特集 対面・ICT活用による問題発見・課題探求型PBLの推進・普及

国境を越えて協働するPBL COILの実践と今後の展望

佐藤 幸代(南山大学 国際センター特別任用講師)

1.はじめに:導入の背景

 本稿で扱うPBL COILは、文部科学省「大学の世界展開力強化事業(COIL型教育を活用した米国等との大学間交流形成支援)」においてS評価を得た「日米をつなぐNU4-COIL2〜地域に根ざしたテイラーメイド型教育プログラム〜(以下、NU-COIL事業)」[1]の一部です。本事業は終了後も引き続き、本学の「内なる国際化」を牽引しています。
 NU-COIL事業[2]では、養成する人材像として、多文化共生力、学際的国際力、問題発見・解決力を備え、世界が直面している問題を能動的に解決できる人材を掲げています。COIL型授業は、①ベーシックCOIL、②アカデミックCOIL、③PBL COILの3つのカテゴリーから構成され、順番に履修することで、段階的に上述の力が身につくよう設計されています。本事業が終了して2年目の2024年度は、①16科目、②12科目、③4科目が開講されました。
 PBL COILの詳細は授業ごとに様々ですが、概ね次のような内容となっています。まず、連携する企業や団体・官公庁から、ビジネス上の課題が提供されます。それを受け、海外の連携校の学生とオンラインで協働して調査や議論を進めます。最後に解決策やアイデアを提案し、課題提供元等から講評を受けます。2024年度開講の4科目は、A:外国人留学生のキャリア形成、B:障がい者のソーシャル・インクルージョン、C:日本の食品の海外展開、D:ダイバーシティ&インクルージョン、というテーマでPBLに取組みました。
 COILでPBLに取組む意義はどのようなものでしょうか。様々ありますが、本稿では「緊張感」と「グローバル市民感覚の涵養」を指摘したいと思います。まず、相手が国境と時差を越えた場所にいるという複雑な環境で協働する緊張感です。実際に学生たちはどの授業でも共通して、海外の学生とコミュニケーションをとることの難しさを経験します。しかし、限られた時間内で成果を出さなければならないため、COIL交流時には積極的に関係構築に努め、密度の濃い交流を目指します。また、先述のとおり、PBL COILでは学際的な社会課題をテーマとして設定することが多いです。これらの課題を日米双方の学生の価値観をぶつけながら議論する中で、グローバル市民感覚の涵養が期待されます。結果として、国内学生だけでは思いつかない解決策を提案するという成果につながるのも魅力です。次節では、PBL COIL Aの授業実践を紹介します。

2.PBL COIL A:外国人留学生のキャリア形成

(1)カリキュラムの位置づけ・テーマ設定の背景

 本科目は、共通教育科目の選択科目であり、実践知形成科目の中に国際産官学連携PBL科目(1単位)としておかれています。全学部全学科に開かれており、2〜4年生の履修が可能となっています。米国の協定校と連携することが多いため、米国のアカデミックカレンダーとの調整が容易な、第3クォーター(9月中旬〜11月初旬)で開講されています。2024年度は4学部4学科所属の2〜4年生7人が履修し、3つのグループに分かれてPBLを進めました。履修生には交換留学から帰国した学生も含まれました。
 本科目のテーマは、学際的であること以外に、もう一つの意図が含まれています。それは、外国人留学生の日本企業への就職や定着は政策によって推進されていますが、現実には簡単ではないという問題を、日本人学生に認知してもらうことです。なぜなら、外国人留学生の日本におけるキャリア形成を困難にする要因の一つに、日本企業の多くが外国人留学生の採用に積極的ではないという事情もあるからです。学生時代にこういった事実に触れることで、彼らが社会に出た時に、日本企業の側から意識を変革していく力になってくれるよう期待が込められています。

(2)授業設計

 この問題に取り組むにあたり、連携団体の役割を「留学生の就職率向上」、「中小企業における人材不足の解消」をミッションに掲げる一般社団法人グローバル愛知に依頼しました。また、連携大学は、米国のノースジョージア大学でした。「Japanese Culture and Society」という授業を担当する教員1名とその履修生13名に加え、本学教員1名、履修生7名の合計22名で合同授業を行いました。COIL型授業は相手校の学生の学びにも責任が生じます。そのため、教員が事前にZoomで打合わせを行い、Google Driveを利用して協働で教材を作成し、実施期間中は緊密に進捗状況を確認しました。
 授業設計の概要は、表1の通りです。本科目では連携大学の学生と最初から最後まで協働するタイプではなく、それぞれの教員が受け持つ授業の一部でCOIL交流を活用しています。日本と米国の学生の認識や価値観について授業の中に取り入れた方が、学生の学びに有用であるという考えに基づいて、授業が設計されています。COIL終了後には、フィードバックの機会も持ちました。録画などICT操作のミスは数回ありましたが、日米の学生ともに双方から刺激を受け、視野を広げることができたので成功したと評価されました。なお、本学側ではCOIL交流で米国の学生へヒアリングをした後に、日本で就職を目指す外国人留学生を授業に招き、キャリア観や直面する困難についてヒアリングする機会も設けました。履修生は、連携団体からの課題提供や教員による講義・情報提供だけでなく、実際に外国人学生の声を聴くことで問題をより身近に感じ、解決に向けて熱心に取組んでいる様子でした。

