数理・データサイエンス・AI教育の紹介

東京科学大学理工学系(旧東京工業大学)における
データサイエンス・AI全学教育プログラム(リテラシーレベル)

奥村 圭司(東京科学大学 データサイエンス・AI全学教育機構特任准教授)

三宅 美博(東京科学大学 データサイエンス・AI全学教育機構機構長 情報理工学院教授)

1.データサイエンス・AI全学教育機構について

 デジタルトランスフォーメ―ションが急速に進む現代社会において、データサイエンス(DS)とAIは必要不可欠な知識・技術です。ビッグデータやIoTなどの先行する技術革新とともに、社会的課題解決のあらゆる局面でDS・AI技術とその利活用への期待が高まっています。
 このような大きな転換点の中で、東京科学大学理工学系(旧東京工業大学)は、トップ人材を育成するために、修士課程・博士後期課程学生を対象としたDS・AI全学教育を2019年度より国内で初めて開始しました。2021年度からは、学士課程を対象とした授業科目も含め、「データサイエンス・AI全学教育プログラム」を実施してきました。2022年度より文部科学省の「数理・データサイエンス・AI教育の全国展開の推進」事業に参加し、拠点校として活動しています。そして、2022年12月に「データサイエンス・AI全学教育機構」を設置し(図1)、学内の全学院の参加のもと、大学全体としてDS・AI分野の人材育成に取り組んでいます。本機構は、①学士課程から大学院まで一貫した全学教育プログラムの拡大・推進、②社会的課題解決能力を身につけるための企業連携、③国内外の他大学との授業配信などによる連携の3つの柱を中心に教育活動を展開しています。

図1 データサイエンス・AI全学教育機構の活動

 本機構が育成目標に掲げるDS・AI分野におけるトップ人材とは、今日のデジタル情報化社会において、高度な専門知識や技術を有するだけでなく、専門分野の境界を越えてイノベーションを創出し、その未来を担う人材育成もできる人です。我々はこのような人材像を「共創型エキスパート」と位置づけています。この目標を達成するため、①DS・AIを駆使し、②DS・AIで交わり、③DS・AIを教えるという3つの大きな方向性に沿った教育機会を学生に提供しています(図2)。

図2 東京科学大学理工学系がめざすデータサイエンス・AIの3つの力

 1番目の能力である「DS・AIを駆使する力」を強化するために、2019年度よりデータサイエンス・AIの基盤を学ぶ科目群を開設し、2023年度からは生成系AI、AI倫理などを学ぶ先端系の科目群を追加しました。
 2番目の能力である「DS・AIを介して多様な人々と交わる力」の育成は、企業との共同教育として、社会的課題解決の現場を体験することにより進めています。このため、様々分野から40社以上の企業のご協力を得ています。
 3番目の能力である「DS・AIを教える力」の涵養は、TF(ティーチング・フェロー)とよばれる、DS・AI関連授業の一部を担当できるTAを育成するプログラムとして2024年度から開始しています。
 これらの3つの能力を備えた「共創型エキスパート」人材を育成するために、リテラシーレベル、応用基礎レベル、エキスパートレベル、エキスパートレベルプラスという学士課程から修士、博士後期課程までを包含する体系化された「データサイエンス・AI全学教育プログラム」を実施しています(図3)。プログラム修了者に対しては、電子的な修了証である「オープンバッジ」(図4)を半期ごとに発行しています。本学でDS・AI教育を受けた学生であることを社会に明示することで、履修者のモチベーションを高める効果にもつながっています。

