノートの公開、共同執筆の教科書は、徐々に登場し始め、いくつかの専門分野で受け容れられている。この種の企画は、大学教科書の費用が高騰したことへの対応であり、また、教員が授業で使用する教材をカスタマイズできない印刷教材の制約への対応でもある。教員は、オンライン教科書であれば、大抵自分の教育目的に応じて編集、追加、カスタマイズができるので、学生は授業内容と進度にぴったりあった教材を使用することができるのである。授業によっては、授業の進捗状況に合わせて、学生と教員が共同でオンライン教科書を作成し、結果として、学生は執筆することで、授業内容への関わりや理解度を増すことになる。

 各分野の個人Webアプリケーションには、以下のようなものがある。

■図書館学
 バッファロー州立大学(Buffalo State College)で上級図書館学を履修する学生は、教科書を購入する代わりにUSBフラッシュメモリ装置を買うことを義務づけられている。学生は、Webブラウザーのファイア・フォックスと一連のアプリケーションをUSBドライブにインストールし、それを研究用のツールとする。授業のWebサイトには、ソーシャル・ブックマークのツールやUSBにインストールしたアプリケーションのマニュアルが提供されている。
 http://sites.google.com/site/lib300site/

■メディア研究
 ロチェスター工科大学(Rochester Institute of Technology)の公開出版ラボ(The Open Publishing Lab)では、ニューメディアと出版に関する一連の研究プロジェクトが運営されている。プロジェクトには、オンライン新聞、eブック形式でWeb・コンテンツを配信・出版するツール、オンライン出版の手引き、ソーシャル・ネットワーキング・ゲームなどがある。
 http://opl.cias.rit.edu/projects

■外国語
 モンクレア州立大学(Montclair State University)では、イタリア語を学ぶ学習者が、内容豊富で個々の学習経験ができるように、授業のWebサイトにマルチメディアとWeb配信を簡単に統合できるWebサイト・ツール、ページフレイク(PageFlakes)の利用可能性に関する調査研究を行っている。


個人Webの導入例

 以下のリンクは個人Webの教育アプリケーション例である。

USFでの初年次教育の作文
http://collegewriting.us
 南フロリダ大学(The University of South Florida)では、初年次教育用作文を教えるために、各学期、70名から90名の講師を雇っている。このWebサイトは教師と学生用で、全クラスが同じスケジュールで最新の教材で学習することを保証するためのもので、同時に、教師が学生の学習を評価し、学習履歴を記録するオンラインの成績評価基準を取り入れている。
 
オメカ(Omeka)
  http://omeka.org
 オメカは、学者、司書、文書保管担当者、博物館専門職、教育者、文化愛護家を対象としたサイトで、無償で公開されているオープンソースとして、専門文献を中心とする出版用プラットフォームである。また、オメカは、ジョージ・メイソン大学(George Mason University)にあるニューメディア歴史センター(Center for New Media and History)で開発・提供されている、オンライン情報を構築するための優れた出版ツールである。
 
オープンソフィー(OpenSophie)
  http://opensophie.org
 オープンソフィーは、ネットワーク環境でメディア情報を統合したリッチメディア(rich media)文献を読み書きするためのオープンソース・ソフトである。オープンソフィーは、その発足以来、メロン財団(Mellon Foundation)、マッカーサー財団(MacArthur Foundation)、カリフォルニア大学ロサンジェルス校から資金援助を受け、今やオープンソースのコミュニティーにおけるプロジェクトである。
 
