特集 大学授業における生成AIの利活用と教育評価を考える
中澤 明子(東京大学大学院 総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構 特任准教授)
筆者が所属する本学は、2023年4月に「AIツールの授業における利用について(ver. 1.0)」[1]を公表し、生成AIの利用を一律に禁止するのではなく、「問題点を理解しつつも教育・研究・業務利用における可能性を積極的に探り、活用する上での実践的な知識や注意、長期的な影響に対する対話を継続し、発信していく方針」を提示しました。こうした状況を踏まえ、筆者はアクティブラーニングにおいてどのように生成AIを活用できるかを検討し、自身の授業で実践しています。
本稿では、アクティブラーニングにおける生成AIの活用事例を紹介し、授業デザインの注意点を述べます。本稿の内容は、すでに他所[2],[3]で発表した内容と重複する箇所があります。既発表の内容もお読みいただければと思います。
本稿では、溝上[4]の「一方向的な知識伝達型講義を聴くという(受動的)学習を乗り越える意味での、あらゆる能動的な学習のこと。能動的な学習には、書く・話す・発表するなどの活動への関与と、そこで生じる認知プロセスの外化を伴う」ことをアクティブラーニングとします。
アクティブラーニングでは、「個-協働-個」と「内化-外化-内化」のサイクルを回しながら学習を進めることが肝要です[5]。「内化」は、「“読む” “聞く”等を通して知識を習得したり、活動(外化)後の振り返りやまとめを通して気づきや理解を得たりすること」[5]、「外化」は「“書く”“話す”“発表する”等の活動を通して、知識の理解や頭の中で思考したことなど(認知プロセス)を表現すること」[5]です。
生成AIの使用においても、「個-協働-個」と「内化-外化-内化」のサイクルを意識することが必要です。そこで、内化と外化とを支援するアクティブラーニングでの生成AIの活用を考え、実践しました。本稿では、3つの事例を紹介します。いずれも筆者が本学の授業で行った事例です。
(1)「視点を得る」ための活用
この事例では、2023年度に開講した授業において、教員が生成AI(ChatGPT)を使用しました。より多くの議論内容や自分たちが気にかけていない視点に気づいて欲しいという意図から生成AIを使用しました。
学習活動は、図1の流れで進めました。学生がグループディスカッションした後、クラス全体で各グループの議論内容を共有しました。その際、予めディスカッションの問いを教員が生成AIに尋ね、得られた回答を、議論内容へのフィードバックとあわせて紹介しました。それから学生たちは、ほかのグループの議論内容と生成AIの回答についての感想や意見を考え、さらにグループディスカッションを継続したり感想をグループで共有したりしました。
図1 「視点を得る」学習活動の流れ
例えば、学生がグループで「未来の学びをデザインするときに最も重要なことは何ですか」という問いについて議論する際には、事前に教員が生成AIに「『未来(10年後)の学びをデザインする(設計する、生み出す)時に、最も重要なことは何ですか?』という問いについてグループで議論しています。4つのグループがあるなら、どのような議論内容が出るでしょうか。」というプロンプト(指示文)を尋ねました。このプロンプトにより、生成AIは4種類の議論内容を提示しました。この授業には2つのグループしかありませんでしたが、生成AIの提示したものとあわせて6つの議論内容について、学生は感想や意見を考えました。生成AIにより、議論内容のバリエーションを増やすことができました。
(2)「プロジェクトを進める」ための活用
この事例では、学生が生成AIを使用しました。この授業では、学生が研究の問いを立て研究計画をつくり、研究を実施して得られたデータを基に論文を書きます。つまり、学生一人ひとりが研究プロジェクトを行うのです。こうした個人でのプロジェクトを進める際に、生成AIをTA(ティーチング・アシスタント)のように使えないかと考えました。生成AIと対話することで、考えを外化し、生成AIが提示した回答を基にさらに深く考えることを意図しました。ここでは、2024年度の事例を紹介します。
学習活動は、図2の流れで進めました。学生は、授業時間外の課題を行う際に生成AIを使用しました。授業時間外の課題はワークシートの複数の設問(ワーク)について考え記入することでした。その中に生成AIの使用を認めるワークを設けました。
図2 「プロジェクトを進める」学習活動の流れ
例えば、研究の問いを考え始める課題では、
① 学びに関することで、この授業で研究してみたいこと(問い)は何ですか?
