特集 知識の創造を目指したICT活用教育モデルの研究

「健康をテーマにした知識の創造を目指した
分野横断型教育モデル」の提案

片岡 竜太(昭和大学歯学部歯科医学教育推進室主任教授 本協会歯学FD/ICT活用研究委員会委員)

神原 正樹(大阪歯科大学 神原グローバルヘルス研究所 本協会歯学FD/ICT活用研究委員会委員長)

1.要旨

 現在日本は、健康長寿社会を医療関係者のみでは実現できないほど複雑な社会になっており、その取り組みも従来の各臓器の疾病リスクを考えるものから、全身の健康そのものを考えた、社会を含む健康リスクを考えるものに変えていく必要があります。この取り組みを実現するためには、社会を構成する多分野の連携が必要になります。そのために共通言語を持ち、自分の専門分野の内容を専門以外の人たちに説明し、他分野の説明を理解することができる、より広い視野を持つ人材を養成するための多職種連携教育を推進していく必要があります。将来に向けて医学、歯学、看護学、薬学、リハビリテーション学、栄養学、臨床心理学、言語聴覚学などの学生に加えて、保健、福祉、介護、および自然科学、人文科学および社会科学の学生がともに学ぶ機会を作り、共通言語を獲得させることが急務であると考えます。
 他方、答えのない問題に取り組むためのアクティブ・ラーニングを推進する教育的な観点からは、クリティカルシンキングにおいて、具体的な問題を多面的に捉えることは極めて重要であります。ここで、多分野の学生が一緒に具体的な状況下で問題に取り組むことにより、複数の視点から多面的に問題を捉えることに到達しやすくなると考えます。また、学問分野基盤型教育から、社会のニーズを共通の目標とすることができる分野横断型教育への転換を図ると、学生の動機づけを強化し、効果的な学修ができ、教員間の協働やコミュニケーションも促進することができると考えます。

2.はじめに

 我が国では超高齢化に伴い、国民の健康の維持、増進を医療関係者だけでは達成できないほど複雑な社会が到来しています。各臓器の疾病リスクを考えた医療から、全身の健康、社会を含む健康、健康寿命の延伸、生涯を通じて豊かな社会にするための医学、医療が求められ、地球上の人々の健康を考えたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)につながっていくものと考えられます。
 団塊の世代が後期高齢者になる2025年問題が叫ばれる中、厚生労働省はその解決策として診療所や病院を中心とした医療システムから転換し、高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援を目的として、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域の包括的な支援・サービス提供体制(地域包括ケアシステム)の構築を推進しています。このシステムを効率よく運用するためには、住民が健康問題を自分の問題として理解し、積極的に健康問題に参加することが必要であります。また、住民と社会を健康にするという目標に向かって、多職種連携により多分野の人々が共通言語を有し、同じ土俵で議論して、新たな保健システムの構築や次世代の社会保障システムを創生することが求められます[1]
 この第1段階として、議論に参加する人々を教育する教育機関(とくに大学)において、多職種の専門家を包含した教育システムを構築する必要があります。「住民と社会の健康」というテーマについて、保健、医療、福祉に加えて、栄養、体育、行政、経済、法律、工学、情報科学などの多分野が、お互いの専門性を理解、尊重し、連携して取り組むことが重要です。このような背景から、今回「知識の創造を目指した分野横断型授業」の提案を試みます。

