数理・データサイエンス・AI教育の紹介

神戸大学におけるデータサイエンス教育の取組み

山田 明(神戸大学 数理・データサイエンスセンター副センター長 全学教育部門長)

1.はじめに

 本学は、「学理と実際の調和」を建学の理念として、様々な実際の社会的課題の解決に取り組んでいます。深層学習の登場によって2010年頃に始まった第三次AIブームは、2022年度の生成AIの登場によってさらに加熱しており、社会的な課題がデータを中心に大きな変換点を向かえています。このような背景を受けて本学は、2017年12月に数理・データサイエンスセンターを設立しました。このセンターの活動として、2021年8月に文部科学省 数理データサイエンスAI教育プログラム認定制度(MDASH:Approved Program for Mathematics, Data Science and AI Smart Higher Education)[1]においてリテラシーレベルに認定され、2023年8月に同リテラシーレベルプラスならびに応用基礎レベルプラスに選定されました。
 センター設立から約7年が経過した2024年のいま、本稿において、本学のこれまでのデータサイエンス教育のあゆみを振り返ります。

2.これまでの取組み

 国内における数理・データサイエンス・AI教育に関する戦略と本学における取り組みを図1に示します。2017年度に文部科学省は、「数理及びデータサイエンスに関わる教育強化事業」において国内6大学による「数理・データサイエンス拠点コンソーシアム」[2]を設立しました。本学は、この6大学には、選定されませんでしたが、コンソーシアム協力校として連携していくために2017年12月1日に文部科学省の組織整備の概算要求が認められ、数理・データサイエンスセンター[3]を設立しました。

図1 本学における数理・データサイエンス・AI教育の取組み

 内閣府では、2019年度にAI戦略2019[4]を策定し、数理・データサイエンス・AI教育を加速していくことを決定しました。このAI戦略は、2021年度にAI戦略2021、さらに2022年度にAI戦略2022として改訂されています。2023年度は、ChatGPT[5]の登場によって生成AIが大きく注目を集めました。同年5月には、AIに関する暫定的な論点が発行されています。
 このような背景において、本学では2018年度に大学独自のカリキュラムコース「神戸大学 数理・データサイエンス標準カリキュラムコース」をいち早く策定・運用開始しました。このコースは2018年度に7学部を対象として開始して、2020年度には全学部へと拡大しました。標準カリキュラムコースは、2021年度入学生をもって新規受付を終了しましたが、文部科学省の認定制度が始まる2021年度までのつなぎとなる重要な役割を果たしました。
 政府のAI戦略2019を受けて拠点コンソーシアムでは、文系にも実装可能なリテラシーレベルのカリキュラム検討を行い、モデルカリキュラム第1弾を2018年度末に完成しました。さらに、応用基礎レベルのモデルカリキュラム第2弾が2019年度末に完成しました。そして、2020年度末から認定制度MDASHの運用が始まりました。リテラシーレベルは、2021年度から認定が開始されています。2021年度は、認定が6月と8月の2回に分けて行われました。本学のプログラムは、2021年度の第2回にリテラシーレベルが認定されました。また、応用基礎レベルは、応用基礎レベルとしての認定の2回目にあたる2023年度に認定されました。
 MDASHには、特に優れたプログラムに対して、通常のレベル認定に付加するプラス選定制度があります。本学のリテラシーレベルおよび応用基礎レベルは、2023年度の認定の際に両方がプラスレベルの選定を受けました。また、応用基礎レベルは、大学全体で開講している場合と、学部に限定して開講している場合で異なる認定が行われます。本学では、2023年度の認定の段階から、文理問わず全学での開講として認定されました。
 2023年度において、本学の入学生の約7割がリテラシーレベルを履修しており、約3割が応用基礎レベルを履修しています。さらに、2025年度からは、全学に対してリテラシーレベルを必修にすることによって履修率100%を実現する見込みです。

3.本学における数理・データサイエンス・AI教育プログラムの構成

 図2にAI戦略2019の目標と本学における数理・データサイエンス・AI教育プログラムの構成を示します。本学における学部科目は、全学の教育を担当する教養教育院が開講する科目と各学部が開講する専門科目からなります。教養教育院の科目は、主に1年および2年次に履修し、専門科目は、3年および4年次に履修します。教養教育院の科目には、基礎教養科目・総合教養科目・高度教養科目・情報科目などがあります。

