特集 教学マネジメントの試み
国は、平成29年度までの「大学改革実行集中期間」に向けて、大学教育の質的転換とそれを教育政策として展開していく教学マネジメント体制の確立と充実・強化を呼びかけている。とりわけ、教育機能の充実・強化には、教員の一方向的な「知識伝達型教育」から、教員と学生、学生同士、学生と地域社会など双方向で学び合う「課題発見・解決型学修」へと、大学全体で教育の質的転換を進めていくことが求められている。
そこで本特集では、アクティブ・ラーニングを普及・推進していくため、アクティブ・ラーニング科目の拡大と体系化、教員の教育力向上対策、学修支援の整備、シラバスによる相互点検、学修成果の可視化等を通じて教育の質保証を目指す全学的な教学マネジメントの取り組みについて文部科学省の競争的補助金「大学教育再生加速プログラム」(AP)の取り組み事例を通じて理解を深めることにした。
角田 和巳(芝浦工業大学学術情報センター長 工学部機械工学科教授)
本学は「社会に学び、社会に貢献する技術者の育成」を建学の精神に掲げていますが、この理念を実現するためには、学生が多様な背景を持つ人々と関与できる環境を整え、主体的に課題を発見し解決策を導く力を学生から引き出す仕組みが必要です。これはまさに、2012年に中央教育審議会から出された「質的転換答申」で強調されている能動的学修そのものであり、建学の精神に沿って教育を展開していくことが、主体的な学びを推進することにつながると考えています。このような背景とグローバル対応の観点から、本学では「世界に学び、世界で活躍できるグローバル理工学人材」を育成するため、大学教育再生加速プログラムを活用して、1)4年間の体系的・組織的なアクティブ・ラーニング改革、2)学修成果の可視化と学生の学修時間のPDCAサイクルによる保証、3)教育改革の推進体制強化と教職学協働による学修の質保証 の3項目に取り組んでいます。
工学系学部のカリキュラムフローを俯瞰すると、低学年次に製図、実験、実習等の演習体験科目が配置され、これらが高学年次のゼミナールや卒業研究へと接続されていくケースが一般的です。したがって、工学教育はもともと体系的なアクティブ・ラーニングと相性が良いと言えます。
本学においても、工学部の場合はほぼすべての学科で設計・製図、実験・実習、ゼミナール、卒業研究などが学年進行に従って配置されているので、さらに初年次教育を充実させることによって、4年間の体系的アクティブ・ラーニングの枠組みが強化できると考えています。工学部では5学科の教育プログラムが日本技術者教育認定機構(JABEE)の認定を受けていますが、JABEE認定プログラムでは学修目標の達成過程とカリキュラムフローとの関連が強く求められることから、目標達成の流れに沿ってアクティブ・ラーニングを体系的に配置することがカリキュラム編成上不可欠です。このような外部評価の導入も、アクティブ・ラーニング改革を推進する契機の一つとして重要であろうと思われます。
また、システム理工学部では、設立目標であるシステム思考の教育を実現するため、学問体系を横断して関連付けるシステム工学の手法を教育体系に取り込んでいます。この教育設計思想は、大学院教育まで含めて講義と演習(PBL)のペアを連続的に開講し、演習を学科混成チームで取り組ませることによって具現化されており、学部の教育目標と関連付けて体系的アクティブ・ラーニングが構築されています。
以上のような高次のアクティブ・ラーニング科目群を根幹として、それらを支える基盤科目についても能動的学修を取り入れていくことが当面の課題であり、後述のPDCAサイクルを通じて検討が進められています。
前述のようなカリキュラムが教育効果を発揮するためには、学生の学修成果を可視化し、問題点とその所在を明らかにしながら、学修時間の保証に関するPDCAサイクルを実行することが必要です(図1)。このPDCAサイクルの起点となるのが、学修成果と学修時間を保証するシラバスです。本学では2001年度からWeb上でシラバスを開示し、「科目の達成目標」「学修教育目標との対応」「評価方法・評価基準」などを具体的に記述してそれらを厳格に実施することを要請してきました。シラバスの構成については継続的な点検を行っており、2010年度には授業外学修の項目を追加し、今年度からはアクティブ・ラーニング科目としての対応状況(能動的な学修への参加による授業がどの程度の割合を占めているか)を記載するように改善を加えました。現在はアクティブ・ラーニングの実効性を高めるため、授業外学修に必要な時間についても明示できるようシラバスの変更作業を進めています。
