特集 数理・データサイエンス・AI教育の紹介
佐賀大学理工学部におけるデータサイエンス教育
〜応用基礎レベルを中心に〜
皆本 晃弥(佐賀大学 全学教育機構数理・データサイエンス教育推進室長 教育研究院自然科学域理工学系教授)
1.はじめに
本学では、理工学部で実施している「佐賀大学データサイエンス教育プログラム(応用基礎レベル)」が2023年8月に文部科学省より「数理・データサイエンス・AI教育プログラム(応用基礎レベル)」に認定され、2024年8月には「数理・データサイエンス・AI教育プログラム(応用基礎レベル)プラス」に選定されました。
全学的に実施しているリテラシーレベルについては参考文献[1]にて紹介しましたので、本稿では、理工学部で実施している数理・データサイエンス・AI教育およびこれに関連した取組みを中心に紹介します。参考文献[1]との重複部分もありますが、情報を最新の内容に更新しています。
2.本学理工学部データサイエンス教育の歩み
ここでは、理工学部におけるデータサイエンス教育の取組みを時系列でまとめます。本学では、全学的なデータサイエンス教育の推進を目的として、2020年度に数理・データサイエンス教育推進室を設置しました[2]。この推進室は、全学的に必修として実施しているリテラシーレベルだけでなく、学部単位で実施される応用基礎レベル教育プログラムのマネジメントについても担当しています。
- 2019年度:理工学部の改組に伴い、1年次必修科目として「データサイエンスⅠ」(前期・2単位)および「データサイエンスⅡ」(後期・2単位)が開講されました。内容は、確率・統計解析の基礎およびExcelを用いた実装です。同年、大学院理工学研究科にデータサイエンスコースが設置されました。同コースの専門必修科目「データサイエンス数理特論」では深層学習やPageRankアルゴリズムなど、データサイエンスを支えてきた数理モデルを扱います。さらに、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、感染症モデルも取り上げることにしました。
- 2021年度:理工学研究科博士後期課程に数理・情報サイエンスコース設置が設置されました。
- 2022年度:「佐賀大学データサイエンス教育プログラム(応用基礎レベル)」が開始され、理工学部では応用基礎レベルが必修化されました。また、理工学研究科ではAI・データサイエンス高度人材育成プログラムも開始され、高度な専門知識と技術を持つ人材の育成を目指しています。
- 2023年度:理工学部理工学科にデータサイエンスコースを設置するとともに、大学・高専機能強化支援事業(高度情報専門人材の確保に向けた機能強化に係る支援)に選定されました。表1に理工学部理工学科13コースを示します。
表1 理工学部の13コース |
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- 2024年度:大学・高専機能強化支援事業により、情報系3コース(データサイエンス、知能情報システム工学、情報ネットワーク工学)において、学部定員が2024年度より30名増員されました。また、修士定員が2027年度より20名増員されます。
3.応用基礎レベルプログラムの概要
理工学部では、応用基礎レベルプログラムを卒業要件の必修科目9科目(18単位)で構成し、理工学部に入学する全ての学生が必ず受講する仕組みとしています。編入生についても同様に必修化しており、全学生が体系的にデータサイエンスを学び、必要な知識・スキルを確実に習得できるようにしています。
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図1 応用基礎レベルの概要 |
図1では、本教育プログラムの「目的」、「身に付けられる能力(学習教育到達目標)」、「科目の構成・修了要件」などを示しています。ただし、この科目構成は1年次から入学する学生向けのものであり、3年次編入学生については異なる科目を履修します。本稿では話を簡潔にするため、編入学生向けの科目構成についての説明は割愛します。
また、学習到達目標と科目の対応は表2に示しています。これらの科目は1年次から3年次にわたって配置されており、学生は入学から卒業研究に着手する直前まで一貫してデータサイエンス教育に取り組むことになります。
表2 学習到達目標と科目の対応表 |
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4.企業連携、AI実習…多彩な学びで未来を拓く
本学理工学部データサイエンス教育プログラム(応用基礎レベル)に関連する特徴的な取組みを紹介します。