図2 AI戦略2019の目標と本学の取組み

 リテラシーレベルは、基礎教養科目のデータサイエンス基礎学と情報科目の情報基礎の2科目からなります。また、応用基礎レベルは、総合教養科目に分類されるデータサイエンス概論Aおよびデータサイエンス概論Bを必修として、プログラミング演習科目およびPBL演習科目の2科目と数学科目からなります。ここで、数学科目は、教養教育院が開講している科目と学部が開講する科目を組み合わせることによって構成されています。
 プログラミング・PBL演習科目について、専門科目に演習がある学部は、専門科目から選択できます。また、演習がない文系学部は、総合教養科目ならびに高度教養科目として開講しているプログラミング・PBL演習(データサイエンス基礎演習・データサイエンスPBL演習)を履修することができます。
 本学の独自の取り組みとして、神戸大学データサイエンス操練所があります。データサイエンス操練所は、特定の教育プログラムではなく、応用基礎レベルよりさらに上のレベルを目指す学生のための情報交換および自律的な学習を促す場です。ここでは、最新のデータサイエンスに関する論文を輪講形式で読む神戸大学CMDS論文セミナーや最先端の研究を行っている講師による講演である神戸大学CMDS先端セミナーを行っています。さらに、意欲のある学生のために、学部配属前の学生が、学内・学外におけるデータサイエンスに関わる課題を自主的に行う取り組みも行っております。

4.リテラシーレベル

 リテラシーベルは、データサイエンス基礎学と情報基礎の2科目からなります。表1にリテラシーレベルの構成を示します。本学では、2016年度から従来のセメスターを半分に分割して、年間を4つのクォーターとして構成する2学期クォーター制を導入しています。1時限を90分と設定しているため、クォーター科目は、8週で1単位となります。情報基礎は、1年生の第1クォーターに配置されています。また、データサイエンス基礎学は、5クラス開講しており、3クラスが第1クォーターに1クラスが第2クォーターに配置されています。したがって、本学の学生は、入学直後の約3ヶ月で以降の学習の基礎となるリテラシーレベルを修得できるように設計されています。5クラス目は、再履修のために第4クォーターに配置されています。

表1 リテラシーレベルの構成(全学共通)

 表2に情報基礎の2023年度におけるシラバスを記載します。情報基礎は、ネットワーク上のコミュニケーションのマナーやネットワーク社会で自らを守るためのセキュリティに関する基礎的な知識の習得を目標にしています。また、大学生として勉学を進める上で必要な図書館情報の利用方法や、入手した情報を利用して自らレポートを作成したり、インターネットなどで情報発信したりする上での基本的なアカデミックマナーの習得も目標にしています。第1回が入学直後であるため、学生を支援するため対面形式で行い、第2回以降が遠隔・オンデマンド形式です。第1回では、神戸大学のアカウントと学内ネットワークサービスの利用方法について学びます。第2回から第3回にかけて、電子メールやインターネットの利用方法、さらに第4回から第6回にかけてセキュリティや情報倫理について学びます。第7回と第8回において、まとめと期末レポートを提出します。教材は、基本的にオンデマンド形式であり、学生が自身のペースで自律的に学修できるように設計されています。

