特集 数理・データサイエンス・AI教育の紹介

千葉大学の数理・データサイエンス・AI教育の展開

松元 亮治(千葉大学 情報戦略機構・特任教授)

1.はじめに

 本学は、首都圏にある国立総合大学で、国際教養学部、文学部、法政経学部、教育学部、理学部、工学部、情報・データサイエンス学部、園芸学部、医学部、薬学部、看護学部の11学部と大学院等から構成されます。学部学生の入学定員は学年あたり2,317名です。メインキャンパスである西千葉キャンパス(写真1)に加えて、亥鼻キャンパス(医学部、薬学部、看護学部)、松戸キャンパス(園芸学部)、柏の葉キャンパス、墨田キャンパスがあります。

写真1 千葉大学西千葉キャンパス

 本学では、医学から人文社会科学、宇宙科学に至る幅広い研究が行われています。2023年度には日本学術振興会地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)に採択され、研究力の強化に取り組んでいます。
 本学は、2018年度に文部科学省「大学における数理・データサイエンス教育の全国展開」の協力校に選定されました。これを受けて、2020年度から数理・データサイエンス科目3単位を全学必修にしました。このプログラムは、2021年度に文部科学省数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度のリテラシーレベルに認定され、リテラシーレベルプラスにも選ばれました。また、2020年度から、全学副専攻プログラム「数理・データサイエンス教育プログラム」を開始しました。
 これらの取組みについては、2022年に本誌で紹介しました[1]。本稿ではその後の展開を紹介します。まず、実施体制について大きな変化がありました。2023年4月に統合情報センターが改組されて情報戦略機構が設置され、同機構のデータサイエンス部門が大学全体の数理・データサイエンス・AI教育の企画、運営を担うことになりました(図1)。

図1 本学における数理・データサンス・AI教育の実施体制

 2024年4月には11番目の学部として情報・データサイエンス学部が発足しました。また、大学単位での数理・データサイエンス・AI教育の取組みが2023年度に文部科学省数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度の応用基礎レベルに認定され、2024年度には応用基礎レベルプラスにも選定されました[2]

2.応用基礎レベルのプログラム

 本学では、2022年度に全学副専攻「数理・データサイエンス教育プログラム」を見直して応用基礎レベルのプログラムを整備しました。まず検討したのは、科目数を絞り込むことです。全学副専攻は、当初は専門科目を含めて20単位、30単位のプログラムとしてスタートしましたが、応用基礎レベルのプログラムはそのコアとなるプログラムと位置付け、全学運営の数理・データサイエンス科目と共通専門基礎科目のみで構成することとしました。図2に本学の学士課程のカリキュラムを示します。このうち、破線で囲まれた範囲が全学運営科目です。

図2 本学の学士課程のカリキュラム

 数理・データサイエンス科目には「基礎」と「展開」の科目があります。数理・データサイエンス科目(基礎)は、数理・データサイエンス・AIモデルカリキュラムのリテラシーレベルと応用基礎レベルの一部をカバーする2単位(90分×15回)の科目で、学部・学科別のクラス編成で実施されています。数理・データサイエンス科目(展開)は、統計基礎、プログラミング、実データ解析など数理・データサイエンス・AIモデルカリキュラムの応用基礎レベルまで含めた科目群で、1科目(1単位)必修となっています。
 応用基礎レベルのプログラムでは、数理・データサイエンス科目(基礎)2単位と数理・データサイエンス科目(展開)の科目である「データサイエンスB」1単位を必修とし、この2科目で応用基礎レベルのモデルカリキュラムの数学基礎以外の部分をカバーすることにしました。数学基礎については、共通専門基礎科目の微積分学、線形代数学、統計学から各2単位を履修することとし、これらに加えて実践的な演習を含む数理・データサイエンス科目(展開)の指定科目から選択して1単位、合計10単位を履修することとしました(図3)。プログラム名は「数理・データサイエンス・AI基礎コア」としました。

図3 応用基礎レベルのプログラム
(数理・データサイエンス・AI基礎コア)

 数理・データサイエンス科目の指定科目には「データサイエンスC」(情報科学)、「データサイエンスD」(計算機科学)、「野球観戦に活きるデータ科学」、「Rによるアンケート調査の集計」、「応用データ処理技術」、「データクレンジング入門」等があります。
 応用基礎レベルの必修科目である「データサイエンスB」では、応用基礎レベルのモデルカリキュラムにしたがって、データサイエンス基礎(データ駆動社会、データサイエンス活用事例、アルゴリズムとその表現、データ分析・可視化方法)、データエンジニアリング基礎、AI基礎(AIの歴史と応用分野、機械学習の基礎、深層学習の基礎、生成AIとその課題)、データサイエンス実践(プログラミング演習、データ解析演習)を扱います。プログラミング演習はPythonまたはRを用いて行い、オープンデータの解析・可視化などの課題に取り組みます。講義内容の例が図4の小冊子にまとめられています。

