数学の情報教育
成嶋 弘(東海大学理学部教授)
(1)シラバス
授業目標
1940年代以降、人間の知的作業を支援するコンピュータの出現とその著しい成長により、今やコンピュータに支えられた「マルチメディア情報化社会」を迎えようとしている。この時代背景のもとに、現在の中高等(基礎)数学教育を振り返ってみると、19世紀以降の伝統的な数学の流れの中で体系化された線形代数や微積分が今日まで主たる位置を占めてきており、コンピュータおよびコンピュータの出現により形成されつつある科学技術に必要と思われる近代的な数学が未だ十分に明確に取り入れられていないのが現状である。この現状を改革することがこの授業の大きな目的であり、具体的にはあらゆる科学技術、特に数理科学や情報科学の基礎となる『論理』、『集合』、『関係』、『関数』の基礎概念をCAIコースウェア(コンピュータによる自動学習システム)を用いて学習修得してもらうことが目標である。
先修条件または他の授業科目との関連
履修のポイントおよび留意事項
(2)授業の進め方
授業方法は科目毎に一部異なるところもあるが、授業時間すべてコンピュータに向かって学習を行っている。自学自習の形を採っていて、各自が授業時にFDを受け取り、それに入っているコースウェアを1人1台のコンピュータ上で実行する。教師側から特に指示を出したり、講義を行ったりしないので、学生はコースウェアに沿って、マイペースで学習を進めることができる。学生からの質問等に対しては、教員・教育補助員(大学院生)が受け答えている。
(3)アンケート結果
「CAI数学I、II」の人数構成表(アンケート集計からの数値で履修者数とは異なる)、および授業の最終週に行ったアンケートの一部の結果を次に示す。最初の数字が1994年度前期、後の数字が1997年度前期(春学期)の人数を示し、括弧内の数字は百分率を示している。
ただし、上記のテキストとはコースウェアのそれであり、テストも同様である。また、割合は専門学科学生対象の「基礎数理演習」の場合もほぼ同じである。
1994年前期 1997年前期 1年生 49 16 2年生 29 67 3年生 0 70 4年生 2 6 計 80 159
Q. テキストの説明文は長いですか。 長い 9(11%) 13( 8%) やや長い 53(66%) 117(77%) やや短い 18(23%) 18(12%) 短い 0( 0%) 3( 2%) Q. テキストの説明文はわかりやすいですか。 非常にわかりやすい 4( 5%) 11( 7%) わかりやすい 52(65%) 101(66%) わかりにくい 23(29%) 39(26%) 全然わからない 1( 1%) 3( 2%) Q. テストは難しいですか。 非常に難しい 2( 3%) 6( 4%) 難しい 39(49%) 77(50%) 簡単 34(43%) 62(40%) 非常に簡単 5( 6%) 11( 7%) Q. 本コースウェアをどのように評価しますか。 大変利用価値がある 25(31%) 42(27%) 一応利用価値がある 45(56%) 92(60%) あまり利用価値がない 10(13%) 18(12%) 全く利用価値がない 0( 0%) 2( 1%) Q. パソコン利用の授業と従来の授業の比較は。 全て従来の授業が良い 4( 5%) 5( 3%) 従来の授業を主に 25(31%) 44(28%) パソコン利用を主に 45(56%) 80(52%) 全てパソコンによる 6( 8%) 23(15%)
(1)学生による評価とその意味
アンケートの集計結果を見ると、コースウェアの説明文に関する評価はあまり良くないが、コースウェアを使うことの評価は高くなっている。特に、トークアンドチョークを主とする従来の授業よりコースウェアを主とするパソコンを用いた授業を望んでいる学生が5割以上いることは注目に値する。これは大学での講義のありかたについて反省するべき点があることを示唆している。従来の授業では、「学生がうるさい」「できが悪い」など学生に問題があるようにみているが、原因の本質をとらえ損ねているとも考えられる。確かに、従来の授業で、90分間、授業の内容に約100名の学生を引き付け、教室を静かに保つことは不可能に近いことであるが、前述のようなコースウェア利用の授業においては、時間のたつのも忘れて学生達がコースウェアに取り組んでいるのが印象的であり、この事実は何を意味するのであろうか。
(2)コースウェアは何に役立つか
まずは、学習歴や学力の多様な多数の学生に対する基礎概念や基礎計算力の教育に限るならば、コースウェア終了後に行うペーパーテストの成績(が通常の授業の場合と比べ極めて良いこと)などから自学自習形式のコースウェアが有効であることがうかがえる。さらに言えば、『数学の押し付け教育から逃れ、自分の頭で考え自分のペースで達成感を得ながら学習する充実感を、CAIコースウェア学習によって初めて味わった学生が多く、通常の授業では達成感や充実感を味わう学生が少ない』のではないかということである。今や、従来の通常授業での教師対学生のヒューマンリレーションに基づく教育は幻想に過ぎないのかとも思われる。(3)今後の課題
知識や情報の処理・表現・伝達手段、あるいはコミュニケーションのあり方が時代の技術によって大きく変ろうとしている。今後も、著者等はこれまでに開発した種々のソフトウェアをインターネット上で利用できるように変換拡充しながら、「TASプロジェクト」を継続していくが、それとともに、情報メディアの急速な進展変容に目を奪われるだけでなく、学徒のギルトや寺子屋からスタートした大学をはじめ各種教育組織の目的や役割を再度問い直すことやより、一般に来るべき「マルチメディアネットワークコミュニケーション時代」の影の部分は何かを問い、それらの考察や対策にも常に心すべきであると考えている。