表2 リテラシーレベル科目の講義構成

 遠隔・オンデマンド講義には、本学の学習支援システム(LMS:Learning Management System)を利用しています。このLMSは、キャノンITソリューションズ株式会社が開発したin Campus[6]を利用しています。in Campusでは、学生がWebブラウザによって場所や時間を選ばずにPCやスマホによって受講することができます。
 表2には、データサイエンス基礎学の2023年度の講義構成も示しています。データサイエンス基礎学は、数理・データサイエンス・AI教育拠点コンソーシアムのリテラシーレベルに沿ったものとなっており、社会におけるデータ・AI利活用を理解し、データを扱う上での基礎、データに関する留意点・情報セキュリティに関して必要な知識・考え方を身につけることを到達目標としています。
 モデルカリキュラムは、①社会におけるデータ・AI利活用(導入)、②データリテラシー(基礎)、③データ・AI利活用における留意事項(心得)、Cオプション(選択)からなります。データサイエンス基礎学では、第1回にイントロダクション、社会で起きている変化、社会におけるデータサイエンス・AI利活用にモデルカリキュラムの1を対応させて、第2回データ・AI利活用における留意事項にモデルカリキュラムの3を対応させています。第3回および第4回は、オプションとなっている統計および数理基礎を学びます。第5回から第6回は、モデルカリキュラムの②のデータリテラシーに対応します。
 講義形式は、LMSを利用した遠隔オンデマンド配信とライブ配信を併用しています。ただし、第1クォーターの開講の3クラスの第1回について対面で行っています。データサイエンス基礎学は、情報基礎と同様に入学直後の第1クォーターに開講することと、時間割の都合から情報基礎よりも早く受講する学生が存在するため、対面形式を取っています。
 データサイエンス基礎学の遠隔オンデマンド配信・配信併用は、反転学習の形式を取っています。つまり、学生は、オンデマンド形式で講義動画を予習して、ライブ形式の講義に望みます。ライブ講義では、学生の事前学習を前提にして、講義内容の要所を解説することや、学生からの質問に答えます。オンデマンド配信およびライブ配信は、それぞれ60分です。学生は、どちらかの配信ではなく両方を受講しなければなりません。

5.応用基礎レベル

 表3に応用基礎レベルの2023年度の必要修得科目のリストの例を示します。応用基礎レベルもリテラシーレベルと同様に拠点コンソーシアムのモデルカリキュラム第2弾に沿った内容です。本学では、応用基礎レベルの必要修得科目および単位数が学部もしくは学科によって異なっています。これは、応用基礎レベルの要件として、データサイエンス全般に関する知識2単位、プログラミング演習に関する演習科目2単位、数学に関する科目という構成になっているためです。

表3 応用基礎レベルの構成例(経済学部)

 本学では、文系理系を問わず全学での応用基礎レベルの認定を目指したため、文系学部と理系学部の両方に配慮した科目構成になっています。まず、データサイエンス全般に関する知識の2単位は、データサイエンス概論AおよびBを必修科目とすることによって満たしています。
 プログラミングの要件は、これまで理系科目が少なく、プログラミング演習を持たない学部に対して全学共通のプログラミング演習科目を追加しています。一方、すでにプログラミング演習科目がある学部には、専門科目にあるプログラミング演習によって応用基礎レベルの要件を満たしています。
 表4は、経済学部の応用基礎レベルの科目構成を例として示しています。経済学部は、文系学部のひとつですが、ミクロデータ分析I・IIという演習科目があります。そのため、経済学部の学生は、ミクロデータ分析I・IIもしくはデータサイエンス基礎演習、データサイエンスPBL演習のいずれかを合計2単位取得することによって、応用基礎レベルのプログラミング演習の要件を満たします。

表4 応用基礎レベルの科目の講義構成

 表4には、応用基礎レベルにおいて必修科目となっているデータサイエンス概論Aおよびデータサイエンス概論Bの講義構成も示しています。データサイエンス概論Aは、応用基礎レベルのデータサイエンス基礎とデータエンジニアリング基礎を取り入れたオムニバス形式の講義構成です。第1回にデータサイエンス・AIの考え方について学び、第2回第3回にアルゴリズム基礎とデータ構造、統計的な考え方について学びます。第4回から第7回では、教師なし学習、教師あり学習、画像解析および確率モデルについて学びます。
 データサイエンス概論Bでは、情報センシングや音声の時系列解析、テキスト解析などデータサイエンス・AIの応用的な事例を学びます。また、データエンジニアリング基礎において重要な知識である情報セキュリティならびにプラバシー保護技術についても学びます。第6回第7回は、データエンジニアリングの基礎としてビッグデータの取り扱い方法について実践的な演習を行います。
 授業の形式は、データサイエンス基礎学と同様に遠隔のオンデマンドおよびライブ形式の併用です。反転学習形式の講義であるため、受講生は、授業の前に60分のオンデマンド動画教材によって学習します。そして、60分のライブ形式の講義において講義内容の要点の解説および演習課題のハンズオンを行います。
 データサイエンス概論AおよびBの評価は、遠隔ライブ形式での試験を行います。学生は、本人確認のために遠隔会議システムZoom[7]によるオンライン会議接続をしながらLMS上の試験問題に解答します。

