特集　数理・データサイエンス・AI教育の紹介

北海道医療大学医療技術学部の
データサイエンス応用基礎プログラム

二瓶　裕之（北海道医療大学　薬学部教授）

西牧　可織（北海道医療大学　心理科学部講師）

��橋　祐司（北海道医療大学　医療技術学部講師）

１．はじめに

　本学では、2020年度に「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」に採択されたDX推進計画に沿って、医療系大学としてのデータサイエンス教育に力を入れてきました。2021年には、数理データサイエンスAI教育プログラム(MDASH)リテラシーレベルの認定、ならびに、リテラシーレベルプラスの選定を受けました^[1]。現在、リテラシーレベルのプログラムは本学の６学部すべてで必須科目となっています。
　さらに、2023年度からは、４学部(薬学部、リハビリテーション科学部、心理科学部、医療技術学部)において、MDASH応用基礎レベルに相当する教育プログラムを始めました[2,3]。特に、医療技術学部では、応用基礎レベルのプログラムを卒業要件として定められている選択科目の１つとして開講することで、2024年度に、学部単位のMDASH応用基礎レベルとして認定され、さらに、応用基礎レベルプラスにも選定されました。
　本稿では、MDASH応用基礎レベルに認定された医療技術学部の教育プログラムの概要と、応用基礎レベルプラスに選定された本プログラムの特色について紹介します。紹介の中では、医療系大学の多くで共通していると考えられる背景、つまり、医療専門職にかかわる国家試験資格の取得に必要なカリキュラムが４年間組まれていること、また、学生が医療人として活躍できることを目指していることなどを背景としたうえで、どのようにMDASH応用基礎レベルを実施しているのかについて説明します。

２．教育プログラムの概要

　医療技術学部(入学定員60名)で実施しているMDASH応用基礎レベルを構成する授業科目は、「医療情報処理演習」(１単位)、「情報科学」(２単位)、「医療データサイエンス入門Ⅰ」(１単位)、「医療データサイエンス入門Ⅱ」(１単位)の４科目です。「医療情報処理演習」と「情報科学」は、かねてより開講されていた全学教育科目の必須科目であり、MDASHリテラシーレベルを構成する授業科目にもなっています。一方、「医療データサイエンス入門Ⅰ」と「医療データサイエンス入門Ⅱ」は、医療技術学部の専門選択科目として新たに開講した授業科目です。
　MDASH応用基礎レベルの修了条件は、「医療情報処理演習(１単位)」と「情報科学(２単位)」の３単位を必須、「医療データサイエンス入門Ⅰ(１単位)」と「医療データサイエンス入門Ⅱ(１単位)」から１単位以上、合計４単位以上を取得することとしています。なお、特段の理由がない限りは、「医療データサイエンス入門Ⅱ」を履修するためには「医療データサイエンス入門Ⅰ」を履修していることを課しています。
　また、「医療情報処理演習」と「情報科学」はMDASHリテラシーレベルの、各々、必須項目とオプション項目、「医療データサイエンス入門Ⅰ」と「医療データサイエンス入門Ⅱ」はMDASH応用基礎レベルの、各々、必須項目とオプション項目を扱っています。
　特に、「医療データサイエンス入門Ⅱ」では、「データ・AI活用 企画・実施・評価」の実践の場を通じて、数理・データサイエンス・AIの活用における一連のプロセスの理解を深め、人や社会にかかわる具体的な課題の解決に活用できる能力を修得することを目指しています。

３．教育プログラムの特色と工夫

（１）カリキュラム

　教育プログラムの特色として最初にあげられるのが、カリキュラムの組み方です。医療系学部の学生の多くは、卒業後に、医療専門職に関わる国家試験を受験します。そのために、国家試験の出題範囲と強く結びついたコアカリキュラムが、各学部のカリキュラムに組み込まれることが多くあります。コアカリキュラムでは、４年間、もしくは、６年間にわたる学修内容が定められているとともに、学生も、コアカリキュラムを構成する授業科目の単位取得に懸命となっているのが現状です。本学医療技術学部でも、２年次以降に、臨床検査技師国家試験に必要な授業科目が多く組み込まれています。
　そこで、比較的カリキュラムに余裕のある１年次に、MDASH(リテラシーレベル・応用基礎レベル)に関わる全ての授業科目を開講できるように、カリキュラムを工夫しました。図１に、MDASHのカリキュラム構成を示しました。１年の前期に、リテラシーレベルを扱う「医療情報処理演習」と「情報科学」、後期に応用基礎レベルを扱う「医療データサイエンス入門Ⅰ・Ⅱ」を設定することで、臨床検査の学びに無理をきたさないようにしました。

