特集 大学授業における生成AIの利活用と教育評価を考える
澤崎 敏文(仁愛女子短期大学 生活科学学科教授)
2023年当初から急速に普及し、話題を集めているChatGPTをはじめとした生成AIですが、皆さんもご存じのとおり、教育分野では、その活用の是非が大きな議論となっています。国内の高等教育機関などでも、早々にその活用についての声明が出され、利用の是非が検討されて始めました。例えば、2023年4月3日に公表された東京大学の声明では、「『検索』ではなく『相談』するシステム」とあるように、その仕組み上、生成された文章等の信頼性に注意を促し、むしろ、利用者の私的なコンサルタントや補助者のような使い方が提言されています。[1]
実際に、生成AIでは、生成された結果が正しいかどうかを評価することが難しく、特に、教育分野では、授業や演習活動における検索や生成の結果のみに着目した活用は、その活動そのものに対する評価が困難であると感じています。一方で、生成AIを、結果に到達するまでの相談相手として活用するのであれば、相談役として生成AIを機能させるためのプロンプト(指示文)の考案から、最終的な結果にたどり着いた過程までを一連の演習活動として評価することは可能であると考えました。そこで、最初に生成AIに投入するプロンプトと、その後の生成AIとのやり取りに着目し、最終的な結果を生成AIでどのように導き出したかという過程に注目できるような授業設計をおこない、演習活動にて実践したのが、今回皆さんに紹介する事例です。
今回紹介する授業は、非常勤で担当している福井大学大学院(産学官連携本部)の「技術経営のすすめ」です。半期15週で、技術経営の基本について総合的な知識等の習得を目標にしています。講義科目ではありますが、より実践的な経営センスを磨くという観点から、毎年、企業の方々をお招きし、商品企画・開発を目的としたPBL型の演習活動も取り入れるなど、学んだ知識をできるだけ実践活動へと応用できるような授業設計にしています。
この授業、今回の生成AI活用以前からも、Zoom等の遠隔会議システムを活用してアジアの海外企業や他大学と連携した商品企画に関するプロジェクトを実施したり、メタバース環境活用による商品企画を実施したりと、様々なプロジェクトをおこなってきました。2023年度、2024年度の演習活動では、商品企画の際の補助ツールとしてChatGPT、Microsoft Copilot等の生成AIを積極的に利用するような授業設計にしてみました。[2]
(1)企業との連携
これまでも、様々な企業との連携により授業を実施してきましたが、ここ数年、福井市内に本社を置く板紙加工会社の中山商事株式会社(代表取締役社長 中山裕一朗 氏)と連携して、「紙」をテーマにした商品開発について演習活動を行っています。中山社長には、商品企画・開発に関する講演やワークショップでの助言、最終発表会での講評等もお願いしています。
(2)商品企画プロジェクトの主な流れ
基本的な授業ならびに商品企画プロジェクトの流れは次の5つのステップでおこなわれます。
○ステップ1(1〜9週目)
授業の前半では、技術経営(Management of Technology)、マーケティングに関する基礎知識を習得し、様々なビジネス環境に対応できるように、具体的な事例をとおして学習していきます。授業は全て対面でおこないますが、Google Classroom等のLMSを利用しながら、4〜5人程度の少人数グループに分かれて議論する形式で進めていきます。
○ステップ2(9〜10週目)
例年、授業の後半にあたる9〜10週目から具体的な商品企画プロジェクトに取り掛かります。まず、付加価値戦略をテーマに中山商事の中山社長に講演をしていただき、連携協力企業の主力製品でもある「紙」をテーマにした新商品・新サービスを企画・開発するという課題を提示していただきます。その際、ChatGPT等の生成AIの活用方法についても、教員から簡単な解説を実施しています。(AI活用の詳細は、次を参照ください。)
特に、2024年度は、この週から、筆者の本務校の仁愛女子短期大学のゼミ学生も議論に加わり、フクミラプロジェクト「紙と繊維の未来を考える」と題して、紙や繊維の再生利用につながるような商品企画をテーマに議論をおこないました。[3]
写真1 中山社長講演の様子(2024年度)
○ステップ3(11週目)
4〜5名程度の3つのグループに分かれて、新商品開発のための背景となる情報を整理するためのグループワークを実施します。ここでは、いわゆるマーケティング理論に基づいて想定される顧客のニーズやターゲット層などを検討し、その顧客が考える付加価値や課題解決策について議論していきます。学生らは、それぞれのグループで出てきたアイデアから数点選出し、それらに即した課題解決について、ステップ1で学習したマーケティング理論を考慮しながら引き続き議論を進めていきます。
