全体報告
大学教育における人材育成の成果が問われる中、社会的責任を果たすためには大学構成員が一体となった取組が必要不可欠であり、大学職員には、教育支援、学習支援、人材育成支援等に関する諸課題に向きあうための戦略的な見識を備え、教員と協働して事業の計画立案、実施、点検・評価ならびに改善に資する実践的能力が強く求められている。また、その実現、実施には情報技術の活用は欠かせないものとなっている。
本協会では、大学職員に求められるこれらの能力養成を支援するために、部門の枠を超えたワークグループを組み、課題の発見から解決のプロセスを実践、修得することを目的とする「基礎講習コース」と、専門性を考慮した分野ごとの分科会を構成して、事例研究を踏まえて、研究討議することを目的とする「応用コース」の研修講習会を実施している。
本年度の「基礎講習コース」は、7月7日~9日の3日間、静岡県の浜名湖ロイヤルホテルで開催し、参加者数は、加盟校・非加盟校合わせて101の大学・短期大学から202名(昨年234名)であった。
参加者の内訳は、在職年数別では3年以下が75.2%、年齢別では20代が76.7%を占めている。この理由として、職員の基礎的な能力育成を目的としては、本コースを新人研修の一環として組み込んでいる大学がいくつかあることが挙げられる。所属別では、学事・教務が39.1%、情報システム系が13.8%と多数を占めるが、その他、学生、就職支援、総務、人事、財務、経理、管財、広報、図書館と全分野にわたる。
本コースは、冒頭に掲げた大学および大学職員に課せられた課題の解決において、情報を活用することの重要性を理解し、職員の共通能力としての情報活用能力を高めることを目的としている。
具体的な到達目標として、
・大学職員に求められる能力(「職員力」)について理解する。
・情報を活用することの重要性を理解し、情報活用能力を高める。
・問題解決のプロセスを実践し、理解する。
・参加者間の人的ネットワークを構築する。
等の成果を獲得することを目指した。
スケジュールは、第1日目にイントロダクションと講義を行い、大学を取り巻く環境の変化や職員として具備すべき能力、大学の情報化のあり方についての説明と、情報技術を活用した教育支援や人材育成支援の事例紹介を行った。第2日目には、グループ討議にて、部門部署等の組織の枠を超えた、多様な職務経験や価値観を持つ他大学職員との討議を通して、問題発見と解決のプロセスを実践した。第3日目には、グループ討議の成果をまとめて、発表会と意見交換を行った。
グループ討議においては、参加者が自身の達成度について点検・評価できるよう、各ステップにおいて目標と3段階の評価規準を予め提示した。
1.イントロダクション
大学職員に求められる能力
講師:木村 増夫氏(学校法人上智学院総務局長、大学職員情報化研究講習会運営委員会委員長)
大学では、学士力保証の組織的な取り組み、情報の公開、キャリア教育への対応、個別大学の枠を超えての連携、グローバル化対応、国際的通用性の確保等、新たな使命が課せられ、これらを実現するための具体的な取り組みが求められている。
イントロダクションでは、大学職員に求められる能力や各種情報を活用することの重要性など、本コースのねらいを説明するとともに、中央教育審議会の答申等を引用しながら、「質の保証」、公開が義務化/努力義務化される教育情報を取り上げて、大学を取り巻く環境の変化や課題について解説を加えることにより、大学職員として把握すべき共通情報、講義、グループ討議を通して自己の役割を考えるヒントが提供された。
2.講義
講義は、大学の運営や意思決定における情報活用、学修支援や学生指導における情報活用、それらを支える人材育成や職員が具備すべき姿勢について、体系的に理解できるよう構成した。今年度の新たな試みとして、ICTを活用した授業支援ツールを体験いただくことも兼ねて、各講義において到達度目標を設定し、携帯電話を用いたアンケートシステムにより、講義の節目において受講者の理解度確認を行った。
講義-1 「大学運営と情報の活用」
講師:梶田 晶子氏(東海大学総合情報センター情報システム開発課課長)
【ねらい】
大学における情報環境や情報システムは、既に、教育・研究・社会貢献など大学の使命を遂行するためのライフラインとなっている。また、大学が組織として意思決定する場合には、教育・研究情報、教育環境、財務情報、自大学の強みと弱み、優れた教育実践事例といった情報を客観的、総合的に把握・分析し、戦略的な将来計画に繋げることも可能となった。
本講義では、経営戦略や組織改革といった大学の意思決定にまで活用される情報システムについて、基盤としての情報戦略や情報環境、情報共有と協業等の視点から解説する。
【到達目標】
・大学改革推進における視点が理解できる。
・役に立つ「情報」とはどのようなものかがわかる。
・情報を有効活用するために必要なことについて理解できる。
【概要】