表1 PBL COIL A:外国人留学生のキャリア形成の授業設計

(3)評価

 本授業ではNU-COIL事業で開発されたルーブリックに示される評価基準[3]の内、この科目を通して涵養してほしいと筆者が考える4項目(Knowledge, Critical Thinking, Solution Proposal, Solution Implementation and Outcome Evaluation)にPresentation Skillを加えた5項目で最終発表の評価を行いました。各項目を6段階で評価し30点満点で点数化しています。学生はルーブリックになじみがないため、丁寧に解説をしました。授業全体ではそのほか、毎回の課題、最終レポート、取組みへの積極性も評価対象としています。

(4)学習成果と学生の声[4]

 PBLに取り組んだ結果、連携企業に対して次のような提案がなされました。①就職した後の働く環境に不安を抱える留学生と、多様な人材を活用することに慣れていない企業と、留学生の支援をしたい日本人学生をつなぐインターンシップ事業の提案。②追加のアンケート調査からメンターによる伴走支援への強いニーズを把握し、オンラインサポートプラットフォームの構築を提案。③キャリアコンサルタントの継続教育講座の内容から、留学生の就職を支援する人材育成が不十分であると認識し、専門家の育成・活用プランを提案、の3つです。
 各グループで今後の課題を検討する中で、「7週間一生懸命考えたが本当の解決策を出すことは難しく、今後もこの問題を考え続けたい」、「この問題の認知度を上げるためにも、継続してプロジェクトに取組み、3月のアイデアピッチに参加したい」という声が聞かれました。また当初の思惑どおり、「履修する前は、そもそもグローバル化が謳われている社会で、外国人が就活で悩むこと自体に対して懐疑的だった」、「もし自分が就職して人事に配属されたら、外国籍の人の立場に立って考えられるようになりたい」という意見も聞かれました。さらに、実際に支援に関わりたいという気持ちが芽生え、複数の学生が連携団体でのインターンを申し出るに至りました。他方、「一つの問題をここまで深く追究する授業は初めて」、「ものの考え方を学ぶことができた」、「思考を深堀する難しさと達成感を味わった」という声も相次ぎ、PBLとしての成果もあがりました。

3.おわりに:課題と今後の展望

 最後に、PBL COILの今後の展望を考察するにあたり、課題を二点述べます。第一に、2022年度から必修化された高校の探究学習との差別化です。この点について米澤ら(2022)[5]の指摘は示唆に富みます。中等教育までは国民形成・統合が主要目的であるのに対し、学士課程教育は現実社会がグローバル化している以上、学生の視点を国内から世界へと転換する役割が求められるというものです。第二に、PBL COILの目的が、グローバル人材の育成一辺倒にならないよう配慮も必要です。この点については、オーストラリアの大学の国際化が、国益としての政策的意図と経営の安定化としての大学の戦略によって、「グローバル人材育成」に収斂された結果、現実の多文化社会へのまなざしが欠落したとするジェレミーら(2022)[6]の指摘が参考になります。
 実は本学では、これらの指摘と軌を一にする取組みの検討を始めました。具体的には、PBL COILとアントレプレナーシップ教育の統合の試みです。後者は本学の教育モットーである「人間の尊厳のために」と「グローバル」を軸にしたプログラムNANZAN SPARK(NANZAN Social Passion Action Resilience Knowledge)を指します。国内国外問わず、社会に横たわる課題に対し、グローバルな視点をもって粘り強くアプローチできる人材を育成することが目指されています[7]。学生は第一線で活躍する起業家による講演会や、事業計画の作成ワークショップ等を経て、年度末の3月に、英語によるピッチコンテストに参加します(全て正課外)。PBL COILで取組んだ内容が、より実現可能性の高いプロジェクトに昇華され、学生は確かな手応えを感じることができると期待しています。

参考文献等および関連URL
[1] 日本学術振興会 大学の世界展開力強化事業,事後評価、取組実績の概要,
https://www.jsps.go.jp/file/storage/j-tenkairyoku/data/examination/h30/jigo/h30_jisseki_aa-9.pdf,2025年1月9日閲覧。
[2] 南山大学 グローバル人材の育成 NU-COIL,
https://office.nanzan-u.ac.jp/ncia/global/nu-coil.html,
2025年1月9日閲覧。
[3] NU-COILが養成する3つの力,
https://office.nanzan-u.ac.jp/ncia/global/item/rubric.pdf,
2025年1月9日閲覧。
[4] 本件は受付番号23-094にて本学研究審査委員会で承認され、学生から同意書を得ています。
[5] 米澤彰純・嶋内佐絵・吉田文 (2022).「序章 「学士課程教育の国際化」とは何か」米澤彰純・嶋内佐絵・吉田文編著『学士課程教育のグローバル・スタディーズ』明石書店。
[6] ジェレミー,ブレーデン・米澤由香子(2022).「第1章 大学教育における多文化をめぐる揺らぎ」米澤彰純・嶋内佐絵・吉田文編著『学士課程教育のグローバル・スタディーズ』明石書店。
[7] 南山大学 グローバル人材の育成 NANZAN SPARK,
https://office.nanzan-u.ac.jp/ncia/global/spark.html,
2025年1月9日閲覧。

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