図１　MDASHのカリキュラム構成

　さらに、「医療データサイエンス入門Ⅰ・Ⅱ」については、時間割も工夫しました。各々の授業科目について、15回の授業を５テーマ×３回の授業で構成して、さらに、１日に３回の授業(３時限目〜５時限目)を連続して開講するようにしました。２つの授業科目で合わせて30回の授業を10週で終えます。
　授業を３回連続で実施することで、学生は、例えば、３時限目に講義中心の授業を受けて、４時限目に講義の内容を演習で確認し、さらに、５時限目に他の学生と演習の結果を確認しあうなど、学修した内容を即座に次の授業で応用し、理解を深められるようにしています。これにより、１つのテーマにより深く集中して、テーマに関連する概念や知識に繰り返し触れることができるようにしました。

（２）学修内容と学修教材

　MDASHの応用基礎レベルで扱うAI技術の学修内容には「学習、認識、予測・判断、生成、言語・知識、身体・運動」がありますが、この学修内容に対しても工夫をしました。臨床検査の分野では、細胞診やエコーなどの画像解析技術が求められているなど、画像認識・物体検出などの認識技術はもっとも広く活用されているAI技術の１つです。
　そこで、「医療データサイエンス入門Ⅰ・Ⅱ」では、AI技術の中で、特に、「認識」に焦点を当てました。具体的には、「認識」の基盤技術となる畳み込みニューラルネットワークを重点的に扱い、画像処理から画像認識や物体検出までを系統だてて学べるようにしています。
　さらに、１年次に応用基礎レベルの学修項目までを実施するために、楽しみながらも学修内容の質を維持できるような学修教材として、模型都市を開発しました。図２は、模型都市の写真です。これは、数万ピースにも及ぶレゴブロックで組み立てた模型の都市です。直径1.8mの円形テーブルの上に、病院、図書館、博物館などを模した建物が並んでいます。また、模型都市には、多くのミニフィグ(人物を模したレゴブロック）もあり、車いすを使っている人や転倒している人など、いろいろな情景も作りこんでいます。授業では、これらの建物や情景を画像認識できる畳み込みニューラルネットワークモデルを作る課題を設定しています。

図２　模型都市

　このような画像認識モデルは、日常の風景からも作ることができます。しかし、日常の風景には、多くのノイズが含まれているために、限られた授業時間内で画像認識モデルを作るのは困難となります。例えば、日常風景では、建物や道路の色合いも複雑であったり、行き交う人や車両の動きがあったり、不安定な天候や変わりゆく光の変化もあります。これらは背景と融合することで、日常風景におけるノイズとなります。これらのノイズの影響により、画像認識モデルを構築するのに相当の時間を要する上に、たとえ画像認識モデルができたとしても、十分な認識率を得られずに達成感も低くなってしまいかねません。
　一方、レゴブロックで作った模型都市のノイズは、AI教材として手頃な範囲にあります。レゴブロックのピースは色や形も明確で、建物と背景との区別が容易になります。そのため、ノイズが少なく、画像認識技術のトレーニングやテストには理想的な環境を提供します。さらに、ハイパーパラーメーターを調整するなどの手探りをしながら画像認識モデルを構築するメカニズムを修得するプロセスも、限られた授業時間内に達成できる範囲になります。
　図３は、画像認識モデルを構築する過程において、畳み込みニューラルネットワークを構成する畳み込み層の出力で、画像の特徴がどのように抽出されているのか、つまり、画像がどのように認識されるのかを可視化した結果です。学生は、画像を特徴付けるために設定するフィルター数やフィルターサイズなどのハイパーパラーメーターを調整しながら、より精度の高い画像認識モデルを作っていきます。このように、限られた授業時間の中でも画像認識モデルを作ることができることが「達成感」と「楽しさ」につながるような工夫をしています。

図３　画像認識の可視化

（３）学生参加型AI開発

　模型都市を教材として作った画像認識モデルなどは、学生参加型AI開発の１つのモジュールとしても活用を進めています。学生参加型AI開発とは、本学DX推進計画の中で、学修者本位の学修支援を図るために企画したプロジェクトです。DX推進計画では、教育支援AIの内製化を図ることとしていますが、教育支援AIの設計段階で、教員が気づかないような学生の発想を取り入れることで、学修者本位の学修支援ができるようにしました。
　DX推進計画に沿って内製化を進めている教育支援AIシステムの１つが、情報センター生成AIサービスです。情報センター生成AIサービスでは、Open AI社の生成AIモデルであるgpt-4やDALL-EをAPI技術で組み込んで、学内のユーザーが生成AIを使えるサービスを提供しています。
　図４には、情報センター生成AIサービスの中で画像生成AIモデルのDALL-Eを組み込んだ画面のスクリーンショットです。生成したい画像をユーザーが文章で表現することで、DALL-Eは、それに沿った画像を生成します。本サービスで生成される画像は、学内で共有しており、生成される画像も徐々に増加しています。