図4 データサイエンスBの講義内容例
https://mds.chiba-u.jp/files/pamphlet/coll/

3.履修者数増加に向けた取組み

 本学では、データを扱う全ての分野の学生が身につけるべき応用基礎レベルのプログラムを全学生の50%以上が履修することを目標にしていますが、応用基礎レベルの必修科目である「データサイエンスB」の履修者は昨年度は652名と、目標の半分に届いていませんでした。そこで、2025年度からは理学部、工学部、園芸学部、医学部、薬学部で「データサイエンスB」を必修にすることを決定しました。情報・データサイエンス学部については、今年度発足したばかりで必修科目の追加は完成年度を待つことになりますが、全員に履修してもらう予定です。以上の6学部で学生数は1,237名、入学定員の53%になります。他の学部についても履修を推奨し、文学部向けのクラスも設けます。
 応用基礎レベルのプログラムを修了するためには、さらに数学・統計学の履修が必要になります。理工系の学部ではすでに微積分学、線形代数学が必修となっていますが、統計学については必修となっていない学部・学科があるため、履修を促進することとしました。なお、本学では、高等学校で数学・を履修済みの学生向けの微積分学B1・B2、線形代数学 B1・B2、統計学B1・B2に加えて、数学・を履修していない学生でも履修できる微積分学A、線形代数学A, 統計学Aを開講しています。微積分学と線形代数学についてはすでに十分な数のクラスが開講されていますが、統計学についてはやや不足するため、統計学Aの開講数を増やすことにしました。

4.全学副専攻「数理・データサイエンス教育プログラム」

 本学では、全学副専攻プログラム「数理・データサイエンス教育プログラム」を見直し、2023年度から、応用基礎レベルのプログラムである「数理・データサイエンス・AI基礎コア」(10単位)と、人材育成の方向性に応じた「データサイエンティストコース」、「データエンジニアコース」、「データアナリストコース」の3コースを設けました(図5)。いずれのコースも、「数理・データサイエンス・AI基礎コア」10単位に加えて、専門教育科目を含む指定科目からさらに10単位、合計20単位を修得することとしています。データサイエンティストコースでは、数理的な手法を修得し、活用できるようにします。データエンジニアコースでは、計算機プログラミングのスキルを修得し、機械学習やAIの技法も学びます。データアナリストコースでは、専門的な知識を活用した実データ分析の能力を高めます。さらに、複数のコースにまたがって履修し、30単位を修得することによって副専攻を修了し、修了証書を獲得できることとしました。

図5 全学副専攻「数理・データサイエンス教育プログラム」

 データサイエンティストコースでは、「微積分学B1・B2」、「線形代数学B1・B2」、「統計学B1・B2」合計12単位が必修です。データエンジニアコースでは、数理・データサイエンス科目(展開)の「機械学習実践入門」1単位と「データクレンジング入門」または「データクレンジング入門(Python)」1単位が必修、データアナリストコースでは、「データクレンジング入門」または「データクレンジング入門(Python)」1単位、「データクレンジング実践」あるいは「データクレンジング実践(Python)」1単位と「社会におけるデータサイエンス」1単位が必修です。20単位の各コースと30単位の「数理・データサイエンス教育プログラム」を修了(取得)するためには、専門教育科目の指定科目を履修する必要があります。各学部・学科で開講されている専門教育科目の一部が「全学共通科目」として全ての学部の学生が履修できるようになっています。
 「数理・データサイエンス教育プログラム」の各コース、プログラムを修了(取得)すると、それを電子的に証明するオープンバッジを発行しています(図6)。

図6 オープンバッジ
丸型が応用基礎レベルのプログラム 5角形が20単位の3コース 右端が30単位のプログラム

5.企業と連携した教材開発

 本学は2023年2月に帝国データバンクと連携協定を締結しました。その目的は、両者の実績・ノウハウを融合することで実践的な視野を持つデータエンジニア・データサイエンティストの育成をはかり、データの社会的活用を推進し、社会の発展に貢献することにあります。
 2023年度には、本学と帝国データバンクが共同で、数理・データサイエンス科目(展開)「データクレンジング入門」、「データクレンジング実践」の教材を開発し、2023年度後期にExcelを用いたデータクレンジング入門、実践の講義を開講し、延べ約300名が受講しました。これらの授業では、政府統計のページなどで公開されている Excel表などをデータ解析に適した形式に変換し、クレンジングする演習等を行っています。
 入門編では、通常のExcel操作に加えて csvファイルの読み込み、表探索(xlookup)、ピボットテーブルを用いた集計、文字列操作などを学習し、公開されているプロ野球選手データを解析して打率やチームごとの勝率などを計算する演習を行います。90分×8回の講義の各回について、解説用のスライド、授業時演習用のワークシートと翌週までの課題、解答例、入力データを作成し、情報処理演習室(端末100台)を使用して演習を行っています。教材提示、レポート提出、採点には Moodle を使用し、授業時間内に行った作業内容をワークシートに記入して提出してもらいます。また、授業時間外に行う課題を提示し、提出させています。
 「データクレンジング実践」では、各国の新型コロナ感染者数の時間変化のグラフ作成や土地取引、市町村別の人口動態分析などの課題演習を行っています。この課題では、市町村統合のデータを用いたクレンジングが必要になります。
 受講した学生からは、講義スライドや授業で配布される資料がわかりやすかった、便利な関数や操作が学べて良かった、授業時に教員やTAに質問しやすかった、などの感想が寄せられています。
 2023年度にはさらに、Python版の教材も開発し、2024年後期から、「データクレンジング入門(Python)」、「データクレンジング実践(Python)」の講義を開講しています。