6.プログラミング演習およびPBL演習

 MDASHの応用基礎レベルの認定には、プログラミング演習およびPBL(Project-Based Learning)演習が求められています。表4にプログラミング演習科目であるデータサイエンス基礎演習のシラバスを示します。遠隔かつ大規模な講義を実施するために、LMSや遠隔会議システムを利用しています。本学は、複数場所にキャンパスがあるために、幅広い受講生に対して集合型の演習を行うことが困難です。また、受講対象者は、文系学をあわせると1学年につき年間1,200名を越えているため、効率的に演習科目を実施する必要があります。そこで、プログラミング演習科目であるデータサイエンス基礎演習では、オープンソースのLMSの一つであるMoodle[8]のプラグインCodeRunner[9]を活用したプログラミング自動採点システム開発して対応しました。
 CodeRunnerは、Moodleの質問タイプにおいて、学生の回答を評価するためにプログラムを実際に実行できる機能です。主にプログラミングに関する科目において使用され、学生が指定されたプログラムコードを書き、そのコードが一連のテストを通過するかどうかで評価されます。CodeRunnerは、実際のプログラムが安全なサンドボックス環境で実行されるため、セキュリティが確保されています。
 図3にCodeRunnerの画面を示します。学生は、上段のエディタに直接プログラムを記述することができます。学生がチェックボタンを押すと、学生が記入したプログラムがサンドボックスのなかで実行されて結果が表示されます。結果が誤っている場合は、誤っている箇所が表示されて赤い背景になります。正しい場合には、緑色の背景が表示されます。

図3 プログラミング演習における自動採点機能Moodle CodeRunner

 PBL演習科目であるデータサイエンスPBL演習のシラバスを表4に示します。ここでは、Zoomを利用した遠隔でのグループディスカッションを実施しました。本学では、2020年度のコロナウィルス感染症の流行によって対面での講義が制限されるなかで、有効なグループディスカッション形式の講義の実現方法を検討してきました。Zoomには、全体の会議から少人数のグループに分けるブレイクアウトルームという機能が備わっており、この機能を活用したグループディスカッションを行いました。10から15名に対して1人という比較的多い人数のTAを割り当てることによって、対面と比較しても効率が下がらない講義が実現できました。

7.神戸大学データサイエンス操練所

 神戸大学データサイエンス操練所は、数理・データサイエンス・AI教育プログラムのリテラシーレベル・応用基礎レベルの上位に位置するコミュニティ型のプログラムです。このプログラムは、本学の1年生から3年生を対象にしており、学生が自ら学習および情報交換をする場を提供しています。学生は、操練所を通して、最新の機械学習・AIの輪講(論文セミナー)や、機械学習の専門家による講演(先端セミナー)に参加することができます。
 また、操練所は、学内および学外の実際のデータサイエンス・AIに関する課題に取り組むPBL型のプログラムを提供しています。このプログラムでは、学内および学外において不定期に発生するデータサイエンス・AIに関する課題に対して、課外活動として取り組みたい学生を募集します。学生は、リテラシーレベル・応用基礎レベルによって身につけた技術や知識を用いて、実際の課題に取り組むことによって、さらに高いレベルを目指すことができます。

8.履修者数および修了者数

 本学の標準カリキュラムコースおよびリテラシーレベル・応用基礎レベルの履修者数と修了者数を表5に示します。本学は、全学で約10,000名、1学年に約2,500名在籍しています。ここで、標準カリキュラムコースの履修者数は、コースの中心となる科目の履修者数を示しています。また、リテラシーレベルおよび応用基礎レベルの履修者は、それぞれ必修となっている科目であるデータサイエンス基礎学およびデータサイエンス概論Aの履修者数を示しています。標準カリキュラムコースの必修科目は、2018年度から2023年度まで開講していました。2021年度に履修者が557名、修了者が209名に達しました。これは、入学者の約2割に相当します。2022年度の入学生からは、標準カリキュラムコースを履修することができませんが、2022年度と2023年度も238名、76名の履修がありました。2023年度の修了者数が履修者数を上回っているのは、前年度に修了要件を満たさなかった学生が加算されているためです。

