特集 対面・ICT活用による問題発見・課題探求型PBLの推進・普及
下村 智子(三重大学学長補佐 教育推進・学生支援機構全学共通教育センター准教授)
本学は、三重県津市のキャンパスに位置する5学部6研究科と大学病院を擁する総合大学です。2005年度概算要求の一環として申請した特別教育研究経費「e-learningを駆使したPBLチュートリアル教育の全学的展開」の採択を契機として全学的にPBL(Project-based/Problem-based Learning)教育を導入して以来、約20年間にわたって、PBL教育を全学的に推進してきました。2006年度に全学で100の授業においてPBLが導入され、その後もその数は増え続け、2011年度以降は毎年500以上の授業においてPBLを取り入れた授業が実施されてきました。2022年にその数は900以上に到達し[1]、2024年度には1,105(授業全体の約4分の1)の授業でPBLが取り入れられています(履修者数はのべ18,732人)。
このように継続して全学でPBL教育を導入し、推進してきた要因として、次の3点があげられます。それらはすなわち、本学の教育の目的・目標にPBL教育が位置付けられた点、次に、執行部のリーダーシップの下で組織的に推進されてきた点、実践と並行して本学におけるPBL教育の理論化が進められ、実践に資する課題について継続的にFD(ファカルティ・ディベロップメント)の開催や資料の共有がなされてきた、という点です。
本稿では、これまで公表されてきた本学のPBL教育に関する資料の中でも、特に山田(2024)[1]を参考としながら、以上の三つの視点から本学におけるPBL教育の発展について概観するとともに、現在の状況と課題について報告します。
本学では、2004年の国立大学法人化により始まった第1期中期目標期間を契機としてPBL教育が導入されました[1]。この第1期中期目標期間における教育の目的・目標として、「4つの力」(「感じる力」「考える力」「生きる力」および「コミュニケーション力」)を設定し、これら「4つの力」を身につけ、「課題探究心、問題解決能力、研究能力」を備えた「地域に根ざし国際的にも活躍できる人材を育成する」ことが目標として設定されました。この目標達成のためには、従来の講義を中心とした知識伝導型の受動的な授業からの転換が必要であるという認識から、学生が自律的・能動的に学習に取り組み、他者との関わり合いの中で様々な力を高めていくことを実現することができる教育方法として、PBL教育の推進を決定しました[1]。
この「4つの力」は、現在の第4期中期目標期間に至るまで本学の教育の目的・目標として位置付けられています。第2期中期目標期間においては、授業形態や指導方法の開発・改善、FDを通じた教員の理解の深化と教育方法の改善の促進が中期計画に示され、PBL教育の展開を目指しました。また、第3期中期目標期間においては「PBLセミナーの開設数を平成27年(2015)度比2倍以上にする」という数値目標が中期目標の中に設定されたことに伴い、PBL教育の拡充を目指しました。
このように本学のPBL教育は、中期目標と関連づけられ、その目標を達成するための具体的な方策の一つとして設定したことに伴い、組織的に展開・拡充をしてまいりました。
上記のように、全学的に教育改革・改善の取り組みを進めるためには、執行部による強力なリーダーシップが不可欠でした。本学のPBL教育の推進にあたっては、教育目標・計画の設定のみならず、導入に対する全学としての判断や推進組織の設置、後述するFDの開催など、執行部の主導のもとで進められました。このような執行部のイニシアティブは、基本的に、現在の第4中期計画期間まで継続しています。
第1期中期計画期間において全学的な教育改革・改善の取り組みを進める中心的な役割を果たしたのが、2005年4月に設置された高等教育創造開発センター(Higher Education Development Center:HEDC)です。専任教員を1名と各学部からの兼任教員で構成される組織として発足しました。このHEDCが中心的に改革を推進する組織となり、PBL教育の内容や方法の開発や理論化に関する議論や情報共有を進めました。HEDCの教員や兼任教員が全学や各部局でのPBLを中心とした教育の改革や改善の核となり、全学的な展開を支える存在となっていきました[1]。
その後、HEDCでは「PBL教育支援プログラム」事業(2007年度〜2014年度)を立ち上げ、これを契機に、PBLの理解と授業の推進に大きな役割を果たしました。このプログラムでは、PBL教育を通して学生の主体的な学習を促そうと試みる授業科目を公募し、HEDCにより選考・採択がなされた担当教員に教材開発費・授業開発費を支援するというものでした。プログラムは、PBLの理解を広げかつ深めることを趣旨としていたため、応募された授業科目にコメントを行い、採択された授業科目については、成果発表会においてその成果を公開するとともに、HEDCが発行するニューズレターに授業概要と成果を掲載するなど、多方面からの支援を行いました。
