特集 反転授業を導入した授業改革の取り組み

JMOOC講座を活用した反転授業の実施

岩下 志乃<
(東京工科大学 コンピュータサイエンス学部准教授)
伊藤 雅仁
(東京工科大学 コンピュータサイエンス学部講師)
大野 澄雄
(東京工科大学 コンピュータサイエンス学部教授)
亀田 弘之
(東京工科大学 コンピュータサイエンス学部教授)

1.はじめに

 インターネット上で公開された講義としてMOOCsは世界中で急速な広がりを見せており、誰でもどこでも高等教育が受けられるという環境が整ってきています。さらに、このような優れた教材を小規模限定のオンライン講座として利用するSPOCs(Small Private Online Courses)も注目を集めてきています。
 本学では、講義の教材として国内で初めて日本版MOOCsのJMOOCに公開されている講座を利用し、反転授業を実施しました[1]。これはMOOCを利用したSPOCの試みの一つであると言えます。本稿では、事例紹介を通じて、MOOCs講座を講義に取り入れる際の課題について議論したいと思います。

2.JMOOC教材を利用した反転授業の実施

(1)反転授業導入の目的

 通常、2単位の講義では授業時間1回90分に加え、予習と復習それぞれ90分が求められています。しかし、効果的な予習が行えているのか、また座学で得られた知識を個別の復習で応用できるのかといった課題があります。そこで、近年「反転授業」が注目されてきました。授業の前にオンライン講座を受講して予習してくることにより、授業中は予習を前提にした応用課題を解くことができるというものです。反転授業は特に成績が下位の学生に効果が高いとの報告があります[2]
 本学では、学生間の学力差が激しく、講義の難易度設定に苦慮しております。そこで、反転授業を取り入れ、学修習慣の定着と強化による下位層の底上げと理解度改善による上位層も含めた学修意欲向上、その結果としてすべての学生の満足度改善を狙いました。

(2)JMOOC利用の準備と講義計画策定

 今回、反転授業を実施したのはコンピュータサイエンス学部2年次後期に開講する「インターネット」の講義です。学部内に設置された7コースのうち、3コースの選択必修科目に位置づけられているため受講人数は多く、約150名×2クラスの合計300名ほどが受講します。内容はインターネット全般に関して広く講義するものです。インターネット検定「.com Master ADVANCE」に沿って構成することで資格取得も意識しています。インターネットといえば、「日本のインターネットの父」と呼ばれる慶應義塾大学の村井純教授の講座がJMOOC公認のオンライン講座「gacco[3]」で開講され、高い人気を集めたことから、この講座を反転授業に利用させていただくこととなりました。
 利用する講座が決定したところで、準備を開始しました。まずは環境設定です。gaccoの講座「インターネット」は既に閉講していたため、gaccoを運営するNTTナレッジ・スクウェアの協力により、履修登録した学生に対して限定的に講座を公開することにしました。学生がgaccoにログインすることにより、講座の動画や課題にアクセスすることが可能になります。課題は実際に講座が開講していたときのものと同じものですが、学生がチャレンジすることも可能としました。基準以上の成績を収めれば、村井教授の名前を入れたgaccoの修了証を手に入れられるという付加価値も付けました。gaccoには他にもディスカッションや掲示板といった様々なサービスが用意されていますが、今回は対面授業が主であることから、このようなインターネット上のコミュニケーションを行うサービスは利用しないことにしました。
 次に、反転授業をどの程度、どの内容に取り入れられるかを検討しました。これまでは講義時間の約2/3を座学、残り時間で簡単な課題を解くといった一般的な講義の進め方でした。今回はシラバスの内容を変更せず、反転授業を取り入れるという方針を固め、これまでの講義内容に合ったものをgaccoの講座内容から抽出することにしました。表1はシラバスの内容と、利用した教材の内容を示したものです。全15回のうち第5、6、9、12、13回の計5回で反転授業を実施し、利用した教材は四つでした。表1においてweek1-5とは、第1週の5回目の講義を表しています。gaccoの講座は1回分の講座が短時間(10分程度)の動画にまとめられており、特に「インターネット」の講座はほぼ1回で話が完結する形式になっていたため、その中から必要なものだけを選んで利用するということができました。しかし、講座全体では内容が非常に多岐に亘っていたため、そのすべてを講義に取り入れるのはマッチングの面で難しいと感じました。

表1 授業構成とgacco教材の利用(2014年度)

(3)JMOOCを活用した事前学修

 学生に対しては、反転授業を行う講義の1週間前に、指定するgaccoの動画を視聴し、二つの予習課題を行ってくることを指示しました。表2に示したのは具体的に提示した課題の例です。課題の一つはgaccoの講座を見れば解答できるもの、もう一つはインターネットや書籍などで調べてくるものにし、予習に対して抵抗感を感じない程度の分量になるように注意しました。自分で調査する課題を入れたのは、学生に応じて調査する量や質をコントロールできると考えたからです。モチベーションの低い学生についてもインターネット上のキーワードを検索しておく程度の予習により、講義に対する姿勢が少しは変わるのではと期待しました。

表2 予習課題の例

 予習課題は、講義開始時間までにWebシステムより提出させ、講義開始時には全員の提出結果がWeb上で見られるようにしました。図1は第5回講義の課題提出結果例のスクリーンショットです。学籍番号、提出時間、予習課題1と2の結果が表形式で表示されます。