表5 標準カリキュラム、リテラシーレベル・応用基礎レベルの履修者数と修了者数

 リテラシーレベルは、2022年度および2023年度に約1,800名の履修がありました。これは、1学年の学生数の7割を超える人数です。2022年度2023年度は、データサイエンス基礎学が選択科目であり、必修科目でないにも関わらず高い履修率です。応用基礎レベルは、2023年度に履修者数が975名であり1学年の約4割に達しています。ただし、修了者数が147名に留まっています。これは、応用基礎レベルの修了要件に学部の専門科目が含まれており、専門科目の履修が3年生以上からの場合が多いためです。また、文系学部の多くは、修了要件がデータサイエンスに関わる5科目を修了する必要がありますが、学部が求める科目を履修しなければならないためにすべての科目をそろえることができていません。ここで、公開されている書類によって定められた集計方法が異なるため、数理・データサイエンス・AI教育プログラムの申請書や実績と異なる場合があります。

9.オープンバッジ

 本学の数理・データサイエンス・AI教育プログラムを修了するとオープンバッジ[10]による証明書が発行されます。オープンバッジとは、一般財団法人オープンバッジ・ネットワークが運営するブロックチェーン技術を利用して電子的に発行される証明書です。2024年7月現在、300団体がこのネットワークの会員になっており、国内の学校や企業がオープンバッジを利用して学修成果の証明書を発行しております。
 この証明書は、従来の大学の卒業証明や成績証明に加えて、科目やカリキュラムごとに学修履歴を第三者に証明できるものです。従来の公的な証明書に比べて、細かな粒度で技術や知識の習得を証明できることや、SNSなどによって気軽に証明できる利点があります。
 本学のオープンバッジは、株式会社LecoSのオープンバッジウォレット[11]に対応しています。このオープンバッジウォレットを利用することによって、学修歴をメールやSNSといったメディアにおいて共有および証明することができます。図4にリテラシーレベルおよび応用基礎レベルのバッジ例を示します。リテラシーレベルの修了者には、緑のバッジ、応用基礎レベルの修了者には青のバッジが発行されます。

図4 リテラシーレベル・応用基礎レベルのオープンバッジの例

10.企業および自治体連携によるPBL科目

 本学の特色のある科目として、企業および自治体と連携したPBL科目があります。そのひとつは、株式会社日本総合研究所との連携による「日本総研×神戸大学オープンイノベーションワークショップ」という科目です。
 この科目は、大学の単位科目として開講しており、いくつかの学部の応用基礎レベルの選択必修科目にもなっています。形式は、集中講義形式で行われます。日本総研は、金融機関のグループ会社としてのコンサルティング・シンクタンクですので、金融に関わるテーマとして「金融ビジネスと情報システム工学」「ITと金融ビジネスの最前線」という2科目を開講しました。写真1にオープンイノベーションワークショップの様子を示します。受講生は、グループディスカッション形式でデータサイエンスを活用した金融ビジネスに関する提案を検討します。写真は、2017年度に対面形式で各グループが提案内容を発表している様子です。2020年度および2021年度は、コロナウイルス感染症の流行の影響から遠隔でのPBL形式でしたが、2022年度からは対面形式として実施しています。

写真1 2017年度の
オープンイノベーション
ワークショップの様子

 もうひとつの連携PBL科目は、神戸市と連携した「実践データ科学演習」です。この科目も集中講義として構成されており、前半にデータサイエンス・AIの実践的な分析手法を学びます。後半は、神戸市という行政機関がかかえる地域の課題について、PBL形式で取り組みます。

11.社会人向けリカレントプログラム

 本学では、学生に対する講義を社会人に対しても展開することによって、社会人に向けたDXリカレント事業を実施しています。本学では、これまで公開講座という形で他大学の学生や社会人に対して講座を開講していました。これらの講座は、教養の向上や趣味の修得を目的にしたものでした。しかし、現在、社会人の本格的なキャリアアップや専門スキルの修得のためのリカレントプログラムが求められています。そこで、本学のリテラシーレベルと応用基礎レベルからデータサイエンス基礎学、デーサイエンス基礎演習を再編集する形で神戸大学DXリカレントプログラムを開講しています。2023年度2024年度にこのプログラムを開講しており、延べ700名以上が受講して、400名以上が修了しました。