PBL教育推進プログラム事業の終了後、その事業を引き継ぐ形で2017年に全学組織としてPBL教育推進プロジェクトを設置しました。このプロジェクトは、本学の教育関係機能を束ねる組織として2016年度に旧HEDC他の組織を統合して地域人材教育開発機構が設置され、その中の「アクティブラーニング教育開発部門」の下、つまり、全学の組織のもとに置かれました。2010年代には、毎年500科目以上が開設され、多様な形態で実施される状態が定着していましたが、その一方では開講科目の固定化や推進する組織体制や人員も限定的になるなど、停滞する状況も見られるようになっていました。そのような状況の中で、このプロジェクトが組織化されたことは、本学におけるPBL教育を新たな段階へ進めていく契機となりました[1]。
このプロジェクトでは、第3中期目標期間の教育目標の達成を目指してPBL教育を改めて推進することを目的にしました。三重大学PBL教育実態調査の実施、新たなPBLセミナーの開設とFDの促進、本学における新たなPBL教育の事例集の公刊とそれに伴うPBLの多様化と高度化への貢献を主なミッションとしました。現在では、プロジェクトを置く上部組織の体制が変わってはいますが、基本的にそのミッションには変更なく、それらに継続して取り組んでいます。
以上のような体制のもと、本学ではPBL教育の推進のために様々な取り組みを行ってきました。以下では、推進のために不可欠であった次の3点について取り上げます。
(1)PBLの理論化・類型化
本学がPBL教育を導入した2000年代前半には、日本では医学分野や工学分野ではPBL教育が一部導入されていたものの、全学的にPBL教育を実施している大学が少なかったため、そのための理念や内容、方法について、独自に開発していくことが求められました。PBLの理論化は、HEDCが中心となり進められ、その研究の成果を集約して2005年に本学で初めて「PBLガイドライン」を提示し、それを踏まえて2007年には『三重大学版Problem-based Learning実践マニュアルー事例シナリオを用いたPBLの実践─』[2](以下、「2007年マニュアル」)を発行しました。さらに、2011年にはHEDCだけではなく、全学の教員によるPBLの実践と理論の進展を集約した『三重大学版Problem-based Learningの手引き─多様なPBLの展開─』[3](以下、「2011年手引き」)を発行しました。
第1期中期目標期間に発行した「2007年マニュアル」では、2005年に示したガイドラインをもとにPBL教育の6つの要件を示しました[2]。これらはPBLに対する正確な理解を促すものであると同時に、様々な能動的な学習方法の中でも、PBLの新しさについて認識を促すことを狙いとしました。このような枠組みに加えて、事例シナリオの作成方法、学生に対する学習ガイドの作り方、PBL授業の進め方などについて具体的に解説し、実践を可能にする内容を提示しました。
第2期中期目標期間に発行した「2011年手引き」では、「2007年マニュアル」で示された「PBL教育の要件」を改定し、「PBL教育の基礎要件」を示しました[3]。この基礎要件は、「PBL教育の要件」のうちPBL教育にとって必須と判断される要素に絞って設定され、実際には多様な形態で授業が実施されているという状況を踏まえ、広く多彩な展開が促進されることをねらいとしました。
PBL教育の基礎要件
基礎要件に加え、実際に行われている様々な授業の検討を踏まえ、PBLの授業の類型化も行いました[3]。PBLの授業を「問題提示型PBL(事例シナリオ活用を含む)」、「問題自己設定型PBL」、「プロジェクト型PBL」、「実地体験型PBL」という4つの授業タイプで示し、それぞれに即した数多くの授業事例を紹介しました。
PBLの主な授業タイプ
さらに、2021年に発行した『多様なPBLの実践事例と7−Stepからの学習過程の検討』[4](以下、「2021年事例集」)では、全学のほとんどの授業をPBLで展開しているオランダのマーストリヒト大学で活用されているPBLの7段階(7-step)の学習過程に着目し、その学習モデルをもとに本学のPBL授業の分析を行いました[4]。「2021年事例集」では、この7-stepと授業のシラバスを対照させて示し、これからPBLを実施しようとする教員やPBLをさらに充実させようとする教員にとって具体的なヒントとなるよう、実践事例を提示しました。また、各授業の分析をもとに、7-Stepの構成について類型化を行い、本学におけるPBLの多様なあり方について明らかにしました。
(2)FDの開催
第1期中期目標期間は、PBLについて全学で理解を深めつつ、理論化をしていくために最も盛んにFDを開催した時期です。2005年から2010年にかけては、先進事例から学ぶために海外から専門家を招聘しFDを実施しました[1]。FDを通してPBLの理念・方法・内容・評価について全学で共有し、議論する場を設けました。また、PBLを全学的に展開して成果を収めているデラウェア大学やPBLを教育理念として設立されたオルボー大学などに教員を派遣して現地視察を行い、その成果報告するFDも実施しました。このようなFD活動の一方で、例えば医学部や教育学部などではそれぞれの専門教育の性格に合わせたPBLのあり方を模索し、推進する取り組みも見られました。