図1 予習課題の提出結果例(第5回講義の予習課題)

(4)講義の進め方

 反転授業の回においても、1コマすべてを反転授業に費やすのではなく、通常の講義の一部として実施しました。例として第5回講義では、講義から始まり、「ドメインの階層構造」の内容が始まるところで予習課題1の発表、予習課題1のまとめ。次にまた講義の続きを行い、「ルートネームサーバ」の内容が始まるところで予習課題2の発表、予習課題2のまとめを行い、残り時間は通常通りの講義を行うといった流れです。
 予習課題の発表は、今回は受講人数が多く、ディスカッションが難しかったため、個人ベースで「提出内容を読み上げる」形式としました。発表すると試験の点数を1点加点するという条件でまず自主的に発表したい人を募り、手が挙がればその人に発表してもらい、無ければ指名しました。一つの課題につき2〜4名に発表させ、最後に講師がまとめと補足を行いました。

3.評価

(1)予習課題の提出結果

 最初はどの程度の学生が予習課題を提出するのか不安でした。予習をしてこなければ、反転授業が成り立たないからです。しかし、それは杞憂に終わりました。初回は登録不備などがありながらも244名が提出し、2回目には277名が提出しました。最終的に試験を受けた学生が301名でしたので、92%の学生が第2回の予習課題を提出したことになります。この結果から、予習をさせるということについては成功したと言えます。

(2)学生からの評価

 反転授業最終回(第13回)の講義後に、学生から今回の試みに関する感想を無記名形式で提出してもらいました。提出人数は295名(回収率98%)でした。提出結果を1文ごとに区切り、ポジティブな意見、ネガティブな意見、中立(どちらも含む)意見や関係のない意見に文単位で分類したところ、表3に示すようにポジティブな意見がネガティブな意見を大きく上回りました。2クラス間の差はほとんどありませんでした。

表3 最終回のアンケート結果

 ポジティブな意見としては、以下の三つに大別できました。

 ネガティブな意見としては、次の三つに大別できました。

 学生の意見から、予習の後に講義を受けることにより理解度が上がったと感じており、講義へのモチベーションを上げることには成功したと言えます。しかし、予習課題の難易度設定や、講義内での利用方法については工夫が必要であることが分かりました。
 まず、難易度については、先に述べたように学生が自分で課題の量や質をコントロールしている傾向が見られました。アンケートから「課題が簡単すぎる、コピーするだけで済んでしまう」という学生もいれば「何度も繰り返し動画を見たり、インターネットで分からないキーワードを調べたりして取り組んだ」という学生もいました。ただ与えられた課題を解くだけという学生に対してどのようにそれ以上の取り組みをさせるかという課題があると言えます。
 次に、講義内での予習課題利用方法についてです。今回は受講者が多いことと、反転授業にあまり時間をかけない設計になっていたことから、数名に発表させるだけに留まりました。しかし、「数名が読むだけでは意味が無い」、「答えが間違っているかもしれないので発表するのが恥ずかしい」といった反転授業の方法に関するネガティブな意見が28件ありました。効果的な反転授業にはグループワークやディスカッションが可能な環境整備も必要であると感じました。

(3)教員の手応えと負担

 これまでこの講義は座学中心で行ってきており、学生とのインタラクションがあまりありませんでした。今回、学生を指名して発表させたことで、大きな違いを感じました。それは「学生の緊張感」です。聞いているだけの講義では眠くなったり内職したりしてしまうのですが、誰が指名されるか分からない状況になると、緊張感から教室の空気が一変しました。その緊張感が発表終了後も一定時間持続するため、単なる座学よりも集中して講義に取り組んでいる様子が伺えました。予習の効果もあり、学生の姿勢が能動的になっていることが伺えました。
 今回の方法で教員の負担として挙げられるのが「反転授業を取り入れた講義設計」と「予習課題の設定」の2点です。15回の講義時間のうち反転授業をどの程度取り入れるかにより、学生における予習課題の負担も増大するので、設計によっては逆にモチベーションを下げることにつながりかねません。予習課題の設定の難しさは、3.(2)で述べた学生のネガティブな意見にも反映されており、重要な課題であると言えます。

4.まとめと今後の課題

 JMOOC教材を取り入れた大学講義について事例を紹介し、学生のアンケート結果から評価を行いました。反転授業を大学講義に取り入れる課題として、カリキュラムの設計と課題の更新が挙がりました。このような取り組みを毎年繰り返し行う場合、公開済みの教材は更新されないため、利用する側で利用する動画や課題を更新していく必要があります。しかし、カリキュラムとマッチする教材には限りがあり、同じ教材を使いながら課題を変更していくには限界があります。本学では引き続き「インターネット」の講義で同様の取り組みを行い、継続していく際の課題について検討していく予定です。また、JMOOCで公開された動画に加え、大学独自の動画を併用し、同じ内容について複数のレベル、複数の視点から講義する方法についても模索していきたいと考えています。

参考文献および関連URL
[1] 国内大学初, 反転授業にJMOOC講座を活用, 東京工科大学2014年10月9日プレスリリース
http://www.teu.ac.jp/press/2014.html?id=242
[2] K. Ghadiri et al., : ムーク(MOOC)と反転授業がもたらす学びの変革〜米国サンノゼ州立大学の挑戦〜. 大学教育と情報, 2013年度 No.3, pp.2-15, 2013.
[3] gacco http://gacco.org/

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