12.課題と今後の展開

(1)生成AIへの対応

 今後の課題としてまず挙げられるのは、カリキュラムを最新のAI技術に対応させながら更新し続けることです。これまでのAIブームは、第1次および第2次ともに約10年で終了し、冬の時代に入りました。しかしながら、2010年ごろから続く第3次AIブームは、2020年になっても終わることなく、2023年5月のChatGPTの登場によって加熱しています。そのため、数理・データサイエンス・AI教育プログラムもこれらの新しい変化に対応して更新していく必要があります。
 モデルカリキュラムを作成したコンソーシアムは、AIに関する暫定的な留意点をまとめていますが、暫定的なものに留まっています。これは、生成AIの技術が発展段階にあり、毎月のように新しい技術が発表される一方で、新しい技術が十分な評価を得ないままサービスとして提供されているためです。そのため、悪意のある技術者がそのような技術を簡単に使ったり、最新の技術を知らない人が簡単に陥れられてしまったりする現状があります。そして、それらの状況に対応できるガイドラインの整備が完成しておりません。
 また、現在のような状況を考慮すると、今年リテラシーレベルを修得した学生と来年リテラシーレベルを修得する学生の間で学修内容が異なることが予想されます。これほど短期間でのカリキュラム更新は、カリキュラム修了を証明する数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度にも影響を与える可能性があります。

(2)柔軟なLMSへの期待

 データサイエンス教育における最大の課題は、教育する教員数の少なさです。AI戦略2019では、すべての大学においてリテラシーレベルの修得を目標にしていますが、それを教育できる教員の数が十分ではありません。短期的に解決するためには、講義を提供するためのLMSを活用することが重要となります。
 本学では、2022年度までオープンソースであるMoodleをLMSとして使用してきました。そして、2023年度からはin Campusを採用しています。Moodleは、教員がカスタマイズ可能な機能が多く、様々なプラグインが提供されています。プログラミング演習は、in Campusにおいて実現できずこれまでのMoodleサーバを別途構築することによって実現しました。しかし、Moodleは、2002年度にリリースされてから22年経過しており、アーキテクチャが古すぎます。プログラミング言語PHPによって実装されており、応答速度が遅く、最新のWebにおけるアクセシビリティに対応していません。
 一方、in Campusは、Moodleに比べるとカスタマイズ性が乏しいです。2022年度に本格的なアップデートをしたため、致命的な不具合が散見されます。また、他のLMSであるGoogle社のClassroomやMicrosoft社のOffice 365と比較すると最新のWeb技術に追従できていない印象を受けます。
 データサイエンスの講義のなかで教育しているプログラミングによる自動化やAI技術をLMSのなかで活用しようとすると、どうしてもカスタマイズできない場面に直面します。今後、データサイエンス教育をより効率的に実施していくためには、基本的な機能だけでなく、データサイエンスを教える教員が新しい技術を取り入れたいといったデータサイエンスならではの要求に応えられるLMSが求められると考えます。

13.おわりに

 本稿では、本学における数理・データサイエンス・AI教育の取組みについて、数理・データサイエンスセンター設立から標準カリキュラムコースの開講、さらにリテラシーレベルおよび応用基礎レベルの開講とMDASH認定までの流れを振り返りました。すべて円滑に企画運営できたわけではなく、ひとつひとつ手探りで歩んできましたので、データサイエンス教育の手本になるかどうか分かりませんが、少しでも他の大学の取り組みの参考になることを願っております。

参考文献および関連URL
[1] “数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度,” 文部科学省ホームページ. [Online]. Available:
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/suuri_datascience_ai/00001.htm.
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[2] “数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム.” [Online]. Available:
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[Accessed: 01-Aug-2024].
[3] “神戸大学 数理・データサイエンスセンター.”[Online]. Available:
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[4] “AI戦略,” 内閣府ホームページ. [Online]. Available:
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[5] “ChatGPT.” [Online]. Available:
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[6] “in Campus,” キヤノンITソリューションズ. [Online]. Available:
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[7] “One platform to connect,” Zoom. [Online]. Available:
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[9] “Moodle plugins directory: CodeRunner.”
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[10] “オープンバッジ,” 【公式HP】オープンバッジ・ネットワーク.
[Online]. Available:
https://www.openbadge.or.jp/.
[Accessed: 01-Aug-2024].
[11] “オープンバッジウォレット │ (株)LecoS │ オープンバッジホルダー専用コミュニティサービス,” オープンバッジウォレット │ (株)LecoS │ オープンバッジホルダー専用コミュニティサービス.
[Online]. Available:
https://www.lecos.co.jp/ob_wallet/index.html.
[Accessed: 01-Aug-2024].

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