特集 知識の創造を目指したICT活用教育モデルの研究

自主創造を目指した
宇宙開発に関する分野横断型PBLの取り組み

青木 義男(日本大学理工学部次長 精密機械工学科教授)

1.はじめに

 昨今の高等教育において「分野融合」や「社会科学的な取り組み」といったキーワードが取り上げられるようになっています。これには2011年ドイツ政府が提唱したインダストリー4.0や米国におけるIT系サービス産業の台頭が影響し、従来の専門性を活かした製造業の高度なデジタル化やサービス分野を含めたマス・カスタマイゼーション指向でモノとコトを創りこむところまでを要求される時代になったことが背景にあるものと考えられます。例えば、米国Google社やAmazon社などの様々な分野への事業展開や人材育成をみることで、変革の時代にどのような教育や人材が求められるのかを垣間見ることができるのではないでしょうか。この様な時代に各大学も教育カリキュラムを工夫し、リベラルアーツ教育を強化するところや、実践的なOJT教育をアピールするところも見受けられます。一方、理工系において国家資格取得が重視される分野や質保証が重要となる専門分野では、カリキュラム改革が難しいところもあり、社会性や社会科学的捉え方の涵養を含め、教育課題に直面している部分もあるのではないでしょうか。
 日本大学理工学部では、大学の教育理念「自主創造」に基づき分野横断型PBLの展開と実質化に取り組み、平成19年に文部科学省「特色ある大学教育Good Practice(特色GP)」、平成21年「大学教育Good Practice(大学教育GP)」に採択され学生の社会人力充実を図ってきました。本報告では、授業外の取り組みとして実施している分野横断型PBLのこれまでの成果とさらなる展開について紹介します。

2.未来博士工房によるPBL

 未来博士工房は、特色GPの採択を受け開始された取り組みです。採択時は機械・電気系3学科による申請で、学生が正課の授業以外に活動できる施設を整備し、グループ提案の企画に対して目的の成果が得られるまで教員や技術員が支援するPBLを通じて、学生の自律性と創造性を引き出し、社会で通用するエンジニアを養成することを目的としていました。その後土木建築系、理学系を含む8学科まで展開し、現在は図1に示すような7つの工房によって構成されています。参画する学科では、入学時に未来博士工房の説明と見学会があり、活動中のプロジェクトの紹介や共通工房(工作機械やデジタルエンジニアリングのツールが配備された活動スペース)の利用規約などが紹介されます。そこで興味をもった学生達は、活動を支援するアドバイザーの教員と相談の上、活動目的、年間計画、活動経費などの詳細を記載した企画書を工房担当教員に提出し活動を開始します。また、初年次授業科目に自由企画実験が設置され、それを足がかりにPBLに展開している学科もあります。プロジェクトの経過や成果は教員と校友会を対象とした未来博士工房成果報告会と展示説明会で担当学生を通じて報告されます。そして、参加した学生の活動成果は3年次までを基本にして評価され、アドバイザー教員の推薦が得られた学生には学部長表彰(学生博士賞)がなされます。この表彰に際しては、所定の科目(未来博士工房関連科目)の単位を修得していること、十分な活動成果を収めていることを各工房で設定したルーブリックで評価して推薦基準を満たした者が学内審議の上、表彰されることになっています。この10年間の実績では、各学科の学年学生数の10%〜20%が推薦され、総計で約1,000名の学生が表彰されています。表彰された学生のその後を追跡すると、大学院への進学者が多いことや就職満足度が高い傾向が明確であり、この取り組みが単なるプロジェクト遂行による社会人力の涵養のみならず、向学心の向上にも影響を与えていることが分かります。10年を経て、当初は教員が行っていた工作機械利用の安全教育や3Dプリンタや基板加工機、レーザー加工機の取扱い講習についても、マニュアルが整備され、専門のTAや技術員の方々も支援してくれるようになり、運用面での負担が軽減されてきています。さらに工作技術教育面で千葉県職業能力開発協会からマイスターを派遣していただき、電子機器組立てや精密機械加工の講習も継続的に行っており、学生の利用率も上がってきている状況です。この様に未来博士工房は一定の教育効果をもたらしましたが、初年次からこの活動に参画する学生は各学年の半数にも達していない状況です。(参画する学生が多い学科で40%程度、その中で活動実績と成績評価の高い学生のみが表彰されます)また、所属学科の専門性を越えた工房で活動し、実績が評価された学生は少ない状況です。これらの課題を踏まえて分野横断を意識したPBLを検討しました。