写真2 学生による
グループワーク
○ステップ4(12〜13週目)
学生は、授業の事前課題として、ChatGPT等生成AIを活用した商品企画案を各自で作成して授業に参加します。授業では各自のアイデアを再度議論しながらまとめていきますが、その際に、生成AIにどのようなプロンプト(指示文)を投入して補助的役割を担わせたか等、生成AIとのやり取りについて記録するよう指示しました。また、新商品等の最終発表時には、最終商品案に加えて、考案に至った過程や生成AIの活用法についての工夫も解説することを条件としました。
○ステップ5(14週目)
各グループの最終商品案を発表し、全体で意見交換会をおこなっています。発表の場には、課題を頂いた連携協力企業の中山社長に加えて、大学職員や他の民間企業、他大学の学生も加わり、オープンな場として実施しています。
写真3 商品企画の
最終発表と質疑
今回の演習活動においては、最終的な新商品・新サービス等の提案内容以上に、生成AIにどのようなプロンプトを投入して補助的役割を担わせたかという提案に至る過程も授業評価のポイントとしています。ChatGPT等の主要な生成AIは、プロンプトの工夫次第でプロジェクトの目的に応じたアシスタントとしての役割を演じさせることが可能です。そこで、どのようなプロンプト(指示文)を投入すると、新商品開発のためのAIコンサルタントとして機能するか、また、そのための工夫も最終課題の一部にしました。
前項のステップ3にて、生成AIがコンサルタントとして振る舞うプロンプトを教員が事前に例示し、どのように機能するか受講生全員でシミュレーションをおこないました。そのうえで、各自オリジナルのプロンプトを考案することとしました。
(1)プロンプト例を入力後のAIとの会話例
以下は、学生のプロンプト例と、生成AIとのやり取り(一部抜粋)です。
図1 生成AIのプロンプト例
図2 生成AIとのやり取り(一部)
(2)具体的な商品企画例と授業との関連
授業では、前項のステップ4において、各自の生成AIの活用方法と入力したオリジナルのプロンプトを学生同士で相互評価し、それぞれの工夫を発表させたことで、生成AI活用に関する技能のみならず、技術経営やマーケティングの理解が深まったと感じています。特に、生成AIとのやり取りを対話型に指定することで、これまで授業内で学習したマーケティング等の知識を活用しながら、商品開発へと応用することができたため、実務経験のない学生たちによる商品開発という視点では、十分に相談役として機能していたと考えています。学生から提案のあった紙素材による最終商品企画案としては、紙製アクセサリー、紙製のゴミ回収ボックスといった一般に想定される商品から、紙製の美顔ローラー、紙製の雨合羽、紙製の割りばし等、生成AIの活用がなければ発想しにくかったであろう商品提案があり、協力企業や他の参加者からも、実現性・実用性にも問題の少ないリアルな商品企画であるとの高い評価を得ることができました。
今回は、新商品の企画提案というプロジェクトの課題に加えて、アシスタントとして機能するプロンプトの考案をおこなってきましたが、学生の議論中の様子を観察する限り、単なる知識検索のためのツールではなく、議論のための補助として適切に機能していたようです。これらは、事前にその活用主旨を明確に学生に伝えていたこと、対話的にやり取りできるプロンプトの具体例を事前に例示したこと、また、既に生成AI等を活用したことがある工学系の大学院生が多数であり、プロンプトの設計・指示が、プログラミングを自然言語でおこなうような行為と類似している点などの理由が考えられます。
生成AIの授業活用というと、否定的な意見を聞くことが少なくありませんが、今回ご紹介した2年間の実践で、授業設計次第では学生が過度にAIに頼ることなく、適切な距離感で上手に活用することができると感じました。これら実践が、今後の皆さんの参考になれば幸いです。
参考文献および関連URL | |
[1] | 太田邦史 (2023) utelecon, オンライン授業・Web会議ポータルサイト@東京大学 “生成系AI(ChatGPT, BingAI, Bard, Midjourney, Stable Diffusion等)について” https://utelecon.adm.u-tokyo.ac.jp/docs/20230403-generative-ai |
[2] | 澤崎敏文(2024), 「生成AIを活用した商品企画に関するPBL授業実践とその考察」, 仁愛女子短期大学研究紀要第56号, pp.9-13 |
[3] | 福井大学 フクミラNEWS「紙と繊維のリサイクルを考える」 https://fukumira.hisac.u-fukui.ac.jp/news/77/ |