第2期中期目標期間以降、特に、2012年8月の中央教育審議会(中教審)答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜」を受け、アクティブラーニングの促進という文脈の中で、PBL教育に関するFDを定期的に実施しました。特に、パフォーマンス評価のあり方やその具体的な方法としてのルーブリックの作成方法に関するFDやワークショップを開催しました。
PBL教育推進プロジェクトが組織された2017年以降は、それまでの本学におけるPBL教育の成果についての検証、大学におけるPBLの高度化を主眼としたFDを毎年開催しています。特に、2018年には、PBL教育推進プロジェクトが実施した実態調査とその成果に関するFDを開催し、本学におけるPBLの教育実践の現状と教員の意識を明らかにするとともに、今後の課題について検討する機会となりました。調査の結果、実施している教員は、自分の授業における工夫の促進や学生の成長を実感している一方で、PBLを実施していない教員の中にも、高い割合で関心を持っている教員が多いことや着任5年以下の教員にはPBLについては実施率が低いことなどが明らかになりました。加えて、基礎的な知識・技能を習得できるPBL教育、あるいは基礎と応用・発展を結合した高度なPBL教育の開発と実施という課題が新たな課題として明らかとなりました[5]。
(3)授業支援
2017年からは教育担当理事のリーダーシップの下、「原則として、問題・課題の発見と解決に向けた学生の主体的な学修活動として展開される授業であり、グループ学習と事前・事後の課題に基づく自己学習で構成される少人数による授業」を「PBLセミナー」科目と位置付け、開設を支援する事業を行っています。教員が担当するPBL授業を「PBLセミナー」として申請すると、PBL授業の運営のための奨励金が支給されます。一方で、他の教員が参観できるよう授業を開放することと、事前と事後に担当授業者間で相互に検討を行う授業実践交流会に参加すること、そして、年度末に開催されるPBL教育に関する全学的な公開シンポジウムに参加することを要件としました。
このような取り組みを通して、PBLセミナーの開講数は、初年度の2018年は17授業科目、2019年度には42授業科目になり、多くの授業が開講されてきました[1]。2023年度に実施した奨励金制度の見直しに伴い現在ではその数は減少しましたが、2024年度に行われた全学ディプロマ・ポリシーの見直しによって「4つの力」に「行動する力」が加えられたことに伴い、学外との連携が含まれるPBL授業や国際理解や国際交流の活動を含むPBL授業、そして、学生の主体的なものづくりを含むPBL授業を重点項目として示すとともに、新たに申請をする教員を支援するための項目を追加し、新たなPBL授業の拡大を目指しています。
本学がPBL教育を全学的に導入して20年の間、「4つの力」を身につける教育方法としてPBLを位置付け、全学で取り組んできました。第4期中期目標期間においては、「『行動する力』で社会をけん引する人材の育成」を目指し、全学ディプロマ・ポリシーに新たに「行動する力」が加わりました。それに伴い、現在、社会への興味を育む授業や学外での活動を伴う授業、地域連携を伴う授業の推進に取り組んでいます[6]。学内のみならず、地域における学びを通して「4つの力」を高める教育方法として、これからも引き続きPBL教育の推進に全学で取り組んでまいります。
参考文献および関連URL | |
[1] | 山田康彦(2024)「三重大学の教育改革とPBL−全学的なPBL教育の展開と到達点及び課題−」『三重大学高等教育研究』第30号記念号、25〜40頁. |
[2] | 三重大学高等教育創造開発センター(2007)『三重大学版Problem-based Learning実践マニュアル―事例シナリオを用いたPBLの実践─』 (https://www.hedp.mie-u.ac.jp/item/Mie-U_PBLmanual2007.pdf)(2025年1月4日) . |
[3] | 三重大学高等教育創造開発センター(2011)『三重大学版Problem-based Learningの手引き─多様なPBLの展開─』 (https://www.hedp.mie-u.ac.jp/item/Mie-U_PBLmanual2011.pdf) (2025年1月4日). |
[4] | 三重大学高等教育デザイン・推進機構 PBL教育推進プロジェクト監修(2021)『多様なPBLの実践事例と7−Stepからの学習過程の検討』三恵社. |
[5] | 三重大学地域人材教育開発機構(2018)『三重大学PBL教育実態調査報告書』 (https://www.hedp.mie-u.ac.jp/item/PBL-project_report.pdf)(2025年1月4日). |
[6] | 鶴原清志(2024)「三重大学における PBL教育の今後の展開」令和5年度全学FD/SD「『学生にとって価値のある学び』を実現するPBL教育とは ―学生の成長を支援するPBL教育の組織的展開とその効果― 」配布資料、2024年3月18日. |