図４　情報センター生成AIサービス

　増加する生成画像を活用する上での利便性を高めるために、生成画像のクラスタリング機能も組み込みました。クラスタリングすることで、共有された多数の生成画像を学内のユーザーが効率的にアクセスし、必要な画像を容易に見つけることができるようにしています。
　画像のクラスタリング機能の開発にあたって取り入れたのが学生参加型AI開発であり、さらに、それを担ったのが、「医療データサイエンス入門Ⅰ・Ⅱ」です。「医療データサイエンス入門Ⅰ・Ⅱ」では、画像処理にかかわる課題の一つとして、画像のクラスタリングを課しています。ここで、学生は、大量の画像のかなから、どのようにクラスタリングすれば、目的の画像を見つけやすくなるのかなどの試行錯誤をします。このプロセスから得られたモジュールを活用しながら、情報センター生成AIサービスの機能を拡充しています。このように、自分の発想を、他のユーザーが利用するサービスの一つとして具現化することでも、本教育プログラムを受講する動機づけを図っています。

（４）自己学修オンライン補助教材

　「自らの専門分野において、数理・データサイエンス・AI教育を応用・活用することができる」ことは、MDASH応用基礎レベルの定める目的の一つになっています。そのためには、プログラミングなどのスキルアップを自ら図ることも重要であり、オンキャンパスだけではないオンラインの補修教材を用意することも大切と考えました。しかし、このような自己学修オンライン補助教材を用意することは、容易ではありません。
　そこで開発をしたのがクラフトAIです。講義映像を与えるだけで、クラフトAIは、オンライン補助教材をすべて自動で生成します。図５は、オンライン補助教材のスクリーンショットです。画面の左側には、クラフトAIが講義映像を３分ごとに分割したクリップ映像、右側には、クリップ映像の中で教員が話した内容からクラフトAIが書き起こした見出しと概要が挿入されています。

図５　オンライン補助教材

　学生は、クリップ映像を視聴しながら概要の箇所に自分なりのノートを記入して、授業の振り返りができるようにしています。また、クリップ映像は、次々と下の行に表示されますが、学生が視聴しやすいように、短い時間(３分間)で区切られるようにしています。全てのクリップ映像の下には、授業全体の内容を要約した「全体ノート」を挿入し、学生が授業の全体像をすぐに把握しやすいようにもしています。
　クラフトAIは、学生の探索学修をサポートするAIエージェントも創り出します。AIエージェントは、学生の質問に答えます。AIエージェントの回答生成にはgpt-4を使っていますが、ポイントは、検索拡張生成(RAG)技術によりgpt-4の回答を制御していることです。学生の質問に対する回答を生成するとき、AIエージェントは、まず、回答に関連する教員の発話テキストを検索し、それをgpt-4に提供したうえで、学生の質問に対する回答をgpt-4に生成させます。
　図６は、学生の質問「回帰直線について教えて」に対するAIエージェントの回答です。一般的には、gpt-4は相関係数の数式などを提示しながら回帰直線についての回答を生成するのに対して、ここでは、教員が授業で説明したように、「エクセルで散布図を描いて、そこに、回帰直線を挿入する」といった回答を生成しています。さらに、膨大な講義映像の中から、回帰直線について解説しているクリップ映像をピンポイントで提示してくれます。このように、RAG技術を活用することで、gpt-4が時折示すようなハルシネーションを抑制した正確な回答を得ることができるようにしました。

図６　AIエージェント

　クラフトAIが自動生成したオンライン補助教材により、学生は、授業で見聞きした知識を振り返りながら定着させて、さらに、AIエージェントとの探求学修により知識を深めます。このような自己学修のオンライン補助教材により、「自らの専門分野において、数理・データサイエンス・AI教育を応用・活用することができる」ようなスキルの向上を図っています。

４．むすび

　MDASH応用基礎レベルに認定された医療技術学部の教育プログラムの概要と、応用基礎レベルプラスに選定された本プログラムの特色について紹介しました。まず、医療系学部特有のカリキュラムを考慮して、MDASHに関わる全ての授業科目を初年次開講することで、学生に寄り添ったプログラムとなるようにしました。また、臨床検査技師を目指す学生が興味を持てるように画像認識技術に着目し、模型都市を教材とした演習を行うなど、医療技術に特化した授業を展開できるようにしました。さらに、学生参加型AI開発や自己学修オンデマンド教材を生成するAIなども開発しながら、学生の学びを支援できるようにしました。
　超高齢社会に直面する中で、国としても、持続可能な社会保障の体制づくりを目指した医療DXが進められており、医療系大学においても、数理データサイエンスAI教育の重要性が高まっているものと考えます。本学の取組みが、医療系大学におけるデータサイエンス教育を推進する一つの手法となれば幸いです。

謝辞

　本研究はJSPS科研費 22H01051の助成を受けたものです。