数理・データサイエンス・AI教育の紹介

大阪大学における数理・データサイエンス・AIプログラム
(リテラシーレベルについて)

鈴木 貴(大阪大学 数理・データ科学教育研究センター 副センター長)

1.はじめに

 「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(MDASH)」は、「AI戦略2019」を実現するため、文部科学大臣が大学・高等専門学校の数理データサイエンス・AI教育に関する正規課程教育のうち、一定の要件を満たした優れた教育プログラムを認定するものです[1]。学部低学年次を対象とするリテラシーレベルと学部高学年次を対象とする応用基礎レベルがあり、それぞれに特に優れた取り組みに対して付与されるプラス認定もあります。
 MDASHを全国に普及させるために300余の大学・高等専門学校が参画し、「数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム(全国コンソーシアム)」が結成されています[2]。全国コンソーシアムは東京大学を事務局とし、年1回の総会の他、地域ブロック、特定分野会議、分科会、企画推進ワーキング等がそれぞれの活動を行っています。本学も拠点校の1つとして、特定分野会議(自然科学系)を担当し、理工系モデルシラバス、医歯薬系実践手引きの策定に携わっています。
 リテラシーレベルのMDASH認定は2021年度に開始され、2023年8月時点で382件が認定されています。認定の有効期間は、2021年度認定については5年間、2022年度以降の認定については3年間です。認定は、リテラシーレベルでは教育機関単位のみですが、応用基礎レベルは学部(大学)、学科(高等専門学校)単位でも行います。本学ではリテラシーレベルが2021年度に認定され、応用基礎レベルでは2022年度に全学プログラムに加えて、工学・基礎工学・理学・経済学・法学・薬学部の各学部プログラムが認定されています。2023年度では応用基礎レベル認定の学部プログラムが、人間科学部・文学部・外国学部に広がり、さらにリテラシーレベル(全学)と、工学・基礎工学の応用基礎レベルでの学部プログラムがプラス認定を受けました。
 本誌2023年度第4号では、応用基礎レベル、特に工学部と基礎工学部のプログラムを中心にして、本学での実施例とその背景を報告しました[3]。引き続いて本稿では、リテラシーレベルについて、その理念や概要を紹介したいと思います。

2.モデルカリキュラム

 MDASHは全国コンソーシアムが定めた「モデルカリキュラム」に沿った実績に基づいて認定されます。
 リテラシーレベルのモデルカリキュラムは、「データ思考の涵養」と名付けられ、「学生の数理・データサイエンス・AIへの関心を高め、適切に理解し活用する基礎的な能力を育成」を目的とするとされています。そこでは取り上げるべき内容、それらが必要となっている社会的背景、各レベルでの目標、プログラムが対象とする学生や標準的な総単位数、望ましい授業の実施方法などが記載されています。
 授業で扱う項目としては「導入」(社会におけるデータ・AI利活用)、「基礎」(データリテラシー)、「心得」(データ・AI利活用における留意事項)、「選択」(オプション)に分かれ、また実施に当たっては適切なテーマの選択、実データを用いた体験、グループワークに加えて、反転学習や補講を整備しておくことが推奨されています。

3.本学におけるリテラシープログラム

 本学におけるリテラシーレベルでのMDASHコースは「数理・DS・AIリテラシー教育プログラム」と名付けられ、必修科目2単位、選択科目4単位で構成されています。在籍履修者(大学全体)は2023年度で8,222名、2024年度春夏学期で6,959名です。必修科目は「文理融合のための数理科学Ⅰ」で、モデルカリキュラムで履修が義務付けられている「導入」「基礎」「心得」に加え、「選択」の一部(統計基礎、アルゴリズム基礎)とグループディスカッションの2単位で構成されています。
 本学は11学部あり、学科で必修としている授業の時間割もまちまちですので、全学の学生が受講できるように、時間をずらせて、週に12クラスを開講しています。本学には「メディア授業」として、オンデマンド教材を用いて時間割も教室も指定しない科目を設定することができる制度があります。「文理融合のための数理科学Ⅰ」の座学部分については、すべてオンデマンド教材を整備していますのでメディア授業とすることも可能ですが、モデルカリキュラムで推奨されている実習やグループワークをこの必修科目に取り込むために、あえてメディア授業とはせず、最後の週に対面でグループ演習を行うようにしています。このため教室としては300名収容の、豊中キャンパス最大の講義室を確保し、本学の1学年全員に相当する3,600名までが同一学期に受講できるように設計しています。担当教員は「数理・データ科学教育研究センター(MMDS)」[4]所属の1名ですが、オンデマンド教材の管理とオフィスアワー対応に加え、延べ12回の演習ですので、教育ロードとしては2単位分で計算しています。
 なお応用基礎レベルの選択必修科目(データ科学のための数理、データ・AIエンジニアリング基礎)についてはメディア授業として、3つのキャンパス(豊中、吹田、箕面)に分かれる高学年次学生の負担を軽減する一方、演習・実習については各学部での専門科目や大学間共同PBLで受講できるようにしています。