3.多職種連携教育(IPE:Interprofessional Education)について

 英国で1987年にIPEの推進を目的として、CAIPE(Centre for the Advancement of Interprofessional Education)が設立されました。CAIPEによるIPEの定義は「2つかそれ以上の専門職が、協働とケアの質を改善するために、ともに学び、お互いから学び合いながら、お互いのことを学ぶこと」であります[2]。ブリストル王立病院における医療事故(1988〜1995年)と児童虐待:ビクトリア事件(2000年)の調査から多職種連携の必要性が認識され、2001年には「Working Together-Learning Together」という政府文書が出され、多職種連携教育への関心が高まりました。
 日本学術会議医学教育分科会は「我が国の医学教育はいかにあるべきか」という提言を出しています[3]。その中で「教育面から医学と歯学、薬学、看護学の相互的連携を深めることが、将来、チーム医療としての基盤を確立し得ると考えられる」と述べられています。第29回日本医学会総会では「健康社会宣言2015 関西」と題し、その1番目に「治療から予防へのパラダイム・シフト」が提言されました。その趣旨は「少子高齢社会では病気の予防が重要であり、胎生期から死に至るまでの終生にわたるヘルスケアを推進し、慢性疾患においては臨床症状などの異常が現れる前に予測し、発症前に介入する先制医療を目指すべきであり、高齢者が寝たきりにならないように、筋力の維持、リハビリテーションなどの対策も進める」というものであります。これらの提言を実現するために多職種連携が必要なことは明白であります[1][4]
 医学教育モデル・コア・カリキュラム(平成23年3月改訂)では、基本事項に「コミュニケーションとチーム医療」が組み込まれ、歯学教育モデル・コア・カリキュラム(平成22年改訂)でも「患者中心のチーム医療」と「歯科医師に必要な医学的知識」が追加され、必修で学ぶべき事項となっており、平成28年度改訂版ではさらに超高齢社会への対応として、多職種連携・多職種協働やチーム医療を具体的にイメージできるカリキュラムが求められている。
 米国では、看護大学協会、薬科大学協会、歯科医学教育学会、医科大学協会、公衆衛生大学連盟、整骨医学大学協会の6つの組織により、“Core Competencies for Interprofessional Collaborative Practice”が2011年に刊行されました。この中でIPEの目標は「すべての医療専門職教育を受けている学生が、より安全でより質の高い患者中心・地域医療を基盤とした医療システムを構築するために討論を通じて協力すること」とされ、多職種連携を目指す学生間の双方向型の学修を通じて身につけると記されています[5]

4.アクティブ・ラーニングの推進

 一方、中央教育審議会は「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を養成する大学へ」の中で、「自ら問題を発見し、解決策を見出し実践できる力を養成する能動型学修」すなわち「答えのない問題に取り組むための学修」としてアクティブ・ラーニングを政策として推進しています[6]。アクティブ・ラーニングを推進する際に、「与えられた情報を鵜呑みにせず、複数の視点から注意深く、論理的に分析する能力や態度」と定義されるクリティカルシンキングを身につける必要があります[7]。欧米の医学・歯学部の学部卒業時のコンピテンシーとして、クリティカルシンキングは上位に上がっています[8]
 クリティカルシンキングは、「問題を分析して、解決の方向に向けて協調作業をする」創造的思考の十分条件ではないが、必要条件と位置づけられています。この重要性は、①俯瞰的視点から注意深く検討し、問題を明らかにする態度を身につける、②具体的な状況で問題をどのように解決するかを検討することによって、現実に対応する方法を考え、解決する技能を学ぶ、③問題解決・臨床推論のステップを学ぶ、という点にあります。したがって、生涯、医療人として歯科医師が患者中心の医療を進めていくために、クリティカルシンキングの態度・技能・知識を身につけることは重要であると考えられます(図1)[9]

図1 クリティカルシンキングとは
(出典 道田泰司「批判的思考研究からメディア・リテラシーへの提言」)

5.統合型・多職種連携教育への転換

 他方、医学教育においては、伝統的な「学問分野基盤型教育」から「統合型・多職種連携教育」への転換が進んでいます。統合型の利点としては、実際の医療を反映し、基礎医学と臨床医学の関連性を示すことにより学生への動機づけが強化され、また理論を実践に関連づける統合により学修が効果的になることが挙げられます。また各学問分野の不要な重複を避けられ、学修リソースの共有により、費用対効果にも優れ、さらに教員間の協働やコミュニケーションが促進され、社会のニーズを共通の目標とできるメリットもあります。
 科目が、他の科目や学部を考慮せずに「独立」している状態から、「時間調整」や1つのコースで複数の科目が統合されたテーマで教えられる「多分野」、そして各科目の境界がなくなった「多分野連携」を経て、実社会で実際にある問題を対象とした「分野横断(trans-disciplinary)」まで統合される過程を、図2に示します[10]

図2 統合のはしご
(出典 Harden RM. The integration ladder: a tool for curriculum planning and evaluation.)