学術コミュニティーのブログ
  http://umwblogs.org
 (UMWブログ、 メアリーワシントン大学)
http://ucalgaryblogs.ca/
 (Uカルガリーブログ、 カルガリー大学)
http://blsciblogs.baruch.cuny.edu/
 (ブログ@バルク、 ニューヨーク市立大学バルク・カレッジ)
http://blogs.psu.edu/
 (ペン州立におけるブログ、 ペンシルベニア州立大学)
http://blogs.ubc.ca/
 (UBC ブログ、 ブリティッシュ・コロンビア大学)
 多くの大学で、教員、職員、学生にブログ・サービスを提供しているが、ここではその一部を掲載する。通常大学のブログは、単一ポータルで全大学の公的なブログを集約しており、授業や部活、個人のブログが簡単に設定できるシステムを提供している。
 
スマートヒストリー(SmARThistory)
  http://smarthistory.org
 スマートヒストリーは、従来の美術史の文献に新たな情報を補足したり、内容を差し換えたりするための、編集可能な美術史オンラインサイトである。スマートヒストリーは、一つの美術作品に対してポッドキャスト、ビデオクリップ、画像、他のサイトへのリンク、コメントなどを統合させて、その作品を内容豊かなものとすることができる。
 
飛行に関する話題(Stories that Fly)
  http://www.storiesthatfly.com/
 「飛行に関する話題」のサイトは、飛行全般に関する話をデジタル化して収集することを目指した市民のメディア・プロジェクトである。学生ジャーナリスト、飛行家、飛行に関心を持つ地域の人たちが様々な話を寄稿し、オハイオ州飛行同好会では、地域の飛行場や催し物、関心ある人々を紹介している。


推薦資料

 以下の記事や資料は個人Webについてさらに知りたい人にお薦めである。

データ教授法(Datagogies)、ライティングスペース(Writing Spaces)、ピアツーピア技術(Age of Peer Production)
http://writersatwork.us/sites/Joe_Moxley/Articles/datagogies.pdf
 (Joseph Moxley, Computers and Composition, Vol. 25, Issue 2, 2008; pp. 182-202.)
 この記事(PDF、676K)は、教師のグループが教授法や教材を新たに作成したり改善したりするために、複数のパソコンを対等に接続するというピアツーピアの技術を使う内容で、そのような手法を使うことで、従来とは異なる教授・学習活動を学習の場で行うことを示唆している。
 
個人出版の進化
  http://www.readwriteWeb.com/archives/the_evolution_of_personal_publ.php
 (Alex Iskold, ReadWriteWeb, December 2007.)
 この掲載記事は、ブログ、ソーシャルネットワーク、ミニブログなどに分類される個人出版を調べ、仮説として、それぞれのWebが投稿者のタイプに応じた役割を果たし、Webネットワーク全体の中で、それぞれ特定の目的を満たしているとしている。
 
カリフォルニアでは、無料のデジタル・テキストが高価な大学教科書に戦いを挑む
  http://www.latimes.com/news/local/la-me-textbook18-2008aug18,0,4712858.story
 (Gale Holland, Los Angeles Times, August 2008.)
 この記事は、オープンソースで無償のデジタル教科書を供給している出版者が、教科書市場の中でどのような役割を果たすかを論じている。
 
個人の学習環境を図で説明
  http://edtechpost.wikispaces.com/PLE+Diagrams
 (Scott Leslie, EdTechPost, 2008.)
 この著者は、個人の学習環境に関する記述を図で紹介し、その成果をウィキ・ページで公開している。
 
未来へのウィジェット
  http://www.insidehighered.com/news/2008/12/08/widgets
 (Andy Guess, Inside Higher Ed, 8 December 2008.)
 この記事は、Webサイトの情報を個人用にカスタマイズするツールであるウィジェットについて記述し、特に教育用に開発された事例を提供している。
 
デリシャス:個人Web
  http://delicious.com/tag/hz09+personalWeb
 (タグ付け:Horizon Advisory Board and friends, 2008.)
 本リポートに記載されていることも含めて、個人Webに関すること、ホライゾン・レポートについてさらに必要な情報はこのリンクからアクセスできる。追加の情報源をブック・マーク検索のデリシャスに登録するときは、hz09およびpersonalWebとタグを付ければよい。


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