特集 対面・ICT活用による問題発見・課題探求型PBLの推進・普及
小田 まり子(久留米工業大学 AI応用研究所長・工学部情報ネットワーク工学科教授)
八坂 亮祐(久留米工業大学 PCサポートセンター・教育・研究コーディネーター)
春田 大河(久留米工業大学 大学院電子情報システム工学専攻・特任助教)
リー・リチャード(久留米工業大学 工学部共通教育科・准教授)
河野 央(久留米工業大学 工学部情報ネットワーク工学科・教授)
AI人材育成の変革期を迎えた現在、教育現場におけるAI教育の重要性はますます高まっています。しかし、実践的で効果的な教育事例は未だ少なく、特にPBL(Project Based Learning)のようなアクティブ・ラーニング手法を取り入れたAI教育を実践するためには、課題が多いのが現状です。特に、企業や自治体から実データや課題を提供してもらい、AI教育に活用することは容易ではありません。
本学では、2020年度からPBLを重視したAI教育を全学展開しています[1]。本AI教育には、本学が1966年の建学以来、「人間味豊かな産業人の育成」を建学の精神として掲げ、「「知・情・意」の調和のとれた実践的教育」を積み重ねてきた教育成果が活かされています。
本稿では、我々が4年間をかけて実践し、改善してきた地域課題解決型PBLの事例を紹介するとともに、PBLの取組み環境や成果と今後の展望について述べます。本稿の内容には、私立大学情報教育協会で発表した内容[2][3]と重複する部分が含まれていますが、既発表の内容にも目を通していただければ幸いです。
本学のAI教育プログラムは、大学2年次から大学院まで継続的に課題解決型のPBLを経験できる6年一貫のカリキュラムであり、学生の所属学科を問わず、全学生が履修できます。図1に「地域課題解決型AI教育プログラム」(2024年度)の科目構成、教育体系を示します。
図1 地域課題決型AI教育プログラム
本学の課題解決型PBLは、2年生前期の「AI実践プロジェクトⅠ」から始まります。2年後期以降も、「AI実践プロジェクトⅡ・Ⅲ」や「ものづくり実践プロジェクト」を受講することにより、学生はPBLを継続できます。また、4年次の卒業研究や大学院修士課程の研究においても、企業と連携したAI応用研究を継続的に発展させることもできます。
さらに、2024年度からは大学院において「高度AIコーオプ実践Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ」というコーオプ教育(Cooperative Education)を開始し、大学院生がAIや情報技術を活かした企業の課題解決に有償で取り組むことができるようにしました。これにより、学部から大学院まで実社会と結び付きながら、広く深く学び続けられる「PBLを核とした6年一貫AI教育プログラム」を実現しました。
本PBL教育により、学科・専門分野が異なる工学部学生・大学院生と他大学の学生、地域社会人が連携協力し、お互いの得意な分野を生かして、異分野・異年齢でAIを用いた地域課題解決に取り組むことができます。地域の多面的な課題を解決するために、様々な専門分野の人とともに協調・協働する経験を通して、プロジェクトを円滑に進める推進役となる「現場との橋渡しができる」AI人材の育成を目指しています。また、PBLやコーオプ教育に連携協力していただいた企業は、その成果の社会実装や、業務のDX化につなげることができます。
本学のPBLで取り上げる地域課題は、本学AI応用研究所に寄せられた技術相談の中から選んでいます。2021年度より開始した課題解決型PBLの取組みは今年で4回目となり、徐々に地域産業界からも認知されるようになってきました。技術相談の際に、課題解決のための最初の取組みとして、学生との協働によるPBLを希望される企業も増えてきており、年々、PBLの連携企業数、課題解決のテーマ数、参加者数ともに増加しています(図2参照)。
図2 PBL参加人数とテーマ数の推移
2024年度のPBLは表1の内容で実施しており、総勢106名が14テーマに取り組みました。AI技術は社会全体に広く応用されており、農業・特産物や医療・健康、教育、経営など、幅広い分野の様々な課題に取り組んでいます。各々の課題解決には画像認識、感情認識、骨格検知、自然言語処理などの様々なAI関連技術を利用しています。
表1 2024年度課題解決型PBLの取組み内容
本学と他大学の学生、教員、地域社会人の連携によるPBLを活発化するためには、時間と場所の制約を超えた交流の場が必要です。そこで、2024年度には、本学のメタバース・ラボ内にドーム型交流スペースを新設しました。図3のように、メタバース・ドーム内にPBL連携企業や自治体各々のラボを構築し、PBLに活用しました。