 健康長寿社会においてPBLチュートリアルなどSGD(Small Group Discussion)を基盤とする多職種連携教育を推進する学術的背景として、以下の3点があげられます。

1)健康長寿社会の実現に貢献できる人材を養成するためには、複雑な背景がある高齢者の問題を様々な制約の中で解決するための教育を行う必要がある[11]

2)教育の手法として「統合型・多職種連携アプローチ」は実際の医療を反映しやすく、学生への動機づけを強化することで、学修がより効果的になり、さらに医療における共通性および基盤をしっかりと教育できるメリットがある[12]

3)多職種連携教育の方法の一つとして、ディスカッションなどによる交流型の学修が提唱されている[13]

6.昭和大学における多職種連携教育の取り組みと成果

 上記の背景を考慮し、昭和大学では、「超高齢社会のニーズに応えられるチーム医療ができる医療人を育てる」という目的で、4学部連携PBLを実施しています。本PBLでは約8名の4学部の学生グループで、シナリオ(事例)に取り組み、シナリオの問題を異なる視点から捉え、プロブレムマップという形で問題に対する理解を図に表現して、グループ全員が共有します。その中で「わかること」と、「わからないこと」「あやふやなこと」に分類し、「わからないこと」「あやふやなこと」を学修項目としてあげ、自己主導型学修を行う。信頼できる適切な情報を選択できることと、学修した内容をグループで共有する際に、専門が異なる学生に対してわかりやすく説明し、また専門の学生の説明を理解することが必要となり、貴重な学びの場となっています(図3)。

図3 昭和大学における4学部連携PBL

 昭和大学は、医学部、歯学部、薬学部、保健医療学部(看護学科、理学療法学科、作業療法学科)からなる医系総合大学で、1学年は約600名です。図4に示すように、初年次は全寮生活という環境も活かして、身近な題材をテーマにした4週間にわたるPBLチュートリアルを1年間に2回実施しています。医歯薬学3年次、4年次(保健医療学2年次、3年次)には脳梗塞、関節リウマチ、パーキンソン病などをテーマにした臨床的なシナリオを用いて、3週間にわたるPBLチュートリアルを年1回実施しています。医歯薬学5年次(保健医療学4年次)には4〜6名からなる4学部合同学生チーム(約120チーム)による1週間の学部連携病棟実習を必修で実施しており、各病棟で1名の入院患者を1週間担当し、回診や検査、診察などを通じて、患者情報の共有と治療・ケアについて討議、提案を行っています。

図4 昭和大学の体系的・段階的なチーム医療学修

 医歯薬学3年次(保健医療学2年次)終了後に、学生が提出したふりかえりポートフォリオの分析からみた学修成果を、図5に示します[14]。本PBLを終了した後で学生は「将来に向けてとても良いトレーニングになったと実感できた。将来の医療現場で活かしたい」「チーム医療を実践する上で必要な問題解決能力も向上したと思う」というチーム医療学修の充実感を得ると同時に「専門外の知識もしっかり理解し、今後に活かしたい」「将来チーム医療を行うにあたり自分の提案が患者の治療・ケアプランの立案に直結していくので、責任を持った発言ができるように学びを深めていきたい」など、さらなる学修への動機づけへとつなげていることが確認できました。

図5 ポートフォリオ分析からみたチーム医療教育の学修成果
(出典 榎田めぐみ他「臨床シナリオを用いた学部連携PBLチュートリアルの多職種連携教育における有用性の検討」)

 このようにPBLを繰り返し実践することにより、学生は問題発見と発見した問題を多面的に捉え、プロブレムマップを活用して問題を整理し、「わからないこと」「あやふやなこと」を学修項目として、信頼度の高いリソースを活用して解決に至るクリティカルシンキングの態度を身につけます。特に複数学部が交ざったPBLでは問題をより多面的に捉えることができるようになり、また他学部学生とのディスカッションを通じて、専門の内容を非専門の学生に説明する難しさや非専門の内容を理解する難しさに気づき、問題の本質を掴むことができるようになります。さらに、これらの臨床的、実践的学修を通じて、実際の医療を反映した医療の共通性と各職種の専門性を身につけることができます。本PBLを通じて、最終的には問題の多面的な理解に基づいて、健康長寿社会における問題解決ができるようになると考えます。

7.分野横断型PBLチュートリアルの提案

 前述の成果より、以下のような分野横断型PBLチュートリアルを提案します。大学、学部・学科の日程や場所の制約を受けずに、ICTを活用したグループディスカッションを通して、現在日本社会が世界に先駆けて直面している超高齢社会の問題を保健、医療、福祉、介護などの学生が学ぶ機会を与えます。さらに共通の基盤と各職種の役割を認識した上で、学修の動機づけとふりかえりを学生達に促します。本PBLを通じて学生が身につけるコンピテンシーは以下の通りであります。