4.選択科目について

 リテラシープログラムの選択科目としては、22科目がリストされていますが、履修者が多いのは「情報社会基礎・情報科学基礎」「統計学」「文理融合のための数理科学Ⅱ」の3科目です。
 「情報社会基礎」「情報科学基礎」はITリテラシーを扱う科目で、前者は文系向け、後者は理系向けに、ほぼすべての学部でいずれかの修了を卒業要件としているものです。両科目に共通する授業項目として、「情報のデジタル化とコンピューティング要素と構成」、「情報ネットワークと情報セキュリティの仕組みと重要性」があり、モデルカリキュラムの「導入」「心得」を補完するものとして位置づけています。また「基礎」「選択」を補完するものとして「情報社会基礎」で扱う「データの関係性、データの視覚化、データ科学・AIの活用と基本的な考え方」、「情報科学基礎」で扱う「プログラミング原理の理解と作成」を背ってしています。
 本学はリベラルアーツとして、統計学を数学の一分野として系統的に扱ってきた伝統があり、現在も、学部1年次においてA(文系)B(医歯薬系)C(理工系)として、それぞれⅠ(前期、2単位)、Ⅱ(後期、2単位)が全学教育機構から提供されています。これらの科目は全学に向けたこれらの科目は、モデルカリキュラムの「選択」を補完、発展させるものとして、リテラシープログラムの選択科目に加えられています。

5.教科書と補助教材

 選択科目の「文理融合に向けた数理科学Ⅱ」は必修科目である「Ⅰ」の続きで、対面でモデルカリキュラム「選択」の残り部分を扱います。この2科目でモデルカリキュラム「データ思考の涵養」はすべて網羅され、その内容は1冊の教科書「データサイエンスリテラシー」にまとめられています(図1左)。

図1 教科書(リテラシー、応用基礎)

 この教科書は以下のような構成になっています。

1.導入:社会で起きている変化とデータ・AI利活用、社会で活用されているデータ、ビッグデータ・AIの活用領域、データ・AI利活用のための技術、ビッグデータ・AI利活用の最新動向

2.基礎:データを読む、データを説明する

3.心得:データ・AIを扱う上での留意事項、データの取り扱い、AIとのかかわり

4.選択:統計基礎、アルゴリズム基礎、数理基礎、時系列データ、時系列解析、機械学習基礎、特徴抽出、テキスト解析、画像解析、ビッグデータ利活用の実際、多変量解析(重回帰、判別分析、数量化)

 姉妹編として応用基礎レベルの教科書があり、適宜参照できるようになっています(図1右)。応用基礎はAIを中核として、それぞれデータサイエンスとデータエンジニアリングに軸足を置いた2科目を選択必修としていますが、教科書は両科目に共通のもので、共通項目として「データサイエンスと社会」「AI」「知識表現」「数学準備」「回帰分析」「ニューラルネットワーク」「深層学習」を扱い、データサイエンスでは「次元削減」「クラスター分析」「ガウス過程回帰」「データの識別」「自然言語処理」を、またデータエンジニアリングでは「データの収集・蓄積・加工」「ITセキュリティ」を取り上げています。応用基礎レベルの教科書の内容はやや高度ですので、オンデマンド動画は、基礎的な部分の説明と、クイズの解説に主眼を置いたものにしています。
 2024年3月には次のような内容で演習書を出版しました(図2)。

図2 演習書

1.Excelを用いたデータ分析:基本操作、合計・平均・分散、棒グラフ、散布図、相関・回帰分析、t検定、F検定

2.Pythonを用いた統計解析とクラスタリング:統計量と相関係数、階層的クラスタリング、単連結法、完全連結法、ウォード法、非階層的クラスタリング、シルエット係数