- 企業と連携したAI実習と教材開発:「マイクロソフト・AIイノベーションセンター in SAGAを核とした七者連携協定」を基盤に、日本マイクロソフトの実務家講師による実践的なAI演習を「サブフィールドPBL」で実施しているほか、地元企業の福博印刷から招いたクロスアポイントメント教員が開発した教材を「理工リテラシーS3」で活用しています。これにより、実務に則した学びが可能となり、学生が自ら手を動かしながらAI技術の本質を体験的に理解できる環境を整備しています。「サブフィールドPBL」のAI実習の風景を写真1に示します。2024年度からは生成AIに関する教育も行っています。ここで扱っている生成AIの内容については、次の節で述べます。なお、専門分野以外の内容について広く学ぶ「サブフィールドPBL」は理工学部の特色の一つであり、学生が少人数グループで異なる専門分野を横断的に学びます。全学生が履修するAI実習に加え、理学、情報技術、化学、機械工学、電気電子工学、都市工学の6分野のうち、自分の専門外の5つの分野を選択し、合計15回の講義を受講します。また、「理工リテラシー」ではS1、S2、S3を通じて1年次から3年次までにわたり、理工系人材に強く要求されるリテラシーを段階的に習得します。データサイエンスやAIに関連する内容もこのリテラシー教育に含まれており、体系的な学びを提供しています。
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写真1 「サブフィールドPBL」のAI実習の様子 |
- 学習支援体制:授業支援としては、WebclassやMoodleなどのLMSを活用し、小テストや課題提出による達成度確認を行い、オンラインで質問を受け付けることで学生の疑問を解決する仕組みを整えています。また、大学院生をTAとして採用し、「微分積分学」、「線形代数学」「データサイエンス」、「サブフィールドPBL」など多くの授業で学習をサポートしています。さらに、やむを得ない理由でAI実習を欠席せざるを得なかった学生に対しても、福博印刷の実務家教員が補講を行うなど、きめ細やかなフォローを実施しています。
- リテラシーからエキスパートへの橋渡し:理工学部では、リテラシーレベルを2021年度に必修化、続く2022年度からは応用基礎レベルを必修化、そして2023年度にはデータサイエンスコースを設置しました。大学院では2019年にデータサイエンスコース(修士)、2021年度に数理・情報サイエンスコース(博士)、2022年度にはAI・データサイエンス高度人材育成プログラム(修士・博士)を開設し、リテラシー・応用基礎・エキスパートへと連続して学べる段階的教育を実現しています。表3に、コース・プログラムと対応する人材育成レベルを示します。また、理工学部理工学科の情報系3コースの3年次専門科目「実践データサイエンス」と「データサイエンス演習」は、エキスパートレベルへの橋渡しとして重要な役割を果たしており、これらの内容を整理してサイエンス社から『Pythonによる数理・データサイエンス・AI―理論とプログラム―』(2023年11月)を出版しました。さらに、2024年9月には近代科学社から『スッキリわかる数理・データサイエンス・AI』を出版しました(図2)。前者は、大学や高専、企業のエンジニア研修などで幅広く活用できるよう数理・データサイエンス・AIの基礎から応用までを網羅しています。読破すれば、データサイエンスや機械学習に関する文献の多くを理解し、活用できるようになるでしょう。大学・高専の講義・演習や社内研修・リスキリング講座の教科書として最適です。一方、後者はデータサイエンス・AIの数学的な内容について詳細に説明し、紙と鉛筆だけで取り組める問題を数多く配置した教科書です。各手法のアルゴリズムを学習と予測に分けて明示し、一般的な数学の教科書と同じように、概念の説明、例、問という構成で、章末には確認問題を掲載しています。「応用基礎レベル」から「エキスパートレベル」にステップアップするための必読書として執筆しました。
表3 コース・プログラムと育成レベル |
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図2 スッキリわかる数理・データサイエンス・AIの表紙 |
- 生成AIに関するFD研修:2023年度には、日本マイクロソフト社と協力し、学内外の教職員を対象とした生成AIに関するFD研修を2回実施しました。1回目は対面で、2回目はオンラインで開催し、延べ529名が参加しました。2024年9月25日にも教員向けの生成AI研修「2024年最新版:教員のためのChatGPT実践講座」をハイブリッド形式で開催し、オンラインと現地参加者を合わせて332名が参加しました。その際のチラシを図3に示します。
