特集 数理・データサイエンス・AI教育の紹介

広島大学における情報・データサイエンス・AIパッケージ

稲垣 知宏(広島大学 情報メディア教育研究センター部門長 AI・データイノベーション教育研究センター副センター長 教育本部全学教育統括部企画運営会議部門長)

村上 祐子(広島大学 情報メディア教育研究センター助教)

1.はじめに

 新しい技術の登場と普及、基盤環境の整備、社会の急速な変化に伴い、本学でも、教養教育における数理・データサイエンス・AIについて継続的に見直してきました。2020年度から「情報科目」の科目区分を「情報・データサイエンス科目」へ変更、拡大するとともに、これからの数理・データサイエンス・AI教育に対応し、かつ、文理を問わずすべての学生にとって「分かりやすい」ものとなるよう、授業内容を構成し直しました。併せて、社会で期待されるリテラシーレベルの知識とスキルを習得するための枠組みとして「情報・データサイエンス・AIパッケージ」を策定し、2020年度より開講しました[1]。同年、AI・データイノベーション教育研究センターを設立し、学部から大学院までの数理・データサイエンス・AI教育に関する企画と運用を行っています。
 「情報・データサイエンス・AIパッケージ」は、2021年に数理データサイエンスAI教育プログラム認定制度のリテラシーレベルに認定され、その後、生成AIに関する内容の追加、国際協調学習の導入等、見直しを続け、2024年、リテラシーレベルプラスに認定されました。本学学生には、このパッケージの内容を学修することで、数理・データサイエンス・AIについての興味・関心を高め、今後、各自の専門とする領域においても一層の学修を深めていくことを期待しています。また、本パッケージの延長として、データ分析やプログラミングなどの応用的な知識を広く学び、実践的な能力を育成するための枠組みである「AI・データサイエンス応用基礎特定プログラム」を開設し、2022年、全学を対象とした応用基礎レベルに認定されました。さらに、情報科学部が開設した次世代のスペシャリストを育成する「数理・データサイエンス・AI応用基礎教育パッケージ」は、2024年に応用基礎レベルの認定を受けています。

2.情報・データサイエンス・AIパッケージ

 「情報・データサイエンス・AIパッケージ」は、情報科目として実施していた講義、演習を基礎に、数理・データサイエンス・AI教育を強化し再構成した科目群です。高度情報化社会の中で必要となる基礎的な知識、データサイエンスと情報科学の知見を活用するスキル、新技術に対応していく態度の3つを身につけることを目標としています。
 情報科目では、全ての大学生にとって必要な一般情報教育を行う目的で、基本的に2単位を卒業要件としていました。また、情報セキュリティ、情報倫理については、全学生が身につけるべき内容として「大学教育入門」2単位の中で扱っています。情報科目を再構成し、数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアムが定めたモデルカリキュラム(リテラシーレベル)の内容を追加し、6単位以上を修了要件とするパッケージとして、2020年度より学生に提供しています。
 科目構成を定める教育本部全学教育統括部企画運営会議情報教育・データリテラシー部門、コア科目の内容を検討し実施する情報メディア教育研究センター情報・データサイエンス教育研究部門、応用基礎レベルへの接続について検討し該当科目を実施するAI・データイノベーション教育研究センター教育部門という3つの組織が連携して本パッケージを実施します。全学の組織が科目構成を定めることで、全ての学部の教員が科目を担当する実施体制を実現し、情報メディア教育研究センター、AI・データイノベーション教育研究センターの専門分野の教員により教育内容、教授方法が決められ、また、補助教材、教育環境が整備されています。
 本パッケージの各科目は、全学の1年生を対象とし、所属学部学科を問わず受講可能なレベルからスタートすることとしています。全ての学生が履修すべき内容を必修科目とし、より深く学びたい内容を学生自身が選択できるようにしています。パッケージのコアとなる「情報・データ科学入門(2単位)」では、モデルカリキュラム(リテラシーレベル)の「導入」、「基礎」、「心得」の各項目をカバーし、同時に情報処理学会の定めた一般情報教育の知識体系の多くのエリアをカバーする内容となっています。また、大学生として身に付けるべき教養を学ぶ「大学教育入門(2単位)」でも、「基礎」の一部と「心得」をカバーしています。選択必修科目としては、「データサイエンス基礎」、「ゼロからはじめるプログラミング」、「コンピュータ・プログラミング」、「知能とコンピュータ」、「教育のためのデータサイエンス」、「工学プログラミング基礎」、「プログラミングI」を用意し、モデルカリキュラム(リテラシーレベル)ではオプションとなっている「選択」の内容と応用基礎レベルの一部をカバーしています。
 学生は、必修科目2科目(4単位)に加え、選択必修科目を1科目(2単位)以上履修することで、本パッケージを修了します(表1)。応用基礎レベルに認定された「AI・データサイエンス応用基礎特定プログラム」に登録した学生は、「データサイエンス基礎」と「ゼロからはじめるプログラミング」の2科目を履修します。