最初に、ユニバーサル化、グローバル化、大学評価、情報公開を取り上げ、大学が置かれている環境の変化について説明が行われた。続いて、自大学での情報化整備の体験や事例に基づき、情報化の推進、情報活用において重要なこととして、目的を正確に把握・共有すること、情報の特徴を知ること、目的に応じて情報の取捨選択、加工、“見える化”を適宜行って有効な情報とすることについて説明された。最後に、情報の有効活用を実現するためには、組織、教職員が一体となって取り組むことが重要であり、ルールやコンプライアンスといった体制作りの必要性について解説された。
参加者へのアンケートでは、説明の中で使われた「使えば使うほど情報の価値が上がる」、「目標から現実を見る。未来との差を縮めるためのプロセスを考える」といった言葉から、新たな視点や発想を与えてもらえた。「縦割り組織を情報で貫く」いつか実現したい。情報の活用は「見える化」から「気づき」へ誘導してくれ、「気づき」をうまく利用して改善に結びつけていきたい等、職場に戻っての意欲表示や、情報活用の意義の一部を掴み取れたという趣旨の感想が寄せられている。
講義-2 「ICTを使った学生支援・学習環境の構築と運用 ~「学士力」の修得を意識したICT環境~」
講師:山崎 達朗氏(芝浦工業大学学術情報センター事務部長)
【ねらい】
平成21年8月に提言された中教審大学分科会第二次報告では大学教育の質的保証システムの構築という観点から「学生支援・学習環境整備の観点からの質的保証の検討」とうテーマが上げられている。「学士力」の修得をより実現可能なステップに落とし込むためにICTを利用してどのような学習環境を構築し、どのように運用することができるのか。
本講義では芝浦工業大学の事例を参考に大学に導入されている情報通信技術の様々な要素を俯瞰しながら、大学職員に課せられた効果的な学生支援のあり方を考えたい。
【到達目標】
・大学で整備されている情報インフラを把握する。
・ICTを利用した学習支援の可能性を認識する。
・大学職員が学生支援のために果たすべき役割を発見する。
【概要】
最初に、中教審大学分科会報告を取り上げて、求められる学士力の内容や質保証システムについての解説を通して、大学に課せられた課題が説明された。続いて、情報化を支えるインフラについて、ネットワーク機器やサーバ等の写真や図の例示、導入や維持に係る経費、費用対効果と情報セキュリティに対する重要性、経費規模の妥当性等、全般的な説明が行われた。次いで、教育現場における情報活用の事例として、Webベースの教員学生ポータルサイトとe-Learningへの取り組みが紹介された。
参加者へのアンケートでは、e-Learningコンテンツへの字幕付与は、日本語聞取り能力に配慮したコンテンツづくりと、インデクシングにより見たい部分をすばやく検索できるという説明に、非常に高い関心が寄せられた。情報インフラの説明は、専門的な内容も含まれており難易度が高い部分もあったが、情報機器の写真や図を使った説明がわかりやすかった、日ごろ聞くことのできない内容で新鮮だったという感想が寄せられた。
講義-3 「情報技術を活用した教育支援・人材育成支援に求められるもの」
講師:斉藤 和郎氏(札幌学院大学教務部事務部長)
【ねらい】
教育改革を推進する手段として、情報技術の活用は有効である。一方で、単に情報技術を導入しただけでは本来の目的を達成できないことも確かである。
目標を明確化し、その到達度を適正に評価・分析し、次の改善につなげていく。こういったプロセスを教職員の組織的な連携によって展開し、例えば、「自分たちの大学も変わることができる」、「何よりも自分たち自身が変わることが大切だ」という気づきの中で人と組織がともに変革していくような場の形成が求められているのかもしれない。
本講義では、先行事例を参照しながら、情報技術を活用した教育支援・人材育成支援を展開する際に、わたしたち職員が備えるべき視点、担うべき役割について受講者と一緒に考えてみる。
【到達目標】
・情報を戦略的に活用する際に備えるべき視点を獲得する。
・教育改革への職員の関与について具体的なイメージを獲得する。
・教育活動を評価することの意義について基本的な考え方を理解する。
【概要】
(1)情報技術の戦略的な活用
「データ処理」と「情報活用」はどう違うのか。それは、自身が担当する業務を大学のビジョンとの関係で捉えなおすことができるかどうかによる。すべての業務は教育支援、人材育成支援に関与し、個々の教職員の活動の総体が大学の教育活動につながっている。常に「建学の理念」や「教育目標」を念頭に置き、協業や連携の中から情報を活用しようとする「心がまえ」が重要である。
(2)教育改革への職員の関与
単に情報技術を導入しただけでは所期の目的は達成できない。これを戦略的に活用するための組織・環境を創り出すことが重要である。大学職員に求められる役割とは、情報や知識を活用した「新たな価値創造の場」を形成し、教職員の協働と連携をマネジメントすることにある。求められる能力を有する職員に成長するためには、何よりも自己変革の意識が重要である。
(3)活動を評価することの意義
「戦略は試行錯誤の中から生まれる」という考え方に立てば、成功や失敗を積み重ね、これをしっかりと評価しながら組織にふさわしい戦略を創り上げていくことが求められる。漫然とデータ眺めるのではなく、複眼的な視点から省察を行うなど、「PDCA」サイクルの実質化を図ることが重要である。