② ①の関心や問いをより学術的な問いにするために、関連する学術的な概念・用語を調べてみましょう。
③ 問いを明確にするために、何についての先行研究を調べればよいでしょうか。②を踏まえて自分の考えを書いてください。また、なぜそのように考えたのか、理由も書いてください。
の3つのワークを設けました。
②の活動は、山内ら[6]の内容を参考に設定し、ワークシートではプロンプト例を学生に提示しました。具体的には、「〇〇〇〇について調べたいと思っています。〇〇と関連する教育学・心理学の学術用語や概念を教えてください。」というプロンプトを例示しました。
別の課題では、学生が考えた内容を生成AIが評価するワークを設けました。ワークシートでは、研究の問いに関連する先行研究を学生が調べて内容をまとめた後、先行研究を踏まえて自分の研究の問いを記入しました。次に、「生成AIに、自分の問いが適切かを聞いてみましょう。」というワークを、「(学生が考えた研究の問い)は、学術研究の問いとして適切でしょうか。学術研究の問いとして範囲が適切か、使用している用語が学術的なものになっているか、研究の実現可能性があるかの観点から評価してください。学術研究の問いとして十分なものにするためのアドバイスもしてください。」というプロンプトと併せて提示しました。その後で学生は、生成AIから得られた回答を踏まえて研究の問いを修正する必要があるかを考え、修正した問いを記入しました。
これらの課題での生成AIの使用について、有益だと述べる学生もいれば、役立たなかったと述べる学生もいました。学生によって捉え方が異なる点は、活用する際の注意点と思われます。
(3)「考えるきっかけをつくる」ための活用
学生が授業中の学習活動で生成AIを利用した事例です。この授業の最終課題では、10年後の未来の学びを表す学びの場面を説明する物語を学生がレポートとして執筆します。その内容を学生が考え始める授業回で使用しました。成果物づくりを円滑に進めること、生成AIの回答を批判的に考えること、それまでの授業で学んだことを振り返ることを意図して生成AIを使用しました。
学習活動は、図3の流れで進めました。この事例でもワークシートを用意し、学生がワークシートに記入することで活動を進めました。まず学生は、最終課題を生成AIに問いかけました。得られた回答をワークシートにコピーし、回答に賛成/反対、観点の追加などをコメント・編集しました。その作業を踏まえて、学生は自分の未来の学びの考えを深めるためにほかの人から意見を聞きたい点、あるいは議論したい点や質問を考え、それからグループでその質問について議論し、学生が考えを深めるのに役立つ意見を得ました。このワークは、イェール大学の事例[7]を参考に考案しました。
図3 「考えるきっかけをつくる」学習活動の流れ
実践する中で感じた授業デザインの注意点を述べます。
まず、教員が生成AIを使い、強みと弱みを理解したうえで授業デザインすること、生成AIを使用する目的や意図を明確にすることです。生成AIのどのような点が内化と外化の支援に役立つかを教員が見極める必要があります。そのためには、生成AIを使って特徴を把握することが求められます。これは、使用する目的・意図を明確にすることにも繋がります。
また、学生が思考を深められるワークシートや学習活動をつくることも大切です。本稿では割愛しましたが、2023年度の授業では生成AIの回答に対して、学生が深く考えられていない様子が見られました。学生の深い思考を支援するために生成AIを使用するならば、それを実現できるワークシートや学習活動をつくることが必要です。生成AIを使用するタイミングもポイントです。情報のインプットが少ない状況がよいのか、それとも情報のインプットを十分に行った後がよいのかといった学習状況の見定めが求められますし、生成AIを使用する目的・意図にあわせた判断が必要です。
本稿では、アクティブラーニングにおける生成AIについて3つの活用事例を紹介し、授業デザインの注意点を述べました。
筆者が所属する教養教育高度化機構EX部門では、学内の教員を対象とする「駒場アクティブラーニングワークショップ」を開催しています。生成AIをテーマとするものもあり、筆者やほかの教員の活用事例の紹介、授業をデザインする際の注意点の伝達などを行っています。生成AIの教育での活用は徐々に広がりつつありますが、十分な実践や知見が蓄えられているわけではありません。事例などを共有する場を設け、知見を蓄えていくことが必要だと考えています。
参考文献および関連URL | |
[1] | 東京大学(2023)AIツールの授業における利用について(ver. 1.0). https://utelecon.adm.u-tokyo.ac.jp/docs/ai-tools-in-classes (参照日:2024.8.29) |
[2] | 東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構EX部門(2023)AL NEWSLETTER. Vol.9, No.2 https://dalt.c.u-tokyo.ac.jp/download/a3899/ (参照日:2024.8.29) |
[3] | 中澤明子(2024)大学教育における生成AIの活用事例とELSI. https://sites.google.com/view/jset-elsi/%E6%B4%BB%E5%8B%95%E5%A0%B1%E5%91%8A/20240124_nakazawa?authuser=0 (参照日:2024.8.29) |
[4] | 溝上慎一 (2014) アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換. 東信堂 |
[5] | 溝上慎一 (2018) アクティブラーニング型授業の基本 形と生徒の身体性. 東信堂 |
[6] | 山内祐平,池尻良平,澄川靖信(2024)EdTechで創る未来の探究学習. 明治図書 |
[7] | Yale Poorvu Center for Teaching and Learning(n.d.) AI Teaching Examples. https://poorvucenter.yale.edu/ai-teaching-examples (Accessed: 2024.9.2) |