特集 反転授業を導入した授業改革の取り組み

物理系科目「基礎水理学」への反転授業の導入と課題

宗村 広昭(島根大学 生物資源科学部准教授)

1.水理学の大学での位置づけ

 水理学は流体力学理論の実用面への応用に取り組む学問で、河川工学、海岸工学、衛生工学、水環境工学、灌漑工学、水資源工学など、多様な分野の数理的基礎を形成している学問です。つまり水理学は経験工学と位置づけられ、水に関連する現象について実験式や経験式を提案しながら発展してきました[1][2]。本稿で紹介する「基礎水理学」は島根大学専門教育科目の基盤科目に位置づけられ、生物資源科学における基礎力と総合的視点を育成するために、学科・教育コースを問わない学部共通科目として開講されています。ただし実際には、将来的に水理学の知識を活用するであろう公務員(農業農村工学や総合土木)、中高教員、ゼネコン、環境コンサルタント、建設コンサルタント等へ就職する学生の多い地域環境科学科の1年生が主な受講者です。地域環境科学科では水理学を学修する科目として、「基礎水理学」の他に、「水理学I」(2年生前期)・「水理学II」(2年生後期)が開講されており、基礎から応用まで幅広く学修できるようカリキュラムが構成されています。「基礎水理学」の授業目的は、水理学の基礎となる流体の物理的性質、静水力学、エネルギー保存則に関する知識を習得することです。

2.反転授業導入のきっかけと目的

 反転授業という言葉は2013年に初めて知りました。総合理工学研究科の小俣光司教授が先行して反転授業を「物理化学I」に導入され、その事例を教育開発センター主催の勉強会で紹介されたことがきっかけでした。反転授業に使用するビデオ教材の作成方法などを同教授から学び、「基礎水理学」へ転用しました。
 反転授業の導入を試みた第一の目的は、「演習問題を解く時間および多様な演習問題を解く機会の確保」です。水理学は高校までの数学や物理学の知識を必要とする場合が多いため、習うことはもちろん必要なことですが、慣れることはもっと必要なことだと考えられます。通常の授業形態だと講義時間90分の間に内容を説明し、演習問題を解く時間を確保する必要があるため、それほど多くの問題を時間内に解くことはできません。また、水理学に関連する教科書や参考書は数多く出版されていますが、学生自らそれらを基に学修を進め、理解を深めるかというと、それはあまり期待できません。というのも、受講生のほとんどが高校で数学や物理を十分に学習していない(受験科目ではない)場合が多いため、演習問題を既存の教材から探し出し解く習慣がなく、むしろ逆に抵抗があるように見受けられるからです。

3.学生理解度向上のための試行錯誤

 演習問題を解く時間の確保や多様な演習問題を解く機会の確保はもちろん他の方法でも可能です。「基礎水理学」でも反転授業を導入する前は、複数回の演習レポートや授業後にe-Learningプラットフォーム(Moodle)を活用した関連演習問題を学生に課していました(表1)。これは2008年度以前の授業評価アンケートで、授業中での「演習が少ない」「演習問題を多く解きたい」との要望が多かったためです。ただ当時はe-Learningシステムの知識がほとんどなく、インターネットを活用した課題演習という発想がなかったため、2009年度のレポート課題では、回数を3回に増やし問題量も多く設定しました。2011年度以降は、Moodleが島根大学へ試験的に導入されたので、授業直後の復習による知識定着を目指し、Moodleを通じて毎回数問程度演習課題を出したり、冬休みの課題を出したりしながら、慣れる機会をより多く作り出すよう心がけました。そして2013年度以降に反転授業へ授業スタイルを大きく変更しました。今回採用した方法は、講義資料がビデオ形式でe-Learningプラットフォームに保存され、曜日や時間に関わらず、何度でも学修することが可能なので、学生の能動的学修を誘導できます。

表1 授業スタイルの変遷

 評価方法についても一貫性があまりありませんでしたが、授業スタイルを変更したことに伴い、一発テストのような形式ではなく、各章ごとにテストを行う形式にしました。これはテストの頻度を高くすることで学生の事前・事後学修を促進させるとともに、理解せずに章が変わるような事態を避け、着実に知識のステップアップができるようにするためです。

