体育学・スポーツ科学の教育

運動制御とバイオメカニクス教育におけるコンピュータ利用


鈴 木 秀 次
(早稲田大学人間科学部教授)



1.はじめに

 私の所属する人間科学部所沢キャンパスは、早稲田大学創立100周年を記念して1987年4月に開設された。豊かな自然環境に囲まれたキャンパス内に、最新の情報・教育機器や実験施設と陸上競技場、スポーツホール、アクアアリーナなどのスポーツ施設を備えている。学部構成は、人間基礎科学科、人間健康科学科、スポーツ科学科の3学科からなる。私はスポーツ科学科で運動制御の授業と演習でバイオメカニクスを担当し、スポーツの活動中に起こる身体運動の仕組みを教えている。例えば走る動きをみると、まず足が地面に接地し、その脚に体重が乗り移り、足先が離れ、身体が前方へ移動する。このとき速い選手の各関節の動き、および地面を蹴ったときの力を調べる。また、これらの動きと神経系との関係を調べる。つまり、私達の目指す研究は、スポーツ活動で起こる身体運動を総合的に分析し、その科学的根拠がどこにあるかを運動制御とバイオメカニクスの知識を用いて解明することである。
 この分野は、昨今のコンピュータ技術の急速な進歩によって経験の少ない学部学生であっても簡単にまた正確に分析できるようになった。複雑な計算は全てコンピュータがやってくれることから、スポーツが好き、しかし数学、物理はちょっと苦手といった学生でも私のゼミを選択する学生が多く、スポーツを科学する楽しみを味わっている。


2.実習項目と具体的な内容

 スポーツ科学科では、2年生から演習を始める。学生は1年間で19あるテーマの中から四つを選びローテーションで履修する。3年生になると、それらの中から好きなテーマを一つを選び専門的に実習し、4年生の卒業研究へとつなげる。私が担当する演習は、2年生では、身体運動の仕組みを理解させる上で基礎となる、骨格筋の生理学と解剖学を演習させる。98年度テーマは、生理学と解剖学を中心に、骨格筋の構造、筋の収縮機序、神経筋接合部、運動単位、筋収縮の力学、単収縮、頻度−張力関係、長さ−張力関係、負荷−速度関係、筋収縮のエネルギー源と、そして解剖学では、骨格系と筋系を演習する。以前は動物を使って生理学の実習を行っていたが、いまは講義中心としている。しかし、要所要所ではCDソフト1)2)の教材を使って説明する。パーソナルコンピュータ(パソコン)から液晶プロジェクタを通して大型スクリーンにディスプレイする。神経のインパルスが伝わる様子を動画で示したり、身体の構造を3次元的に示したりすると、学生も興味を示し、教育効果があがる。
 3年生からは実験が中心の演習になる。まず2年生で学んだ生理学の知識を実験を通して実習することから始める。項目としては、刺激と興奮、伝導速度、反応時間、脊髄反射、筋電図を実習している。次に、バイオメカニクスでは、キネマティックス(動きの起こりを無視し、動きだけを間題とする領域)で《モーションにおけるポジション・速度・加速度、直線運動・角運動、歩行・走行、投球動作、キック動作》、そしてキネティックス(動きの起こりを力に関連させて研究する領域)で《等尺性筋力・短縮性筋力・伸張性筋力、負荷速度関係、地面反力、身体重心、トルク》についての測定・解析方法・まとめ方について実習する。
 演習では、測定、解析、レポート作成にとパソコンを使っての実習が主になる。早稲田大学のインターネットの環境は整備され急速に良くなった。人間科学部でも端末室には約130台のパソコンが設置され、また各研究室・実験室からもLAN(Humanet)に接続され、それが本部キャンパスを通じて学外のインターネットに接続されている。いまでは家庭から電話回線を利用して学内にアクセス、インターネットを利用できる。
 いまの演習のやり方を10年前と比べると、パソコンを使った研究が主流となり、スマートになった。以前は生体から記録した細胞の興奮、関節の動き、発揮した力等はアナログ波形を見て解析していた。記録するとインクが手につき衣服もよごれた。それが今では記録したアナログ波形を直ぐ数値化、パソコンに取り込み、後で解析する。デジタル化してしまえば、後は市販のソフトウェアで処理できる。実験、解析、製図、そして文章作成までもがパソコンで処理できる。ちなみに、我々が使用している市販のソフトウェアを紹介すると、動作解析ではSPORTIAS (ナック社)、あるいは、Quick-Mag System (応用計測販売社)などのシステム化されたコンピュータ機器を使っている。波形解析にはMaclab(AD Instruments社)、表計算にはExcel(Microsoft社)、技術グラフ作成ではOrigin (Microcal社)、そして統計処理にはStatView (Hulinks社)である。

図1 遠隔指導のしくみ

3.その他問題点と今後の課題

 私の研究室では昨年サーバを設置し、ゼミのホームページを構築した3)。現在大学院生、学部生には各自のホームページを設けさせ、適時に更新を行わせ適切な情報を発信するように指導している。また、大学と附属高校との結びつきを緊密にする目的で、本学附属本庄高等学院とのデータ(含画像)のやりとりを行い、授業・部活での技術の向上に努めている4)。さらに我々は、スポーツに関する技術やトレーニングに関する質問に応えるため、全国どこからでもインターネットを通してアドバイスができるようにスポーツフォーム診断コーナーを設けた5)。いわゆる遠隔指導の試みである(図1参照)。外からの質問に対し適切なアドバイスを大学院生(学生)にも参加させ、教室全員が協力して行う。彼らにとっては教育的経験が積まれることになる。
 これからの課題は、いかに適切な情報を発信するかであるが、それには我々のホームページを充実したデータベースにすることが不可欠であると考えている。問題なのは、ソフト作成スタッフとシステム管理者およびアドバイススタッフの確保である。アメリカの大学ではインターネットへの情報打ち込み作業のために多くのボランティアの人々を募っていると聞く。これからも益々コンピュータの利用が多くなる。私達は、インターネットを利用し開かれた大学を目指して努力しているのが現在の状況である。



〈参 考〉
1) A.D.A.M. Interactive PHYSIOLOGY
(A.D.A.M. Software Inc and Benjamin/Cummings Publishing)
2) A.D.A.M. Interactive ANATOMY
(A.D.A.M. Software. Inc)
3) http://www.kine.human.waseda.ac.jp/suzusemi/index-j.html
4) 鈴木秀次、田邊潤:新しい体育実技指導法の研究と
パソコン通信を用いた遠隔地指導の実践.
早稲田フォーラム77,56-64,1998.
5) http://www.kine.human.waseda.ac.jp/suzusemi/isac.html

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