図1 学修成果の可視化・学修時間の保証を実現するためのPDCAサイクル
Doのフェーズとしては、反転授業やクリッカーなどの手法を用いた講義科目のアクティブ・ラーニング化、PBLや実験・実習など能動的学修が不可欠な体験型科目の充実、授業ビデオの配信や学修ポートフォリオを活用した学修時間の可視化などが、これから注力すべき重点項目としてあげられます。
本学では各キャンパスの一般教室を中心に授業収録システム(e-Learningシステム)が配備されているため、このシステムを利用することによって、学修効果の高いe-Learning教材を効率的に作成することができます。これを反転授業の予習ビデオとして配信すれば、ビデオの視聴時間に基づいて学修時間の一部を可視化することが期待できます。実際に筆者が本年度担当している授業を調査したところ、予習ビデオへのアクセス数(のべ件数)は反転授業導入前の倍以上となっていることが確認されました。このような事例からも、授業ビデオの視聴データを学修時間の根拠として利用することは、十分に可能であると思われます。
その他に、学生に対する授業アンケート調査も学修時間を可視化する手段として有効です。例えば、図2は実験とゼミナール(PBL)の授業アンケート結果ですが、予習・復習時間の項目が学部全体の平均値と比べて明らかに高い値を示していることがわかります。また、出席率が高くシラバスの確認状況も良好な結果となっています。これらの科目では、授業時間外に学生が自ら学修をマネジメントしなければならないため、必然的に授業外学修時間は増えることになりますが、授業アンケートにその傾向が明確に反映されていることがわかります。したがって、主体的な学びの姿勢を引き出すためにも、このような学修時間の調査結果を学修ポートフォリオから参照できるようにして、学修成果と学修時間の関連を学生自身で把握してもらうことが重要です。
図2 授業アンケートに見るアクティブ・ラーニング科目の学修時間
以上のような状況とも関連して、授業外学修時間を保証するための学修マネジメントシステム導入も、本取り組みの中で不可欠な要素として位置付けられています。現在学内には、目的別に開発されたポートフォリオやLMSが複数存在するため、それらの統合を進めながら、授業外学修時間の可視化機能を充実させることが重要になっています。そのためには、学生自身による学修時間の登録や、授業ビデオ視聴時間の記録などを、学修ポートフォリオの機能として設定する必要があります。このような機能拡張を行うことは、その検討過程において学修時間に関する認識を深め、結果的に学修の密度を高めることにもつながると思われます。
学修成果の評価ツールであるルーブリックは、学生が身に付けた能力をCheckする有益な手段として、卒業研究やゼミナールを中心に各学部・学科で利用が始まっています。PBLに代表される高次のアクティブ・ラーニングにおいては、態度、志向性、対人能力などに代表される汎用的能力の達成度を明確化する上でルーブリックの導入が欠かせません。したがって、体系化されたアクティブ・ラーニングが学修目標の達成にどの程度寄与しているのかを判断するためにも、学修目標の達成に至る道筋と関連付けてルーブリックを充実させることが大切です。このような視点も踏まえ、学修目標・科目・評価項目の関連が把握できるような構成で学修ポートフォリオにルーブリックを記載しています(図3)。
図3 学修ポートフォリオを利用した学生の自己点検と教員による達成度評価