4.反転授業の流れと作業

 反転授業の流れについてもう少し詳しく述べます。全体の流れは、図1の0番〜12番のようになります。反転授業は2013年度と2014年度に実施しました。両年の違いは、e-Learningプラットフォームの違いと授業中の作成ノート確認の有無です。2013年度はMoodleを使用し、2014年度は大学内のシステム変更に伴いSmartForceを使用しました。また、2013年度は授業中に学生が作成したノートを確認して回りましたが、不明点や演習問題の解説時間をより多く確保するため、2014年度は、各自がノートをしっかり作成していることを信じて、ノート確認作業を省き、代わりに自己学修シート(類似演習問題の解答、分かったこと・分からなかったこと、総学修時間と理解度の自己評価)を記入・提出してもらいました。教室内を歩き回りながらグループ別に解説している際にノートを軽く見てみると、ノート確認の有無に関わらず非常に丁寧にノートを作成していました。

図1 反転授業の流れと作業

 グループは受講生の人数にもよりますが、基本数4名としました。1年生後期でだいぶ大学生活に慣れたとはいえ、1回目のグループは、男女比率を配慮しながら適当に分けました。2回目以降は章末テストの成績により、高得点の学生2名+低得点の学生2名など、グループ毎の平均点が同レベルになるように配慮しました。授業中のグループワークでは、分かる学生が分からない学生を教える学び合いのスタイルを採用しました。2014年度は自己学修シートを講義時間に持参しているので、何が分からないのかが事前に学生自身で把握されており、スムーズにグループ内で教え合いが進められていました。この活動を通して知識の反復・学修効果の向上が見込めます。また多様な演習問題をしっかりと解いたことによる、「できた!」という小さな成功体験を積み重ねられ、苦手意識から自信へと切り替わる可能性もあります。
 教員およびTAは授業中ひたすらグループ間を移動し、講義内容に関する不明点の解説や演習問題のヒントを与える作業を行いました。グループワークを長時間設定するとだらけてくるので、頃合を見計らって演習問題の解説を行いました。
 授業後は生物資源科学部ピアサポート制度を活用し、理解度の向上やスムーズな学修の手助けを行ってもらいました。これは学生同士で教え・学び合う制度で、主に対象科目が得意な先輩が学修サポーターとなり後輩に教える、もしくは同学年で教え合うというものです。週1〜2日対応してもらいました。また、教員は自己学修シートから学生の分からなかった点を再度把握し、次週の解説に繋げるとともに、次々回およびそれ以降の講義ビデオを作成しました。

5.反転授業の効果検証

 反転授業導入前後の成績ヒストグラムと基本統計量を図2に示します。まず授業形態に関わらず、期末テストに重点を置いた2007年度、2008年度、2011年度、2012年度では分布のバラつきが大きく、複数回テストを行った2009年度、2013年度、2014年度では分布のバラつきが小さいと読み取れます。これはテストの頻度を高くすることで事前・事後学修が促進されたことや、テスト範囲が狭くなり勉強しやすかったことが要因として考えられます。また、2014年度の平均得点は過去のものと比べて少し高く80.0点となりました。ただ、毎年テスト問題も母集団も違うので、平均値や分布の違い等が何に起因しているのか、つまり反転授業によるものかどうかは、現状の情報のみで一概に結論付けることは難しいと言えます。

図2 反転授業導入前後の成績ヒストグラムと基本統計量

 次に、2013年度に教育開発センターと協力して行った11回分のアンケートおよび2014年度に行った自己学修シート、から集計した平均学修時間(事前学修時間)と得点との関係を図3に示します。2013年度と2014年度を比較すると、学修時間の平均値はそれぞれ、2.1時間と1.7時間、標準偏差はそれぞれ、0.95時間と0.62時間となり、2013年度の方が、バラつきが大きいことが分かります。通常授業スタイル時のデータがないため一概には判断できませんが、反転授業の形式を採用した両年とも、ある程度学生の事前学修時間が確保できていると言えます。他の授業や部活動等がある中で「基礎水理学」のみに時間を割くことは難しいと考えられますが、講義ビデオによる自己学修という形で毎週事前に活動を課すことで、「基礎水理学」が学生生活のスケジュール内に上手く入り込めたのかもしれません。しかし、平均学修時間と得点との間に強い正の相関は見られませんでした。また、総学修時間と比較しても同様の傾向でした。