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図3 生成AIのFD研修案内 |
- 多彩なインターンシップ:2016年度より、地元企業と協力して教養科目「チャレンジ・インターンシップ(データサイエンス)」を継続して実施しています。2021年度以降、理工学部では、「地方創生インターンシップ」において地元企業と協力してデータサイエンスに関するインターンシップを実施し、学生がAI技術を用いたソリューションの提案などを行っています。これらのインターンシップでは、実データを用いた実践を行っています。例えば、工場におけるデータ解析、スマート街なかプロジェクト、データサイエンス×生成AIなどが行われています(図4)。
- 高度情報系専門人材育成懇談会:2017年度よりデータサイエンス教育について、地元企業・自治体と意見交換会・講演会等(高度情報系専門人材育成懇談会、以後、懇談会と略記)を必要に応じて開催しています。2023年度の理工学部データサイエンス設置の際にも、事前に、懇談会を開催し、そこでの意見を反映させました。また、2023年の大学・高専機能強化支援事業(高度情報専門人材の確保に向けた機能強化に係る支援)においても、申請・選定時だけでなく、その後も継続して懇談会を開催し、2025年度より、産学官連携でインターンシップや共同研究プロジェクトの充実を図れるよう準備を進めています。
- 連携協定:2024年9月17日に本学、株式会社SUMCO、国立研究開発法人産業技術総合研究所は、佐賀県庁において、半導体シリコンウェーハの製造技術に関する研究開発や実証実験、ビッグデータ・オープンデータの利活用、人材育成・人材交流など、半導体産業の発展や関連分野の課題解決に資する幅広い活動並びにこれらの関連領域での諸活動を組織的に推進することを目指して包括協力協定を締結しました(写真2)。
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写真2 連携協定締結式の様子 |
5.生成AI教育
生成AIについて関心をお持ちの方も多いと思いますので、「サブフィールドPBL」のAI実習で教えている内容を以下に簡潔にまとめます。また、スライドの例を図5に示します。
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図5 生成AI説明スライド例(日本マイクロソフト社:畠山大有氏による) |
(1)生成AIの特徴と利点:
① ChatGPTのような生成AIは、タスクの補完役として機能し、仕事を奪うのではなく質を向上させる。
② 情報抽出、文脈理解、翻訳、校正など、幅広い用途に対応。
(2)使用時の注意点:
① 機密情報の入力や出力結果の信頼性、知財の扱いについての注意。
② 個人情報の扱いや法的な相談。
(3)学業での応用方法:
① 学業や研究活動における「Prompt Engineering」(適切な指示文の作成)技術。
② 数理最適化問題やシフトスケジュール計画など、実用的な応用例を提示。
(4)未来の技術展望:
① Multi-Modalモデル(音声、画像、テキスト、動画を統合して処理する技術)の可能性。
② 生成AIを使いこなすスキルが、今後ますます重要になることを強調。
(5)具体的な提案と技術例:
① Pythonコード生成やPromptの改善手法など、具体的な活用例を紹介。
② AIツールの導入でどのように作業効率が向上するかを解説。
6.おわりに
本稿では、本学理工学部におけるデータサイエンス教育(応用基礎レベル)の取組みについて紹介しました。理工学部では、必修化による体系的な学習、地域連携・企業連携による実践的な教育、リテラシーレベルからエキスパートレベルへの橋渡し、手厚い学習支援体制など、様々な取組みを通して、社会で活躍できるデータサイエンス人材の育成に力を入れています。
今後も、社会の変化や技術の進展に対応しながら、教育内容や方法を継続的に改善していきます。また、地域・企業との連携をさらに強化することで、より質の高いデータサイエンス教育を提供し、高度情報専門人材の育成に貢献することを目指しています。なお、当初はプログラム修了証を学長名で発行する予定でしたが、オープンバッジの発行に変更する準備を進めております。
本学の数理・データサイエンス・AI教育に関する最新情報については、全学教育機構数理・データサイエンス教育推進室[2]、広報室、理工学部のWebページで随時お知らせしますので、ぜひご覧ください。
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