図3 データサイエンス・AI全学教育プログラムを構成する授業科目(理工学系のみ記載)
図4 修了者へ発行するオープンバッジ

2.リテラシーレベルの取組み

 学士課程1年次向けの教育プログラム「リテラシーレベル」では、数理・データサイエンス・AIの基礎的素養を修得し、それらを利活用できる基本的な能力を身につけることを目標としています。データ・AI利活用や情報・コンピュータに関するリテラシーを学び、データの特徴を見極める力を涵養し、Pythonによるデータ処理などを扱います。本プログラムは、文部科学省数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)および同制度(リテラシーレベル)プラスに認定されています(各々2022年度、2024年度に認定取得)。
 プログラムは「情報リテラシ第一」、「情報リテラシ第二」、「コンピュータサイエンス第一」に加え、「コンピュータサイエンス第二」あるいは「基礎データサイエンス・AI」による、全学院から単位取得が可能な4科目4単位で構成されます(修了要件は入学年度により異なります)。これらの科目は、2022年度開始の高等学校共通必履修科目「情報Ⅰ」がカバーする広範な内容をより深く、かつ、実践的に扱っており、履修生には、学士課程1年次の全クォーターを通して、DS・AI教育を受ける機会が提供されています。また、授業科目「情報リテラシ第一」は2025年度から必修化される予定です。
 以下で本学におけるリテラシーレベル教育の特徴をまとめます。

(1)学院間の垣根を越えた少人数のクラス編成による実例演習重視の授業の実施

 各授業科目は、学院間の垣根を越えた少人数のクラス編成で行われます(ただし「基礎データサイエンス・AI」のみ例外)。また、授業では、座学のみにとどまらず実例演習も重視しています。例えば「情報リテラシ第一」では、LLMを活用した学術文献検索の利点や注意点を、具体例・演習を通じて教えています。「情報リテラシ第二」では、実験データを処理して可視化するプロセスを、PBL形式で体験できる内容となっています。

(2)自動採点システムによるプログラミング課題での解答セルフチェック機能の提供

 Pythonを扱う授業科目では、資料がJupyterノートブック形式で提供されており、履修生は講義を聞きながらコードを実行することができます。また、プログラミング課題では、カリフォルニア大学バークレー校との協力により、自動採点システムOtter-Graderを導入しています。
 プログラミング課題における自動採点システムとは、マークシート式テストに例えることができます。履修生は、穴あき問題となっている未完成のプログラムが配られ、その部分へコードを自由記述して解答します。教員はそのプログラムに期待される入出力関係をルールベースで設定します。これにより、学生から集まった大量の解答を短時間で正確に採点することができます。
 このような仕組みは、教員の採点負荷を軽減するだけではなく、活用方法次第では、履修生自身によるコードの正誤チェックやヒントを得る目的でも利用することができます(図5)。そのため、自習をサポートする強力なツールとなります。本システムは、大学院向けのDS・AI関連授業などにも導入されています。

図5 自動採点システム活用のフロー

(3)エキスパートレベルへつながるAI倫理教育の実施

 授業科目「情報リテラシ第一」、「基礎データサイエンス・AI」では、学士課程から修士・博士後期課程までの一貫した教育を念頭に、AI倫理について教えています。生成AIの信頼性やアルゴリズムの公平性、プライバシーと個人情報保護、インフォデミックなどを取り上げて議論を行い、理論や技術に偏らない幅広い視点を涵養しています。学生アンケートやレポート課題からも本テーマに関する強い関心が示されています。

(4)補完的な教育としてのDS・AIセミナーの実施

 DS・AI分野は進展が早く、学生からの関心も高まっています。そのため、授業の枠を超えて先端的な内容が学べるよう、学士課程1年次から参加できる補完的な教育として、DS・AIセミナーを開催しています。第1回目では、本学の特任教授であり、AI倫理やAI規制を専門とする実務家教員を講師として迎え、「生成系AIの社会課題」をテーマとしたセミナーを行いました。未解決の社会問題や関連する技術について、参加者から活発な質問があり、学士課程1年次から博士後期課程の学生まで、また教職員からも多くの関心を集めたイベントとなりました。

(5)他大学への教材展開

 本学は、「数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム」の拠点校として活動しています。他大学のDS・AI教育水準の向上に貢献するために、2023年度より本機構ウェブサイト[1]にて教材提供を始めました(図6)。

