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南津 佳広(大阪電気通信大学 共通教育機構准教授)
工藤 多恵(関西学院大学 工学部教授)
理系の学習者にとって、英語のリーディング・スキルの向上は専門文献の理解や実務的な言語運用能力の獲得に不可欠です。近年、DeepLやGoogle翻訳などの機械翻訳(MT)の精度が向上し、さらにChatGPTのような生成AIが登場したことで、これらのツールを学習支援に活用できる可能性が広がっています。実際に、南津・工藤(2023)によると、約70%の学習者が辞書を引くなどの手間や「作業」感による心理的負担が軽減されることから、英語学習へのMT導入を肯定的に評価しています。また、Kudo(2022)の調査では、学習者の84.6%が英語学習にMTを活用しており、リーディングでの利用頻度がライティングよりも高いことが明らかになっています。
MTや生成AIを活用する教育的意義は、主に以下の3点です。それは①複雑な文構造の解析や意味理解の支援を通じた学習者の認知的負担の軽減、②訳文と文法解説の即時フィードバックによる理解促進、③学習者それぞれの習熟度に応じた柔軟な学習支援を行うことです。
本授業では、MTと生成AIを活用して英文の構造解析における認知的負担を軽減し、内容把握に専念できる環境を構築しました。また、通訳訓練技法を取り入れることで、正確な理解と読解の速度の向上を目指しました。
(1)対象授業と参加者
本授業は関西圏の私立大学理系学部(工学部・情報工学部)3年生向けの英語リーディング科目(選択科目)として実施しました。履修者数は前期12名、後期7名(うち継続者4名)で、CASECスコアは170〜533点と幅広く分布し、多様な英語力レベルの受講者で構成されました。
(2)効果測定方法
英語力の変化を客観的に測定するため、各学期の第2回目と第14回目にCASECを実施しました。この測定により、学期内での英語力の変化と習熟度層別の教育効果を測定できました。また、前期(MT活用)と後期(生成AI活用)における指導法の効果比較も可能となりました。これにより、異なる英語力レベルの受講者に対する指導効果を明らかにすることができました。
前期と後期に分けて実施され、各期に異なるアプローチでリーディング指導を行いました。前期はMTを、後期は生成AIを活用し、総合的な英語力、特にリーディング・スキルの向上について観察しました。本実践は、前期の課題を踏まえ、後期では生成AIを導入して改善をはかりました。
(1)前期:MTを活用した指導実践
前期は理系学部3年生12名を対象に実施しました。授業前には、受講者がサイト・トランスレーションによる訳出と構文解析に取り組みました。授業では、教員が構文解析結果を確認・指導し、MTの訳文を受講者が編集して内容理解を深めました。授業後は、シャドーイングと振り返りログ記入による学習内容の定着をはかりました。この実践により、構文解析における受講者の負担が課題として明らかになりました。
(2)後期:生成AIを活用した指導実践の改善
前期の課題を踏まえ、後期は継続して履修した4名と新規受講者3名を対象に生成AI(ChatGPT)を活用した改善版の授業を実施しました。基本的な授業の流れは前期を踏襲しつつ、授業前の構造分析において、生成AIに具体的なプロンプトを与えて構文解析を行わせ、その結果を受講者が添削する方式を導入しました。これにより、受講者の認知的負担を大きく軽減することができました。授業では、受講者による構文解析と訳文の添削結果を教員が確認し、適切なアドバイスを加えることで内容理解を促しました。受講者は内容を批判的に検討し、理解を深めることを目指しました。授業後の活動は前期と同様としつつ、生成AIを活用した構文解析の効率化により、受講者の理解を深める支援を行いました。前期と後期の違いをまとめると表1の通りです。
表1 前期と後期の授業実践比較
(1)CASECスコアの変化
英語力の変化を客観的に評価するため、前期・後期のCASECスコアを分析しました[1]。授業では、MTや生成AIの活用に加えて、通訳訓練技法を併用することで、読解速度と流暢さの向上、および内容の迅速な理解力の育成を目指しました。前期のMT活用では、習熟度層別に以下のような平均点の変化が見られました。
特に下位群において高い伸び率が確認されたものの、構文解析における受講者の負担が課題として残りました。
図1 前期における受講者別のスコア変化
この課題に対応するため、後期では生成AIを導入したところ、より顕著な効果が表れました。継続受講者4名のスコアの平均は425点から478点へと12.5%上昇し、新規受講者3名も356点から410点へと15.2%の伸びを示しました。特に、継続受講者の伸び率が前期と比較して約1.5倍に向上したことは、生成AIを活用した指導の有効性を示しています。
この成果の背景には、生成AIによる構文解析支援が受講者の認知的負担を軽減し、より能動的な英文理解を促進できたことがあります。実際、受講者のフィードバックから、構文解析と日本語訳の添削により、文の構造把握から内容理解へと学習の焦点が移行し、学習効果が高まったことがわかりました。
図2 後期における受講者別のスコア変化
(2)受講者からのフィードバック
アンケート調査の結果によると、前期では12名中9名の受講者がMTの使用で読解がより容易になったと実感しました。後期に継続して受講した4名と新規の3名全員が、生成AIによる文法解析支援を評価しました。前後期を通じた通訳訓練との組み合わせにより、文法理解と訳出スキルの向上も確認できました。
ただし、前期の受講者のうち4名から、ツールへの依存度が高まることへの懸念も示されました。このため、MTと生成AIの活用方法については、受講者の自律性を維持しながら効果を最大化できる手法を検討する必要があります。
MTと生成AIを組み合わせて活用し、基礎的な意味理解から高度な文脈理解まで、学習者の習熟度に応じた柔軟な学習支援が可能になります。これにより、文法・文脈の両面から理解を深め、自律的な学習を促すことができます。
また、生成AIを活用したフィードバックにより、学習者は自身の理解度を確認しながら学習を進められます。これにより、言語理解のプロセスを意識的に把握し、効率的な学習が期待できます。
ただし、生成AIを効果的に活用するには、教員による適切な介入と役割分担が不可欠です。生成AIは基本的な文構造の理解を支援できますが、文脈に基づく適切な解釈には教員による補完的な説明が必要です。教員が生成AIの出力を検証しつつ補完的な指導を行うことで、生成AIと人間の指導が相乗効果を発揮し、より深い学びを実現する教育環境を構築することができます。
本実践では、MTと生成AIを活用したリーディング指導を通じて、特に基礎力が低い学習者に対する効果が確認されました。生成AIによる支援は、学習者の負担を軽減しながら、より深い内容理解を促進する可能性を示しています。今後は、これらのツールを効果的に活用する方法をさらに検討し、より充実した英語学習環境の構築を目指します。
Kudo, T. (2022). Japanese University Students' and Teachers' Perceptions and Attitudes toward Machine Translation Use for English Language Learning. Media, English and Communication, 12(61), 33-50.
南津佳広・工藤多恵「機械翻訳(MT)を取り入れた英語リーディング授業モデルの開発」2023年9月7日 私情協 教育イノベーション大会 抄録
注[1] | CASECスコアの分析では、学習効果を正確に測定するため、前期・後期両方のテストを受験した受講者のデータのみを対象とした。一方のテストのみ受験した受講者のデータは分析から除外した。 |