3.Pythonを用いた回帰分析:単回帰、重回帰、多項式回帰

4.Pythonを用いたデータの分類・識別:k-近傍法、決定木、ランダムフォレスト、サポートベクターマシン

 現在、社会的な注目が集まっている生成AIについては2024年2月に、実務家教員による30分×8回の授業、2024年8月にはPartⅡとして1時間×3回のオンライン授業を開催しました。いずれも録画をHPで公開するとともに「文理融合のための数理科学Ⅰ、Ⅱ」のオンデマンド補助教材として活用しています。その内容は以下の通りです。

「生成AIリテラシー Ⅰ」

1.生成AIのプロダクトと利用環境の構築

2.会話型生成AIのプロンプト

3.ChatGPT APIの利用

4.ソフトウェアを補助する会話型生成AI

5.画像生成AIの静止画像作成

6.画像生成AIで動画を作成

7.Stable Diffusion以外の画像生成AIとソフトウェアを補助する画像生成AI

8.生成AIと法律

「生成AIリテラシー Ⅱ」

1.生成AIの基礎知識と最近の動向

2.生成AIの可能性と限界

3.適切に活用するためのリテラシー、特性・倫理

6.カリキュラム運営の考え方

 リテラシー、応用基礎にいずれのレベルにも共通することですが、モデルカリキュラムは、在籍する学生の状況や各教育機関の設立理念に応じた多様性を重んずる一方、目標が明確に設定され、それらを実現するための標準的な授業内容や授業方法が、具体的に述べられています。
 これらの方策は、いずれも数理・データサイエンス・AIに関する基礎的な事項にわたるものですが、本学のそれまでのリベラルアーツ、専門基礎、専門の授業の中には、これらを過不足なく提供する科目は見当たりませんでした。特に、拠点校としてのミッションである、リテラシーレベルや応用基礎レベルを指導できるエキスパート人材の育成を実現するために、リテラシーレベルと応用基礎レベルを有機的に接続し、継続的な教育体系を構築することが前提になりました。
 一方、本学では各学部において特徴や実情に合わせた数理・データサイエンス・AI教育の実践が模索されています。こうした状況を鑑み、リテラシーレベルを「リベラルアーツ」として、また応用基礎レベルをリテラシーと専門教育をつなぐ「専門基礎科目」として、それぞれのモデルカリキュラムで謳われている要件をコンパクトに網羅した標準科目(文理融合に向けた数理科学Ⅰ,Ⅱ、データ科学のための数理、データ・AIエンジニアリング基礎)を設置して全学に提供しています。
 実施部局であるMMDSは、本学における数理・データサイエンス・AI教育を担う全学部局です。現在6名の教員と1名の研究員が専属で所属し、理学・工学・基礎工学・経済学・情報科学の5つの研究科を連携部局とし、全学に及ぶ38の連携研究室、60名程度の兼任教員が参加しています。専属の教員6名のうち1名は大学からの留保ポストをお借りした准教授ですが、残りはいずれも特任で教授4名、助教1名の体制です。これに研究プロジェクトで雇用する研究員1名、事務職員として特任2名と若干名の補佐員、派遣職員が在籍します。
 少人数のMMDS教職員数で全学、全学年にわたる多数の受講生を受け入れる必要性から、MDASHコースの運営ではDXを推進しています。例えばリテラシーレベル必修科目の座学部分と応用基礎レベル選択必修科目では、毎回オンデマンド教材視聴終了後にクイズを出題して自動採点して受講生にフィードバックしています。成績評価では、担当教員がこの自動採点結果を基礎評価点としています。
 各コースの修了判定もリテラシーレベル、応用基礎レベル、全学プログラム、学部プログラムに分かれて複雑ですが、大学本部の支援を受けて、教務システムによってほぼすべての行程を自動化しています。現時点では修了証をメールで送付する部分だけが手作業となっていますので、今後適宜自動化することを検討しています。
 また、事務作業簡略化の一環として、リテラシー、応用基礎ともに、学生にはコース受講の申請を不要とし、MDASHの周知は学生向けのガイダンスと全学事務担当者の連絡会議で行っています。おおむね良好に展開していますが、1年生の場合、入学と履修届提出期限との間に時間がないことがあり、教務システムを活用した効果的な方法を模索しています。