図6 本機構ウェブサイトでの教材公開・提供

 授業スライド(PDF版)はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CC BY-NC-SA 4.0)にて一般公開しています。Python実習に関するJupyterノートブックもGoogle Colaboratoryを利用して一般公開しており、スマートフォンやタブレット端末からもコードを実行することができます。また、日本国内の教育機関に在籍する教員には、授業スライド(PPT版)や自動採点システムOtter-Graderに対応した課題も無償提供しています。現在の教材の提供科目は学士課程が中心ですが、順次、大学院向けの授業科目でも提供開始予定です。利用者からのアンケートを踏まえた教材の改善体制も整えています。

3.その他の取組みについて

 本機構ではDS・AI教育に関して、リテラシーレベル以外でも様々な特徴的な取組みを実施しています。

(1)企業との連携

 本機構は40社以上の企業と連携して、DS・AI技術を使いこなせる人材の育成を強力に推進しています。大学院向け「応用・実践系科目」では、毎年60名以上(延べ人数)の企業人が、非常勤講師として、DS・AI技術の講義を実施しています。その分野も金融系、素材系、製薬系、IT系、建築系、電気電子系、重工業系、自動車系など、幅広いものです。いずれの講義も、第一線で活躍している研究・技術者たちから、DS・AIの実社会での最前線での活用について学べる内容となっています。また、学生と企業が、直接会話をして交流できる場として、フォーラム(写真1)やシンポジウムなどのイベントを定期的に開催しています。

写真1 DS&AIフォーラムの様子

(2)大学院レベルの「AIと社会」を学ぶ「先端系科目」

 AIの急速な進化は筆者たちの生活の利便性を向上させる一方で、社会的な影響をもたらしています。未来の社会を主導するためには、技術だけではなく、社会に対する深い理解や広い視野、そして優れた問題解決能力が求められています。大学院向け「エキスパートレベルプラス」を構成する授業科目の一つである「先端データサイエンス・AI第三」および「先端データサイエンス・AI発展第三」では、文理の枠にとらわれない幅広い視野を涵養し、情報社会におけるAI倫理、情報法制度、及び、責任あるAIを実現するための技術に焦点を当てた講義を実施しています。到達目標は、現代の情報社会における倫理的・法的・社会的課題を自ら思考できることです。また、説明可能なAIや公平性についての技術を修得することも含まれています。
 さらに2025年度からは、DS・AIを活用したベンチャービジネス、DXビジネス等に関わる授業科目「先端データサイエンス・AI第四」「先端データサイエンス・AI発展第四」を新規開講予定です。最先端の技術や、倫理・社会問題を修得することにとどまらず、それらの技術を各分野でのビジネスに活用するための基礎を修得することを目指します。

(3)TF(ティーチング・フェロー)育成プログラム(2024年度開始)

 前述の4つの全学教育プログラム(図3)とは別に、特にDS・AIを教える力を涵養するため、2024年度より、TF育成プログラムを実施しています。本プログラムは、高度な専門性と教育力を同時に学びながら、最終段階では、DS・AI関連授業科目の一部を担当できるレベルにまで教える力を鍛え上げるものとなっています。

図7 本機構の実施するTF育成プログラム

4.おわりに

 本稿では、東京科学大学理工学系(旧東京工業大学)が実施するDS・AI全学教育について、共創型エキスパート人材の育成に向けたリテラシーレベルの教育の特徴を中心に報告いたしました。本学は「数理・データサイエンス・AI教育の全国展開の推進」事業の拠点校として、引き続き、日本のDS・AI教育の発展に寄与する活動を一層推進してまいります。
 最後になりましたが、本報告に対して、皆様からのご意見やご助言を賜れますと幸いです。今後の教育活動の改善の参考とさせていただきたく、どうぞよろしくお願い申し上げます。

謝辞

 日ごろからデータサイエンス・AI全学教育機構の運営にご尽力いただいている本学教職員、とりわけ事務の皆様(敬称略・50音順・2024年12月現在:伊藤哲生、笹川祐輔、佐藤直恵、杉山裕子、中村直子、藤村紗代、藤原恭子、本田浩、山崎尚)に改めて感謝を申し上げます。

参考文献および関連URL
[1] 東京科学大学データサイエンス・AI全学教育機構 ウェブサイト
https://www.dsai.titech.ac.jp/

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