1)自分の意見を分かりやすく他者に伝え、他者の意見を傾聴し、積極的で効果的なグループ討議ができる。

2)問題解決のために、エビデンスの高い適切な情報を活用できる。

3)提示された事例に含まれる様々な情報について討議し、登場人物が有する問題をグループとして把握できる。

4)事例の登場人物に適した改善策などの方針をグループとして提案できる。

5)提示した改善策の有効性、リスクなどについて他のメンバーに適切に説明できる。

6)登場人物に関する情報の共有、対応方針についてグループで共通の理解を持つことの重要性を説明できる。

7)討議のプロセスとその結果について、分かりやすく発表し質疑に答えられる。

8)提示された事例について、登場人物の問題を把握し、それに対する解決策を提案する。その際に提案を支える「情報」とその信頼度を明らかにし、研究レポートを作成できる。

 上記の8つのコンピテンシー評価を行う際に、2)と8)は個人評価、1)、3)〜7)はグループ評価とします。いずれも評価の際にはルーブリックを活用し、自己評価、ピア評価、教員評価を組み合わせます。グループ評価基準は所属する学部、学科に関係なく、共通とします。
 特に単科大学の場合、多学部・学科と連携した多職種連携教育であるPBLチュートリアルを行うにあたっては様々な困難があることは、想像に難くないです。グループディスカッションは対面で行うのが望ましいが、多学部・学科の学生が健康長寿社会の実現に向けた問題にICTを活用したネット会議によって、カリキュラム(時間)や場所の問題を解決し、ともに取り組むことは意義があると考えます。
 学生時代に多職種連携教育を学修した学生達が、将来各地域でその特色を活かした地域包括ケアシステムを構築し、健康長寿社会、さらには生涯を通じて豊かな社会を実現することを期待します。

参考文献および関連URL
[1] 神原正樹、片岡竜太、森實敏夫、藤井彰「医療における多職種連携教育の必要性 −とくに、疾患予防教育について−」ヘルスサイエンス・ヘルスケア 15(2) 60〜65. 2015.
[2] Centre for the Advancement of International Education https://www.caipe.org/(2017年3月11日最終アクセス)
[3] 我が国の医学教育はいかにあるべきか」日本学術会議医学教育分科会 2011.http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-t130-1.pdf(2016年12月11日最終アクセス)
[4] 「健康社会宣言2015 関西」第29回日本医学会総会 2015.https://prw.kyodonews.jp/prwfile/release/M102446/201504139322/_prw_PR1fl_NAg7Fyi9.pdf(2016年12月11日最終アクセス)
[5] Interprofessional Education Collaborative Expert Panel. (2011). Core competencies for interprofessional collaborative practice: Report of an expert panel. Washington, D.C.: Interprofessional Education Collaborative.
[6] 「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を養成する大学へ」中央教育審議会 2012.http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2012/10/04/1325048_1.pdf(2016年12月11日最終アクセス)
[7] 鈴木 健、大井恭子、竹前文夫編「クリティカル・シンキングと教育 −日本の教育を再構築する−」世界思想社 2006年、京都.
[8] Plasschaert A. J. M, Holbrook W. P., Delap E., Martinez C. and Walmsley A.D.Profile and competences for the European dentist, Eur J Dent Educ, 9:98-107. 2005
[9] 道田泰司「批判的思考研究からメディア・リテラシーへの提言」コンピュータ&エデュケーション 9:18-23.2000
[10] Harden RM. The integration ladder: a tool for curriculum planning and evaluation. Med Educ. 2000 34:551-7.
[11] Peile E. Evidence-based medicine and values-based medicine: partners in clinical education as well as in clinical practice. BMC Med. 2013 15;11:40.
[12] Harden RM, Laidlaw Be FAIR to students: four principles that lead to more effective learning. Med Teach. 2013;35(1):27-31.
[13] Hammick M1, Freeth D, Koppel I, Reeves S, Barr H A best evidence systematic review of interprofessional education: BEME Guide no. 9. Med Teach. 2007 Oct;29(8):735-51
[14] 榎田めぐみ、片岡竜太、鈴木久義、今福輪太郎、小倉浩、刑部慶太郎、松木恵里、下司映一、木内祐二、高木 康 「臨床シナリオを用いた学部連携PBLチュートリアルの多職種連携教育における有用性の検討」保健医療福祉連携 8:10〜19.2015
著者への連絡先:
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