表1 情報・データサイエンス・AIパッケージの科目群

3.情報・データ科学入門

 「情報・データサイエンス・AIパッケージ」が、リテラシーレベルプラスに認定された際に、特徴的な取り組みとして評価されたのは、本パッケージのコアである「情報・データ科学入門」における、学生の意欲を高めるための題材選択、科目を共有することによるリテラシーレベルと応用基礎レベルへの接続、海外の大学と連携した国際協調学習です。

(1)「情報・データ科学入門」の構成

 情報データ科学入門は、一般情報教育に数理・データサイエンス・AI教育を有機的に組み合わせ、モデルカリキュラム(リテラシーレベル)の全ての項目と一般情報教育の知識体系で定義されたエリアを広く取り扱う科目です。教育目標は、「高度情報化社会の中でデータおよびコンピュータを活用していくのに必要となる基礎的な知識や技能を得る。さらに、有用性と問題点、情報倫理上の課題を検討した上でデータサイエンスと情報科学の知見を活用する能力を身につけ、将来、新しく現れる技術にも対応していく態度を育てる。」です。
 数理・データサイエンス・AIと一般情報教育という幅広い内容から、全ての学生が学ぶべき内容を選択し、表2にあげた9つのテーマで構成することとしました。各テーマについて講義と演習を用意し、学生は自身でコンピュータを操作し、データを処理することで知識とスキルを身につけ、最新の技術についての議論を通じて将来に向けて学び続ける態度を育成します。

表2 情報・データ科学入門の構成

(2)学生の意欲を高める題材

 モデルカリキュラム(リテラシーレベル)の基本的考え方に「数理・データサイエンス・AIを活用することの「楽しさ」や「学ぶことの意義」を重点的に教え、学生に好奇心や関心を高く持ってもらう魅力的かつ特色ある教育を行う」とあります。「情報・データ科学入門」では、学生にとって身近なデータや新しい技術を取り扱うことで、数理・データサイエンス・AIを活用することの動機付けを行います。
 身近なデータに関しては、2017年度以降、全学向けの一般情報教育科目の中で防災に関する講義と雨量データを取り上げた演習を行っており、「情報・データ科学入門」でも、継続しています。広島県では、1999年6月29日に発生した土砂災害の翌年から、個別に管轄されていた観測雨量データを管轄の壁を超えて統合する等を進め、広島県防災情報システムとして広島県防災Web[2]を運用しています。授業では「調査と情報」の中で、土砂災害が発生する前日からの10分毎の雨量データに注目し、データの取り扱いと解釈について解説します。学生は、実際にデータを読み込み、データの処理と結果の可視化によって、災害発生前の状況を見つけ、土砂災害にどのように備えるのかを学びます。
 新しい技術として2023年度、2024年度に「情報、データ、人工知能」の中で取り上げたのは、生成AIです。2023年度前期の段階では、生成AI利用経験のある受講生は全体の3割未満でしたので、学生が実際に生成AIに触れられる教材を用意しました。生成AIの基礎と応用例について解説した後、生成AIを学習活動で利用することの利点とリスクをテーマに5名程度から成る少人数グループに分かれて話し合いをさせ、各自の発言内容を記録させました。グループワークがある程度進んだ段階で、グループごとに書き込んだ内容を生成AIにまとめさせることで、その機能の一部に触れさせました。ここで用いたツールをベースに、グループワークを支援するAIツールの開発を開始しました。