参加者へのアンケートでは、職場に戻り「情報活用」に取り組みたい、教員との協業をマネジメントすることは困難だがチャレンジしたいという意欲表明や、講義の中で紹介された学生指導シート「はぐくみ」に対して高い関心が寄せられた。
3.グループ討議
討議は7~8名を1グループとして、講義やそこで紹介された事例を参考に、大学が抱える課題を1テーマ選定し、情報や情報技術を活用した課題解決の方策を検討した。
グループの構成は年齢、性別、業務部門等の偏りに配慮し、5グループに1名、コーディネーター役の研修運営委員を配置した。
昨年までの実績から、創造技法を活用したグループにおいて、討議が円滑に進められより深い議論が交わされた事例が多かったことを踏まえて、グループ討議に先立ち、アイデア出しやその整理を円滑に進めるツールとしてブレーンストーミング、KJ法を紹介した。加えて、早稲田大学で開発された「価値創造型」分析手法である“WISDOM”の紹介を行った。
討議は4つのステージに分けて段階的な目標を設定し、最終日にまとめと発表の場を設けた。また、各ステージに到達度評価項目と指標を提示して、自己評価により到達度を確認するステップを取り入れた。
第1ステージ:グループとしてのテーマ(課題)設定
・テーマ例)「職員力」向上のための情報活用と自己研鑽
・学生によりよい学修環境を提供するための情報・情報技術活用
・戦略的な大学運営を支える情報基盤のあり方、等
<到達度評価>
・課題発見能力
大学が抱える諸問題について、その本質的な課題を探るため、多様な観点から事象を分析しようとする態度を持つ。
第2ステージ:課題解決に向けてのディスカッション
・選定したテーマについて、問題点の掘り下げを行う。
・解決策を検討するとともに、その効果の検証を行う。
<到達度評価>
・創造的思考力
課題解決を図るため、独創的かつ斬新なアイデアを提示し、創造的な議論を促そうとする態度を持つ。
・コミュニケーション能力
他のメンバーの意見やアイデアを尊重し、議論を発展させるためにお互いに協調しようとする態度を持つ。
第3ステージ:研修成果のまとめ
・グループとしての結論をまとめる。
・発表資料を作成する。
<到達度評価>
・スキルを使う姿勢と態度
ディスカッションを通じて学んだ成果を認識し、これを常に磨きながら、自身の大学の教育改善に使おうとする態度を持つ。
第4ステージ:成果発表
<到達度評価>
・プレゼンテーション能力
グループでの討議内容を他のグループに分かりやすく伝えるため、相互に協力しながらポイントを取りまとめ、簡潔に発表する。
・人的ネットワーク
大学に戻ってからもメール等で交流を続け、相互に刺激し合えるような人的ネットワーク(人脈)を形成する。
討議の進捗はグループによりさまざまであったが、テーマ設定の段階において課題の本質が追及できたグループは、問題点と解決策の因果関係、効果について明確な説明がつけられている場合が多かった。
本コースでは、問題解決のプロセスを体験し、修得することを目的としており、グループ討議と成果発表を通じて、それぞれの成果を持ち帰られたものと思われる。
4.研修レポート
事後研修として、討議のまとめと発表内容を基にグループとしてのレポートを課した。職場に戻ってからのレポート作成は、電子メールを使ってのやりとりとなり、各グループとも苦労をされたものと察する。研修終了から3週間という期間の中で、合宿研修という限られた時間の中で議論を尽くせなかったこと、発表ではまとめきれていなかった部分についてブラッシュアップされたものも見受けられた。レポート作成を通じて、研修の成果をより着実に自身のものにされた方も多いと思われる。
5.まとめ
アンケートでは、「情報化とか、データ分析といったキーワードはあいまいで、どう研修で学ぶのかと思っていましたが、最終日にこんなに“早く職場に帰っていろいろやってみたい!”と思えているのは驚いています。初日の講義で得た情報をグループ討議で消化する流れが、こういうモチベーションにつながったと思っています。」、「上司に“提案”しようと思う。変えたいという思いだけではダメだといつも思っていたが、どうしてよいか分からなかった。他大学とはいえ、大学教育業界を変えたいと思っている人は多く、とても心強かった。私も負けていられないと思った!」など、研修を通して職員としてのモチベーションを高められたという感想が多く見られた。「この研修は幹部も行うべき。」という意見も挙げられていた。
そのほか、問題解決に向けてのプロセス(PDCA)をグループ討議で実践できたことに対して満足度の高い評価が寄せられ、また、他大学の方との交流や人的ネットワークの構築も、研修参加の成果として数多く挙げられていた。
グループ討議では、問題点に対する「気づき」が、そのあとの進行や成果に影響を及ぼす場合が見られた。また、討議テーマの設定や結論が、講義の内容に引きずられたように感じ取られるものもあり、いかに「気づかせるか」、グループの独創性をいかに引き出すかは、今後の運営側の課題としたい。
文責:大学職員情報化研究講習会運営委員会