6.千葉県と連携したアイデアソン、ハッカソン

 本学は千葉県との連携も進めています。2023年9月5日と14日には本学と千葉県の共催で「データ利活用アイデアソン」を開催しました。このイベントでは、千葉県のオープンデータを用いて、観光や健康づくり、環境、農業に係る課題を分析し、解決策を検討しました。参加学生をチームに分け、1日目は県職員へのインタビュー、取り組む課題の決定とデータ抽出を行い、2日目にアイデアの整理・検討とプレゼンテーションを行いました[3]
 2024年9月3日、20日には本学と千葉県の共催で、アイデア実装まで行うデータ活用ハッカソンを実施し、5チーム15名が参加しました。Webデザインツールとしてmoqups、プログラミング言語としてはPythonを用いてプログラムを作成し、2日目に発表会を開催しました(図7)。

図7 本学と千葉県の共催で開催しているデータ活用ハッカソン。下図は発表会の様子。

7.セキュリティバグハンティングコンテスト

 本学では毎年、本学学内の情報システムとウェブサイトを対象として、セキュリティに係るバグや脆弱性が存在しないかを、一定の研修を受けた学生が調査し、腕を競う「セキュリティバグハンティングコンテスト」をセキュリティ関連企業の協力のもとで実施しています(図8)。

図8 セキュリティバグハンティングコンテスト

 参加資格は、講習会を受講し「ハンターライセンスを付与された学生」です。他大学の学生も参加できます。教養展開科目「情報セキュリティ分析(入門)」、「情報セキュリティ分析(実践)」において講習を実施しています。これらの科目は全学副専攻「数理・データサイエンス教育プログラム」の指定科目になっています。コンテストには4名までのチームで参加し、優れたレポートを提出したチームを表彰しています。2023年度のハンターライセンス取得人数は52名(23チーム)、レポートを提出したのは16チーム39名、最優秀賞は立命館大学のチームでした。

8.高大接続事業

 本学は1998年度から、高校生が大学に1年早く進学できる「飛び入学」を実施してきました。また、1998年以来、毎年夏に中学生・高校生を対象とした「数理科学コンクール」を開催してきました。9月には「高校生理科研究発表会」を開催しており、約400件のポスター発表が行われています。
 2020年には、科学技術振興機構(JST)グローバルサイエンスキャンパス「Society 5.0 を創出する未来リーディング人財育成ASCENT Program」が採択され、データサイエンス・プログラミングの講座と研究指導を行ってきました。2024年度には、この後継プロジェクトJST次世代科学技術チャレンジプログラム ASCENT-6E [4]が採択され、引き続き高校生を対象とするデータサイエンスとPythonプログラミングの講座を開講しています。日本情報オリンピックに挑戦する高校生も増えてきています。

9.データサイエンスコアの設置

 本学では、日本学術術振興会地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)の活動の一つとして、2024年度に「データサイエンスコア」を設置して企業等から人材を招聘し、データサイエンスを活用した研究の支援、企業との共同研究の推進、若手研究者育成などに取り組んでいます。

10.今後の展望

 本学の数理・データサイエンス・AI教育の展開について紹介しました。当面の課題は応用基礎レベルのプログラムの履修者を全学生の半数以上にすることです。エキスパートレベルの教育も含めた全学副専攻「数理・データサイエンス教育プログラム」の履修者、修了者を増やすことも課題です。データサイエンスコアの活動とも連携して、大学院における研究者・高度技術者の育成、企業と連携したPBL教材開発にも取り組んでいく計画です。

参考文献および関連URL
[1] 大学教育と情報、179号、p.35 (2022)
https://www.juce.jp/LINK/journal/2301/pdf/03_04.pdf
[2] 千葉大学数理・データサイエンス教育プログラム
https://mds.chiba-u.jp/
[3] 千葉大学×千葉県 データ利活用アイデアソン実施報告
https://www.pref.chiba.lg.jp/dejisen/event/2023/documents/ideason-houkoku.pdf
[4] JST次世代科学技術チャレンジプログラム[ASCENT-6E]
https://stella.e.chiba-u.jp/

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