(3)海外の大学と連携した国際協調学習

 本学では、2023年度より、海外の協定校と連携した国際協調学習を開始しました。全ての学生が早い段階で海外の大学の学生と交流することで、異文化交流や留学への動機付けを行うことを目的とした試みで、テーマとしてはAIが選ばれました。2023年度の試行的な実践では、生成AIの基本的な仕組みと応用例、および医療や介護の分野での事例を解説する動画を作成し、事前に学習してくることとしました。授業では、本学とテキサス大学オースティン校をオンラインで結び、自身の意見を述べるのと同時に他のメンバーの意見を聞く等、グループワークのスキルについてガイダンスし、日米の学生で構成されたグループで生成AIの利点とリスクについて意見交換しました(図1)。

図1 国際協調学習の流れ

 全ての1年生がグループワークを行う上で課題となるのが、語学力です。2023年度前期のグループワークで利用した生成AI自体は多言語に対応していましたので、グループワークを支援するAIツールに翻訳機能を実装し、十分な語学力習得を前提とすることなく、海外の学生と交流できるようにし、HiGPTと名付けました[3]。さらに、生成AIにファシリテータの役割を指示することで、司会者等の決定、議論進行の一部を担わせました。グループのメンバーは、本ツールにテキストや画像を投稿し、いつでも生成AIに尋ねることができます(図2)。

図2 グループワーク支援AIツール(HiGPT)

 2024年度の授業では、AIは友人になれるかをグループワークのテーマとし、全ての受講者による少人数グループで話し合いを実施しました。さらに希望者を対象に2023年の国際協調学習と同じ動画による事前学習後、グループワーク支援AIツールを用いてテキサス大学オースティン校と結び、生成AIを用いた学習活動、医療分野への応用について、利点とリスクについて、日米で意見交換しました。また、国際協調学習に参加しなかった学生には、日米での意見交換の様子をまとめた動画を視聴して、各自の意見を述べることで、異分野交流に触れられるようにしました。

(4)学生の態度を育てる題材

 モデルカリキュラムの内容ではありませんが、「メディアリテラシー」で取り上げているSNS利用では、学生の態度を育てることを重視しています。スマートニュース開発のSNSシミュレーター(To Share or Not to Share)[4]を利用し、実際にSNS上からピックアップした記事について、その記事の信頼性を評価し、シェアするか否かを決めさせます。記事として、明らかな事実、事実とは言えない内容、事実か否か簡単には判断できない内容を含めることで、学生は、白黒のつけられない現実を確認し、また、記事のシェアについては学生ごとに異なる行動をとることを学びます(図3)。

図3 SNSシミュレータ(To Share or Not to Share)

 SNSシミュレータ利用の前後には、学生の状況を把握するためのアンケート調査を行っています。SNSの利用に関する自信が低めであった学生の多くが、シミュレータを利用することで自信を高めているのに対して、自信が高い多くの学生が自信を下げていることが確認できました。この結果は、シミュレーションの利用を通して、SNSに習熟していない学生がSNS利用に関する知識とスキルを獲得したのに対して、SNSに習熟している学生は利用状況を見直したのだと考えられ、態度の育成を反映した結果と考えています。

4.教育内容、教材の公開と共有

 「情報・データサイエンス・AIパッケージ」で利用している教育内容、教材で共有可能なものについては、数理・データサイエンス・AI教育強化コンソーシアムの中国ブロックWebページ[5]で公開しています。基本的にクリエイティブクラウドライセンスで提供しており、許諾等無しに利用可能です。
 「情報・データ科学入門」向けの内容については、近隣文系大学の数理・データサイエンス・AI教育担当者にも協力いただき、作り直したスライドを公開しています。生成AIの基本的な仕組みと応用例については、日本語版の講義を動画として公開しています。2024年度内に公開予定で、これを補完する内容の教材を近隣文系大学と開発しています。選択必修科目については、「データサイエンス基礎」の講義を動画として公開しています。