図1 未来博士工房を構成する各工房

3.分野横断型PBLへの展開

(1)ドイツ・ミュンヘン工科大学の例

 現在、宇宙開発プロジェクトで情報交流しているミュンヘン工科大学では、2014年にアントレプレナーシップセンターを設立しました。このセンターは産学連携と変革の時代における技術者教育を推進するため、企業との打合せやセミナー開催が可能な会議室エリアとMaker Spaceと呼ばれる工房施設で構成されています。宇宙開発プロジェクトの学生と訪問した際にもセミナールームでの研究報告会の後に、このセンター内を案内してもらいました。Maker Spaceは写真1(c)の受付で製作に使用する素材を有償で購入し、施設内にある最新の工作機械を使用してモノづくりができます。多くの機械がコンピュータ制御で製作加工を行うため、手動の工作機械は木工などの一部でしか見られません。写真1(d)は日本では見られないワークスペースが縦横高さ1,800mm程度の大型3Dプリンタです。
 Maker Space内のプロジェクトは、宇宙開発を中心としたものが多いですが、斬新なものでは米国SpaceX社が次世代交通システムとして計画しているHyper Loopプロジェクトがあります。これは時速1,000kmでチューブの中を磁気浮揚で走る5、6人乗りカプセル型リニアモーターカーの開発プロジェクトで、WARRというチームの学生達が写真1(b)のようなモデル機を製作し、SpaceXのコンペティションで最高速度部門賞を獲得したものです。このプロジェクトは機械工学の知識だけでは製作が不可能で、電磁気学や通信工学を含め様々な専門企業との連携やプロジェクトマネジメントが必要になります。写真1(a)のWARRメンバーは様々な専門分野の学生から構成されたチームで、作業分担を明確に定義し、実験調整なども繰り返し行い競技に臨んだそうです。Hyper Loopという従来にないシステムを開発する過程で、多くの議論や調整を繰り返すことで分野横断チームの結束力を育んでいったそうで、この結果が部門賞に繋がったとコメントしていました。前例のない開発はハードルが高いですが、それ以上に分野横断PBLとしての効果が期待できると感じました。

(a)Hyper Loopプロジェクト
メンバー
(b)Hyper Loopカーの開発モデル
(c)Maker Space(モノづくりスペース)の受付 (d)ワークスペースが2m近い
3Dプリンター
写真1 ミュンヘン工科大学のHyper Loop PBL

(2)宇宙開発に関する分野横断PBL

 これまでのPBLのテーマの中で分野横断的な意味合いが強いものとして宇宙開発のテーマがありました。未来博士工房でも超小型衛星開発や宇宙ロボット開発のプロジェクトが進められ、2機の超小型衛星が地球周回軌道に投入されましたが、一学科の専門知識のみでは計画されたミッションを遂行するシステムを全て製作することが困難でした。開発事例がないものばかりですので、必要な要素技術を分類し、チーム内の担当学生が要素技術の実証を成し遂げるため解析や設計を行う過程で、専門分野の学生や教員にアプローチすることから始まりました。担当学生は自らの開発目的を明確に伝え、必要な知識や技術を教授してもらわねばならず、プレゼン能力が培われます。開発するシステムにインパクトがあり、それを十分に伝えられれば専門分野の学生・教員も興味をもって協力してくれることになります。その醸成には年月を要しますが、組織的に分野横断の開発チームができ上がります。また、宇宙開発の場合は、その実証が重要になるため、国の研究機関や企業研究所などの施設使用から宇宙実験申請まで様々なアプローチが欠かせません。この際に成功する確証がある開発計画でなければ許可は得られませんし、宇宙での実証ミッションを長期間観測・追尾する施設と運用計画が必要になります。これらを計画的に遂行するためのプロジェクトマネジメントも厳格に求められます。一例として、小型衛星による宇宙ロボット開発の事例を紹介します。
 図2はテザー衛星技術を応用した宇宙ロボットミッション概念図です。これは2つのユニットで構成された小型衛星を宇宙空間に打上げ、地球周回軌道でテザー進展時やロボット移動時のシステム安定制御と地球環境観測、宇宙ゴミ回収などを目的に開発されています。ロケット打上げからミッション終了までの耐久性と耐環境性が求められるだけでなく、地球周回時の観測信号受信や段階的ミッション遂行時のコマンド送信などが確実に稼動し続けることを解析と要素実験で実証しなければなりません。そのために、学内に写真2上に示す宇宙との通信が可能な無線局や光学観測が可能な施設を整備し、必要な通信実験を行い、宇宙環境に暴露される機器について写真2下の放射線耐性試験も行ってミッション期間内に機能が損なわれないことを検証した結果に基づいて申請を行わなければなりません。このため、機械・航空宇宙系、電子通信系、物理系、化学系の専門的な知見を集約してシステム開発をせねばならず、分野横断が重要なキーになっています。

図2 テザー衛星と宇宙ロボット開発PBL
写真2 宇宙ミッション実現のための
検証実験

 開発チームで研究機関への申請や企業との交渉を行う学生は上級生以上ですが、初年次から関わる学生は、専門資格取得とともに蓄積された要素技術の継承に積極的に関わります。さらに彼らが蓄積した技術を公開するアウトリーチ活動も定期的イベントとして行われています。これらのことを大学の授業外で進めるのはハードルの高い要求ですが、これらのミッションを達成した学生には所定の単位修得以上の社会性やコミュニケーション能力が養われることは言うまでもありません。
 おわりに、テーマ性を重視した分野横断型PBL事例について紹介しました。まだ、学部内での展開に止まっておりますが、小型衛星開発では地球環境モニタリングや災害検知、海洋生態調査などの可能性があるため学部間連携への展開を計画しています。


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