7.MMDSについて

 MMDSは、大学院博士前期課程学生を対象とする学際的な副専攻・高度副プログラムである「金融・保険」、「数理モデル」、「データ科学」を運営する部局として2015年に設立されたものですが、英語名がCenter for Mathematical Modeling and Data Scienceとなっているように、広く数理科学とデー科学の教育、研究に携わる全学部局として位置づけられています。近年ではその活動範囲が様々な領域に広がり、特に、学部生、後期課程、社会人を対象とする数理・データサイエンス・AI教育や、応用研究や産学共創研究を通した産業界や経済界との連携が深まっています[5]
 教員・研究員は学部低学年(リテラシーレベル)、学部高学年(応用基礎レベル)、博士前期課程(副専攻・高度副プログラム)、博士後期課程(D-DRIVE)、専門人材(エキスパート)にわたる人材育成プログラムと、数理モデリングとデータサイエンスに係る基礎・応用・実用研究に従事しています。教育プログラムである応用基礎レベル、副専攻・高度副プログラム、D-DRIVE、エキスパートの概要と、産学連携や実用研究の一端については前稿(2023年度第4号)で紹介した通りですが、新たに数理人材育成協会(HRAM)[6]と協働した、社会人対象の「高度AI人材育成プログラム」も開講しています。
 MMDSのミッションは学問分野、業種、地域による横の垣根、職層、学習歴による縦の垣根を乗り越え、学術研究と産業の活性化、人材育成とその循環、社会の幸福と活力を増進することにありますので、横断的な個々のプログラムと、それらを有機的に結合した縦断スキームによって、縦と横の垣根に縛られない人材の育成を模索しているところです。現在行われている取り組みについて、特にリテラシーレベルMDASHと関係する部分について思いつくままに記載させていただきます。

(1)MDASHの担当教員の育成や確保は自明なことではなくリクルートした教員が栄転することがままあります。またMMDSは時限付の全学部局であり、安定的な財政基盤が保証されているわけでもありません。このような現況の下で、各教員の研究業績によって獲得した競争的研究資金によって雇用した研究員の多くが、エフォート管理によって教育キャリアを積み、MDASH相当授業の担当者として成長して、栄転や内部昇格を果たしています。

(2)MMDSには学生が所属しませんので、教務システムを用いて産学連携研究で受け入れた研究費によるバイト学生を募集し、データ分析やAI構築を行うことがあります。この場合研究室に配属される大学院生よりも、学部生がエントリーしてくることが多く、リテラシーレベルを修了後の、貴重な実務体験の場として、その教育効果は計り知れません。

(3)MMDS教員は、「アクティブラーニングプラン」として全学教育機構からリベラルアーツ科目を提供しています。この実践は、学問知識や獲得スキルを体系化する場として教員にとって貴重であるだけでなく、全学の学生がMMDSで実施する研究に参画する、実質的な動機を与えています。

(4)「大学間共同PBL」は本来応用基礎レベルに位置づけられるものですが、本学の場合は、学部低学年の学生がエントリーすることも多く、企業から提供される生データに触れ、他大学学生のPBL実施状況を学び、大学院生TAと交流して、文系から理系まで、学部1年生から社会人までが交流する有意義な場を共有しています。

8.アクティブラーニングプラン

 MMDS所属の教員は年間4科目を標準とし、全学部生を対象として、低学年向けリベラルアーツ(基盤教養科目)、小人数セミナー(学問の扉)、分野を俯瞰した専門基礎(高度教養科目)を提供しています。アクティブラーニングプランはこれらを体系化したもので、多様で迅速な社会動向や学内ニーズに応えることのできるプログラムです(図3)。

図3 アクティブラーニングプラン
参考文献および関連URL
[1] 文部科学省 数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/suuri_datascience_ai/00001.htm
[2] 数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム
www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/overview.html
[3] 鈴木 貴 大阪大学における数理・データサイエンス・AIプログラム(工学部と基礎工学部を中心に)「大学教育と情報」2023年度No.4,33-42
https://www.juce.jp/LINK/journal/2403/pdf/03_04.pdf
[4] 大阪大学 数理・データ科学教育研究センター(MMDS)
https://www-mmds.sigmath.es.osaka-u.ac.jp
[5] MMDS魅力発信サイト
https://www-mmds.sigmath.es.osaka-u.ac.jp/faculty/for_all_organizations_and_persons/for-corporate/index.html
[6] 数理人材育成協会(HRAM)
https://hram.or.jp/

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