図3 平均学修時間と得点との関係

 自己学修時に分からなかった場合の対応について、自己学修シートから集計した結果を図4に示します。これより多くの学生が事前に教科書やインターネットで情報を探し、理解しようと試みたことが分かります。また「友達に教えてもらった」「教え合いをした」という割合も比較的高く、グループワーク等を通じて良いコミュニケーションが図れていたと推察されます。しかし、反転授業の醍醐味である、何度でも講義ビデオを見て学修できる、という利点はあまり生かされていなかったことが読み取れます。2013年度に行った前述のアンケートから、授業開始直前に講義ビデオを見ている学生がいると把握されていることから、何度も見る時間がなかったというのが理由であろうと考えられます。

図4 分からなかったときの対応(n=301)

6.学生・教員の意見および課題

 学生による授業評価アンケートに記載されていた授業の良かった点と改善すべき点をまとめると表2のようになります。改善すべき点は、アンケートに記載されていなかっただけで多々あると思いますが、反転授業のスタイルは概ね学生から好印象を得られていると判断できます。ただ、私語ができたことを良かった点としてあげているので、この点については今後対策が必要と言えます。また、当初の目的である、多様な演習問題を解く機会・時間の確保は、教員側から見ると非常にやり易いのですが、学生側から見ると負担が非常に大きいことが読み取れます。常に高負荷を与え続けると、逆に学生の学びを阻害する可能性もあることから、適度な量・難易度の演習課題というバランスを保つことが必要と言えます。

表2 学生による授業評価意見

 また、学内での授業公開時に参加下さった教員の方々よりいただいた意見は表3に示す通りです。反転授業のスタイルやグループワークについては一定の評価をいただきましたが、通常授業とのバランスをもう一度考える必要があることや、今回の方法による将来的な効果について不明確であることが指摘されました。これらの点については、授業効果をより高めるため、今後しっかりと考えて改善していく必要があります。

表3 授業公開時に教員の目から見た反転授業に対する意見

7.最後に

 反転授業の学修効果については先に示したデータの通り、不明確な部分が多々存在しています。しかし、反転授業とグループワーク形式を導入して、少なくとも「基礎水理学」では、授業デザインがし易くなりました。2012年度以前のような授業中に寝る学生は皆無となり、かつ、教員側が説明の配分を見誤り最後の演習時間がないというような状況もなくなりましたので、精神的にも非常に楽になりました。ただし、一人では導入に踏み切れなかったと感じています。まず講義ビデオや演習課題の準備が大変で、20分弱のビデオ準備に数時間を要することも幾度となくありました。今回は先行事例があり、それを真似ることで比較的スムーズに進められました。また、e-Learningシステム自体に癖があり、学生からのシステムに関する問い合わせとその対応にかなりの時間を費やしました。しかし、これも教育開発センターや事務の方々がサポートして下さったので、何とか学生に大きな不満を持たせることもなく乗り切れました。さらにピアサポート制度・学修サポーターによる補完が大きな役割を果たしてくれました。この制度の活用状況を見ると、時間が合わず決して多くの学生が利用しているとは言えない開催日もありますが、分からないこと・疑問点を気軽に聞けたり、テスト前に駆け込みで学修したり、できる環境があったからこそ、暗中模索状態の1年目や2年目でも特段大きなミスや問題がなくやって来られたのだと感じています。したがって、本稿で紹介したような手法の反転授業を導入するためには、講義ビデオ作成やe-Learningシステムについてサポートしてくれる体制とピアサポートのような授業後の学修サポート体制は非常に重要なファクターになると思います。
 反転授業という手法は、従前の学修法と比べると手順が大きく異なります。学修に対する時間的自由度が高い代わりに負担が大きいことから、学生に戸惑いを与えてしまう場合もあります。そのため、これまでの取り組みでは、学生全員が学修意欲や学修成果の向上などプラスの効果を実感できたとは言えません。能動的学修習慣のない学生や苦手意識の強い学生に対し、いかに学修意欲を向上させ、確実に、そして十分な時間をかけて講義ビデオで学修させるか(事前・事後学修を促せるか)、また、学生間のインタラクションを通じてやる気のある学生をさらに伸ばし、より効果的に知識の定着・活用を促せるか、などが今後の課題と言えます。
 ここであげた反転授業スタイルの良い点を生かしつつ、2年間の活動から浮かび上がってきた課題を克服できるよう、情報収集を続けながら今後も授業改善に取り組んで行きたいと思います。

参考文献
[1] 有田正光: 水理学の基礎. 東京電機大学出版局, 東京, 2006.
[2] 大西外明: 最新土木工学シリーズ4 最新水理学I. 森北出版, 東京, 1981.

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