ルーブリック導入後は、ルーブリック自体の改善を進めていくことも重要です。図4は、前述の授業アンケートでも取り上げたPBL科目(機械ゼミナール1)の成績を、2012年度から2014年度の3年間について比較したものです。2012年度は最も点数の低い層にピークが存在する得点分布であったのに対し、2013年度以降は80点代をピークとしてその両側に裾野を持つ分布となっていることがわかります。これは、2013年度にルーブリックの評価項目や評価水準の解釈について見直しを行ったことが一因と考えられます。現在は表1のようなルーブリックを利用していますが、上で述べたようにルーブリックの評価精度を継続的に向上させていく取り組みは今後も不可欠であり、この作業が学生の自己評価にも十分効果を発揮するルーブリックの構築へとつながります。
図4 成績評価に対するルーブリックの効果
表1 機械ゼミナール1のルーブリック
一方、前述のような能力が専門分野に関わらず広く社会で求められることを考えると、できるだけ客観的な指標を用いて汎用的能力を評価する必要があります。そこで、リテラシーとコンピテンシーの両面から汎用的能力を測定するPROG(Progress report on generic skills)テストを利用して、学修成果の可視化に取り組んでいます。これまでの試行結果を見ると、PBLの受講生には汎用的能力の向上が認められるといった傾向を定量的に読み取ることができ、PROGテストが学修成果の可視化手段として有効であることもわかってきました。学修ポートフォリオとの連携をさらに深めていけば、学修へのモチベーションを高めるツールとしても効果を発揮していくことが期待されます。
以上のシステムによって得られた種々の情報を検討し、次の改善へとつなげるため、 Actionの段階として「学修ポートフォリオに関する情報共有」「授業運営やシラバス作成等に関するワークショップ」などを展開しています。前者については、ワールドカフェあるいはグループワークの形式で定期的にワークショップを開催し、ポートフォリオの機能や操作性の改良、利用率向上への対策などを議論しています。直近のワークショップでは、教職員に加えて学生にも参加してもらい、利用者の視点から改善案などを提案してもらいました。後者については教員が対象となりますが、教職協働を進める機会として職員にも参加を求めました。学修者の能動的態度を引き出す仕掛けなど、アクティブ・ラーニングの実践的手法について実習を通して議論を深めることができ、参加者の満足度が高いワークショップとなりました。
主体的な学びへの転換を大学全体として推し進めるためには、教員・職員・学生の協働体制を早期に確立しておく必要があります。前述の「学修ポートフォリオに関する情報共有」をテーマとした教職学ワークショップは、教育改革の推進体制を強化する目的で全学的に実施している取り組みですが、ここでは学修の質保証の充実に学生が参画できる仕組みの一つとして、SCOT(Student consulting on teaching)制度を紹介します。本学では、2012年度にSCOT制度を導入し、本年度にこの制度を規程化しました。SCOTを担当する学生(SCOT生)は事前に十分な研修を受けた学生で、主な業務は教員からの依頼によって授業を観察し、その結果を客観的に分析して依頼教員に報告することです。教員にとっては、普段の授業で得られない学生の視点や問題意識などが明らかとなるため、授業改善の貴重なヒントを得ることができます。またSCOT生にとっても、学修意欲の向上、社会性の涵養、大学への帰属意識の高まりといった多くのメリットがあり、教員・学生の相互にとって有益な制度と言えます。授業運営を学生主体のものへと転換していく過程では、このような活動を介した教員と学生の相互作用がキーポイントになることは間違いなく、利用者をさらに広めていくことが望まれます。
本学が「大学教育再生加速プログラム」を活用して進めている、学修者を中心とした教育の質的転換に向けた取り組みについて、その一部を紹介させていただきました。本学のような工科系大学では、育成する人材像は比較的明確です。大学の目指す人材像が具体的であれば、学生に求める学修成果も具体的に設定することができます。したがって、教育のパラダイムシフトを実現するためには、様々なレベルでのFDを手掛かりとして、学生の主体性を育むという観点を堅持しながら、従来存在していた「学修成果」と「教育内容」との溝を埋めることが重要であり、かつ本質でもあると考えます。