5.教育の評価と改善

 「情報・データサイエンス・AIパッケージ」で提供している科目については、学生による授業評価アンケートの結果に基づいて評価し、改善計画を作成しています。満足度等、多くの項目では、学生から評価されていますが、開始当初は、オンラインで実施している必修科目と選択必修科目の一部で、教員と学生、学生間のコミュニケーションに関するスコアが対面授業よりも低くなっていました。これについては、ICTツールを積極的に用いる等によりコミュニケーションの機会を増やすといった改善を行っています。コアとなる「情報・データ科学入門」では、演習部分は対面とオンライン双方向とオンデマンドを選択できるようにし、オンラインでの授業に不安のある学生に配慮するようにしています。
 数理・データサイエンス・AI教育で扱う内容は、関連技術の急速な発展、初等中等教育でのデータサイエンス教育強化、社会のDX進展とともに見直していく必要があります。このため、新入生に対してITプレースメントテスト[6]、内的動機付け尺度[7]、AI不安尺度[3]等を利用した調査を実施し、学生の状況と年度毎の変化を把握するように努めています。調査結果を分析、検討することで、より効果的な教育を実現できるように心がけています。

6.これからの取り組み

 「情報・データサイエンス・AIパッケージ」に関する今後の取り組みですが、普通科の高等学校で情報Iが必履修になり、共通テストでも情報を受験して入学してくる2025年度以降の新入生の状況を把握し、学生に好奇心や関心を持ってもらえるように授業内容を調整する予定で準備を進めています。
 また、2023年度後半から実施している、AIをテーマとした国際協調学習については、協力校を増やし、海外の大学生と直接交流する学生を増やすとともに、幅広いAIの応用例に合わせて事前学習用の教材を増やしていくこと、グループワーク支援AIツールをより使いやすいものにしていくことを計画しています。
 現在、公開している教材は、学生の特色に合わせて身近な例を付け加える、グループワークを取り入れる等、大学ごとに工夫して利用されています。このような事例を把握し、共有できるよう、ワークショップ等による情報発信を行い、学外からの視点も取り入れたより効果的なパッケージの開発を目指しています。

7.おわりに

 「情報・データサイエンス・AIパッケージ」では、全ての大学生に学んで欲しい基礎的な知識、スキルを身につけると同時に、今後現れる新しい技術に柔軟に対応していく態度を育てることを目標としています。生成AI、SNS利用等について、それらに触れながら、有用性とリスクについて検討し、意見交換することが、新しい技術や社会環境に適応していく態度につながっていくと期待しています。
 教育内容は、アンケート調査結果等を参考に、常に見直していますが、最新の動向に沿った改善を続けていくには、数理・データサイエンス・AI教育強化コンソーシアム等による大学間連携、高大連携、産学連携と情報共有が不可欠です。本記事が、数理・データサイエンス・AI教育について検討する際のお役に立てると幸いです。

参考文献および関連URL
[1] 情報・データサイエンス・AIパッケージ,
https://www.hiroshima-u.ac.jp/nyugaku/manabu/kyouyou/data_science
(2025-1-10閲覧).
[2] 広島県防災Web,
http://www.bousai.pref.hiroshima.jp
(2025-1-10閲覧).
[3] 村上祐子, 稲垣知宏:大学初年次生のAI 不安とデータサイエンス教育への影響,情報教育シンポジウム論文集2024,168-175, 2024-08-03
[4] To Share or Not to Share,
https://app.media-literacy.jp
(2025-1-10閲覧).
[5] 数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム中国ブロック,
https://aidi.hiroshima-u.ac.jp/consortium
(2025-1-10閲覧).
[6] 河村一樹,喜多一,立田ルミ,庄ゆかり,和上順子:大学における情報プレースメントテスト,日経BPマーケティング,2019.
[7] Center for Self-Determination Theory:Intrinsic Motivation Inventory (IMI),
https://selfdeterminationtheory.org/intrinsic-motivation-inventory/
(2025-1-10閲覧).

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