図3 メタバース・ラボ内
ドーム型交流スペース
今年度の課題説明会は、メタバース・ドームの各ラボで開催し、連携企業や自治体の社会人がアバターとなってPBLで取り組む課題について説明をしました(図4参照)。学生や教員もまたアバターとなって参加し、各ラボで全課題の説明を聴きました。
図4 メタバース・ラボでの課題説明会
また、PBL活動でもラボにメンバーが集まり、課題解決のためのディスカッションに活用しました(図5参照)。
図5 PBLでの
グループディスカッション
メタバース・ドーム1内には生成AIを搭載したAIアバターが常駐し、学生はいつでも質問をすることができます。また、図6のように、AIアバターは事前に学習させた内容に基づき、柔軟な回答を返すことができます。
図6 AIアバターの回答例
PBL活動において、対面だけでなく、メタバース・ラボを組み合わせことにより、時間と場所を制限しない交流を実現できました。遠隔受講が可能になり、今年度のPBLには、看護系大学の学生10名と高校生1名が参加し、受講生に占める女性の割合が4割を超えました。男子学生の多い本学において、専門分野・年齢・性別・価値観などが異なる人々の連携によるPBLを実現でき、社会人や先輩学生の参加も増え、技術の高度化にも繋がっています。2024年度のPBLの成果発表会は、2024年8月9日に開催され、「AI実践プロジェクトⅠ」14件、大学院「高度AIコーオプ実践Ⅰ」2件の成果発表が行われました。
2024年度PBL終了後、学部2年生(AI実践プロジェクトⅠの履修者)とPBLの継続経験者を対象に、自己評価アンケートを行いました(表2参照)。その結果、PBLを初めて体験した2年生と継続経験者である先輩学生の自己評価スコアには、多くの項目で有意差が見られました(t検定による片側検定)。このことから、異分野・異年齢PBLの継続は、AIの知識や技術を身につけるだけでなく、さまざまな人と連携し協力するために必要な社会人力を高めるのに有効だと言えます。特に、学んだ知識や技能、態度を総合的に活用する力や実行力、判断力、自律的な学習力への自信がつき、自己肯定感が向上することがPBLの最大の効果だと考えます。
表2 PBL受講者アンケート結果(有効回答32名)
(t検定片側検定、*: p<0.05 **: p<0.01有意差あり)
地域課題解決型PBLは、今年度が4回目となりました。初年度PBLの修了者が大学院に入学し、今年度のPBLにおいて先輩大学院生として後輩学生を支援するという良い循環も生まれています。また、2024年度の大学院入学者の54%が初年度PBLの履修者であることから、大学入学後の早い時期に、社会人や先輩学生と触れ合うPBL体験は、研究に対する興味を引き出すことに繋がったと考えています。実際、PBLで取り組んだAI研究を高度化し、大学院の修士研究に発展させた学生もいます。
今年から始まった「高度AIコーオプ実践Ⅰ・Ⅱ」も実績が出ており、協力企業から「AIの知識が無い企業の課題解決に向けて専門知識を持つ大学院生が一緒に歩んでくれるのは心強い」、「学生がAIの知識を活かして提案してくれるのは助かる」、「人材採用に苦しんでいる中小企業にとっては非常に有難い制度である」、「実装に向けた即戦力として期待できる」、「若い学生たちとやり取りするので、自分も若返る気がする」と言う感想をいただいています。今後も、地域課題解決型PBLの継続的な実践を通して、幅広い領域における課題解決ができるAI人材を育成していきたいと考えています。
産学連携PBLにおける教育研究にご協力いただいた企業・自治体の皆様と本学メタバース・ラボの開発に多大なご支援を頂いた株式会社ファンタスティックモーションの皆様に感謝申し上げます。
参考文献 | |
[1] | 小田まり子,呉濟元,新井康平,八坂亮祐,河野央,巽靖昭,リーリチャード:“地域と連携した課題解決型AI教育プログラム−「AI活用演習」選抜クラスでのPBLの実践的取組−”,久留米工業大学研究報告 No.44,pp.145-154(2022) |
[2] | 小田まり子,八坂亮祐,河野央:“地域課題解決型AI教育プログラム(応用基礎)”,私立大学情報教育協会「大学教育と情報」,2023年度 No.3,pp.36-40(2023) |
[3] | 小田まり子,八坂亮祐,春田大河,河野央:“地域課題解決型AI教育プログラムにおける産学連携PBLの効果”,私立大学情報教育協会「ICT利用による教育改善研究発表会(2024) |